軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編①-2.認めてください!

メレスン侯爵邸の書斎で、ニコラスは父ドミニク・メレスン侯爵と睨みあっていた。

同じ髪色と目の色で誰が見ても親子とわかる外見と同様、これまで父息子の考え方は一致していた。

だが初めて、ニコラスは父の意向に逆らおうとしている。

シャロンに対して情けない発言をしてしまったのには、理由があった。

ニコラスの父であり現メレスン侯爵であるドミニクが、どうやらミュレーズ家との縁談に反対のようなのだ。

『ミュレーズ家はなあ……』

苦々しげに呟きを漏らしていたと、母がニコラスに教えてくれた。

当主であるメレスン侯爵が反対とあっては、次期当主のニコラスといえども結婚を押しきるわけにはいかない。

国境に接しているのはド・ブロイ領とクラヴェル領の二領だが、その二領からもたらされる交易品や商隊をめぐって周囲の領主も派閥争いに参加している。もちろん、王家の思惑を察し、またはルシアンとマルグリットの仲睦まじい様子を見て、友好に転じた貴族も多い。一方で、いまだに疑い深い貴族もいる。

そのことを考えていたら、ついシャロンの前でも家の話を出してしまったのだった。

だが――今日のニコラスは、これまでのニコラスではない。

「王家もド・ブロイ家には目をかけています。ド・ブロイ派とクラヴェル派の諍いをなくすことが王家の目的です。われわれ周辺領も感情的ないがみあいをやめるべきだ」

強い口調のニコラスに、ドミニクは呆れたような長い息をついた。

「いがみあいはとっくにやめておるさ。だがそれといきなり手をつなぐことは意味が違う。これまで交渉のなかった家を贔屓にするというのは、お前のほうこそ感情的ではないか」

冷静な指摘にニコラスは口をつぐむ。

シャロンとのことを認めてほしいという感情が先に立ったことは否めない。そんなニコラスを、椅子に腰かけたままのドミニクはじろりと見上げた。

ニコラスが提案したのは、ミュレーズ家との共同経営による新事業だ。

具体的には、メレスン家の代表はニコラスであり、ミュレーズ家の代表はシャロンである。

父にシャロンを知ってもらうためには、まず結果を出すことだと考えたからだが、

「ミュレーズ家が裏切らない確証はあるのか? うちだけが損をすることはないと?」

「たしかに、リスクはあります。しかしだからこそ、ミュレーズ家と手を組むことは必要なのです。メレスン家とミュレーズ家が反目しあいながら動けば、余計な体力を削られる。リスクがあるからこそ交易に長けた協力者が欲しい……それはミュレーズ家にとっても同じ」

領地を持つ貴族にも種類がある。

ド・ブロイ家やクラヴェル家のように広大な領地を持ち、領内の産物から収益をあげている家もあれば、メレスン家やミュレーズ家のように、領地は小さいが交通の要所になっており、王都や他領との交易から事業を拡大して繁栄した家もある。

とくに、メレスン家はド・ブロイ家と提携していて海運に強い。

「ミュレーズ家にも、メレスン家はなくてはならない存在なのです」

そう理解したうえで、シャロンはメレスン家の威光に頼ろうとするニコラスを拒絶した。それゆえに、あの言葉は重いのだ。

「父上はおっしゃいましたよね。事業は人と人との関わりだと。経営は結婚と同じ、信頼のおける人間にしか命の次に大事な金は預けられないと。……俺は、シャロン嬢なら命を預けられると思っています」

ぐいと計画書を突きだして、ニコラスはテーブルに乗りあげんばかりの勢いでドミニクを見た。息子の瞳に宿る気迫に、ドミニクは瞠目する。

譲るつもりはないと、まっすぐなまなざしが告げている。

「事業を成功させてみせます。ですから、シャロン嬢との結婚を認めてください」

「……ふん」

ニコラスの作った計画書をこつこつと叩き、ドミニクは鼻を鳴らした。

「好きにするがいいさ。次期当主として事業のひとつも立ちあげさせねばと思っていたところだ」

「はい。ありがとうございます」

真剣な表情で頷き、ニコラスは部屋を出る。

ドアが閉まるまでは厳めしい表情で息子の背中を見送ってから、ドミニクは表情をゆるめて「はあ」と頬杖をついた。

どこか飄々とした態度を崩さない、良くも悪くも世間慣れした息子だと思っていた。

(それが、いつのまにかあんな顔をするようになっていたとはな)

よほど惚れ込んでいるらしい。息子をそこまでの気持ちにさせるのだから、相手の令嬢も相応の人物なのだろうとドミニクは認めた。

実際のところ、ニコラスの言ったことは正しかった。

ド・ブロイ家とクラヴェル家の派閥争いが消滅して、周辺の領主たちはどうふるまうべきかを悩んでいる。そんな中で率先してミュレーズ家と手を組み実績を作ることで、メレスン家はほかの貴族たちから頭ひとつ抜きんでた存在になるだろう。

さらには、ド・ブロイ公爵――つまりルシアンから内々に、ニコラスの事業には協力するゆえ、よろしく頼む……という書状までもらってしまった。

要は、ドミニクにはニコラスの提案を却下する選択肢がなかったのである。

(ただなあ……ミュレーズ家って、怖いんだよなあ)

互いに事業を営む家であるから、動向は知っている。絡め手を得意とするメレスン家とは違って、ミュレーズ家はかなりストレートな経営をする家だ。そんな家の令嬢に絡め手な求婚をしてしまったらしい息子が肩を落として帰ってきたときには、ドミニクは両手で顔を覆いたくなった。

(できるかな、親戚づきあい)

それが心配で尻込みしてたんだよな、と実は気弱な父親は、長いため息をついた。