軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

全世界防衛戦⑫ それぞれの防衛戦 極下

戦場を求めて徘徊せし悪鬼羅刹の化身――もとい、オムニブスの長官パトリック・ダイムは、全身から湯気のように立ち上る 闘気(オーラ) を放ちながら、

「ふむ」

と周囲を睥睨した。転移した場所はなんとエッフェル塔の上らしい。第三展望台と呼ばれる場所だ。

「ちょぉ~かん! 聞いているのですか!?」

直ぐ近くにクラウディアと天使が一柱いた。

クラウディアは光の翼を広げて、その展望台の外で滞空している。白一色のシスター服が実に映えた。

その手には、いつもの彼女の神器である巨大な十字架ではなく、十文字槍と見紛う形状の神器が握られている。

聖十字杖。クラウディアが聖十字架の使い手になる前に与えられていた神器で、ハジメの改良を受けた第二の神器だ。

聖十字架はエッフェル塔の頂点の更に上に滞空し、クリスマスツリーの天辺に飾る星のように輝きを放っている。

悪魔に対しては最上級クラスであろうと問答無用に滅する、一種の概念魔法を発動する特効兵器。

流石のハジメも概念部分までは弄れないが、その効果と範囲を流用する形で悪魔以外に対しても強力なデバフをかけられるよう改良することは可能だった。その機能が発動しているようだ。

「なるほど。これが擬態能力の真価か。強力だな」

「む、無視? この状況で私を無視……?」

パリの街の惨状に目を細める。

まず目に付いたのは空中を飛び交う無数の天使達――〝天の軍勢〟。そして、凱旋門広場とパリでも最も高い高層ビルの天辺付近だった。

胴の太いウミユリの如き怪物とでも表現すべきか。樽状の胴体に五芒星の頭。枝のような触手と球根状の脚、そして五枚の膜状の翼。体長は二十メートルを超えるだろう巨大な異形が二体、暴れている。

周囲に被害を出さないためだろう。戦場を囲むように複数の天使が手を掲げており、それによって球体状の結界を作っていた。

そして、その結界内で一際強力そうな天使達が各々対応しているようだが、一筋縄ではいかないようだった。

枝の如き触手の殴打は凄まじい威力で、先端速度は確実に音速の数倍以上の領域だろう。あまりの柔軟性と速度に残像が見えて実際の数倍の数の触手が振るわれているかのようだ。

更にこの怪物、触れた対象を消失させる光線まで放つらしい。

実際、超高層ビルの屋上から数十階ほどが既にごっそりと無くなっている。天使の結界自体も数秒の照射で穴を開けられてしまうほどの威力だ。損壊の仕方からして、あるいは〝分解砲撃〟に似た性質なのかもしれない。

複数の天使で多重に防ぎ、かつ直ぐに修復するので今のところ封じ込めに成功はしているが、それがなかったら今頃パリの街は……

おまけにこのウミユリの如き怪物、耐久力も高い。ダメージは通っているのだが一撃必殺とはいかず、天使も削り殺すような戦い方をしている。

悪夢めいているのは、この二体が召喚された従属的存在だということ。これらの正体は、あのサスラの源流たる〝不定形の怪物〟の集合体であり擬態なのだ。

そう、奉仕種族である彼等は召喚者たる主を模倣したのである。とりもなおさず、それはより強力で能力の高い本物がいるということで。

同時に四体。クラス1相当だった。

当然ながら卿が相手をしている。どうにか市街から離れた緑地へ誘導することに成功して、そこで戦っているが、その戦場の激しさは目を向けるまでもない。肌が粟立つような感覚が風に乗るようにして届いているから。

「だが問題なのはやはり……セーヌ川、いや、地下水道は全てか?」

「そこどいてくださいラファエル様! 長官を殴れないのです!!」

なんか視界の端で杖を振りかぶっているクラウディアと、その前に立ちはだかって宥めている天使様がいるが特に気にせずパリ市街上空の戦闘に目を向ける。

こちらにも数百体に及ぶ大量の夜鬼が出現していて天の軍勢と激突している。クラス3相当の能力を持った個体も数多くいるようだ。

だが、真にパリを危機に陥らせているのは別の怪物だった。

セーヌ川をメインに、地下からも続々と出現するそれは不定形といえば不定形であった。だが、サスラの根源たる〝不定形の怪物〟とは異なり、端的に言うなら〝汚泥の怪物〟であった。

セーヌ川が泡立つ灰色に染まったのは少し前のこと。そこから絶えず生み出され続ける汚泥の塊は、人のような形状もあれば四足動物の形状もあり、あるいは中途半端に欠けた姿や両方が合わさったような冒涜的な姿もあった。

その数、およそ三千。今なお増殖中。

「確かに逃げ切れぬ市民が出るのも納得だな」

街中のあちこちにある開けた場所、博物館などの大きな建物、当然、このエッフェル塔の足下においても光り輝くドームが出来ていた。

クラウディアの結界だ。天使やエクソシストの仲間が戦ってくれている間に、聖十字架の能力の一つである広域の〝念話〟を使って避難誘導もしていたのだ。

今も戦禍を逃れようと必死に駆ける人々の姿が見える。

幸いなのは汚泥の怪物の戦闘力はそれほどでもないことか。ゾンビパニックに近しいものがある。小走り程度の速度で飛び掛かり、取り込む……そんな動きだ。知性も感じられない。

