軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編②-2.平穏な一日

日が傾き始めたころ、ルシアンとマルグリットは大通りの店を訪れていた。

すっかり甘くなった夫ルシアンが、ようやく訪れた夫婦水入らずの時間にデートを要望したためだ。

「これはどうでしょうか、ルシアン様」

マルグリットがさしだしたのは、細い木の棒に紐をつけ、紐の先に鳥の羽根を数枚結びつけたおもちゃ。ルシアンが手に持っているのは、鶏の肉を干したおやつ。

店内にはおもちゃやおやつのほかにも、首輪やネコ用の服も置かれている。

さらにはネコだけでなく、犬のための商品や、魚の水槽やエサもあるし、動物をモチーフにしたかわいらしい雑貨など、動物に関するありとあらゆるものが揃う、というのが売りの、大型店なのである。

あいかわらずルシアンとマロンの関係は一進一退というもので、おとなしく抱っこされている日もあるかと思えば、鋭いパンチをくりだす日もある。

そんなひとりと一匹の仲をとりもとうと苦戦しているマルグリットが、ぜひ訪れたかった店だ。

「マロンは紐で遊ぶのが好きですし、羽根も好きですから、組みあわせたおもちゃというのは非常に魅力的だと思います!」

「そうだな、これを買おう。それにおやつと、ぬいぐるみと……」

真剣な顔でささみジャーキーとねずみのぬいぐるみを持ち、ルシアンは頷いている。ド・ブロイ家に嫁いできたばかりのころの自分に今の光景を見せても、信じられないかもしれない。

やっぱり笑顔になってしまいそうな表情を引きしめて、マルグリットも隣に並んだ。

ひととおりマロンのための品物を選び終わり、店内を見てまわっていたマルグリットは、「あっ!」と声をあげた。

さすが〝ありとあらゆるものが揃う〟と豪語するだけあって、店には海水生物のグッズもある。

深海コーナーと看板の掲げられた一画へ歩みより、品物を手にとるマルグリットを、ルシアンが覗き込む。

「これを買うのか……?」

「これも買いましょう!」

目を輝かせてマルグリットがさしだしたのは、深海魚を模したマグカップ。

毒々しい赤い色で、球状に近い丸みを帯びた側面や取っ手から尖ったヒレが突きだしている。

ルシアンは微妙な顔をしているが、図鑑で描かれた姿はもっとおどろおどろしい見た目だった。マグカップになってふくらんでいるぶん、これでもかわいらしいのだ。

「おそろいにしませんか?」

「待て。少し考える……」

もうひとつ深海魚マグカップを持ちあげるマルグリットに、ルシアンは眉根を寄せて真剣に考え込んでしまった。

ド・ブロイ領の海で遊んだ際に、ヒトデを見て顔を引きつらせていたルシアンを思いだす。どうやらこうした生き物は苦手らしい。

「――あ」

ルシアンを待ちつつ周囲を見まわして、マルグリットはふたたび声をあげた。

深海ぬいぐるみゾーンが終わった隣は、海に関する書籍の棚だ。海洋博物誌から海を主題にした小説まで、こちらもバラエティに富んだ品揃えになっている。

そこに、一冊の絵本があった。

背表紙だけでもすぐにわかる。忘れるわけはない。

幼いころ、母シンシアがマルグリットとイサベラに読み聞かせてくれた絵本だった。

輿入れの際にマルグリットが持ち込んだ、数少ない私物のうちのひとつ。マルグリットのものは表紙の角が擦りきれかけている。

今朝の夢を思いだし、マルグリットは切ないほほえみを浮かべる。

王家への偽証の罪で伯爵位継承権の資格なしと判断されたイサベラは、貴族籍を剥奪され、リネーシュ王国の北、王家直轄領にあるサレア修道院へと送られた。何度か手紙を出しているけれども、返事はない。

絵本の表紙を撫でて、マルグリットはふと顔をあげた。

深海魚マグを両手に持ったルシアンが、マルグリットに視線をそそいでいる。

「どうした?」

「いえ、なんでも」

ルシアンは胸のうちを察しているのだろう。マルグリットに切ない顔をさせている絵本が、彼女の部屋にあることも知っている。

「……なにもないなら、いい」と呟くと、ルシアンはふたつのマグカップを抱えなおした。

「せっかくマルグリットが気に入ったものだ。俺も使おう」

そのやさしさに、マルグリットの表情がやわらぐ。

マルグリットが言わないことを、無理強いをして聞くような人ではない。ただ、こうしてそばに寄り添ってくれる。本当につらいときには助けてくれることも知っている。

「ありがとうございます。嬉しいです」

今度は満面の笑みを見せるマルグリットに、ルシアンもほほえんで頷いた。

ルシアンのおかげで、前向きな気持ちが戻ってきた。

いずれ、互いの心がもう少し落ち着いたら、サレア修道院を訪ねてみてもいいだろうか。