軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 東條綾香の気持ち④

ママに買い物を頼まれて家の近くのスーパーに行くと、偶然にも大槻君を見かけてしまった。

家事代行のとき以外の大槻君の姿に私は思わずドキッとして、商品棚の陰に隠れちゃう。

ど、どうしよう。声、掛けたほうがいいかな?

今まで2回家に来ているから、偶然出会った時は気軽に挨拶を交わすくらいの間柄にはなっている……かな?

でもどうしよう、大槻君は私の事まだ全然そんなふうに思ってなくて『なんだこいつ? 馴れ馴れしい奴だな』なんて思われちゃったら。

うぅ……それは嫌だなぁ……

でも、大槻君はそんな人じゃないよね? だって彼優しいし、きっと笑いながら挨拶を返してくれるはず。

私はそーっと商品棚の陰から顔を出して大槻君の様子を伺う。

さっきから、なんだか難しい表情で陳列されてる商品を凝視してる。

もしかしたら、大槻君が先に私の事に気が付いて声を掛けてくれないかな。なんて思っちゃったりしたけど、あの様子だとその可能性は無さそう。

……大槻君、あんな表情するんだ。

家事代行として家に来ているときの大槻君は、いつも穏やかな表情をしている。

でも今は険しい目つきで一点を凝視してる。

なんか私の知らない大槻君を知れて、ちょっと嬉しいかも。

そんな事を思いながら、陳列棚の陰からコソコソと彼の様子を窺っていると、急にスマホを取り出して凄い勢いで誰かと連絡をとり始めた。と思ったら、ものすごく落胆した様子で通話を切って、商品を手に取った。

あれは、胡麻油? なんであんなに悲しそうな様子で胡麻油を取るんだろう?

私が疑問に思っている間に、大槻君は哀愁漂う背中を見せて、トボトボと歩き出してしまった。

どうしたんだろう? なんであんなに悲しそうなの?

胡麻油のせいなの?

疑問が次から次へと湧き上がる。

凄く気になる。

「大槻君?」

気になり過ぎて、私は身を隠していた陳列棚から出て、無意識のうちに彼に声をかけてしまっていた。

あぁ! どうしよう! 声掛けちゃった。私まだ心の準備が……。

私はアタフタしながらも、大槻君と自然な会話が出来るように、色々と挨拶の候補を考える。

今日いい天気だね……はちょっと違うよね。こんにちは大槻君……これは普通すぎ? こんなところで何してるの? ……スーパーに来てるんだから買い物に決まってるよね……じゃあ…………こんな所で会うなんて運命感じちゃうね! ……これは絶対に違う! どうしちゃったの私!?

私が色々と混乱した思考を繰り広げているなかで、大槻君が更に私を混乱させる言葉を掛けてきた。

「あぁ! 東條さん!! あなたは女神だっ!」

「ふえぇっ!?」

変な声出ちゃった!

と言うか、え!? 女神? 私が? 大槻君の?

意味が分からない。

女神って何? 昔の人の絵で貝殻の中に立ってたり、民衆の先頭で国旗を持って導いてる人の事?

「東條さん! あなたにお願いしたい事があるんだ!」

「は、はい」

大槻君、凄く真剣な目で私を見てくる。どうしよう、なんか鼓動が早くなってる気がする。

……はッ! ちょっと待って! これって……これってもしかして、告白!?

待って待って待って! ここで? スーパーの調味料売り場で? 胡麻油を持って告白!?

ど、どうしよう…‥斬新すぎて思考がまとまらない。

で、でで、でも、もし告白されたら一旦断ろう。うん、断ろう。そして、友達からお願いしますってお願いしよう。

「東條さん! 胡麻油を買うのに協力して下さい!」

「あ、はい! こちらこそ宜しくお願いします!」

私のバカッ!! 一旦断るって決めてたのに! ……て、ん? 胡麻油? どゆこと?

「本当ですか!? いやぁ〜、有難うございます! 凄く助かります」

「あ、はい、どういたしまして?」

え? ええ? なに? どう言う事? 胡麻油を買うのに協力? 夫婦初めての共同作業です的な感じなの? まさかの胡麻油プロポーズ?