銃のような〝点〟の攻撃は有効度が低いようだが、なんなら一般市民でも棍棒でぶん殴りまくれば倒せるくらいである。クラス5相当というべきだろう。

ただ、際限がない。それが何より厄介だった。

「追いつかぬか……」

アンナやウィンを筆頭にエクソシスト達や天使達があちこちで戦っている。結界や市街へ逃げる市民を守るようにして。

天使は言わずもがな、エクソシスト達の殲滅力も中々のものだ。

例えばアンナ。その動きは捉えどころの無い木の葉のようにふわりっとしており、だが踏み込みの速度は凄まじい。

ヒット&アウェイを突き詰めたような動きは汚泥の怪物如きに捉えられるわけもなく、あっさり背後を取られ、なんなら禿鷲の如く隙を狙う夜鬼すらも動きに翻弄されて隙を晒し、トンファーから放たれた赤黒い飛ぶ斬撃で撃墜されている。

明らかに半年前とは動きが、戦闘スタイルが変わっていた。そして戦闘力も向上していた。

ウィンもまた同じく。両手に長剣を持ち、片方に魔力を、もう片方には炎を纏わせて、光る斬撃を飛ばしたり流麗な動きで距離を詰めたかと思えば、今までとは異なる豪快な剣技で次々と敵を両断していく。

常に市民を背にして戦うその姿は、エクソシストというより騎士を彷彿とさせた。

他のエクソシスト達も、改良された戦術と神器により、やはり半年前よりずっと強くなっている印象だ。

だが、それでも処理が追いつかない。不浄の根源と化したパリの水が怪物を生み出す速度の方が上回っているのだ。

パリの地下には広大な地下水道がある。最初、セーヌ川に観測できた本体と思しき〝無神〟はそこへ逃げ込んだようだ。今も卿が追跡しているが……一度は卿から逃げ切ったという事実が十分に脅威である。

卿が本体を見つけ倒さなければ、おそらく汚泥の怪物は出現し続けるだろう。

「やはり現場に限る。閉じた空間にいても戦場の空気は分からん。より最適な指揮は空気を読んでこそだ」

「空気を読む? 長官が?」

あり得ないことを聞いたようなクラウディアさんを無視して、否、ようやく目を向けたダイム長官。

「ラファエル様ですな? 念話の類いは? 使えると。大変結構」

「ふ、不敬ですよ、物言いが!」

実はクラウディアを守るように傍に居た天使は、三大天使(または四大天使)とも称される最高位の一角だ。

聖職者からしたら今すぐ膝を突き感涙を流しながら祈るだろう相手に、「貴様を……滅するッ」と言わんばかりの、まったく普段と変わらぬ眼光を向けながら何事か念じている長官。

目を向けられたラファエル様が、一瞬ビクッとしたのは気のせいだろうか……。

もちろん、枢機卿に「不信心者」と罵られる長官はまったく頓着しない。

「効率的にゆこう。全エクソシストへ通達――」

通信機を介してエクソシスト達へ次々と指示を出す長官。ラファエルを通して天軍にも指示が出たのだろう。明らかに戦場での味方の動きが変わっていく。

ある意味、乱戦に近かった戦況が戦術を感じさせる動きへ。守ることより、敵を殲滅するためのより攻撃的な動きへ。

「クラウディア」

「長官、ご自愛ください! 貴方が倒れては現場に動揺が――」

「問題ない。あと三十分はいける。ラファエル様の回復があれば倍はいけよう」

「意外に長い!?」

医者の指示を無視して隠れ鍛錬してましたね!? と思わずジト目になるクラウディア。

そんな彼女へ、しかし、長官は逆にジトッとした目を返した。思わずビクッとしちゃうクラウディア。

「もう何度も言っていることだが……お前は優しすぎる。美徳ではあるが、しかし、ここは戦場だ。救うことにリソースを割きすぎて敵を調子づかせるなど悪手以外のなにものでもない」

「エクソシストは救うことが使命では……というか聖職者ならば……」

「まず殺す」

クラウディアから「おっふ」と変な声が出た。なんて堂々とした断言だろうか。ツッコミどころ満載なのに一分の隙も無い完璧なロジックだと感じてしまうほどだ。

「それで救われる命がある。圧倒的暴力こそが救いをもたらすと、何度も教えているはずだ」

「そう教える度に、マーヤに射られているではありませんか」

ラファエル様が凄く何かを言いたそう。

妖精界で挨拶に訪れたクラウディアをいたく気に入ったのだ。聖女と呼ばれるに相応しい心優しく才気に溢れる素晴らしい子だと。

なのに、この神父、神父のくせになんてことを――あ、いえ、なんでもありませんよ? ありませんから、ええ。だから、その眼を向けないで!!

ラファエル様はサッと目を逸らした。

その名の意味は〝神は癒やした〟。文字通り癒やしを司る天使だ。天軍の仲間とエクソシスト達を守るため、そして戦闘の余波に巻き込まれて傷つく人々を癒やすため力を振るう。

そう、忙しいのだ。だから決して、暴力の素晴らしさを説かれている聖女を見捨てたわけではない。うん。

「味方への被害は私が抑えてやる。攻撃に集中!! 戦局をひっくり返せ。それが〝エクソシスト最強〟の役目である!!」

「ああもうっ、分かっているのです!!」

言いたいことだけ言ってエッフェル塔から飛び降りる長官。

ただ一理はある。いや、救うことに注力したことは後悔していないが、今の戦局を見るに守りに徹するのは更なる援軍でも来ない限りジリ貧に違いなく、確かに流れを変える攻勢は必要だ。

