軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 「聖女の私はお払い箱です」

「聖女スピカ、貴様との婚約を破棄する」

宮廷のパーティー会場にて行われている、上流階級を招いた夜会。

その場にて、私は婚約者の第二王子ハダル・セントに婚約破棄を告げられた。

周囲から夜会参加者たちの視線が殺到する。

いつもは不干渉な婚約者が、いきなり今回の夜会に呼び出してきた。

だから私はてっきり、正式に式の日取りでも決めて、皆の前で発表するんじゃないかと期待した。

気合を入れてドレスを新調し、流行の装飾品も取り揃えて精一杯にめかし込んだ。

けど、そんな風に浮かれていた私が間抜けでした。

「ど、どうしていきなり、婚約破棄なのでしょうか? それに、お隣のそのご令嬢は……」

彼の隣には、煌びやかな黒ドレスを着ている女性が立っている。

普段から彼と仲良くしている姿をよく見る侯爵令嬢カペラ。

彼女はあからさまにこちらに見せつけるように、ハダル様の腕にぎゅっと身を寄せていた。

私にはないたわわな果実がハダル様の腕に触れていて、それを羨むように見つめる貴族子息の者たちもチラホラと。

「どうやら婚約破棄された理由を自覚していないらしいな。ならば教えてやろう」

ハダル様は周りの参加者たちにも聞こえるように声を張り上げた。

「貴様も知っての通り、近頃は様々な分野の技術進歩が目覚ましい。特にポーション技術の発展は目を見張るものがあり、誰でも良質なポーションを手に入れられる時代がすぐそこまでやって来ている」

ハダル様はまさにその現物であるポーションを懐から取り出す。

それを掲げながら、彼はさらに続けた。

「これにより聖女の治癒魔法は完全に無用の長物となる。聖女という存在自体に価値が無くなるのだ。そのためこの俺との婚約も破棄とし、宮廷からも解雇とする。そして俺はここにいる侯爵令嬢のカペラ・ラビアータを新たな婚約者として迎え入れることを宣言する」

