作品タイトル不明
王都への道しるべ
地下特有のカビ臭い廊下を歩きながら、私は懐の封筒を――エレーナさんの手紙を、服の上からそっと確かめる。
「……ねえ、リィア」
隣を歩くエリスさんが、我慢しきれないといった様子で口を開いた。
「さっきから話に出てくる『エレーナ』って人、一体誰なの? あんたがそんなに嬉しそうな顔するなんて、珍しいじゃない」
「ああ、顔に出ていましたか?」
「ええ。新しい魔法を覚えた時の子供みたいだったわよ」
私は少しだけ照れくさくなって、頬をかいた。
「……私の、古い友人ですよ。昔、私の住む森に滞在していた人間の学者さんで……私が森を出て外の世界を知るきっかけをくれた人です」
「友人……?」
エリスさんが意外そうに眉を上げる。
「あんたの師匠か恩人かと思ったわ。ほら、エルフって長生きでしょう? 『私がまだ若かりし頃、人間の友がいてな……』みたいな、数百年前の話かと思って」
「……エリスさん。あなた、私を何歳だと思っているんですか?」
私がジト目で睨むと、エリスさんは悪びれもせずに顎に手を当てて考え込んだ。
「え? だって、その落ち着き払った態度に、魔法の知識量……それに、古竜と対等に渡り合う度胸よ? 見た目は若いけど、中身は還暦……いや、80歳くらいはいってるんじゃない?」
「……失礼な。まだ私は18歳ですよ」
エリスさんの足が止まった。 廊下の真ん中で、彼女は目を丸くして私を凝視する。
「……え、嘘でしょ? 18? 180じゃなくて?」
「18です。生まれてからきっかり18年。人間の暦と変わりません」
エリスさんは口をパクパクさせた後、自分の顔を指差した。
「私と同い年じゃない!!」
「おや、エリスさんも18でしたか。大人びているので、てっきり年上かと」
「あんたに言われたくないわよ! ……エルフってもっと成長が遅いんじゃなかったの? 50歳でやっと子供、みたいな」
私はやれやれと肩をすくめた。
「私たちエルフは、基本的に森から出ません。だから、外の人たちは『物語の中のエルフ』しか知らないんです。……私たちは成人するまでは人間と同じ速度で成長しますよ。そこから先が長いだけで」
「……なーんだ。勝手に年上の古強者だと思って損したわ」
エリスさんは「ははっ」と乾いた笑いを漏らし、それから急に親しみを込めた目で私の肩をバンと叩いた。
「そっか、同い年かぁ。なんか急に、あんたが普通の女の子に見えてきたわ」
「それはどうも。中身はお婆ちゃんだと思っていましたか?」
「否定はしないわね。……でも、そっか。友人ね」
エリスさんの表情が、少しだけ柔らかくなる。
「人間の学者と、エルフの少女か。……いい出会いだったのね」
「ええ。とても」
◇
地上へ続く階段を上りきると、外はすでに夕暮れ時を迎えていた。 ギルドの正面広場に出ると、そこには先に手続きを終えたルーさんたちが待っていた。
「リィア殿! こっちだ!」
「お待たせしました、ルーさん。薬の準備は?」
「ああ、バッチリだ。これで村のみんなも助かる。本当に、なんと礼を言ったらいいか……」
リザードマンたちが、感極まったように頭を下げる。 その穏やかな別れの時間を切り裂くように、無粋な足音が近づいてきた。
「――チッ。なんだ、またあのトカゲ共かよ。相変わらず泥臭えな」
振り返ると、そこには迷宮帰りの葛城隼人と、その取り巻きたちが立っていた。 葛城は、あからさまな侮蔑の視線をルーさんたちに向け、大げさに鼻をつまんでみせる。
「おいおい、ギルドはいつから爬虫類の飼育小屋になったんだ? シルバーランクだか何だか知らねえが、いつまでここにいんだ?」
ルーさんたちの尻尾が、怒りでピクリと跳ねる。ザグさんが斧に手をかけようとするが、ルーさんとミウさんがそれを手で制した。 ここで揉めれば、リィア殿に迷惑がかかる――その理性が、彼らの誇りを縛り付けている。
私は、静かにルーさんたちの前へ歩み出た。
「ああん? またテメェかよ、エルフ」
葛城が私を睨みつける。だが、その目には以前のような単純な激情だけでなく、どこか粘りつくような、余裕めいた色が混じっていた。
「彼らは私の大切な友人であり、誇り高い戦士です。その言葉、今すぐ撤回していただきましょうか」
「はっ! 戦士だぁ? ただの魔物だろ。……ま、いいさ」
葛城は意外なことに、それ以上突っかかってはこなかった。 代わりに、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべて、懐をポンと叩く。そこには、厳重に梱包された箱のようなものが見える。
