軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話「茶会の棘」

噴水の水音が、庭園に響いていた。

ヴァレンシュタイン公爵家の別邸。王都の中心部に位置する、白い石造りの瀟洒な建物だった。庭園には手入れの行き届いた薔薇が咲き、中央の噴水が午前の光を受けて輝いている。

茶会の会場は、庭園に面したテラスだった。白い布がかけられた丸テーブルが六つ。銀の茶器と焼き菓子が並び、令嬢たちが三々五々、席に着いている。

私は庭園の入口に立って、その光景を眺めていた。

場違いだ。

テラスに集まっている令嬢たちは、どれも侯爵家以上の出身だった。衣装の仕立て、髪飾りの宝石、従者の数。すべてが子爵家の私とは格が違う。

私の正装は、トーレス子爵家で一番上等なものだ。母が仕立て直してくれた、淡い青の衣装。質素だが清潔で、ほつれはない。だが周囲の令嬢たちの絹や宝石と並べると、差は一目でわかる。

「来たわね」

カティアの声がした。

振り返ると、白い髪を高く結い上げた公爵令嬢が、テラスの階段を降りてきた。薄い紫の衣装に、胸元にヴァレンシュタイン家の紋章。学園を卒業しても、その背筋の伸び方は変わっていなかった。

「カティア様、本日はお招きいただきありがとうございます」

一礼した。公爵令嬢への敬語。学園を出ても、身分は変わらない。

「堅いわね。いいから、こちらに来なさい」

カティアは私の腕を取り、テラスの奥のテーブルに案内した。すでに席が用意されていた。カティアの隣の椅子。

座ると、周囲の視線が集まるのを感じた。

ひそひそ声が聞こえる。聞こえないふりをしたが、耳に入った。

「あの方、どなた?」

「トーレス子爵家のご令嬢ですって」

「子爵家? カティア様の茶会に?」

「宰相家のご次男と親しいという噂の……」

噂は、もう広まっている。

宰相府を訪れたのは数日前だ。それだけで、もう社交界の話題になっている。王都の情報は、学園よりずっと速い。

カティアが茶器を手に取り、私のカップに注いだ。公爵令嬢が自ら茶を注ぐのは異例のことだ。周囲の令嬢たちの視線が、さらに鋭くなった。

「わたくしの大切な友人です」

カティアがテラス全体に聞こえる声で言った。

「学園時代からの付き合いよ。皆さん、どうぞよろしくお願いいたしますわ」

紹介された。公爵令嬢の口から、大切な友人、と。

令嬢たちは微笑んで会釈した。だが、その笑みの奥にあるものは、好意ではなかった。品定めだ。子爵令嬢が公爵令嬢の友人を名乗る。それがどういう意味を持つのか、この場にいる全員が計算している。

私は茶を一口飲んだ。温かかった。味は分からなかった。

茶会が進むにつれて、令嬢たちは少しずつ席を移動し、グループを作った。社交の常套だ。誰が誰と話すか、誰が誰を避けるか。それ自体が情報になる。

私はカティアの隣から動かなかった。動く理由がなかった。ここでの私の役割は、カティアの友人として席に座っていること。それ以上は求められていないし、求めるべきでもない。

だが、向こうから来た。

「失礼いたしますわ、カティア様」

二人の令嬢がテーブルに近づいてきた。どちらも公爵家に連なる家門の出身だろう。衣装と宝飾の格がそれを示している。

一人は栗色の巻き髪に翡翠の耳飾り。もう一人は金髪を編み込んで真珠のピンで留めている。

「カティア様のお友達にご挨拶を、と思いまして」

翡翠の令嬢が、微笑みながら私を見た。

「ご立派な方々とお知り合いなのですね。どのようなご縁で?」

穏やかな口調だった。だが、目が笑っていなかった。

「学園で図書室の管理係をしておりました。その折に」

「まあ、図書室。ご熱心ですこと」

真珠の令嬢が口元を扇子で隠した。隠しきれていない。笑いを堪えている顔だ。

「図書室の管理係から、公爵家の茶会へ。ずいぶんとご出世なさいましたのね」

翡翠の令嬢が言った。声は甘かった。棘は甘さの中に隠されていた。

「お二方」

カティアの声が割って入った。

低く、静かな声だった。だが、テーブルの空気が一瞬で変わった。

「わたくしの友人に対して、それ以上は聞かなくてよろしいわ」

公爵令嬢の威厳だった。学園の中庭で壁際に立っていた頃のカティアとは違う。社交界の場で、公爵家の名を背負って立つ令嬢の声だった。

二人の令嬢は笑みを凍らせた。

「失礼いたしました、カティア様」

頭を下げて、テーブルから離れていった。だが、去り際に翡翠の令嬢が私を一瞥した。その目には、明確な侮蔑があった。

成り上がり。

声に出さなくても、伝わった。

カティアが茶を飲み直した。何事もなかったかのように。

「気にしなくていいわ」

「カティア様にご迷惑をおかけしています」

「迷惑ではないわ。わたくしの茶会に招いたのは、わたくしの判断よ」

カティアの声は穏やかだったが、有無を言わせない強さがあった。

それでも、私の胸には引っかかりが残った。

カティアに守ってもらった。公爵令嬢の名前と威厳がなければ、私はあの二人の前で何もできなかった。図書室では規則を盾に取り巻きを退散させた。でもここは図書室ではない。規則はない。あるのは身分と家門の格だけだ。

