軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

村の名前と流浪のじいちゃん

館の貴賓室で待っていると、扉をノックする音がした。

「どうぞ」

僕の代わりにエスパーダが答える。

「失礼します」

扉の向こうでアーブが返事をし、扉を開けた。

現れたのは、初老の男性だった。頭頂部の髪の毛が薄くなった、自信なさげな細い体形の老人だ。

格好は決して裕福とはいえない。恐らく、他の村からきたのだろう。

僕は机を挟んで反対側にある椅子を指し示し、微笑みと共に着席を促した。

「こちらへどうぞ」

そう告げると、老人は周りを気にしながら、恐る恐る椅子に浅く座る。

まぁ、対面のソファーに座るのは僕一人だけど、後ろにはエスパーダとディーが立ち、老人の後ろの角にはカムシンとロウが立っているのだ。ちょっとした圧迫面接である。

「あ、あの、わしは、せ、セアトの村に来たつもりだったんじゃが……この、不思議な街はいったい……」

困惑を隠せない老人の疑問に、こちらも首を傾げる。

「セアトの村? エスパーダ、知ってる?」

振り返って尋ねると、エスパーダは澄ました顔で頷いた。

「村長に聞いた話ですが、この村が出来る前、この地にはセアトという民が住んでいたと聞いております。その名残から、セアトの村と呼ぶ者もいるそうです」

名前あるじゃないの!

思わず大きな声を出して文句を言いそうになったが、エスパーダは「それがどうかしました?」みたいな顔をしている。

騙された。純真な八歳児のヴァン君が騙されましたよ。

ヴァン村にするために黙ってたな、こやつ。

水面下で進んでいた恐ろしい策謀に戦慄しながらも、僕は努めて冷静に口を開く。

「……とりあえず、この村がそのセアトの村で間違いないみたいだね。それで、この村に何の用事かな?」

気を取り直してそう言うと、老人は目を丸くして室内を見回した。

「いや、その、あまりにも様変わりしてしまっていて、どうにも信じられないような気分じゃ……わしが子供の頃に来たっきりじゃったが、これほど……」

と、老人はまだ村の変貌ぶりに信じられない信じられないと呟いている。ダメだ、僕の声が聞こえていない。

「何の用事ですかー!」

僕が声を大にして聞き直すと、老人はハッとした顔になり、頷いた。

「そ、そうじゃった。その、わしらは隣の村の者なのじゃが、ここ数年若い者が徐々に減ってしまって……もう皆が食べる物も無い状態なのじゃ。だというのに、領主様は税が足りないと……」