というのは、ダイム長官に言われるまでもなくクラウディアも感じていたところ。

眼下の車の屋根をベキャァッと潰してクッション代わりにしつつ着地し、更に、その車を投げつけて進路上の〝無神〟を吹っ飛ばす長官。

もはや人間とは思えない。塔の真下の結界に避難していた人々が悲鳴を上げている。

肩越しに見上げてニヤリッと笑うものだから余計に。

「気合いを見せろ、クラウディア! 陽晴嬢も朱嬢も術者として凄まじい力量を見せている。このままでは今後、奴が頼るのは、あの二人――」

「余計なお世話なのです! 長官のばかぁーーっ」

ククッと笑って、長官は大通りを駆け抜けていく。ついでに進路上の〝無神〟を大回転させた〝聖滅の書〟ちゃんで轢殺しながら。

映画などで、墜落するヘリがその回転するローターで進路上の全てを斬り裂きミンチにしていく光景を見たことがあるだろうか。

まさにあれだ。汚泥の怪物を吹き飛ばしてミンチに変えながらクラス3に向かって突進していく……

〝聖滅の書〟ちゃんから魔力の輝きがキラキラと粒子のように飛び散っているのだが……まるで涙のよう。

……ンデ……ヨン、デ……オネガ……イ……

なんて幻聴が聞こえてきそう。

がんばれ〝聖滅の書〟ちゃん! この戦いが始まって一度も読んでもらえていないけれど、己のアイデンティティーに深刻な疑問と悩みが生じているかもしれないけれど、負けるな! 〝聖滅の書〟ちゃん!

「まったく、いつまで経っても破天荒なのですから……」

溜息を一つ。

「ですが、ええ、仰る通りです。救いの手を差し伸べたくなる私の甘さ、今は捨てましょう。エクソシスト最強の称号を預かる身として、やるべきことは果たしましょう」

クラウディアの表情が変わる。その瞳に冷徹が宿る。

甘いのではなく優しいのですよ? それは貴女の美徳なのですよ? と言いたげなラファエル様の視線を感じつつも、クラウディアは聖十字杖を抱えるように保持しつつ、両手を胸の前で組んで目を閉じた。

「どこまで通じるかは分かりませんが……」

対悪魔戦以外では、自分は攻撃力に乏しい。才能がないと言ってもいい。

それがクラウディアの自己評価だ。〝龍の事件〟で、その評価はより深くなった。

もちろん、クラウディアの守りがなければ樹海での地上戦などできなかっただろう。龍の影と深淵卿の戦いの余波だけで多くの者が倒れたに違いない。

けれど、それで良しとすることなんて出来なかった。

だって、愛するあの人の傍には続々と素晴らしい才能を持つ異性が集まってくるのだから。

聖職者として恥じるべきと思いつつも、決して捨てることのできない我欲。

「信じましょう。主を、そして己を」

ラナや陽晴がそうしたように、クラウディアもまた己を鍛え直している。できることは何かを見つめ直した。

その成果の一つが、今、発動する。

「主よ、敬虔なる信徒の声をお聞きください。私は直く歩み、義を行い、心から真実を語る者。悪しき者の前に立ち、信じる者の盾となる者」

頭上の聖十字架が更に輝きを強めた。冴え冴えとした月光の如き光だ。その光がスッと天使の梯子のように伸び、頭上よりクラウディアを照らす。

クラウディアの汚れなき修道服の裾と金色の髪がふわふわと踊る。

その祈りは、あまりに堂に入っていた。あまりに自然で、それが故に美しく、一心に祈る彼女の姿は一枚の絵画に見えた。

傍らで見守るラファエル様の眼差しがとても優しく感じられる。

「たとえ死の陰の谷を歩むとも、私は禍を恐れない。貴方が私と共にある限り」

その祈りは届く。真に伝承通りの神ではなく、あくまで妖精界の存在であろうとも。

人々の想いが集った大いなる存在へ。そして、友誼さえも結んでくれたアパート住まいの神の子へ。

その決意と覚悟、宣誓に応え莫大な加護が聖十字架を介してクラウディアに降りる。

帰還者に比べれば乏しかったクラウディアの魔力が一気に膨れ上がった。器そのものが広がったみたいに。飽和した魔力が輝きとなって周囲に溢れる。

スッと目を開くクラウディア。

その手が再び聖十字杖を握り締める。先端の十字部分の根元を右手で握り、その中心に嵌め込まれた青白いクリスタルを包み込むように左手を添えるようにして。

「罪なき者を殺し、寄る辺なき者を踏み躙る者よ、仰ぎ見よ。主の御座は天にあり。聖なる宮より、神の目は悪しき者の尽くを見抜かれる」

いつの間にか、その頭の上には光の円環が出来ていた。まるで神が彼女を天の使いと認めたように。

同時に、聖十字杖の先端に冴え冴えとした月光の如き光が渦を巻くようにして集束していく。本来のクラウディアでは成し得ない凄まじい魔力量だ。

その輝きを、地上の避難者達は、それどころか周囲に迫り来ていた汚泥の怪物共でさえも魅入られた様子で仰ぎ見た。

「主よ、哀れみ給え。憎悪と欺瞞と嗜虐に満ちた地を天の光で照らし給え! さまよえる者に聖なる道を示し給え!!」

まるで溢れ出る力を抑え込んでいたような左手が離れ、逆に押し出すように添えられる。

スッと向けられた聖十字杖の先端は、凱旋門広場のウミユリモドキに向いていた。

一拍。

「――〝 神威(カムイ) 〟」

そう、それは〝神威〟だった。トータスにおける光属性最上級攻撃魔法だった。

極太のレーザーの如き砲撃。冴え冴えとした月光を凝縮して放ったようなそれは、昼間であってもなお周囲を眩く照らし、見る者の心に焼き付くような美しさがあった。

クラウディアの〝神威〟は、闘技場の如き限定的戦場を創り上げていた天使達の結界を、どういうわけか素通りし、見事、ウミユリモドキに直撃した。

月光の砲撃から逃れようとするウミユリモドキ。だが、クラウディアが少し杖の向きを変えるだけで射線も移動し標的を逃がさない。

時間にして十秒ほどか。

やがて、クラウディアの〝神威〟はスゥッと空気に溶け込むようにして消えていった。

そして、

「む、無傷……?」

とは誰の呟きか。エクソシストの仲間か、それとも広場が見える位置にいた避難者か。

いずれにしろ、その言葉は正しかった。

ウミユリモドキは健在だった。最初の頃に比べれば体積がかなり減っているが、それは戦っていた天使の手によるものだ。今の砲撃による損害は欠片も見当たらなかった。

ウミユリモドキも拍子抜けしたのか。若干、戸惑っているように見えなくもない。

そこへ肉薄する長剣を持った天使。

ウミユリモドキは咄嗟に回避しようとして、

――!!?

