軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

避難

周囲の人々が一斉にスマホを取り出し、顔を近づける。

なぜか一瞬、ぼーとその風景を不思議なものを眺める感覚で俺は見回してしまう。夕闇のなか、スマホの光で人々の顔だけが特に明るく照らされて、浮かび上がるようだ。

しかし俺もあわてて自らのスマホに目を通す。

「──良かった。ここからは少し離れているみたいだな」

「うん、でもこれはちょっと大変な事態かも。どうも複数箇所でスタンピードが同時発生してる。歴史的瞬間かもしれない。あーあ。配信用の撮影道具、持ってきてないよ」

「早川?」

早川が、ものすごい勢いでスマホを操作しながら、熱く語っている。

「だって、こんなこと起きたこと、ないんだよ! 記録しといたら絶対いつか使えたのに。スタンピード自体が珍しいし、たぶん各都道府県で一つ以上のダンジョンでスタンピードだよ。あ、すごい、もうまとめ情報でた」

「──まるでダンジョンが行政区画を理解しているみたいだな」

「それ、面白い意見だ。確かにおかしいよね。うーん。逆の可能性もあるかもよ。誰かがスタンピードを誘発する方法を発見した、とか」

早川がノリノリで俺の呟きにのってくる。

「いや、すまん。とりあえずは避難だろ。いまの話は後で」

「はーい。でどうする? たぶん、電車はしばらくパンクするかも」

周囲の人の流れを見て、冷静に告げる早川。

お祭りに来ていた人々がみな、駅の方に向かって足早に歩いている。

「一番近くのスタンピードの起きているダンジョンはここ黄38でしょ。たぶん電車が遅延したりして、途中停まると、最悪ここら辺で電車ごと襲撃されるかも」

地図アプリで位置関係を見せてくる早川。

俺たちの現在地は黄38ダンジョンから離れているが、帰りの電車は比較的その近くを通るのだ。

スタンピードがどの方向へ広がるかは予想不能だが、当然早川の指摘した可能性もある。

「タクシーも、危険だろうな」

「まあ、たまに車輪つきのモンスターもいるらしいしね。渋滞に弱い自動車は逃げ遅れる可能性はやっぱりあるよ」

こんなところでも豆知識を披露する早川。ダンジョン配信者に憧れているだけあってか詳しい。

──車輪のあるモンスターなんているんだ。はじめて聞いた。

「問題は各部署の対応が、この全国同時発生したスタンピードでどうなるか、なんだよね」

「というと?」

「例えば黄38ダンジョンのスタンピードだけなら、野宿覚悟でここでステイ一択。これだけ距離があればここまでモンスターが到着するまでに各公社が自衛隊と連携してモンスターを確実に殲滅してくれる。我が国の探索者を抱えるダンジョン関連公社と自衛隊にはその実績があるよ」

「野宿覚悟なんだ」

「避難所はたぶんいっぱいになっちゃうだろうからね。運が良ければ潜り込めるかなー」

「で、いまの状況だと?」

「たぶんだけど、人口密集地の防衛を最優先かなと思う。いまのダンジョン省のトップは良くも悪くも合理的って噂だから」

「あー。それだとここら辺は防衛があまり期待できない訳か。待ってても、やがて先にモンスターがくるわけね」

「まあ、私の想像だけどね」

「いや、俺も早川の意見はもっともだと思う」

「とすると。どうしよっか。地道に歩く?」

俺は思い付いたことがあって、スマホで調べると画面を早川に見せる。

「いや、これなんてどうかな?」

「なるほど。いいね。ユウト冴えてる」

「すぐ近くにありそうだ。いこう」

俺は早川の手を引いて歩きだす。

「──きゃっ」

人の流れと逆行する移動で、思わず早川とはぐれかけてしまう。それに履き物もあってか、歩きにくそうだ。

「ごめん」

「ぇっ、あっ、ユウトっ」

ひょいっとお姫様だっこで早川を抱き上げると俺はそのまま早足でさっさと人の流れを抜ける。

すぐに目的の場所が見えてくる。

「あった! でも一台だけだ、早川」

「う、ぅん」

俺たちが向かっていたのは、シェアサイクルのポートだった。早川がアプリでさっと自転車を借りる手続きをしてくれる。

「早川、二人乗りは……」

「確か二万円以下の罰金とか、でもいまは緊急だから」

「だな。逆に捕まるぐらい安全なところまで、俺が連れてくから」

毎日四時間、週五日間、自転車を漕ぎ続けた自信から、俺は思わずそんなことを口走っていた。