軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 「秘薬」(レグルス視点)

アース王国、第一王子レグルス・レオ。

彼は『血染めの冷血王子』と謳われるほどの猛将だ。

王子として王国騎士団の第一師団を率いて、敵国の軍と戦ったり魔占領域を切り開いたりしている。

その武勇伝は数知れず、彼を現代最強の魔術師と断言する者も多い。

特にその根拠として、彼の特異的な魔力が挙げられる。

レグルスの魔力は世界でも類を見ない“黒い色”をしている。

魔力は色によって得意魔法が変わるようになっているが、黒魔力だけは例外。

黒魔力は治癒魔法を除いたすべての攻撃魔法を、最大限の力で扱うことができる。

加えてレグルスは、その潜在能力に寄りかかることなく努力と研鑽を惜しまなかった。

魔術師として経験と知識を蓄えて、王子として騎士団を導く指揮能力も磨き上げた。

討ち倒した敵国の名将や災害級の魔物は両手では数え切れず、王国に光を灯す存在となっている。

もはや世界的に見ても、歴史上に名前を残す人物であることに、疑いの余地は一片もありはしない。

しかし、そんな彼は今…………まるで別人かのように床に臥していた。

「……」

鍛え抜かれていた体は線が細くなり、ガウンの隙間から覗く胸板は若干骨張っている。

黒髪で僅かに隠れた目元には包帯が巻かれていて、両目を完全に覆っている。

そんなレグルスからは気力も覇気も感じず、見た者は弱々しい男性という印象しか受けないだろう。

血染めの冷血王子と呼ばれていた猛将の影は、今や影も形もない。

「レグルス様、失礼いたします」

「……ベガか」

「昼食をお持ちしました」

そんな彼の部屋に、一人の少年がやって来る。

ベガ・ライラ。

公爵家の長男で、騎士修行のために二年前にレグルスの従者になった。

修行中の見習い騎士は、手本となる先輩騎士の身の回りの世話をしながら騎士の素養を積んでいく。

しかしベガが従者になった時には、すでにレグルスはこの状態で、ベガは本来の見習い騎士とは少し違った形で主の世話をしていた。

「本日もお手伝いさせていただきます」

「……いつもすまないな」

ベガはレグルスが腰掛けるベッドまで行くと、昼食を匙でよそって口元にゆっくりと運んだ。

レグルスは唇に匙が触れてからようやく口を開けて、匙の中身を口に含む。

レグルスは、完全に“目が見えない状態”だ。

二年前の災害級の魔物との戦いで、彼は仲間を庇って両目を失った。

本来であれば死んでいてもおかしくないほどの重傷ではあったが、その時は運良くポーションを保有していた。

当時はかなり希少だった上質なポーションを持っていたおかげで、なんとか一命は取り留めたが、完全に弾け飛んだ 眼(まなこ) は再生されることはなかった。

ポーションは常識外れの効力を持っている魔法薬ではあるが、所詮はただの傷薬だ。

瞬時に傷を塞ぐだけで、人智を超越するような奇跡を起こせるわけじゃない。

千切れた手足は繋がらないし、失われた部位は再生しないし、弾けた 眼(まなこ) が元に戻ることもない。

魔物はその後、辛くも撃退することができたが、レグルスは大切な両目を失って戦線離脱を余儀なくされた。

それからというもの、一人で満足に生活をすることもままならず、その頃にちょうど騎士修行にやって来たベガに支えられるようになった。

「今日もこれくらいでいい。手を貸してくれてありがとう」

「も、もう少しお食べになりませんか? 味付けも甘めにと厨房に届け出て、レグルス様のお好みに合わせてみたのですが……」

レグルスは無言でかぶりを振る。

そう応えられてしまい、ベガはおもむろに匙を下げた。

確かに甘めの味付けはレグルスの好みではあるが、目を失ってこの方、食事を美味しく感じない。

視覚の効果というのは真に恐ろしいものらしく、それが何かを頭では理解していても、目からの情報がないと味がほとんどしないのだ。

そのため食が進むことはなく、この通り細々とした体になってしまった。

「……恐れながら、レグルス様の体は栄養が不足しているように見受けられます。お食事の量を増やさないまでも、回数を増やして少しずつ取り入れていくというのはいかがでしょうか?」

「気遣ってくれて感謝する。でも大丈夫だ。これ以上ベガの自己鍛錬の時間を削ってしまうのも忍びないからな」

「私のことでしたら、お気になさらなくてもよろしいのに……」

弱気なレグルスを見て、ベガは悲しげに肩を落とす。

ベガは才腕を振るっていた当時のレグルスを知っており、密かに憧れを抱いている。

幼い頃は高慢で公爵家の地位に寄りかかって怠惰な日々を送っていたが、血染めの冷血王子の勇姿を見て以来、心を奪われて真面目に魔法修行に取り組むようになった。

ベガにとってレグルスは自分を変えてくれた恩人でもあるため、早く元気になってもらおうと親身に寄り添っている。

「私はレグルス様の従者ですので、身の回りのお手伝いをさせていただくのは当然のことです」

「だからと言って、このように付きっきりで見てもらわなくても大丈夫さ。それに僕も、多少のことなら自分で出来るようにはなったんだから」

「いいえ、お一人でいて怪我をされるかもしれませんので、どうか私にお手伝いさせてください」

ベガは昼食を片付けながら、十四の少年らしい無垢な笑みを浮かべた。

「未来の国王様に、これ以上傷を負わせるわけにはいきませんから」

「……」

ベガは第一王子のレグルスが次期国王になることを信じて疑っていない。

しかしレグルス本人は、継承権を弟の第二王子に委ねたいと考えている。

国の行く末を自分の目で見届けることができない国王など、滑稽だからと。

(ベガ、僕は君の顔すらまったく知らないんだよ。いつも身の回りの世話をしてくれている従者の顔もわからない。手を貸してもらわなければろくに城を歩くこともできない。本当にこんな僕が、一国を背負って立つ王になれるだろうか)

