軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十九話 二人だけでのゲーム

涼太の『けっこんしきんちょ金箱』で晴翔と綾香を散々イジリ倒した友哉達は、最後にもう一度郁恵と清子に挨拶をして帰っていった。

その後、夕食までまだ時間があるという事で、晴翔と綾香は再び綾香の部屋に戻り、夕食が出来るまで勉強をする事にした。

「はぁ~、恥ずかしかった……」

綾香は部屋に戻るや否や、テーブルの上に突っ伏して大きな溜息を吐く。

「涼太君の貯金箱は暫くネタにされそうだね」

「雫ちゃんにイジられそう」

「あはは……」

その未来は確実なので、晴翔はただただ乾いた笑い声を上げる。

「もう、雫ちゃんはすぐにイジッてくるんだから。それに咲や赤城君も揶揄ってくるし……」

涼太の『けっこんしきちょ金箱』は、さすがの咲も揶揄わずにはいられなかったようで、ニヤニヤしながら友哉と一緒に揶揄ってきていた。

その時のことを思い出したのか、綾香は可愛らしくプックリと頬を膨らませて、テーブルの上の置かれたままになっているお菓子に目を向けた。

その視線の先にはちょうどホッキーがあった。

「……涼太の貯金箱もそうだけど、ホッキーゲームも雫ちゃんが言い出しっぺだよね。皆の前であんなこと出来ないよ……ねぇ、晴翔君」

「……確かにやったらやったで、またイジられるネタになるだろうしね」

「だよね……」

晴翔の言葉に同意した綾香は、暫く黙ってホッキーの箱を眺めていたが、やがて突っ伏していた上体をむくりと起こし、おもむろにホッキーに手を伸ばす。

「だけど……やっぱり恋人同士なら、そういうゲームをやるのは普通……なのかな?」

「え? いや、あれは雫のでっち上げだと思うよ?」

「でも……雫ちゃんの言葉もまるっきり嘘だとは言い切れないと思うの」

綾香はそう言うと、一度立ち上がって壁際の本棚まで行き、一冊の漫画を手に取って晴翔の隣に戻ってきた。

「ほら晴翔君、この漫画のここを読んでみて……」

晴翔は彼女が持ってきた漫画のタイトルを確認して、若干頬を引き攣らせる。

「……俺様彼氏が私を好き過ぎて困ってます……?」

「そう! 略してオレスキ! この漫画すっごく面白くて人気なんだよ!」

目を輝かせる彼女に、晴翔は心の中で絶叫した。

綾香の恋人常識がクラッシュしてたのはこれが原因かッーーー!!!