「……」

衆人たちのどよめきが会場を満たす。

確かに今、ポーション技術の進歩は著しい。

服用するだけで体の傷がみるみる塞がっていく魔法薬。

聖女の私が使える治癒魔法とほとんど同じ効力を発揮する。

だから私も聖女としての立場が危ぶまれるかもしれないと危惧していた。

実際ここ最近は、治療活動を行う宮廷治療室に来るお客さんは減ってきていたし。

でもだからって、いきなり解雇宣告と婚約破棄なんて理不尽すぎる。

これまで私は、国民だけでなく王国騎士団の治療にも尽力してきた。

ハダル様の婚約者として合間の花嫁修行も欠かさなかったのに。

私たちの間に愛はなかった。でも国王陛下の意思で婚約が決まり、同じ使命感を持っていると思っていた。

でも彼は、すぐにでも私との関係を終わらせて、侯爵令嬢カペラと添い遂げたいと思っていたようだ。

「長い間待たせてしまってすまないな、カペラ」

「ようやくハダル様はお辛いご使命から解放されるのですね。王族だからと言って聖女との婚約を義務づけられ、自由を奪われてしまうなど何度聞いてもお労しいですわ」

「しかしそんな使命も今世代限りで終わりだ。ポーション技術の発展により、聖女の力は不要になったのだからな。これでカペラとの真実の愛を貫くことができる」

聖女。

白色の魔力……通称『聖女の魔力』を宿した人間のこと。

人は生まれながらに『魔力』を宿していて、『魔法』という超常的現象を引き起こすことができる。

魔力には“色”が存在し、色によって得意魔法というのが変わる。

赤魔力は炎魔法、青魔力は水魔法、緑魔力は風魔法、といった具合に。

そして白魔力を持つ者は治癒魔法を得意とし、白色以外の魔力では治癒魔法を扱うことができないのだ。

加えて白魔力を宿した人間は一世代に一人のみしか現れないと言われているほど希少。

そのため白魔力持ちの人間はどの時代でも大事にされて、身分に関係なく宮廷で保護されたという。

かつて世界的な大災害から王国を救った実績もあり、いつの時代からか白魔力を持った人間を『聖女』、白色の魔力を『聖女の魔力』と呼ぶようになった。

かくいう私も五歳の時に白魔力を持っていることが判明してから、聖女として宮廷に囲われた。

魔力の色や濃さはある程度血筋によって決まるため、聖女の魔力が後世に受け継がれる可能性を少しでも高めるために、王家の人間との婚約も結ばされた。

しかし今、長らく続いてきたその慣習が終わりを告げようとしている。

ポーション技術の発展によって。

でも、ここで素直に婚約破棄を受け入れるわけにはいかない。

「お待ちくださいハダル様」

「なんだ? 何か文句でもあるのか?」

「私たちの婚約はすでに契約として、両家の間で正式に交わされております。確認なのですが、此度の婚約破棄を国王様は承知していらっしゃるのでしょうか?」

夜会の場にはハダル様とカペラ、そして招かれた上流階級の人間しかいない。

彼の兄である第一王子も、王国騎士団を率いて魔占領域の開拓作戦に参加中で王都に不在。

国王様も王妃様もおらず、ハダル様より上の位の人物が一人もいない状況なのだ。

もしかしたらこれはただのハダル様の暴走で、国王様に伝えれば彼を止めてくれるかもしれない。

そんな淡い期待も、即座に打ち砕かれた。

「貴様も知っての通りだ。父上……リギル国王は現在、幼少時に受けた魔物の呪いが悪化し、体調を崩されて治療院で療養中だ。まともに面会も叶わない。だがリギル国王も必ず同じ決断をすると断言できる」

「そこは、国王様の意向をきちんとお確かめになってからの方が……」

「くどいぞ!」

えぇ……

聞く耳を持たないとはまさにこのこと。

確かに国王様も聖女に価値が無くなったと判断する可能性はある。

それほどまでに、現在普及しつつあるポーションは使い勝手もいいから。

それで私が解雇されても不思議じゃないけど、そこは一応確かめてから婚約破棄の話を進めるべきなんじゃないでしょうか?

「貴様の思惑はわかっているぞ。生家のヴァルゴ伯爵家は多額の負債を抱えている。俺との婚約を成立させ、王家から経済的支援を得ようと考えているのだろう」

「王家との繋がりにしがみつこうという魂胆が見え透いておりますわよ」

いや、確かにその通りではあるんですけどね。

私の実家のヴァルゴ伯爵家は、先代の時期に魔物被害と領地の不作の二重打撃によって経営不振に陥っている。

多方から多額の借金も背負っていて、このままでは地位の返上もやむなく没落する可能性がある。

だから私に『聖女の魔力』が宿っていることがわかって、家族は揃って歓喜したものだ。

王家との繋がりを得られれば、貧乏伯爵家の実家と領民たちを裕福にすることもできるから。

そんなわけで私は、ハダル様との婚約を破棄されるわけにはいかないんだけど……

「たかが貧乏伯爵家の令嬢と第二王子の婚約が成立していたのは聖女に価値があったからだ。しかし聖女に価値がなくなればこの婚約は成立しなくなる。俺は呪縛から解き放たれて、真に愛する者と結ばれることができるようになったのだ」

そのようなことを言われてしまえば、私に反論の余地はなかった。

そして遅まきながら、今回の夜会はこのために催されたのだと理解する。

聖女が無価値になったことを強調するための場所。

加えて侯爵令嬢カペラとの婚約を大々的に発表するための場所。

周りに目があれば、私もしつこく反論してくることはないと考えたのだろう。

事実、会場は沸き立っていて、私は水を差すことができなかった。

人知れずドレスをぎゅっと握り、身につけた装飾品が虚しく音を立てる中、私は涙を堪える。

こんなに気合を入れて着飾って、馬鹿みたいだ。

お互いが十八になったら婚姻を結ぶことになっていた。

ちょうどその歳になったものだから、今日は式の日取りを正式に発表するものだと思っていたのに。

「皆様方、真実の愛によって結ばれたこの第二王子ハダルと婚約者のカペラのことを、これからどうか温かく見守ってくださいませ」

政略だからって、私はハダル様の花嫁になれることを誇りに感じていた。

分不相応かもしれないけど、あなたに相応しい花嫁になろうと決心していた。

今日は皆に正式な婚姻を祝福してもらえるものだと、すごく嬉しい気持ちで満たされていたのに。

衆人たちの拍手が鳴り響く中、私は耐え切れなくなって逃げるように背を向けた。

そして背中越しにハダル様とカペラの仲睦まじいやり取りを聞きながら、宮廷のパーティー会場を後にしたのだった。