軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オリビアの母

時が止まっている。

ミナはそう感じた。

降っていた雪は空中で静止し、何かしら聞こえていたはずの音が全て消え失せ、辺りは恐ろしい程の静けさに包まれる。

オリビアを抱き上げている女性は、深くベールをかぶっていて口元しか見えないが、恐ろしく整った顔立ちをしている事が容易に想像出来た。

シルバーブルーに輝く長い髪は、ゆらゆらと揺らめきながら金色の光を纏っている。

彼女は口元に薄っすらと笑みを浮かべ、オリビアの耳元に囁いた。

「大丈夫よ。愛しいオリビア」

小さい声ではあったが、空気を震わす様にその声が耳に届く。

その言葉が無くてもミナは理解した。

この女性こそが精霊の女王である事を。

瞬間、リシューの言葉が頭を過る。

『初めてお会いした時は正直足がすくみました』

いやいやいや、足がすくむどころの話ではない。

気を抜くと意識を失うが?!

彼女の存在から発せられているのだろうか、とてつもない圧を肌にビリビリ感じる。

恐ろしさの余り鳥肌が立ち、無意識にカタカタと歯が鳴る。

ミナがチラッと辺りを確認すると、誰もが青白い顔で口を開け、その場に跪いている。

その時初めて、自分も彼等と同じように跪いている事に気付いた。

身体は間違いなく動く。

だが、その意思とは反対に震えて動かす事が出来ない。

声さえも喉に詰まって出す事が出来なかった。

「さあ、行きましょうか」

シェラがオリビアを抱いたまま、ゆっくりと方向転換して歩き出す。

「・・・っ」

ミナが何とか声を出そうと喉に力を入れるが。カスカスと音の無い息が出るばかり。

オリビア様が行ってしまわれる!!

ミナは何とかしようともがくが、全く動くことが出来ない。

どうすればいい?

どうすれば・・・・。

その時ふいに、ロータリーの前方にある転移魔法陣が光る。

ミナ達は一瞬、シリウスが到着したのかと安堵したのだが、そこから現れた馬車は彼の物では無かった。

真っ黒い車体に金の縁取りが施され、側面に描かれているのはカサブランカと2頭の王冠をかぶったドラゴンの紋章。

それは、ここにいる誰もが見覚えのある馬車だった。

何故今になってあの馬車が?

