軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天竜界編 ロマンと趣味のごった煮

アーヴェンスト竜王国から北に約二千キロ。

かつては広大な森林地帯であった場所、今はひび割れた大地だけが広がる荒野の中心に、ぽつんっとそびえる巨大な岩山がある。

高さはおよそ四百メートル。直径は六百メートルほど。歪な円柱形で、頂上に行くほど反り返っており、まるで地上からの侵入を拒む加工がされたような岩山だった。

そう、頂上に来たいなら空から来ることこそが正しい方法だと言わんばかりに。

そんな場所に、かつて存在した寺院――テミス・モシュネー。

始祖たる真竜を祭り、 古(いにしえ) の記録を保護し、竜と人の在るべき姿を説き、彼等の修行の場にもなっていた聖地だ。

かつて頂上に存在した、質素な見た目ながらも確かな威厳を感じさせた寺院の姿は、今はない。

長年の〝黒い雨〟の侵蝕により、建物どころか標高自体が下がるほど天頂から徐々に崩壊してきたせいだ。

実は岩山の内部にこそ記録の保管庫はあるのだが、今はその痕跡が辛うじて見て取れるだけ。岩山の中心部にして寺院の最深部こそ残っているものの、そこもほとんど黒ずんでしまっていて、かつての神秘性は見る陰もない。

もちろん、紙媒体の記録は全滅。石版は一部のみ。金属板も腐食が酷く、まともな記録は少ない。壁絵は言うまでもなく。

それでも、全ての記録が逸失していないのは、何か不思議な力でも働いていたのだろうか。

今となっては分からぬその遺跡の上空に、

「……あれは……あれはいったい……なんなのだ……」

そんな困惑と驚愕に満ちた震える声が響いた。

拠点護衛艦パラスティアの艦長にして、ここテミス・モシュネー保護部隊の司令官――カーター・ギルトンの声だ。

ローゼの旗艦ロゼリアの元艦長でもあった男である。ローゼの信頼厚い彼だからこそ、このかつての人と竜の聖地を保護すべく派遣されたのだ。

白髪交じりのオールバックの髪、眼帯に頬の傷。背は高くないが、ドワーフを彷彿とさせる骨太で筋骨隆々な見た目は、とても御年七十歳とは思えない。

見た目の迫力に、軍人一筋半世紀以上の猛者が醸し出す威圧感は、それだけで子供なら鬼でも見たかのように泣きながら逃げ出すだろう。

そんな男が、だ。

「なんなのだ……あれはいったいなんなのだっ」

狼狽えていた。明らかに。

そ(・) れ(・) が発見され報告を受けた時、ギルトン司令は本国に緊急連絡を取ると同時に、既に撤退の準備を始めていた。

十中八九、己等の女王陛下なら撤退命令を出すはずと確信していたからだ。

一応、既に救世主と龍神様が来訪されていることは、本部の若手通信士から浮かれた様子で知らされていたので、あるいはと考えなくはなかったが……

彼は判断をするに希望的推測を前提とするような愚など犯さない。

だが同時に、死守せよと命じられたらなら最後まで戦う覚悟も当然の如く持っていた。

故に、撤退準備とは、戦闘態勢で拠点上空に布陣することであった。

広大な森が消え、荒れた大地だけが広がる場所だ。

四百メートルでも十分高いのに更に上空に布陣すれば、当然、もう見える。近づいてくる怪物の姿など。

おぞましい姿だった。あまりにも生きとし生けるものを冒涜しているような姿だった。

ヘドロの山に蜘蛛の脚が生えている。と、表現するのが報告書に記載するに適切だろうか。

よく見れば、体表からは無数の動物の脚らしきものが、否、無数の生き物の姿が浮かんでは消え、浮かんでは消えている。

数多の生き物が混じり合って汚泥と化し、膨れ上がった存在。

まさに、そんな印象だ。

泥獣の多くが同じ有様だが、ここまで巨大化した存在は初めて見る。そのグロテスクな迫力は、見ているだけで体の芯から熱を奪うかのようだった。

おまけに、金属同士が激しく擦れ合うような鳴き声がずっと響いてくるのだ。酷く神経を逆撫でする不協和音は、ヤスリで精神を削られているように錯覚してしまう。

だが。

だがしかし、である。

――ダッダーーン!! ダラッダーーンッ!! ダララララダーンッ!!