明らかな動揺が走った。宙を飛んでいた肉体が急に重力を思い出したみたいに落ちたのだ。

回避どころの話ではない。地面に激突し無様に転がる。そこへ幾筋もの剣線が走った。

――**####!!?

強く吹きすぎた笛のような耳障りな絶叫が響く。あれほどの耐久力を誇った肉体があっさり切り刻まれ、サイコロ状にカットされてしまったのだ。

それどころか擬態を維持できず、元の〝不定形の怪物〟に戻っていってしまう始末。

完全に擬態が解ける前にと触手を振るうが、その速度は見る影もなく、そのうえ分解砲撃の如き光線も出ない。

そこへ別の天使が待っていたと言わんばかりに手をかざし、強烈な火炎を放って焼却にかかった。

それにも、やはり抵抗力を失ったみたいに為す術がない〝不定形の怪物〟。

これこそ、クラウディアの〝神威〟が持つ力。

「良かった……効き目があったようなのです」

肩で息をしつつもホッと安堵の吐息を漏らすクラウディア。

不安だったのも無理はない。何せ彼女の〝神威〟には、どういうわけか物理的な破壊力が皆無という致命的な欠陥があったのだ。

はっきり言おう。術式の基礎と見た目だけは〝神威〟の、ほぼ純粋魔力砲撃であると。

ただし、だからこそ恐ろしき特性があった。

物理的な破壊力を持たない代わりに、クラウディアの魔力攻撃は、その内包する魔力を驚くほど相手に浸透させるのである。それこそ、相手の魔力耐性、抵抗、拒絶反応の尽くをスルーしてしまうレベルで。

つまり、強制的に自分の魔力を相手の体内エネルギーと混ぜ合わせてしまうのだ。

そんなものは、もう己の魔力ではない。だから著しく使い難い。

ただでさえ魔力を吹き飛ばされて目減りするというのに、残った魔力さえもクラウディアの魔力に染められてまともに使えない。

「無力化が関の山の欠陥魔法ですが……ふふ、使えると実証できたなら、香織先生も喜んでくださるかもしれません」

苦笑を浮かべつつ、ふぅっと息を吐く。

香織先生。そう、クラウディアが師事したのはユエではなく香織だったのだ。

ユエの推薦である。トータスで〝聖女〟と称される香織だ。だから、地球の〝聖女〟たるクラウディアに相応しいと思った、というだけではない。実際に二人の特質が似通っていたからだ。

――貴女は光属性に天性の才能がある。それも……〝分け与えること〟〝受け入れること〟に関して突出した才能が。

とはユエの言葉だ。

で、「香織先生」と呼ばれて割とウキウキで教師役を引き受けた香織は、直ぐに驚くことになった。

治癒系に結界系、補助系に至るまで光属性ならば関係なく、かつての香織に負けず劣らずの速度で習得できる才能は言わずもがな。

そこに〝詠唱を聖句に置き換えれば、どういうわけかトータス式の詠唱で発動した時よりも効果が増す〟というおまけ付き。

きっと、子供の頃から血反吐を吐く思いで修練を積んできた経験が活きたのだろう。

だがしかし、どういうわけか。

これが攻撃系統となった途端に上手く発動しない。

どうにか発動させても、その効果は本来のそれとはまったく別で、全て〝強制的に自分の魔力を与える純粋魔力攻撃……攻撃?〟になってしまう。

香織先生が「どういうことぉ?」と頭を抱えたのは言うまでもない。最終的には「きっと、私が上手く教えられていないだけなんだよね。ごめんね、ユエ先生みたいに良い先生じゃなくて……ごめんね、ごめんね……」と部屋の隅で膝を抱えたくらいだ。

『それこそ貴女の美徳。我々が〝聖女〟と認める素晴らしい資質です』

「ラファエル様……ありがとうございます」

大天使の優しい肯定と称賛に、クラウディアの表情がへにゃりと綻ぶ。

きっと、本質的なものなのだ。クラウディア・バレンバーグは、どれだけ対悪魔戦で最強であろうと、どれだけ討滅して来ようとも。

聖女なのだ。

最強だから、あるいは聖十字架を使えるから聖女なのではなく、彼女の本質は、その根幹は〝誰かのため〟にある。

十二年も燃やし続けた復讐心を、ユエに任せる方が地球を守るのに確実だからと笑顔で抑え込んだ時のように。

本当に必要な時、彼女はきっと自己犠牲を躊躇わない。

分け与えること。

受け入れること。

神器の機能でも使わなければ、クラウディア自身の力では他者を傷つける力を放てないほどの、その特質。

光属性というよりも、魔力の譲渡と吸収に関して天賦の才を持つ聖女。

それが、クラウディア・バレンバーグの本領。

あくまで本質は魔力譲渡であるが故に、ある程度の時間があれば己の魔力に変換できてしまう。つまり、敵対する者への助けにも成りかねないという点、なんとも聖女らしいというかなんというか。