悔しそうに俯く老人を見て、腕を組んで唸る。

「過疎化かな? やっぱり都会に出稼ぎに行って街の遊びを覚えたら田舎に帰りたくなくなるとか?」

そう口にすると、老人は目に怒りを滲ませて首を左右に振った。

「若い者らは、自ら村を出たわけじゃない。戦に備えて兵を増やすために連れていかれたんじゃ」

「兵を増やすために?」

聞き返すと、老人はこちらを睨むように見上げる。

「伯爵様は戦があると思って準備されとるのじゃ。だが、働き手を失った村は税など払えん。貴族の方はわしらみたいな下々の者のことなど、どうでもいいんじゃ」

「あぁ、フェルディナット伯爵領の村の話か。それなら良かった」

そう答えると、老人は眉間に深い皺を寄せた。

「……よその領地の話だから、関係無いと言うんじゃな」

握った手を小刻みに震えさせながら、悔しそうに呟く老人。

それに片手を振って「いやいや」と否定の言葉を口にする。

「僕がモメると困るのはウチのダディだからね。まぁ、ちょっと大変そうではあるけど、村の人皆でここに移住してくる?」

「え? わ、わしらを受け入れてくれるのか?」

移住を提案すると、老人は雨に打たれた子犬のような顔になって聞き返した。別に可愛くはない。

まぁ、伯爵に気を使うなら村人の受け入れは無しだろう。なにせ、伯爵の領民を奪う事にもなるし、伯爵の領地に問題があると言っているようなものだ。

良く思われないのは間違いない。

「まぁ、仕方ないよね」

だが、僕は気にしないことにした。怖いのは逆らい辛いダディと王様くらいだ。まさか侯爵領に攻め入ってくる事も無いだろうし、ここは大人の対応で知らぬ存ぜぬで通すのみ。

「とりあえず、うちは皆がちゃんと暮らせるようになるまでは無税だからね。食べ物もあるし、村のために頑張ってくれたら家を建ててあげよう」

「こ、ここが天国じゃったのか……!?」

僕の言葉に、老人は腰を抜かすほど驚いた。ウヒョーという感じだ。リアクションが古いのが趣があって良い。

「それで、村の住人は何人かな?」

そう尋ねると、老人は涙を滲ませて口を開く。

「三百人ほどおりますじゃ」

「……家は一世帯に平家一軒だからね? あまり期待しないように」

「いや、夢のような話じゃて。そんなに良くしていただいて良いのじゃろうか。そうじゃ。わしの孫娘で良かったら召使いにどうじゃろ。今三才じゃが、これからどんどん可愛くなるぞい?」

「犬や猫じゃないんだから、そんな簡単に孫娘を差し出さないように」

老人発案のお礼の品に僕は脱力と共に返事をした。

いや、領主に女子供を差し出す文化も知っているよ。でも、普通にドン引きだよね。

国内外の王侯貴族の逸話を学ぶと、現代日本では信じられないような話がいっぱいあるのだ。まぁ、貴族間でも御歳暮みたいな感じで人が行き来してる気がするけど、突っ込み出すとキリがないのでそこは考えることを止める。

人の命や扱いが軽いのは今更だ。

詳しく聞けば、隣の村と言っても大人の足で二週間かかるという。なぜ、町ではなくこちらに来たかと言うと、伯爵領にいれば必ず税を払わなかった罪で裁かれると思ったからだそうだ。

「馬車の貸し出しをしよう。馬が今は僕のしかいないから、二頭だけだけど大丈夫?」

「い、いや、そんな……! 馬車まで出してもらってありがたい限りですじゃ! 村に戻れば放牧している牛が十頭ほどおりますじゃ。帰りは牛に引かせれば、領主様の馬は疲れさせずに帰らせて……」

「牛? 牛がいるの? 乳牛?」

老人の言葉を遮り、質問する。老人は目を白黒させているが、それどころではない。だって牛だよ、牛。

老人は何か悪いことを言ったのかと冷や汗を流しながら頷く。

「そ、そうじゃな。伯爵領は放牧が盛んなのじゃ。だから、村の中には牛がおるもんじゃ。うちの村は辺境の割に近くにある砦から国境警備騎士団が来るからの。毎年牛を納めても常に十頭以上はおるんじゃ」

「毎年牛が産まれてるの? それ凄いことじゃない? 何頭くらい?」

矢継ぎ早に質問すると、老人は戸惑いつつも丁寧に答えていく。

「毎年五、六頭ですじゃ。牛は大体一年で大きくなりますからな。その年に産まれた牛を納めるのは翌年じゃな。どこの村も似たようなものじゃと思っておったが……」

老人は不思議そうにそう言った。

地球とは牛の種類が違うのだろうか。この辺境の村のような環境下でそんなに安定してポコポコ増えるなら、この村でも是非畜産をお願いしたいところである。

「よし。移住して牛を増やしてもらおう。護衛にはオルトさん達に依頼を出そうかな」

急にテンションが上がってきた僕はウキウキしながら話を進める。

「村長さん。疲れてるだろうし、今日は村で休んでいって良いからね。兵士用の宿舎だけど、休める場所はあるし、食事もあるから」

そう告げると、老人は目を瞬かせて口を開いた。

「わしは村長じゃねぇ」

「村長じゃないんかい」

違ったらしい。僕はソファーの上でずっこけた。