軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おい、妙な噂をたてるな

その後も、僕たちは粛々と情報収集を行った。

やはり性転換しているだけでだいぶ便利だな。僕もアンも女性であるためか、無駄に警戒されることなく聞き込みを続けることができた。

ちなみに得られた情報は下記の通りだ。

・剣士Fは他の住民からも目撃されている。

・なにをしていたのかは不明だが、なにかを《急いでいる》感じだった。

・その他、違和感を覚えている住民はいない。

・この霧も町の風物詩のようなもので、直近で急に現れたものではないそうだ。

「……と、まあ、こんなところかな」

港町ポージ。その喫茶店にて。

僕はアンと向かい合いながら、テーブル上のメモ紙にすべての情報をまとめていた。

もちろん現在も《性転換》は継続中。キャーキャー騒がれる代わりに男性からの視線をちょくちょく感じるようになってしまったが……ご愛敬か。

僕も同性として、その気持ちはわからなくはない。

「ふむ……だいぶまとまりましたね」

アンが温かい紅茶をすすりながら、改めて視線をメモ紙に移す。

「特に剣士F……当たり前ですけど、かなりの目撃情報があった気がします」

「まあ、そうだな……。だからこそ《不審人物》の調査をしに来たわけだし」

特に興味深いのは《なにかを急いでいる》という件か。

これだけでは全容が不明だが、やはり剣士Fはこの地でなにかを企んでいるようだな。

しかも今朝の少年――レニアスによれば、身のこなしが僕とそっくりだという。

(ということは、やっぱり そういうこと(・・・・・・) なのか……? あの太刀筋は明らかに……)