子爵令嬢の私には、この場で自分を守る手段がない。

席を立とうとした。

このまま茶会にいれば、カティアに迷惑がかかる。私がいることで、カティアの社交上の立場が傷つく可能性がある。それは避けたい。

椅子を引きかけたとき、テラスの入口から声が響いた。

「遅れたわ、ごめん」

ヴィオラ・ネルソンだった。

赤みがかった髪を無造作にまとめた侯爵令嬢が、茶会の正装をやや着崩した姿でテラスに入ってきた。学園時代と変わらない。袖を肘までまくりそうな勢いだ。

ヴィオラは会場を見回し、私を見つけた。そして、私が椅子を引きかけていることに気づいた。

まっすぐ歩いてきた。

「あんた、何してるの」

「少し席を外そうかと」

「なんで」

「カティア様にご迷惑を——」

「座りなさい」

ヴィオラが私の椅子を押し戻した。力が強い。武門の侯爵家の令嬢は、力加減が容赦ない。

「あんたが引いたら、あたしたちが何のために戦ったのかわからなくなるでしょ」

声は低かったが、はっきりしていた。

何のために戦ったか。

学園での三年間。聖女の策略を暴き、冤罪を晴らし、卒業パーティーで全てを明らかにした。その中心にいたのが私だと、カティアもヴィオラも知っている。

「あの二人に何か言われたんでしょ。見りゃわかるわ」

ヴィオラが翡翠と真珠の令嬢のいる方向をちらりと見た。

「あいつらには後で痛い目見せてやるから」

「ヴィオラ様、穏やかにお願いいたします」

「穏やかにやるわよ。あたしなりに」

ヴィオラの笑みは物騒だった。だが、その笑みの奥に、友人を守ろうとする真っ直ぐな意志があった。

カティアがため息をついた。だが、口元は少しだけ緩んでいた。

「ヴィオラ、声が大きいわ」

「あんたが小さすぎるのよ」

「わたくしは適切な音量で話しています」

「はいはい」

三人でテーブルを囲んでいる。学園の閉架書庫で情報を突き合わせたときと、構図が似ていた。あのときもこうだった。カティアが冷静に、ヴィオラが率直に、そして私が間にいる。

場所は変わった。図書室からテラスへ。学園から社交界へ。

でも、この三人の関係は変わっていなかった。

茶会が終わり、令嬢たちが帰っていく。

最後に残ったのは、三人だけだった。テラスのテーブルに、冷めた茶が残っている。

「ロゼリア」

カティアが、珍しく名前で呼んだ。敬称なし。公爵令嬢が子爵令嬢を名前で呼ぶのは、親しい間柄でなければあり得ない。

「あの二人のことは気にしなくていいわ。この程度のこと、社交界では日常茶飯事よ」

「はい」

「でも、あなたが自分で立てるようにならなければ、わたくしがいないときに同じことが起きるわ。それは分かっているわね」

分かっていた。カティアの隣にいるときは守られる。だが、いつもカティアがいるわけではない。

「自分の居場所は、自分で作らなければいけない」

声に出した。自分に言い聞かせるように。

ヴィオラが肘をテーブルに突いた。

「あんたはさ、自分のこと軽く見すぎなのよ。聖女の不正を暴いた書類、全部あんたが作ったんでしょ。あたしたちの冤罪を晴らしたのも、元はあんたがいたからでしょ」

「それは、皆さんがそれぞれ動いた結果で——」

「結果を作ったのは誰よ」

ヴィオラの目がまっすぐこちらを見ていた。学園の廊下で「聖女の犬?」と睨みつけてきた頃とは、まるで違う目だった。

「あんたがいなかったら、あたしたちはばらばらのままだった。それだけは、あたしが一番よく知ってる」

返す言葉が見つからなかった。

カティアが立ち上がった。

「今日はここまで。また来週、わたくしの屋敷で会いましょう」

「はい。ありがとうございます、カティア様」

「カティアでいいと、何度言えば分かるのかしら」

カティアは不機嫌そうに言ったが、目は笑っていた。

ヴァレンシュタイン家の馬車が正門を出ていくのを見送り、私は公爵家の前の通りに立った。

夕暮れの王都。石畳が橙色に染まっている。

胸の中にあるのは、感謝と歯がゆさだった。

カティアとヴィオラが隣にいてくれた。あの二人の令嬢の棘から守ってくれた。引こうとした私を、引き留めてくれた。

でも。

友人たちの名前を借りなければ、この場に立てなかった。カティアの茶会という名目がなければ王都に来られなかった。公爵令嬢の威厳がなければ侮辱を止められなかった。

自分の力では、何もできていない。

学園では図書室管理係という役割があった。図書室の規則を盾にして、身分に関係なく対応できた。でも社交界には、そんな盾はない。

ここでは、ロゼリア・トーレスという名前だけで立たなければならない。

馬車に乗り、子爵家の屋敷に向かった。窓の外を流れる夕暮れの街並みを、ぼんやりと眺めた。

ヴィオラの言葉が、まだ耳に残っている。

「あんたがいなかったら、あたしたちはばらばらのままだった」

カティアの言葉も。

「あなたが自分で立てるようにならなければ、わたくしがいないときに同じことが起きるわ」

二人とも正しい。

私には実績がある。でも、それを社交界で示す方法をまだ持っていない。

図書室の外の世界は広くて、棘がある。今日はその棘を、友人たちが抜いてくれた。

次は、自分で抜けるようにならなければ。

馬車が子爵家の門を潜った。

屋敷に入り、書斎の机に鞄を置いた。鞄の中には、ギルベルトの手紙が入っている。宰相府の書庫で待っている仕事がある。

まずは、そこからだ。

自分の手で、一つずつ。