これまでの恋人の練習などで、散々晴翔の心臓に負担を掛けてきた元凶を目の前にして、彼は注意深くその少女漫画の中身を拝読する。

綾香が見せてきたシーンは、かなりヤンチャそうな見た目の男の子が、大人しい雰囲気の女の子に、件のゲームを迫るというシーンであった。

少し強引な感じの男の子に、女の子の方はタジタジになりながらも、相手に好意を寄せている為か満更でもないような様子が描かれている。

「これって……」

「うん!」

「二人は付き合ってるの?」

「ううん、この時はまだ付き合ってないよ!」

晴翔の質問に綾香は瞳を輝かせたまま答える。

「……付き合ってないんだ」

「うん。でも逆に考えたら、付き合ってもいないのにこのゲームをするって事は、恋人だったらやって当然って事だよね?」

「そう……だね……」

綾香の勢いに押されるような形で晴翔は頷く。

人気の少女漫画というのは、これ程にまで一人の少女の恋愛観に影響を及ぼすものなのかと、晴翔は戦慄すら覚える。

咲達がいなくなったことで羞恥心が薄れた綾香は、早速晴翔とホッキーゲームをする為に、ホッキーの先端を口に咥え晴翔の方を向く。

「はい、晴翔君」

綾香は少し顔を上に向け、ホッキーの先端の高さを晴翔の口の位置と合わせる。

グイグイと進める彼女の姿に、晴翔は夏休み中の恋人の練習を思い出して、少しだけ懐かしい気持ちになる。

あの時も、愛の言葉をサラッと言い合うだとか、膝枕をするだとか、色々な事を綾香はグイグイと進めていた。

学園のアイドルである東條綾香は、実は結構積極的な女の子である。その事実を知ったら、学校の生徒達は一体どんな顔をするだろうか。

そんな事を想像すると、可笑しくなってしまって晴翔はその口元に小さな笑みを浮かべる。

「どうしたの晴翔君?」

ホッキーを咥えたまま、不思議そうに首を傾げる綾香。

晴翔はそんな彼女に、笑み見せながら首を横に振る。

「ううん。何でもないよ」

そう答えると、晴翔は綾香の口から伸びているホッキーの先端を咥えた。

「……なんだか恥ずかしいね」

「だね。思ってたよりも距離が近い」

ホッキーの両端をそれぞれ咥えながら、二人はその距離感に頬を赤くする。

「じゃ、じゃあ……よーいスタートで食べ始めるよ? いくよ? よーい……スタート」

綾香の合図で、晴翔はホッキーを端からゆっくりと食べ始める。

対面では、綾香も晴翔の様子を窺いながら小刻みにホッキーを食べ進めている。

最初にホッキーの先端を咥えた時に、綾香との距離がかなり近いと感じた晴翔だったが、それがポキポキとホッキーを食べる度に更に近くなってくる。

やがて、彼女と見つめ合うのが気恥ずかしい距離となり、晴翔はそっと瞼を降ろした。その数秒後、ホッキーを食べ進めていた彼の唇にふっくらと柔らかい、魅力的な感触が伝わる。

晴翔は少しだけ顔を後退させて、降ろしていた瞼を上げる。

すると、可愛らしくはにかむ綾香が視界一杯に飛び込んでくる。

「……普通にキスしちゃったね」

「だね」

そう言い合った後、二人は口の中のホッキーをゆっくりと咀嚼する。

「そう言えば、このゲームの勝ち負けってどう決まるんだろう?」

「確か、キスする前にホッキーから口を離した方が負けじゃなかったっけ?」

「キスしちゃった場合は?」

「う~ん……沢山ホッキーを食べた方が勝ち……なのかな?」

綾香の疑問に、晴翔も首を傾げながら自信無さげに答える。

そもそもこのゲームは、一種のチキンレースのようなもので、ゲームを進めるとキスをしてしまうというドキドキ感を楽しむものである。

その為、キスする事に抵抗のない恋人同士がこのゲームをしても、それはただイチャイチャしているだけになってしまう。

「今のは私と晴翔君、どっちがたくさん食べたかな?」

「どうだろ? 最後は目を閉じちゃったから、よくわからないや」

「私も」

笑いながら言う綾香は、もう一本ホッキーを取り出して晴翔の方を見る。

「もう一回やる?」

「いいよ。多くホッキーを食べた方が勝ちで良いんだよね」

「うん」

すでにキスをする事は確定である二人は、通常のゲームとは別の勝敗基準を作る。

晴翔と綾香は再びホッキーの両端を口に咥える。

「じゃあ行くよ?」

今度は晴翔がスタートの合図を出す。

「よーい……スタート」

開始の合図を言うのと同時に、晴翔は先程よりも早く食べ進めようとする。そんな彼の耳に、不意に綾香の甘い声が飛び込んできた。

「晴翔君、大好き」

「ッ!?」

完全に不意打ちを喰らった晴翔は、心臓がドクンと跳ねるのを感じ、口の動きが止まってしまう。

その隙を突いて、綾香はパクパクとホッキーを勢いよく食べて迫ってくる。

接近してくる彼女に、晴翔はハッと我に返り慌ててホッキーを食べ始める。しかし、最初の出遅れを挽回する事が出来ず、ホッキーの中心よりも大分、晴翔よりの場所でキスをする事になってしまった。