「アリコ様? 難しい顔して、どうかしましたか?」

「あ、ああ……いや、なんでもない。というかおまえ、その呼び方は……」

「仕方ないじゃないですか♪ 本当の名前で呼ぶわけにもいきませんし♪」

そう言って楽しそうに笑うアン。

こいつ……マジで楽しんでるな。

やるべき仕事はきちんとやってくれているから、別にいいんだが……

「こほん」

僕は無理やり咳払いをすると、改めてアンに問いかけた。

「それより、この情報を見てアンはどう思う? なにか思いつくことはあるか?」

「そうですね……」

アンは数秒だけ「んー……」と考え込むと、さっきとは一転して、真剣きわまる表情で言った。

「私個人の意見としては、剣士Fを辿るのが一番いい気がします。町の異変を調査するといっても、漠然としててわかりにくいですし……」

「そうだな……。一理ある」

カーナも軍を率いて大規模な調査をしてくれているはずだからな。

僕たちは剣士Fについて、徹底的に調べてみるのものいいだろう。

「…………」

「どうしたんですか、アリコ様?」

「いや……なんでもない。そしたら、ミルアさんのお見舞いも兼ねてギルドに行こうか。きっと、剣士Fについても新情報が聞けるかもしれない」

「そうですね。いいと思います」

「――お待たせしました。クリームたっぷりパンケーキのトリプルでございます」

と、そこでウェイトレスが料理を運んできた。

その名の通り、ぎっしりとクリームが載ったパンケーキだ。しかも三枚重ね。各所にフルーツが散りばめられていて、見た目そのものはオシャレであるが……

「おまえ、それ全部食うのか……?」

「当たり前じゃないですか♪ はぁあ~、幸せ♪ アリコ様も食べますか?」

「い、いや……遠慮しておく」

甘いものは好きだが、いまはそんな気分じゃないからな。

一切れのケーキで充分だ。

「はむはむ……! あー、幸せです!」

「落ち着けよ……。クリーム、頬っぺたについてるから……」

さっきよりトーンの高い声ではしゃぐアンに、僕は苦笑を禁じ得ない。

「…………」

人造人間(ホムンクルス) 、アン。

アウト・アヴニールに収容されていた彼女らをこの旅に同行させたのは、もちろん《修行のため》という理由ではない。

エムも含め、彼女らが生み出された理由がいまだ不明なのだ。

レイファーやマヌーザも結局は異世界人に意識を乗っ取られていたわけだからな。

だから、なにかトラブルが起きないか――

第0師団でエムの次に優秀な彼女を同行させたのには、それを観察する意味合いもある。

エムはまあ……女神と一緒に《黒い物体》を取り除いたからな。

あれの正体もまだ不明だが、女神が「あれで災厄から解放された」と言っていた以上、特に問題ないだろうと判断した。

「……どうしたんですか、アリコ様? そんなにまじまじと見つめて」

「ああ……いや。なんでもないんだ」

僕は頬を掻きながら答える。

「けど、不思議だと思ってね。エムもそうだったが、おまえたちは本当に人間と大差ない。眠くもなるし、普通に食欲も湧く。ホムンクルスだっていうのが……信じられないくらいだよ」

「そうですね……。あと普通の女の子でもありますから、アリオス様を好きになるのも当たり前かと♪」

「いやいや……そういうのはいいから……」

ため息をつきながら、僕はショートケーキをフォークでつつく。

「――でも、アリコ様。たまにわからなくなるときだって、実はあるんですよ」

「え……」

「私はなんで生まれたのか……私はいったい誰なのか……。不安になるときは、もちろんあります」

そう言う彼女の表情は、どこか物憂げだった。

いつも陽気な彼女だが、やはりひとりの女の子。

当然、自分の出自について不安な気持ちが湧いてくるのだろう。

「アン……」

そういえば、エムも同じことを言ってたな。

生まれてきた意味もわからず、ただユーフェアス家の奴隷として働き続け、生きることの喜びもわからないままだった半生……

やはり、不安なのだろう。

自分がわからないということは。

「――安心してくれ。僕にも、その気持ちはわかる」

「へ……?」

「聞いたことあると思うが、僕は少し前に実家を追放された。いままで頑張ってきた剣聖の道が閉ざされて、そのまま死んでもいいとすら思ったよ。……でも、そんなときに手を差し伸べてくれる人がいた。いまは王太女となったレイと、ラスタール村のみんなだ」

「…………」

「みんなの温かさに触れて、僕の心にも《ある感情》が芽生えてきた。――ああ、自分は生きていていいんだ、価値のある人間なんだってね。本当に、みんなには頭が上がらないよ」

そして僕はアンの両手を握ると、彼女の目をまっすぐ見据えて言った。

「……だから今度は僕が、アンの心の拠り所になる。アンの辛さも苦しみも……全部吐き出してほしい」

「…………あ」

大きく目を見開き、沸騰せんばかりに頬を赤く染めるアン。

「そんな……ずるいです。そんなこと言われたら、私……」

そして恥ずかしそうにそっぽを向くアン。

「でも……ありがとうございます。不安なことがあったら、アリコ様に……アリオス様に相談していいんですよね……?」

「ああ、もちろんさ。力になれるかはわからないけど、できることはするから」

「ふふ……はい……! ありがとうございます」

彼女はごしっと片目を拭う仕草をすると。

いつものように、にこっと陽気な笑みを浮かべた。

「でも、アリコ様。私は一向にかまいませんが、ずっと手を握られてると……目立ちますよ?」

「え……」

僕が目を見開いた、その瞬間。

「あれは……百合?」

「やだ……尊い」

――やってしまった。

僕は慌てて両手を離し、「ははは」と後頭部を掻いてみせた。

「す、すまない。つい……」

「ふふ、『アリオス様』じゃなかっただけ良かったですね♪ 小さな女の子との逢瀬……変な噂が立っちゃいますし♡」

「そ、それはもういいから……。さあ、もう出るぞ!」

慌てて立ち上がる僕の耳に、アンの小さな声が届いてきた。

「でも……ありがとうございます。私も大好きです、アリオス様」