つまり、彼女の攻撃魔法とは――〝いやとは言わせません! 無理やりでも私の力を受け取って頂きます!〟という、ある種の〝究極のお節介魔法〟というわけだ。

「次、行きます。ラファエル様、味方に警告を」

『存分に』

クラウディアがスゥッと息を吸った。

魔力が枯渇する勢いで〝神威〟を放ち、先程まで肩で息をしていたというのに、もう呼吸が整っている。それどころか、その身からは再び充溢した魔力が溢れ出ている。

〝受け入れる者〟の特性だ。

それが自然魔力であれ他人からの魔力譲渡であれ、己の魔力に変換する効率と速度が尋常ではないのである。香織に「〝高速魔力回復〟に関しては私達より上かも」と言わせたほどだ。

神の子等の加護による魔力出力の激増と、ユエから供給される無限の自然魔力がある今は特に。

その力を以て、今、発動する。

エクソシスト達に対する某魔神の 悪ノリ(ロマン) と相まって会得したクラウディアの オ(・) リ(・) ジ(・) ナ(・) ル(・) 魔法。

改良された〝聖十字架〟と〝聖十字杖〟の二つがあって初めて使える、最強神器の奇跡とアーティファクトに付与された能力の混合魔法。

「La~♪」

歌が響いた。驚くほど明瞭に、信じ難いほど遠くまで伝わる澄んだ声音。

それは聖歌であった。

同時に、詠唱であった。

戦場には似つかわしくない、地上の遍く存在を優しく包み込むような、どこまでも柔らかく慈愛を感じさせるそれ。

パリの人々が避難する間、ずっと聞こえていた声音でもある。この声に、いったいどれほどの人々が心を救われていたか。

まして、エッフェル塔の上で光翼を展開し、巨大な十字架を宙に浮かせ、美しい輝きを放つ彼女の姿を見た者は……

クラウディアこそが天使の長だと確信したのは言うまでもない。

そんな彼女が歌っている。まるで平和を願うように。人々の心の安寧を願うように。光の柱を天に立ち上らせながら、両手を広げて歌声を響かせている。

自然と涙を流す者が続出した。ただでさえ、クラウディアに守られていると実感していた者達は彼女の姿に膝を突いて祈りを捧げていたというのに。

その神聖な有様は、まさに神話の一ページ。もはや感涙を流さずにはいられなくなったのだろう。

「やはり……あの方こそ天使の長――ミカエル様」

なんて呟きが広がった次の瞬間だった。

流星群がパリ市街に降り注いだのは。

「「「「「…………え?」」」」」

目が点になる。無理もない。

エッフェル塔の更に上空、クラウディアから立ち上る魔力が直径三メートルほどの満月の如き光球を次々と創り出し、それがパリ市街に降り注いだのだ。

傍目には、まさにメテオインパクト。

救いの主が、厄災の主に早変わり。

という誤解をされても仕方のない見た目・規模の攻撃であった。

地上が騒然とする。世界の終わりだわーーっと泣き叫ぶ者が続出する。阿鼻叫喚の様相が広がっていく。

もちろん、見た目が世界の終わりっぽいだけで、クラウディアの攻撃である以上、殺傷力は皆無である。

――クラウディアオリジナル魔法 慈悲の流星群

それは聖歌を詠唱とする超広範囲の〝魔力浸透爆撃魔法〟だ。

天より降り注ぐ魔力の塊は、地上に着弾したり空中で弾けたりした途端に高密度の魔力の波濤を全方位に放つ。一発につきせいぜい十数メートルの範囲だが、数が数である。

そして、その魔力波を受ければ当然、強制的にクラウディアの魔力を受け取ることになる。

なら、結果は言わずもがな。

爆撃に巻き込まれた夜鬼が次々と墜落し、事前に警告と退避指示を受けていた天使達の一部もちょっと巻き込まれて落ちる。

汚泥の怪物も同じく。そんな肉体を維持し動き回るには〝無神〟由来のエネルギーが作用しているに決まっていて、それが上手く回らない。

結果、崩れ落ちたり、動きが極端に鈍くなったり。ついでに退避し損ねたエクソシストが魔力飽和状態になって酔っ払いみたいにフラフラしたり。

セーヌ川への爆撃も効果があったのか。少し怪物の生産速度が落ちたように見える。

高層ビルの屋上のウミユリモドキも明らかに能力が低下したようだ。

「はぁはぁ……長官の指揮で敵味方の位置がかなりはっきり分かれてくれていたので、味方への被害はあまりなさそうですね」

『主義はともかく、有能な信徒……しん、と……ではありますね』

ちょっと言い淀むラファエル様。だが、評価は本心だ。

ダイム長官の指揮により、〝無神〟共はあちこちで一定数の集団になるよう味方側の動きで誘導されており、クラウディアの爆撃に巻き込まれる味方も最小限に抑えられた。

そして、その巻き込まれた味方もラファエル様の権能で敵よりも早く復帰可能だ。

いろいろと使いどころが難しい魔法だが、今回は上手くはまったようだ。

戦場を俯瞰すれば、ここぞ好機と殲滅速度が一気に上がった。

確かな成果を出せたことにクラウディアは小さくガッツポーズを決め、小さく呟くように感謝の言葉を口にした。

「守り、癒やし、敵の脅威を少しでも祓うこと……私には私の役目がある。香織様、ありがとうございます。どうやら望みを叶えられそうです」

戦闘能力では全く及ばないけれど、ハジメのパーティーにおける香織の本来の役目を、浩介のパーティーにおいて担いたい。それこそがクラウディアの望み。

手応えを感じて、頬は自然と綻ぶ。

そして、再び歌う。速度は落ちても今もなお生み出され続ける怪物共を少しでも無力化するために。

そんな聖女の姿を見上げる人々は……

「わ、笑ってる。街中に隕石を落として楽しそうに……」

「聖女、さま?」

「ミカエル様じゃ……ない?」

「いや、待て……ミカエル様は天軍の長。苛烈な戦いが語り継がれる方。だとすれば、あの笑みも納得……」

「恐ろしい……やはり、人智を超えた存在なのね……」

戦慄していた。魔法の効果なんて知らない彼等・彼女等からすれば、ある意味、当然の反応だった。

なお、ミカエル様はウリエルやガブリエルと共に米国へ派遣されているので、ここにはいない。まさか、大都市に隕石を降らせて笑うヤバイ天使だと思われているとは夢にも思っていないだろう。