混乱の極みに至っている私に、大槻君がホクホク顔で胡麻油の棚に付いてる広告の紙に書かれている一文を指差して言う。

「この胡麻油、お一人様一品限りになっていて、友人に頼んで2本買おうとしてたんですけど、その友人が来れなくて、1本で我慢して諦めようとしてたんですよ」

「あ! そうだったんだ! ……そうだよね。お一人様一品限り……うん、そうだよね。私が大槻君の分で買えばいいんだよね?」

「はい、お金は後で払うので」

「うん、わかった。じゃあ、これ買っておくね」

私はそう言って、特売品の胡麻油を手に取ってカゴに入れる。

…………恥ずかしいッ!!!!!!!!

私、猛烈に勘違いしちゃってるじゃん!! 何が胡麻油プロポーズよッ!! そんなのあるわけ無いじゃない!! 私のバカ! バカ! バカ!

あぁ……なんか胡麻油がトラウマになりそう。

きっと今の私の顔は、羞恥で耳まで真っ赤に染まってるはずだ。できればこんな顔、大槻君には見られたくない。

私は大槻君に見られないように顔を逸らす。

「いやぁ、胡麻油が78円で買えるなんて、こんな経験、この先の人生で後何回あるか、次この値段で買えるのは80年後かも知れない」

「胡麻油が78円ってそんなに安いんだね」

胡麻油の特売って彗星の周期と同じくらいなんだ。本当?

私は商品棚にある胡麻油を眺めるふりをしながら、大槻君から顔を背け会話をする。

「この値段はもう奇跡ですね。今年のグッドオブ胡麻油賞受賞は確実です」

「グッドオブ胡麻…ふふっ、何それ意味わかんない」

彼の冗談に、私は堪え切れずに笑い声を漏らしちゃう。

大槻君でもこんな冗談言うんだ。

そう思いながら私は、彼がどんな表情をしているのか気になって、チラッと横目で盗み見る。

今の大槻君は、とてもニコニコと嬉しさ爆発と言った表情をしている。それが、なんだか無邪気に喜んでいる涼太と重なって見えた。

可愛い……。

普段は大人っぽい大槻君の無邪気な笑顔に、私は思わず表情を綻ばせてしまう。

……て、クラスメイトの男の子を可愛いなんて失礼だよね。

大槻君も同い年の女子から『可愛い』なんて思われたら不快だろう。

私は自分の中に湧き上がった感情を押し込める。

「そう言えば、東條さんは何を買いに来たんですか?」

「え? あ、ママに頼まれてワサビを買いに」

「ワサビだけですか?」

「うん」

「それでしたら、自分が家事代行でお伺いした時に言ってもらえれば、買いにいきましたのに」

大槻君がそう言うが、私は首を横に振る。

「パパがね、今日は大槻君に夕飯作りに専念して欲しいんだって」

「……? 今日は何か夕食でご要望があるって事でしょうか?」

「うん、実は今日パパが釣りに行ってるんだけど、その釣った魚を大槻君に捌いて欲しいらしいの」

パパはたまに趣味の釣りで魚を釣ってくる。けど、いつもは家で捌くのが面倒くさいと言って、他の釣り仲間の人にあげちゃってたらしい。

だけど、今回は大槻君がいるからと張り切って、釣った魚を全て持って帰ってくるみたい。

「大槻君って魚は捌ける?」

パパはテンション上がっちゃって確認を忘れてるけど、万が一、大槻君が魚を捌けないとなったら結構大惨事だ。

まぁ、きっと大槻君なら問題なさそうだけど、中には魚に触れないって人もいるしね。大槻君がそう言うタイプかも知れない。

ピチピチまな板の上で跳ねる魚にアタフタする大槻君……うん、可愛い。それはそれで見てみたい。

「そうですね。魚の種類にもよりますけど、基本的な捌き方は心得てるつもりなので、多分大丈夫だと思います。ちなみに、どんな魚が釣れたのかは聞いてますか?」

「あ、うん。ちょっと待って、パパとのメーセージに書いてあったはず」

私は妄想でニヤつきそうになっていた事に気が付き、慌てて表情を引き締めて、スマホを操作して連絡アプリのパパとのメーセージ画面を開く。

「えーとね、釣れたのはブリと鯛、それと……これなんて読むんだろ?」

私は見慣れない漢字に首を傾げる。

魚に春、う〜ん、なんか見たことあるような、無いような?