そんな自嘲的な思いを、第一王子のレグルスは密かに抱えていた。

「あっ、そういえば忘れておりました。レグルス様、こちらをどうぞ……」

「んっ?」

ゴトッとベッドの脇の小棚に何かを置く音が聞こえた。

レグルスは音だけでそれが何かを察する。

「……また、どこかで仕入れて来たポーションか?」

「はい。お手すきの際に試してみてください」

ベガはよく、町で見かけたポーションを仕入れて来る。

彼はまだ、レグルスの目が治ることを諦めていない。

超常的な効能を発揮する魔法薬であれば、いずれレグルスの目を治すものが見つかるのではないかと考えているのだ。

もちろん失われた目を復元できる奇跡の魔法薬など、現状どの国でも開発や発見はされていないため、無駄な手間を掛けさせたとレグルスは罪悪感を募らせる。

「もう、無理に仕入れて来る必要はないんだぞ。所詮ポーションはポーションだ。この目を良くするほどのものが見つかるとはとても……」

「いえ、少しでも可能性があるのなら、試してみるべきだと私は思います。レグルス様の快気を、皆様心待ちにしていますから」

そう言ったベガは、次いで興味深い話をした。

「それに今回のポーションは、少々面白い噂が流れておりまして」

「噂?」

「何やらコズミックの町では最近、とある魔法薬師のポーションが話題を集めているようです。特に冒険者たちの間で騒がれているようで、そのポーションを使った者たちいわく……」

一拍置き、少し冗談めかすような口調で続けた。

「死んでいなければ、なんでも治してくれる秘薬だとか」

「ふふっ、それは本当に安全なものなのだろうな?」

あまりにも冗談が利き過ぎているように聞こえる。

そんなものが実在しているのなら、今頃世間は大騒ぎになっているはずだ。

「まあ、さすがにそれは言い過ぎかと思いますが、ポーション技術がまだまだ発展途上なのは確かです。もしかしたら不意に、レグルス様の目の回復を見込めるようなポーションも出来上がるかもしれませんよ。ですから引き続き、目ぼしいものを見つけましたらお持ちいたします」

「……面倒をかける」

正直望みは薄いと思える。

けれどベガの健気な思いだけは真っ直ぐ受け取ることにした。

「それにたとえ、目の回復が叶わずとも、私があなたの目になります。お傍に仕えてお役に立ってみせますから、どうかご安心くださいませ」

ベガはそう言って、昼食を下げに行った。

彼の前向きな空気に当てられて、レグルスは弱気になっていた心を少しだけ持ち直した。

(……そうだな。従者のベガがここまで親身になってくれているんだ。僕が弱気になってはいけない)

目が治る可能性はほとんどないだろうが、それでも自分にできることはまだある。

家族もいまだに背を押してくれていて、何より頼りになるベガが傍にいてくれる。

(ここまで支えてくれた皆の期待に応えたい)

周りにはまだ苦労や不便をかけることにはなるだろうが、それでも諦めずに国王を目指すことを決めた。

しかし、本音を言えば……

(この国の行く末は、しっかりと自分の目で見届けたかったがな)

国の未来、国民たちの笑顔、大好きだった自然豊かなアース王国の景色。

それがもう見れないというのは、やはりとても寂しく思えてくる。

そんなことを考えながら、レグルスはベガが持って来てくれたポーションを手に取った。

彼の優しさを無駄にしないために、小瓶の栓を開けてポーションを飲む。

中身をすべて飲み干し、やはり何も変化がないことに少し落胆しながらも、従者の気遣いを感じて心は満たされた。

今はこれだけで充分……

「んっ?」

その時、レグルスは不意に目元に違和感を覚えた。

何やら、目元が“熱い”。

包帯の内側で熱気が広がるかのように、そこには確かに熱が生まれていた。

「なん、だ……これは……?」

別に苦痛というわけではなく、むしろ心地良いとも思える温かな熱。

次いで、空っぽだった目元に異物感のようなものが生まれて、レグルスは思わず目元を押さえた。

「い、いかがいたしましたかレグルス様!?」

目を押さえて伏せていたからか、部屋に戻って来たベガが慌てて駆け寄って来る。

心配はいらないと言うように、手を振りながら顔を上げたその時……

包帯の隙間から、ベガの顔が“見えた”。

「見、える……」

「えっ?」

そしてベガも見る。

解かれかけた包帯の隙間から、失われたはずのレグルスの“黒い眼”が覗いているのを。

「レ、レグルス様、目が……!」

「あ、あぁ。どうやら、そうみたいだな」

おもむろに包帯を取ると、暗闇に包まれていたレグルスの視界に、唐突に光が差し込んだ。

久しく見る自分の部屋。見違えるように細くなった自分の手脚。初めて見る支え続けてくれた従者の顔。

誠に信じがたいことに、失われたはずのレグルスの目が、一瞬にして元通りになった。

「う、噂は、本当だったということか」

手にしていたポーションの空き瓶に目を移し、レグルスは驚愕の思いで息を呑んだ。