とんだ風評被害である。

「La~♪」

「また来るぞぉ!」

「神よぉ! どうか救いを!」

「ミカエル様をお諫めください!!」

いろんな意味で再び阿鼻叫喚の様相を呈し始めたパリの都。

その様子を見ていた司令部の枢機卿はキリッキリッと痛み出した胃を押さえながら、取り敢えず「どうミカエル様に謝罪しようか……」と頭を悩ますのだった。

英国の最大人口を抱える都市、ロンドン。

都市を北と南に分断する河川――テムズ川もまたパリのセーヌ川と同じ様相を呈していた。灰色に濁り泡立つ様は見ているだけで吐き気を催す。

だが、パリのように汚泥の怪物が街中に溢れかえるという事態は避けられていた。

国軍がずらりと一定間隔で展開し、汚泥の怪物が生み出される度に速攻で排除しているからだ。

両都市の対応速度の違いは言わずもがな。シャロン・マグダネス保安局局長の手腕によるものだ。

ハジメ達と関わったあの日から、百戦錬磨の政治家達と渡り合い、折り合いを付け、あるいは牽制し、あらゆる手段を使って有事の際の対応に備えてきた努力の成果が出た形だ。

マグダネス局長を快く思っていない派閥に、ある意味、実証を以て痛恨の打撃を与えたと言えるだろう。

だが、だからと言って問題がないかと言われれば、まったくそんなことはなく。

「くそっ、なんなんだあれは!!」

「何発撃ち込めば死ぬ!?」

「なに!? どういう意味だ!? 転移!? 何を言ってる!?」

軍や警察、そして双方の特殊部隊。ロンドン市街に展開する部隊は混乱の極みにあった。

「エイリア○の侵略か!? 悪い夢でも見てんのか!?」

あらゆる状況に対応できるよう厳しい訓練を経て鍛え上げてきた特殊部隊の隊員達である。強靱な精神力のおかげでどうにか発狂だけは免れているが、それでも、事態が事態だ。隊員の一人が思わずといった様子で叫ぶ。

彼の言葉は的を射ていた。確かに有名な某宇宙生物との戦いを描いた映画によく似ていた。

それは、一見すると中型犬くらいの大きさの猫のように見えなくもなかった。

四足で、しなやかな流線型のボディ。尖った耳に長い尾……

ただし、毛の代わりに無数の細い触手で覆われていて、それが常に蠢いているせいか全体の色合いが常に変化し不可思議な模様のようにも見え、更に側面には宝石の如き瘤のようなものも複数あるという異常な猫モドキだが。