私が漢字を読めずに悩んでいると、隣から大槻君が声を掛けてくれる。

「ちょっと画面見せてもらっても?」

「うん」

私が頷くと、大槻君がすぐ隣に来てちょっと首を伸ばして私のスマホを覗き込む。

「あ〜、これはサワラですね」

「へぇ、魚に春でサワラって読むんだね」

「この魚は、春になると産卵で岸に近づいて来て、よく見かけるようになるんですよ。だから昔の人たちは、サワラを春を告げる魚って呼ぶようになって、漢字も鰆になったらしいです」

「そうなんだ。なんか春を告げる魚って素敵だね」

私の脳内ではファンシーな姿にデフォルメされたお魚が、桜が舞う海を優雅に泳いでるイメージが湧く。

「でもこの魚、凄く歯が鋭くて、すぐ釣りの仕掛けを噛みちぎるので、釣り人からはサワラカッターなんて呼ばれてますけどね」

「ははは」と笑いながら言う大槻君の言葉に、私のサワラに対してのイメージが可愛らしいお魚から、一気に獰猛なピラニアのような怪魚へと変貌する。

「もしかしてサワラって怖い魚?」

「まぁ、大型肉食魚ですからね。でも味は抜群に美味しいですよ。刺身は勿論ですけど、西京焼きとかも最高です。身が柔らかい魚なので、口当たりがトロッとして旨みもあって、きっと病み付きになりますよ」

「へぇ、大槻君って物知りだね」

私はそう言いながら、隣の大槻君の方に顔を向ける。

そして、慌てて視線をスマホの画面に戻した。

ち、近いっ!! すぐ隣に大槻君の顔がっ!!

2人で同じスマホの画面を覗いているせいで、顔が至近距離に迫っている。

ど、どうしよう……。

でも、ここで私が慌てて離れたりしたら、逆に大槻君に意識してるって思われちゃうかも知れないし……大槻君はこの距離感でなんとも思っていないのかな?

今の私と大槻君は、肩が触れ合いそうなくらい近い。ガッツリとお互いのパーソナルエリアに入っている。

今度はゆっくりと大槻君の方に、彼に視線がバレないように、そーっと目を向ける。

あ、大槻君って結構まつ毛長いんだ。なんだろう、大槻君の顔を見てると、なんだか吸い込まれていくような不思議な感覚が……。

「そう言えば東條さんのお宅に、ガスバーナーってあります?」

「ッ!?!? あ、え? ガスバーナー? ど、どうだろう? 多分、置いてない、と思う」

び、びっくりしたぁ!

大槻君の横顔を眺めてる時に、急に私の方を向いて話かけられて心臓止まるかと思った。

「ガスバーナーって魚を捌くのに必要なの?」

大槻君に横顔を眺めてたってバレてないよね?

私は少しヒヤヒヤしながら大槻君に問いかける。

「サワラの刺身にガスバーナーが必要なんですよ」

「へ、へぇ〜。そうなんだ」

大丈夫そうだね。私が大槻君の横顔を盗み見てたことはバレてなさそう。

「ちょうど、このスーパーの隣がホームセンターになってるんで、自分はそこでガスバーナー買っていきます」

「あ、それ。私も付いていっていいかな?」

やばい! なんか反射的に付いて行きたいって言っちゃった。

「ホームセンターにですか?」

「うん、私そういうお店あんまり行ったことがなくて……」

そう口では言うが、本音は少し違う。

私はもう少し大槻君と一緒にいたかった。バイト中ではない彼の事をもっと知りたいと思ってしまっていた。

こんなふうに思ってしまうって事は、やっぱり私は大槻君のことを……。

いや、待って! まだ結論を出すのは早いと思うの。私は大槻君と、ただの友達として仲良くしたいだけなのかも知れないし、初めて普通に接することの出来る男子に舞い上がってるだけかも知れない。

確かに、今までの大槻君とのやりとりを思い返すと、ドキッとしたりした時もあったけど、やっぱり恋に落ちたと確信できるような事はまだ無い……ん?

そう言えば私、さっき大槻君が告白してくるって勘違いしてたとき、彼が『胡麻油を買うのに協力して下さい』て言って、私は『はい、宜しくお願いします』って答えちゃってたよね?

……これ、もしも大槻君があの時、本当に告白していたとしたら、私はそれを承諾してたって事? え? これはそう言う事だよね? え? どうしよう? え? どうしよう!?

やっぱり私、大槻君のこと……分からない! もう分からない!! 自分の気持ちが分からないよッ!!

私の心は台風のようにグチャグチャなのに、そんな私に大槻君は容赦なく微笑んでくる。

「それじゃあ一緒にホームセンター行きましょうか」

「は、はい。宜しくお願いします」

気持ちの整理が全然ついていない私は、大槻君の顔が見れず、俯きながら小さな声で返事をした。