軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45.婚姻の解消を許可する

ド・ブロイ家の応接間。

「ああ、そんなに身構えないで。今日はいい話を持ってきたんだよ」

ルシアンとマルグリットの前に現れたノエルは、いつかと同じ台詞を告げ、いつもの笑顔を浮かべていた。

しかし彼の背後には、普段の数倍の従者たちが、まるで騎士のようにいかめしい面構えで並んでいる。

「実は、このたび、隣国との和平条約が成ってね。いや、まさか半年もたたずにこの件が解決するなんて思ってもいなかったよ」

上機嫌な声で言われても、隣でノエル以上の笑顔を浮かべているイサベラがもたらすものは波乱の予感でしかなく、ルシアンとマルグリットは緊張の表情を隠しきれない。

イサベラはそんな二人を見てほくそ笑んでいる。

「それもこれも、ド・ブロイ家とクラヴェル家が王家の願いを聞き入れて、協力してくれたおかげだよ。本当にありがとう」

「勿体ないお言葉です」

「いやいや、脅威が去った今、あらためて考えてみれば酷い話だよ。すべてが突然すぎたからね」

頭をさげるルシアンとマルグリットに、ノエルは苦笑いを浮かべた。

と、その表情は凛々しいものにかわり、

「ド・ブロイ家およびクラヴェル家には、王家の要望を余すところなく叶えてもらい、王妃陛下ともども非常に感謝している」

「臣下として当然のことをしたまででございます」

「両家の忠誠心に報いるべく、王家は本件から手を引く」

「……?」

意図がわからずに反応を返せないでいるうちに、ノエルはあっさりと告げてしまう。

「つまりね、両家の婚姻はもう強制されるものではない。二人がいまの立場に違和感を持っているなら、解消してもいいと思っているんだ」

「……!?」

「王家はこの婚姻の解消を許可する。もちろん、婚歴はないものとして扱わせてもらうよ。離縁ではなく、最初からなかったことになる」

やさしげな声色でノエルは語りかける。だがその瞳の奥にどのような色が浮かんでいるのかを窺い知ることはできない。

マルグリットはこわばった表情でルシアンを見た。ルシアンもまた、青ざめている。

「もちろん、両家がこのまま親戚付き合いを続けたいというのなら、王家は大歓迎だよ。けれども無理をすることはないんだ。なにせ――」

ノエルは背後に控えたイサベラをふりむいた。

ノエルの語る言葉を退屈そうに聞いていたイサベラは、ようやく出番が来たのかと表情を輝かせて前に出る。

「このイサベラ嬢がね、姉がいじめられていると。聞くに耐えない酷い扱いを受けていると何度も訴えているんだ」

「はい、そのとおりでございます」

笑顔から一転し、イサベラは顔を伏せると弱々しい声で頷いた。

「ド・ブロイ家の方々は、王家の命にもかかわらずお姉様をないがしろにし、物置のような部屋に住まわせ、使用人同然の扱いをして暴言を吐き、外に出るときや人に会うときだけ着飾らせて……」

小さな悲鳴が漏れそうになって、マルグリットは慌てて口元を押さえた。

それが王家への偽証罪となることは伝えたはずだ。なのにイサベラは行動を改めず、それどころかノエルの前で直接口にしてしまった。

なお悪いことには、それは半分だけは真実なのだ。

ルシアンがマルグリットの待遇を改めるまで、ド・ブロイ家の面々は悪意を持ってマルグリットへ接していた。

震えるマルグリットへ微笑を投げかけ、ノエルは顔を覗き込む。

「思い当たる節があるみたいだね?」

「いえ……」

「これまでのふたりの様子から、ぼくも問題なしと考えていたんだけどね。イサベラ嬢がこれほどに言うのだからもう一度調べ直さなくてはならない」

首を振るマルグリットにノエルは淡々と言い聞かせた。その一言一言がマルグリットにとっては真綿で首を絞められるような息苦しさをおぼえさせる。

「王家の名でド・ブロイ家の方々を呼び出さねばならないだろう。使用人まで含めてね」

ド・ブロイ公爵やユミラ夫人はともかく、使用人たちには耐えられまい。ユミラ夫人の命令でマルグリットにつらくあたっていたことが露見する。

そうなれば――王家の勅命に背いたとして、ド・ブロイ家の没落は免れない。

心臓が壊れたように鳴り響く。遠ざかってしまいそうになる意識を必死でつなぎとめながら、なにを言えば弁明になるのかとマルグリットは必死に考える。

ノエルに寄り添うようにしてそんな姉の顔を覗き込み、イサベラは嬉しそうに囁く。

「ね、お姉様。つらかったでしょう? クラヴェル家に戻ってきてくださっていいのよ。あたしもお父様も、ド・ブロイ家が非を認めてお姉様を解放してくだされば、大事にはしないつもりなの」

「イサベラ――」

「ノエル様ともそうお話したのよ。この婚姻自体をなかったことにするなら、ド・ブロイ家の 罪(・) も軽くなる」

ああ、とマルグリットの唇から、小さな呻き声が漏れた。

罪になることはもう定まっているのだ。

隣に立つルシアンがどのような表情をしているのか、怖くて見上げることもできない。

やはりそうだった。

自分に幸せなど不相応だったのだ。自分はド・ブロイ家の迷惑にしかなれない。

「ルシアン様」

涙をこらえながら、震える声でマルグリットは願う。

「わたしを、離縁してください」