軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十話 東條綾香の苦悩⑤

夏休み明け定期考査。

全教科80点以上だったら、晴翔君からご褒美が貰える。

「よーし、それじゃテスト返していくぞ~。名前呼ばれたら取りに来い」

数学の先生の言葉に、私は机の下でギュッと手を握る。

晴翔君からのご褒美を確実に貰う為に、夏休み中からしっかりと勉強をしてきた甲斐があって、これまで返却されたテストは全て80点以上取れていた。

これで、この数学のテストも80点以上なら……。

「次、東條」

「はい」

先生に呼ばれて、私は少し緊張しながら教卓の方に向かう。

そして、テストを返してもらう瞬間、先生に声を掛けられる。

「今回のテスト、よく頑張ったな」

私は先生からテストを受け取ってすぐに点数を確認する。

そこには赤いペンで97と書かれていた。

その点数を見た瞬間、私は思わずその場で飛び跳ねそうになっちゃう。

97点ッ!! 今までの数学のテストで最高得点取っちゃった!

自分の机に戻ってから、私はもう一度テストの点数を確認する。

やった! これで晴翔君からご褒美が貰える!

ちゃんと勉強して努力してきた自分を褒めていると、先生が晴翔君の名前を呼ぶ。

「次、大槻」

「はい」

教室の後ろの方から教卓に向かって歩く晴翔君の姿を私は反射的に目で追ってしまう。

「よくやったぞ大槻。お見事100点だ」

「ありがとうございます」

先生の言葉に、教室内に「おぉ」という歓声が上がる。

そんなクラスメイトの反応に、晴翔君は軽く頭を下げて自分の席に戻っていく。

さすが晴翔君、100点取っちゃうなんて凄いや。

それに、それをひけらかす様な事もしないし。

はぁ、本当に私の彼氏が素敵すぎるんだけど……。

あ、そう言えば今回のテストで晴翔君がまた学年トップなら、私からもご褒美をあげなきゃだった。

晴翔君、どんなご褒美を欲しがるかな?

私は彼からどんなご褒美を要求されるのか、少しドキドキしながら考える。

晴翔君が私にして欲しい事って何だろう?

頭を撫でて欲しいとかかな? 晴翔君って髪質が柔らかくて撫で心地がいいんだよね。

私は前に恋人の練習で、晴翔君を膝枕した時に彼の頭を撫でた時のことを思い出す。

それとも、もっと別の……ご、ご褒美のキスとか?