そこに居る誰もが理解出来なかった。

馬車が滑るようにシェラの前に横付けされると、ドアが内側から開かれる。

そこから降りてきた人物に、ミナ達は更に驚いた。

「勝手に行かないでくれと、あれほど言っている」

呆れた声で存外気安く話し掛ける男。

先代である、ダリル・ホワイトレイだった。

黒を好む彼らしく、光沢のある真っ黒いスーツを着ており、所々に品よく金の装飾を施してある。

「あら?ごめんなさいね。娘の一大事だったから」

「代わろうか?」

ダリルがシェラに手を差し伸べる。

「大丈夫。堪能したいもの」

シェラはそう言うと、腕の中のオリビアに頬擦りしながら馬車へと乗り込んだ。

ダリルは溜息を吐きながらその後を追う。

タラップに足を掛けたその時、彼はふと後ろを振り返った。

「しばらく預かる。シリウスにはそう伝えておけ」

そう言うと、馬車に乗り込み去って行った。

ミナ達の硬直が解けたのは、その後随分経ってからだった。

頬に触れた粉雪の冷たさに、世界が動き出したことを理解する。

静止していた雪はチラチラと地面に降り注ぎ、木々の騒めきが戻ってくる。

外に出ていた者達は、冷え切った身体に鞭を打ちながら慌てて屋敷に戻った。

一体どれ程の時間、あの場にいたのだろうか。

窓から外を見ると、日が傾き始めている。

ミナは悴んで感覚の無い手で、急いでタブレットを取り出す。

「・・・報告しなければ・・・」

しかし震える手の間からタブレットが地面に滑り落ちる。

ミナは慌ててしゃがみ込むと、地面に這いつくばりながら何とかリシューへの報告を書く。

「大丈夫、きっと大丈夫。オリビア様は大丈夫、大丈夫」

自らに言い聞かせるように呟きながらペンを動かす。

「大丈夫、きっとシェラ様が、先代様が・・・」

襲ってくる睡魔の中、何とか報告を終えたミナはうつらうつらと眠りに落ちていく。

だがそこに突然使用人達が乱入し、強引に湯船に放り込んで彼女を叩き起こしたのはバジルの指示だったという。

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「どういう状況だ?」

馬車の中、シェラの膝枕で眠っているオリビアの顔を覗き込みながらダリルは尋ねた。

「う~ん。なかなかの状況ね。酷い魔力詰まりが起きてるわ。それにこれは何かしら?」

シェラはオリビアの腹部の辺りをすんすんと嗅ぐ。

「生臭い・・・。これが悪さしてるのね」

そう言うと、いきなりオリビアの腹部に手を突っ込んだ。

「!?」

驚いて目を見開いたダリルだったが、突っ込んだ周辺が透けて見えている事に気付き、ほっと息を吐く。

腹部から出した彼女の手には、そこに余る程の大きな白い石が握られていた。

「魔石?」

「みたいね。どうしてこんな物が入っていたのかしら?匂いからしてドラゴンのようだけど。彼等ってまだこの世界に存在していたかしら?」

「ドラゴン・・・魔石」

そう言えば、とダリルは思い出す。

「最近光属性のドラゴンの魔石が使われたと報告があったな」

「それを使うとどうなるの?」

「光属性は人間の身体を癒す事が出来る。現存する光属性の魔石は世界に3つ。それをシリウスがオリビアの為に使ったのだろうな」

「それほどオリビアの身体が弱っていたと言う事なのかしら」

「・・・そのようだ」

ダリルは曖昧に言葉を濁す。

「おかしいわね~」

シェラはすっとんきょうな声を上げて首を傾げた。

「?」

「精霊は自分で自分を癒せるの。わざわざ低次元の生き物から魔力を貰うなんて意味が分からないわ?拒否反応を起こすに決まってるじゃない」

人間にとっていかに価値ある魔石からの魔力供給であっても、オリビアの身体には異物であった。

身体自身がそれらを纏めて排出するべく、集めて石化させていたのだ。

「あ~~」

ダリルは口元に手をやりながら言葉に詰まる。

愛した者を何としても助けたいと思う余り、自分の息子は完全に余計な事をしでかしてしまったようだ。

彼の気持ちが痛い程分かる分、ダリルは次の言葉が出てこなかった。

「ま。そんなことより、魔力詰まりの方が酷いわね」

「魔力詰まり?」

「何故だか分からないのだけれど、この子、魔法を殆ど使ってないわ。自分の中で何かしらの制御でもしているのかしら」

シェラは首を捻る。

精霊と魔法は切っても切れないモノ。

人間が呼吸をするように、食物を摂取するように精霊も魔力を取り入れて排出する。

それこそが精霊の循環であり、魔力の循環である。

「溜まりに溜まった魔力が暴走しかけてるわね。ここにこのままいたら、うっかり国の1つや2つ平気で消し飛びそうね」

シェラは可笑しそうに笑う。

「それほど?」

「私の娘だもの。当然ね」

シェラは嬉しそうに笑う。

「ああいけない、もう爆発寸前。私達は一旦このまま精霊界に戻るわ。ダリルは・・・・」

シェラは言いかけて言葉を止めた。

「何?一緒に行きたいの?」

ふふふと笑いながら、ダリルの頬を撫でる。

「別に行きたい訳ではない。だが一緒にいたい」

「あら?」

拗ねるダリルに、シェラは面白そうにほほ笑む。

ここ数年で彼等の関係は大きく変わった。

以前と違い同じ場所に住んでいる。

それなのに片時も離れたくないダリルは、シェラが1人で行動する事を是としなかった。

それを守らなければダリルは酷く拗ねてしまうので、シェラもそれを楽しみつつ受け入れ、気が付けばお互いの距離は以前とは比べ物にならない程近付いていた。

「何があってもいいように、御者をあなたの眷属にしている」

「あらあら、準備万端ね。それならこのまま行きましょうか。人間ではあなたが初めての来訪者になるのね、嬉しいわ」

シェラは軽く指先を振るうと、激しい光が辺りを覆う。

ダリルが眩しさに一瞬目を閉じた。

「ようこそ、精霊界へ。ここが私の世界よ」

目を開けると、そこには見た事もない世界が広がっていた。