晴翔よりも多くのホッキーを口の中に収めた綾香は、作戦が成功して何とも満足気な笑みを浮かべている。

まるで勝者の余韻に浸るかのように、ゆっくりとホッキーを噛み締める彼女を見て、晴翔の中に負けず嫌い根性が湧き上がってくる。

彼はふと思い返してみる。

初めて綾香と映画を観に行った時も、手を繋ぐ彼女に返り討ちにあっている。

恋人の練習でも、積極的な綾香にタジタジとなり、バーベキューでの線香花火勝負にも負けている。

そしてお家縁日で、かき氷の味当てゲームをした時も勝負には勝ったが、完全に綾香に主導権を握られていた。

そろそろ彼女をギャフンと言わせたい。

そんな思いが晴翔の中に芽生えた時、ふと彼の脳裏に先ほど見た少女漫画の事がよぎった。

あの漫画の男の子は、かなり積極的に主人公に迫っていた。それこそ少し強引とも思える程に。

実は綾香もあのような事に憧れているのでは? そう考えた晴翔は、いまだのんびりとホッキーをモグモグしている綾香を見据える。

そして、おもむろに彼女の方に腕を伸ばすと、そのまま自分の方に抱きよせた。

「ふぇ?」

突然の晴翔の行動に綾香は目を見開き、その口からは少し気の抜けた声が漏れ出る。

そんな彼女の唇に、晴翔は自分の唇を押し付けた。

「ぅん」

驚きの連続で綾香の口が僅かに開く。その隙を逃す事無く、晴翔は彼女の口内にあるホッキーを根こそぎ奪い取る。

「んんぅ」

晴翔の一連の動作に、綾香は目を白黒させる。

そんな彼女の反応に、晴翔は満足し綾香から奪ったホッキーを飲み込んだ。

「今の勝負は俺の勝ちだね」

晴翔が勝利宣言をする。すると、突然のキスに頬を赤くしながら潤んだ瞳を彼に向けていた綾香がハッと我に返る。

「……ず、ズルい!! 今のは反則だよ!」

「相手からホッキーを奪っちゃダメってルールは無いよ?」

「むぅ~! もう一回勝負しよ!」

「いいよ」

ムキになって勝負を挑んでくる綾香に、晴翔は余裕の笑みを浮かべながら頷く。

そして三度ホッキーを咥える二人。

晴翔が開始の合図をする。

「いくよ? よーい……ドン!」

合図と同時に晴翔と綾香は勢い良くホッキーを食べ始める。

綾香は二度も同じ作戦を使う事が出来ず、素直にホッキーを急いで食べる。しかし、一口の大きさは晴翔と同じという訳にもいかず、加えていたホッキーの大半を彼に食べられてしまう。

「ふふん」

綾香よりも多くのホッキーを食べた晴翔が勝利を味わうかのようにホッキーを咀嚼する。

そこに、綾香は両手を前に突き出し、勝者の笑みを浮かべる晴翔の頬を両掌で挟み込む。そして、彼の顔をグイッと引き寄せると、晴翔の口の中からホッキーを奪おうと、彼の唇と重ね合わせた。

しかし、晴翔は唇をギュッと固く閉ざし、綾香の口内への侵入を阻止しホッキーを死守する。

「む! むぅ!」

綾香は何とかして晴翔のホッキーを奪おうと何度も唇を重ねるが、彼の唇は頑として開かない。

そこで、綾香は晴翔の頬に添えていた掌をそっと降ろし、彼の脇の下を通すとギュッと抱き着く。

「晴翔君のイジワル……」

シュンと落ち込んで悲しそうな声を出す綾香。

そんな彼女の様子に、晴翔は若干慌てた様子を見せる。

「そ、そんなに落ち込まなくても――」

「隙ありッ!!」

「ふぐっ」

慰めの言葉を掛けようと口を開きかけた晴翔。

その一瞬の隙を綾香は見逃す事無く、彼女は素早く唇を合わせると彼の口内から熱烈な口付けでホッキーを奪い去る。

「むふふふ」

作戦が成功し、嬉しそうに晴翔から奪ったホッキーを食べる綾香。

彼女は咀嚼したホッキーを飲み込むと、ニッコリと口角を上げた。

「今のは私の勝ちだね」

「いや、今のは……」

「相手のホッキーを奪っちゃダメってルールは無いもん」

先程の晴翔の言葉をそのまま返す綾香。

彼女の言葉に、晴翔は苦笑を浮かべながら内心で『敵わないなぁ』などと呟きながら、更に一本ホッキーを手に取った。

「じゃあ、もう一回勝負しようか」

「うん、いいよ」

その後二人は、本来のゲームとはかけ離れたルールでホッキーゲームをするのであった。