「俺たちは今、機嫌がいいんだ。テメェみたいな雑魚に構ってる暇はねえ」
「……?」
「見つかったんだよ。俺たちが探してた『モン』がな」
彼は、勝ち誇ったように私を見下ろした。
「近々、王都でデカイ発表があるぜ? 世界がひっくり返るようなニュースがな。その時になって吠え面かくなよ」
あまりに不用意な情報開示。 その時、葛城の背後から、氷のように冷ややかな声がかかった。
「……葛城殿。あまり公衆の面前で、軽々しく口を開くものではありませんよ」
人垣を割って現れたのは、見慣れた顔。 煌びやかな貴族服に身を包んだ、クラウス・ヴァインベルクだった。 彼が姿を見せると、私とエリスさんは顔を見合わせ、同時にあからさまなため息をついた。
「あら、いつぞやのストーカーの方ですね」
「ほんと、神出鬼没ねぇ。また私たちの後をつけてたわけ?」
私たちの塩対応に、クラウスのこめかみがピクリと動いた。 彼は堪えきれないといった様子で、一瞬だけ貴族の仮面をかなぐり捨てた。
「あのねぇ……! あんたら人のことをストーカー呼ばわりするの、やめろっつてんでしょうが!」
「おや、キレましたね」
「キレても当然でしょう! 私は王国の公務として! 情報収集をしているだけです! 断じてストーカーではない!」
彼は顔を真っ赤にして捲し立てた後、ハッとして口元を抑え、咳払いをした。
「……コホン。失礼、取り乱しました」
そのあまりの変貌ぶりに、葛城がドン引きしている。
「…なんだクラウス、お前こいつらと知り合いかよ?」
「……ええ、まあ。少々、腐れ縁と言いますか、頭の痛い因縁がありましてね」
クラウスは苦虫を噛み潰したような顔で答え、すぐに表情を引き締めた。
「とにかく、行きますよ葛城殿。我々はこれから忙しくなるのですから」
「チッ、分かってるよ。……おいエルフ、精々今のうちに平和ボケしてな。すぐに終わるからよ」
葛城は私に中指を立てると、高笑いしながら去っていった。
「変なコンビね」
エリスさんが不快そうに吐き捨てる。
「でも、『目的のもの』ですか……。少し気になりますね」
「リィア殿、すまない。嫌な思いをさせたな」
ルーさんが申し訳なさそうに言う。
「いいえ。気にしないでください。それより、村へ急いだ方がいいでしょう。子供たちが待っています」
「ああ。……リィア殿、エリス殿。達者でな。いつか必ず、村へ遊びに来てくれ」
彼らを見送った後、私とエリスさんは夕暮れの街に二人残された。
「……ねえ、リィア」
エリスさんが、ぽつりと言う。
「王都、行くんでしょ?」
「ええ。せっかくですから、エレーナさんに会いに行きたいです」
私が答えると、エリスさんは深く息を吐く。
「……分かったわ。案内する」
「よろしいのですか?」
私は、彼女の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「言っていましたよね。『実家は王都の騎士の家系だけど、堅苦しいのが嫌で飛び出した』と」
私の指摘に、エリスさんは「うっ」と言葉を詰まらせ、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……あんた、細かいことよく覚えてるわね」
「記憶力には自信がありますので。……家出した実家に帰るというのは、その、気まずいのでは?」
私の心配に対し、エリスさんは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らして開き直った。
「だ、大丈夫よ! 王都は広いの。実家に近寄らなければいいだけだし、広い街中で家族とばったり出くわす確率なんて、砂漠で針を探すようなものでしょ?」
「……」
「な、何よその目は! 信じてないでしょ!?」
「まさか。エリスさんの運の強さは信頼していますよ」
「……褒められてる気がしないんだけど」
エリスさんは不満げに唇を尖らせたけれど、すぐに気を取り直したように私の背中をバンと叩いた。
「ま、いいわ。とにかく決まりね! さっさと宿に戻って準備するわよ。ピヨにも伝えてあげなきゃ」
「そうですね。あの子、長距離を飛べると知ったら、嬉しくて今夜は眠れないかもしれません」
「あー……ありそう。明日、寝不足でフラフラ飛ばれたら困るし、しっかり言い聞かせないとね」
「ふふ、頑張りましょう」