ある種の芸術作品のようにも見え、つい視線が引き寄せられる。だが、長く見ていると視覚が狂いそうな感覚も覚えるという異常のおまけ付きだ。

何より、

「こいつら……嗤ってるのか?」

悪意が感じられた。標的を弄び、その恐怖をすすり、絶望に落としてから喰ってやろうという醜悪な意志が、言葉はなくとも感じられたのだ。

そんな猫モドキが地を這うようにしてウゾウゾと群れでやってくる。乗り捨てられた自動車を撫でるように乗り越え、あるいはビルの壁に張り付きながら。

その様はまさに、宇宙船の通路の壁や天井に張り付きながら群れで進んでくる凶悪な宇宙生物そっくりだ。

背筋に這い上がる恐怖を押し殺し、とにもかくにもと引き金を引く。

命令だから、というだけではない。あらゆる媒体による緊急放送と警察の初動の早さにより一般人の避難はかなり進んでいるが、それでも当然ながら全員ではないのだ。

周囲の、そして背後の人々を守る……

敵に背を向けて逃げ出すわけにはいかない。

その一心で必死に非現実的な敵と戦う。

だが、相手は本当に非現実的で。

「きえ……た……?」

素早い身のこなし。三次元的な動き。空中を蹴ったようにしか見えない軌道もあった。卓越した技術でどうにか弾丸を叩き込んでも一発や二発では死なず。

だが、それでも特殊部隊クラスならどうにか対抗できていたのに。

お伽噺の中の魔法の如き事象を起こされては、流石に対応しきれなかった。そんな戦闘状況を想定した訓練などしたことがなく、想像もしていなかったが故に。

そう、先程、司令部より通達されていた警告――〝転移〟。

説明されても、言葉の意味は分かっても、そんな超常現象を現実の戦闘に落とし込んで即座に理解するのは無理があるという話。

スゥッと嗤いながら亡霊のように消えていく猫モドキ。

呆然としてしまい、背後の虚空にスゥッと浮かび上がってくる怪物共には気が付けず。

なのに、敢えて奇襲せずにわざわざ間合いに入ってから気持ちの悪い猫なで声を発する点、確かに悪意満点だ。

ハッと振り返った彼等の目には、その鋭い爪を振りかぶる猫モドキが眼前にいて。

絶望が浮かぶ。それこそ見たかったと言わんばかりに猫モドキの口元が笑みの形に裂けて――

「やめ――」

タンッと銃声が響いた。銃声なんて街中から聞こえているのに、その銃声だけはやけに明瞭に聞こえたのはなぜだろうか。

やはり、同時に目の前の醜悪な猫モドキの頭部が吹き飛んだからだろうか。

「なっ」

この特殊部隊の小隊長である男が尻餅を突きながら視線を転じる。

裏路地から出現したのは統一されたゴーグルと見慣れないアサルトライフルを装備した武装集団。

「隊列を崩すな!! 全方位カバー! 転移にはタイムラグがある! 見逃すなよッッ!!」

隊長格と思しき隊員が怒号じみた指示を出す。それに他の隊員達も戸惑いなく応答し、まるで猫モドキの動きが先読みできているみたいに仕留めていく。

アサルトライフル自体も普通ではないのだろう。その有効性は異常だ。

だがやはり、それ以上に彼等の動きにこそ注目せずにはいられなかった。

なんというか、こう……場慣れしている。

超常現象を前にしても戸惑うことなく、それを考慮した上で動けている。

転移という脅威を、まるで特大の隙だと捉えている雰囲気さえ感じられた。

「大丈夫なら立て! 呆けるな!」

駆け寄ってきた隊長らしき男が九死に一生を得た特殊部隊の小隊長を引っ張り上げる。

「保安局か……」

その肩に付いたワッペンのシンボルマークを見て呟くと、男は飛び掛かってきた猫モドキを事も無く撃墜しながら頷いた。

「保安局強襲課のバーナード・ペイズだ。こちらの武器は連中に対し有効度が高い。牽制を頼む。進路を限定し、仕留めるチャンスを作ってくれ!」

「っ、了解した!」

こちらが小隊長だと理解しての指示だ。本来なら保安局には思うところが多々ある。最近の世界情勢のあれこれのせいだ。彼等がその中心部に近しいということは、どれだけ情報統制がされていても噂で聞こえてくる。

最新の装備を支給されているだとか、国防に関わる重要な作戦に投入されているだとか、海外派遣までされて国家間、あるいは組織間の友交に一役買っているだとか。

祖国を救ったヒーローと信頼関係を築いているとか……

何それ、羨ましいんですけどぉーーーっ!?

そんな彼等に現場で指揮される謂われはない。そもそも指揮系統が違うのだから言う通りにする必要もない。

と、普段なら鼻を鳴らして嫌みの一つでも口にしているところだ。

だが、今は文句を言っている余裕がない。既に何人の部下が倒れたか……

この状況を少しでも有利に出来るなら死神にだって尻尾を振ってやる。と、内心で悪態を吐きつつもバーナードの指示に従って部下を動かす。

その甲斐があってか、息を詰めるような攻防を続けることしばし。

「勢いが……減じた?」

「フッ、やったか」

どうにか猫モドキの攻勢を跳ね返す兆しが見えてきたらしい。と、バーナードが笑う。

もちろん、第一級フラグ建築士と評判な彼がそんなことを言えば、彼のことが大好きな死神さんが嬉々としてフラグ回収に動かないわけもなく。

「司令部より通達! 敵反応増大!」

「なに? 数は? まぁ、何匹来たところで俺達の敵では……」

だからやめてよね、バーナード隊長。貴方が本気で口にしたら、正反対に叶うんだから。と強襲課一同が思った直後、やっぱり叶った。正反対に。

怖気が走る。周囲にスゥッと浮き出るようにして転移してくる猫モドキの怪物。

止まらない。転移が止まらない。

十数体があっという間に百数十体に。それでも止まらずなお増えていく。

『こちらチームB! 敵に囲まれた!』

『チームCより救援要請! 凄い数だ! このままでは圧殺される!』

他の強襲課チームからも通信が入ってくる。

一体、この猫モドキの怪物は何体いるのか。

いずれにしろ、一般人を闇雲に襲ったり、警官や兵士達を揶揄っているかのように散発的に襲うのはやめて本格的に殺しにかかるつもりらしい。

視界が埋め尽くされるほどの数に戦慄と絶望の気配が漂い始める。

「狼狽えるな! 防御陣形! 訓練通りにやれ! そうすれば必ず生きて帰れる!!」

あ、ダメそう……と強襲課の隊員達は思った。周囲の特殊部隊員達も「ん? お、おぅ」と何か聞き覚えのあるセリフだと感じている様子。

バーナード自身もまずい状況だと感じているのか、片手でアサルトライフルを構えつつも胸元に片手を添えた。

「バーナードぉ! やめろぉ! 戦闘中にロケットペンダントはまずい!!」

「奥さんと娘さんを想って呟くのやめてくださいよっ、絶対に!!」

「この状況でシャレになんないわよ! 死にたいの!? ばか!!」

フラグなど立てさせて堪るかぁ! と叫ぶ強襲課の隊員達。

そんな彼等に、バーナードは「確かに戦闘中にすることではないな」とズレた反省をしながら、

「バカとはなんだ。俺が死ぬはずないだろう? 家族も増えたんだ。稼がなきゃならん」

「「「「「クソがっ、言いやがった!!」」」」」

ここに来て特殊部隊の皆さんも気が付いた。あ、これ死ぬやつじゃん。映画とかドラマで死ぬやつが口にするセリフの定番じゃん……と。

ちなみに、増えた家族とはペットの猫のことだ。知り合いのところで生まれた猫なのだが、兄弟姉妹を引き離すのは忍びないと五匹も引き取った。

更なるちなみにだが、猫モドキの怪物は地球の猫に激しい敵愾心を抱いている。見つけたら即抹殺くらいの。当然、そんな猫を大事にしている者も許せない。

その気配に気が付いたのか。猫モドキの怪物共は基本的に嘲笑的な雰囲気を纏っているのに、バーナード隊長にだけは威嚇に近い別種の感情を向けているような気がしないでもない。

