軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トラブルもあるよね

船が動き出すと、風の魔術のお陰でぐんぐんと加速していった。自分の望む方向に風を吹かせることが出来るというのは素晴らしいことだ。なにせ、皆がぎこちない動きしか出来なくても速度だけはトップスピードになるのだ。

「おお、大成功ですな!」

魔術によって追い風を受けている為だろうか。思ったより強い風は感じず、むしろ快適な海の旅だ。速度が乗っているせいで船は跳ねるような揺れがあるが。

「す、すごいです……」

「やはり、馬車の揺れとは違うな」

アルテとパナメラも甲板で海を見ながらそんな感想を口にする。そこで、ふとカムシンの体質を思い出した。

振り返ると、再び真っ青なカムシンが現れているではないか。

「……ヴァ、ヴァン様。す、少し、速度を……ゆ、ゆゆゆ、揺れが……」

「了解! 魔術師さーん! 風を止めてー!」

臨界点が近い。そう感じた僕は即座に船の停止を依頼した。すると、ロッソさんの部下であるローブ姿の中年男性が頷き、魔術を中断してくれた。船は慣性で前進しているが、徐々に速度は落ちていく。

揺れも収まっていき、カムシンは甲板の端で手すりに寄り掛かるようにして息を整えた。

「だ、大丈夫?」

「お水を持ってきましょうか?」

ティルと一緒にカムシンの体調を確認する。こちらの様子に気が付き、水平線を目で追っていたアルテとパナメラも歩いてきた。

「大丈夫か?」

「あ、顔色が……」

二人が心配そうに顔を覗き込むと、カムシンは青くなったり赤くなったりした。大忙しである。

「あ、い、いや、だい、大丈夫で、す……!」

信号機のように顔色を変えるカムシン。いや、速度が速い。これは手旗信号だ。

そんなことを思っていると、操舵をしてくれていたディーから声をかけられた。

「ヴァン様、どこまで行きますかな? 思いのほか速度が出たせいで、もう岸があんなに離れておりますぞ」

「え?」

ディーの言葉に驚いて船尾の方向へ顔を向けると、確かに陸地が細ーくなっているではないか。何なら、トリブートの街並みが良く分からないくらいになってしまっている。

「うわ、本当だ。今の間に何キロも離れちゃったってこと? これは、本格的に船が最高の移動手段になりそうだね」

遠く離れたトリブートを目を細めて凝視してみる。だめだ。大きな建物の形も分からないくらいである。そう思っていると、カムシンが青い顔で細く長い息を吐いた。

「……まだ、ロッソ様がご覧になってますね」

「嘘ぉっ!?」

カムシンの言葉に驚愕して聞き返す。まったく見えない。人など認識できるわけがない。しかし、カムシンは冗談を言っている風ではない。

「え? いえ、ロッソ様の部下の方々やパナメラ様の部下の方々もこちらを見てらっしゃいますし……」

「そんなバカな!?」

カムシンが真面目な顔でとんでもない報告をし、僕は愕然とした。鎧を着ている騎士達がどちらの所属かまで認識しているのか。視力が十だと言われても信じるぞ。

カムシンの異常視力に目を白黒させていたその時、不意に船首の方が騒がしくなる。

「海中に大きな影を発見! 大型魔獣の可能性があります!」

「大きいぞ!」

アーブとロウが緊迫感のある様子でそう叫んだ。

「え? 大型の……」

二人の報告に驚いて振り返ろうとしたが、視界の端に何かを捉えて止まる。妙な違和感だ。海面に何かが顔を出したわけでもないのに、何が……。

無意識に、違和感を感じた方向へ視線を向ける。

「こ、これは……」

ずっと手すりにしがみ付いていたカムシンが、先に反応した。

水面には、冗談みたいに大きな影が映っていたのだ。いや、これはいわゆる魚影だ。海中に何かがおり、それが影のように暗くなって見えているだけである。シルエットしか分からないことから、かなり深いところにいそうなのに、その大きさは明らかにこの船よりも大きい。

「……ドラゴンより大きくない?」

その馬鹿げた巨大さに、思わず呆れたような笑いが漏れてしまう。いや、冗談にもならない状況だが、現実感が無さ過ぎて笑ってしまったのだ。それだけ、海中にいる魔獣は巨大である。

影はゆらりと動き、船尾から船首の方向へ戻っていった。

「……顔を出してくれれば一撃入れられるのだがな」

珍しく緊張した様子でパナメラがそう呟く。確かに、水中にいる相手には火の魔術は効果がないだろう。というか、たとえ大きな石を落としたところで水の抵抗を受けて遅くなり、簡単に避けられてしまうだろう。水中を攻撃するなら水の魔術くらいしか無さそうだ。

そして、我が船団には水の魔術を使える人間が乗船していない。

「攻撃することが出来れば追い払えるかもしれんな」

パナメラがそう口にして船首の方へ歩き出す。一方、アルテは不安そうな顔で僕の服の裾を掴んでいた。

「急いでトリブートに戻るよ! 風の魔術をお願い!」

「は、はい!」

緊急時である。ロッソの部下であっても強めに指示を出させてもらった。頑張ってくれているから魔力の残量が心配だが、ここは何とか絞り出していただきたい。

そう思った次の瞬間、船が大きく揺れた。

「し、下から……!?」

それ以上、何かを言う暇もなかった。巨大な船はその大きさに見合った重量の筈だが、船首は勢いよく持ち上げられ、反対に船尾は一気に海面近くへ追いやられる。甲板は殆ど垂直に近いくらいの状態になり、船が傾く勢いで足は床からふわりと離れてしまった。

「ヴァ、ヴァン様……っ」

手すりにしがみ付いていたカムシンが振り落とされそうになりながら手を伸ばす。咄嗟に、その手を取ろうとしたが、僕の手は空しく空を切った。