そんな考えが私の頭に浮かんだ瞬間、自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

それと同時に、この前晴翔君としたホッキーゲームの事を思い出す。

急に真剣な眼差しで私を抱き寄せて、そして口付けされた。

私は、晴翔君に口の中のホッキーを奪われた時の感触を思い出して、堪らずにテスト用紙に顔を埋めて悶絶する。

「うぅ……」

「……何やってんの綾香?」

私が机の上で静かに悶えてると、斜め後ろの席の咲が呆れたように声を掛けてくる。

「え? あ、ちょっと、はる……あ、いや、何でもない」

私は思わず晴翔君の名前を言いそうになって、慌てて口をつぐむ。

こんな教室のど真ん中で、私の口から『晴翔君』なんて名前が出たら大変な事になっちゃう。

「んん? なんか怪しいわねぇ」

「なな、何でもないよ!」

咲の追求の眼差しを避けるように、私は必死に首を横に振る。

「ふ〜ん? まぁ、無理に追求はしないであげる。大体予想はつくけどね、ムッツリ綾香さんや」

ニヤニヤとした笑みで咲が言ってくる。

「も、もう咲!!」

「こら~東條、授業中だぞ。静かにしなさい」

「は、はい……すみません……」

揶揄ってくる咲に、思わず大きな声を出してしまった私は、しっかりと先生から注意を受ける。

私は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら頭を下げると、そのまま斜め後ろの咲をキッと睨む。

すると咲は片手を顔の前に立てて、口の形だけで『ごめんごめん』と謝罪してきた。

もう……最近は雫ちゃんといい咲といい、みんな私を揶揄ってくるんだから……。

私は咲に抗議の意を示す為に両頬を膨らませた後、顔を前に戻してこれ以上先生から注意を受けないように真面目に授業を受けた。

数学の授業の後は体育になっていて、私は着替えをする為、咲と一緒に女子更衣室に向かう。

「それで、テストの結果はどうだった? 目標は達成?」

「うん、全教科80点以上は達成したよ。それどころか、今回のテスト結果は過去最高の出来かも」

「おぉ! すごいじゃん! やっぱり優秀な家庭教師がいたからかな?」

「そうだね」

私が言葉を返すと、咲は「めっちゃ嬉しそうじゃん」と笑いながら言う。

「じゃあさ、テスト期間も終わって無事に綾香も目標を達成した事だし、パーッとカラオケでも行って打ち上げする?」

「いいね、それ!」

私は咲の提案に目を輝かせる。

さっそくどこのカラオケに行くか話し合おうとした時に、クラスの女子達に囲まれてしまった。

「ねぇねぇ東條さん。さっき数学の授業ですっごい笑顔を浮かべてたけど、もしかして、例の彼の事を考えてたの?」

「え? あ~……ううん、あれはちょっと、いい点数を取れたからそれで」

「東條さん、例の彼とは付き合ってるんだよね?」

「それはヒミツだよ」

「例の彼ってこの学校の生徒?」

「どうかな~?」

いつも通りの質問攻めに、私は愛想笑いを顔に張り付けて受け流す。そして咲に『後で話し合お』とアイコンタクトをする。

対する咲も『了解』と頷き返してくれた。

その後、体育の授業が終わって教室に返ってくると、私は自然と教室のある一点に視線を向ける。

窓際の一番後ろの席。晴翔君の席。

学校にいる間は、意識して彼を目で追わないように注意はしている。でも、どうしても反射的に目が晴翔君の姿を求めてしまう。

特に、今みたいに移動教室から戻ってきた時や、逆に晴翔君が教室から出る時は、私の視線は言う事を聞かなくなっちゃう。

今回も、私の表面上の意志を無視して瞳が晴翔君を捉える。

そして、その目がスッと細くなる。

なんと、晴翔君の周りに数人の生徒が集まっていて、困った事にその中には女子も混じっていた。

そして、その女子達は甘い声で晴翔君を誘惑している。……ような気がする……。

「大槻君、数学のテスト100点って凄いね!」

「いや、今回はたまたま、テスト前に勉強した問題と同じ問題があって」

「大槻、今回もまた学年トップか?」

「どうだろう? まだ成績表が返ってきてないから、わからないな」

「大槻君はきっと学年トップだよ!」

「はは、ありがとう」

「こんど大槻君に勉強教えて欲しいかも……」

「あぁ……まぁ、休み時間とかなら……」

「本当!?」

た、大変だッ! このままじゃ大変な事になっちゃう!!

晴翔君と話をしている女子の目が完全にハートマークになっている!! ような気がする!

でも、晴翔君は格好良いし、勉強も出来るし、家事も完璧で気遣いも出来て優しくて、好きになっちゃうのも当然だよね。

逆になんで今まで彼女がいなかったのか、不思議でしょうがないくらいだし。

そんな魅力の塊の晴翔君が、一対一で勉強なんか教えたら、確実に恋に落ちちゃう! それだけは、晴翔君の彼女として阻止しないとッ!!

……で、でも……どうやって……。

今ここで私が晴翔君に話し掛けたら『例の彼』は晴翔君だってバレちゃうかもしれないし……。でも、このままじゃ晴翔君が他の女の子と……うぅ……。

……あ、でも……いまの私は、雫ちゃんの作戦のお陰で、少しは晴翔君と接点が出来てるんだった……。なら、少しくらい私から話し掛けても不自然ではないはず…………よ、よしッ!! 晴翔君に話し掛けるぞッ!!

私はグッと握りこぶしを作ると、意を決して晴翔君の席に近付く。

「……はる…あ、お、大槻君」

危うく私は『晴翔君』と言いそうになって、慌てて言い換える。

そんな私に、晴翔君とその周りにいた生徒達が驚きの表情を向けてくる。

……晴翔君の驚いた表情、新鮮かも、可愛い……。

「あや…東條さん、どうしたの?」

「あ、あの……実は今回のテスト凄くいい点を取れてて、それってこの前の勉強会で大槻君から勉強を教えてもらったお陰なのかなって」

「そうだったんだ。東條さんがいい点数を取れて俺も嬉しいよ」

晴翔君は驚いた表情を直ぐに取り繕って、ニッコリと笑ってくれる。

彼のその笑顔は少しよそよそしさがあって、更に夏休みに出会った頃の様に『東條さん』呼びをした事も重なって、私は少し懐かしい気持ちになる。

まるで、彼が初めて家事代行を呼んだ時の晴翔君に戻っちゃった様な気がしちゃった。

その事によって、今の晴翔君と昔の晴翔君との違距離感の違いが明確に感じられる。

晴翔君の彼女になって、本当に彼との距離が縮まったんだなぁって実感する事が出来る。

その事が嬉しすぎて、私は今すぐにでも晴翔君に抱き着いて、彼の胸板に頬をスリスリしたい衝動に駆られるけど、それをグッと堪える。

「……東條さん?」

欲望を必死に抑えてプルプル小さく震える私に、晴翔君が怪訝そうに声を掛けてくる。

「あ、ごめんね。その……大槻君の予定が空いていればなんだけど。えーっと……この前勉強会をしたメンバーで、その……打ち上げでカラオケでもどうかなって」

「カラオケ?」

私が晴翔君をカラオケに誘った瞬間、教室内が水を打ったように静かになる。けど私は、その静けさを極力気にしないようにして言葉を続ける。

「うん……私と咲と、大槻君と赤城君、それに雫ちゃんの五人で、どうかな?」

これまでの雫ちゃんのお陰で、晴翔君をカラオケに誘っても不自然じゃないはず! それに二人っきりじゃなくて、五人で打ち上げなんだし、問題ないはず!

私は拳をグッと握り締めたまま、ジッと晴翔君からの返事を待つ。

晴翔君は一瞬だけ教室内の様子をグルッと確認した後に、にこやかな笑みを浮かべて返事をしてくれる。

「そうだね。それじゃあ、皆でカラオケに行こうか」

「うん!」

晴翔君の返事に、私は笑顔で頷く。

その瞬間、教室内にはザワザワと囁き合う様な話し声が充満したような気がした。