まさか死神さん、こうなることを予想して猫を飼うよう誘導を……

もう我慢ならん! と言わんばかりに、一体の猫モドキが転移する。

標的はやっぱりバーナードらしい。大胆にも彼の真後ろに転移し、

「隊長! 後ろです!!」

そんな知能があったのか、それとも偶然か。撃てばバーナードにも当たり兼ねない絶妙な位置で対応が遅れる。

見もせず条件反射の速度で前方に身を投げ出すバーナードだったが、振るわれた爪の方が速い。斬り裂かれる……という刹那。

猫モドキの真下が弾け飛んだ。マンホールだったのだ。

パリと同じく地下水道で深淵卿が戦っているのだが、たぶん、その余波である。あちこちでマンホールが弾け飛んでいる。

そのおかげで九死に一生を得るバーナード隊長。

だが、やはり猫モドキのバーナードへの敵愾心は、その本質的悪意を上回っているらしい。

身を投げ出した先に飛び込んでくる別の猫モドキ。

その首筋へ金属の太い柱がギロチンのように直撃した。激しい銃撃戦によりダメージを受けていたらしい街灯が今になって倒れたのだ。

もちろん、それだけで死ぬほど柔な怪物ではないが、ちょうど正面である。体勢を立て直したバーナードの銃口の。パァンッと一発。

その時には既に、更に三体の猫モドキが三方向から飛び掛かってきていたのだが、

「うそだろ……」

と、呟いたのは特殊部隊の小隊長さん。

無理もない。だって、弾け飛んでいたマンホールが落ちてきて、その三体をグシャリと潰したのだもの。

「くっ、危なかった。どうやら今回ばかりは運に助けられたようだ……」

「「「「いつものことだろ」」」」」

死神と幸運の女神に同時に愛されているっぽい男――バーナード・ペイズ。

噂でもされていたのか。特殊部隊員達から「あの噂、本当だったのかよ……」「まさか目の当たりにするとは……」なんて震える声音が響いてくる。

どうやら、猫モドキの直接的で分かりやすい恐怖より、身近なところにいた意味不明の同族の方が余程恐いらしい。なんなんだよ、こいつ……みたいな目で見ている。

「全員気合いを入れろ! 援軍なら必ず来る!! 時間を稼ぐんだ!!」

立ち上がり、隊列に戻りながら味方を鼓舞するバーナード。その様子からするに、相変わらず自分の特異性は無自覚らしい。

バーナードが不敵な笑みを浮かべながら、小隊長さんに声をかける。

「あんた、名は」

「あ? あ、ぁあ、えっと」

「いや、それは後で聞こう。ここを乗り切れたら、お互いのチームを引き連れて美味いビールでも飲みに行こう。その時に聞かせてくれ」

「わざとか!? あんたそれ、分かっててやってんだろぉ!?」

お前の不思議ワールドに俺達を巻き込むな! と叫ぶ小隊長さんに、周囲は激しく同意した。

猫モドキ達も包囲するだけで一斉に襲いかかってこないのは、あるいは、バーナードの不思議ワールドを警戒してか。

何にせよ、その時間のおかげで援軍が間に合った。

猫モドキ達の包囲の更に外、通りの向こう側の大きな建物の一階部分。ガラス張りの壁が一斉に吹き飛んだ。

何事かとバーナード達も猫モドキ達も視線を向ける。

風通しのよくなったビルの一階分、その奥の壁が闇色に染まっていた。英国は昼間故に屋内の影を利用したのだろう。

そこから駆けつけた援軍。

ガラス張りの壁を吹っ飛ばし、姿を見せたのは――

「刮目せよ! 余こそハイリヒ王国次代国王! ランデル・S・B・ハイリヒである!!」

子供だった。金属の全身甲冑を着けているが、確かに子供だった。

全員がぽかんっとなる。当然である。

「む? 反応が鈍いな。アーティファクトによる翻訳はできているはずだが……」

戸惑いつつ兜を脱いで、イヤリングを指先でちょいちょいっと弄る金髪碧眼の美少年。

ふむ? と小首を傾げつつ、咳払いを一回。テイク2。

「刮目せよ! 余こそ――」

「殿下ぁーーーっ!!」

今度は鬼の形相をした、如何にも女騎士といった姿の、これまた美人さんが闇色の壁の奥から猛ダッシュで飛び出してきた。

そして、

「あっ、クゼリー!? 何をする――」

「そぉい!!」

首根っこを掴んで、思いっきり後方へぶん投げた。

「あぁ~~~~~~~~~っ!!? 不敬であるぞぉ~~~~っ」

不満と憤りを木霊させながら壁の向こうへ消えていく少年。

女騎士はふぅっと吐息を漏らし、そして注目を集めていることに気が付いてハッと姿勢を正すと、途端にキリリッとした表情になり、

「全隊、前へ!!」

と、よく通る覇気に満ちた声音を響かせた。

直後、闇色の壁から騎士鎧に身を包んだ一団が姿を見せる。一糸乱れぬ動き、地を踏みしめる見事なほど統一された軍靴の音。

女騎士が通りに出てくる。その後に整然と並びながら続く騎士達。

「抜剣!!」

シャァンッと揃いの音色を立てて引き抜かれる騎士剣が、陽の光を浴びてキラリッと輝く。

「ハイリヒ王国騎士団団長クゼリー・レイル。及び、第一騎士団、義により助太刀に入ります!!」

映画のワンシーンでも見ているかのような勇壮さだった。

ただ、悲しいかな。

「クゼリー!! 貴様、許さんぞぉ~~」

闇色の壁の向こうから、そんな声が聞こえてこなければ、もっとそう感じただろう。

クゼリー団長のちょっと恥ずかしそうな雰囲気が余計に空気を弛緩させていた。