今、ギルトン司令の心を乱しているのは。

――ですとろぉい♪ ですとろぉい♪ 挫けぬ心で敵をくじっけぇ~っ♪

否、戦場を見ているテミス・モシュネー保護部隊の全員の心を惑乱に陥れているのは。

――敵に絶望を~ォッ! オッオォッ! 敵の悲鳴は蜜の味~ッ! イェアッイェアッ!!

おぞましき怪物ではなく。

――闇討ち不意打ち騙しうっちぃ! 滾るぜヒィーハァートォッ!!

「なんなのだ!!」

――さぁ、呼べ! 敵の希望切り裂く絶望のつるっぎぃーっ!!

「あのっ、あの!! ――巨大な人型ロボットはぁーーーーっ!!?」

『宇宙の平和は我が守護るっ!! 問答無用! 容赦不要! 敵対する者には理不尽を!! 蹂気(じゅうき) 躙躙(リンリン) !! ジュウリンジャー!!』

ジュウリンジャーというらしい。ギルトン司令の疑問の答えは。

なるほど、何も分からない。

『ギルトン司令、こちら南雲ハジメ。見ての通りだ。……構わないな?』

「え? あ、うん」

やっぱり何も分からない! 何が見ての通りなのか。何が構わないのか。歴戦の将校とは思えない子供みたいな返事をしちゃう!

『フッ、流石にこのロマンを見たら歴戦の軍人も童心に戻ってしまうか……』

フッじゃねぇよ。圧倒的説明不足と圧倒的情報量と圧倒的常識外に動揺してんだよ。と怒鳴り返してやりたい衝動に駆られるギルトン司令だったが、取り敢えず、だ。

なんだか気がおかしくなりそうだったので。

「さっきから頭の中に直接響いているこの歌はなんなんだーーっ!!」

盛大にツッコミを入れた。少しでも吐き出さないと、本当にどうにかなりそうだったので。

『ロボットもので戦闘シーンとくれば、そりゃ上がる音楽がないとな!』

くそがっ、本当に何も分からねぇ!! と思わずコンソールを台パンしちゃうギルトン司令。

この一分の間に脳へ叩き込まれた目の前の現実にぜんっぜん追いつけない!

無理もない話だ。

およそ一分前。まだ距離があった巨大泥獣は早くも行動を起こしていた。体の一部を分離し、泥の竜を生み出したのだ。

泥獣には共通の特徴がある。触れた対象を汚染・腐食させたり、やたらとしぶとかったり。分離もその一つだ。竜の形態であることも多い。

そして、地を這うことしかできないというのも同じだった。そう、たとえ飛行型の生物の形態を取ろうとも、泥獣は決して飛べなかったのだ。少なくとも今まで観測した泥獣は。

なのに、巨大泥獣から分離した竜は飛翔して向かってきたのである。

しかも、まるでヘルムートを彷彿とさせる巨大さと禍々しさを放つそれが、五体も。

到達予想時間、およそ三分。

魔神殿と龍神殿が再び救援の手を差し伸べてくれると聞いて、沸き上がっていた旗艦パラスティアの艦橋は一瞬で緊張に包まれた。

周辺上空では黒竜達が唸り声を上げ、しかし、その目には紛れもなく決死の覚悟が浮かんでいて。

それが何よりも尋常ならざる敵だと伝えていて……

誰もが覚悟を決めた、その時だった。

天より降り注いだ五条の閃光が、五体の泥竜を撃ち抜き大地に叩き落としたのは。

そして、驚愕に目を見開いている間に、それは天から降りてきた。

人型の巨大ロボ。真紅と黄金を基本色にやたらと派手なカラーリング。両の肩と腰に折りたたみ型の砲門を二つ、右手に巨大なライフル、左手には大剣、胸元にも竜が大口を開けたようなデザインの砲門が。

六枚の翼からは真紅のエフェクトが噴き出し、その超重量を滞空させていた。

で、なんか香ばしいポーズを取って、目をキュピンッと光らせ、なぜか背後に七色の噴煙が爆上がり、音楽が流れ始め、名乗りを上げて、今に至る――

という感じである。

それは歴戦の将校だって台パンしちゃう。

『ミュウ! そしてデモンレンジャー共! よぉ~く見とけよぉ!』

『パパ! しっかり目ぇかっぴらいて見てるのぉ!』

『『『『『『『ギィエエエエエッ!!!』』』』』』』

頭に直接響く親子通信! おぞましい歓声も響いて、思わず耳を塞ぐ司令官! もうやめて! 俺の中の常識のライフはとっくにゼロよ!

『これがスーパーミレディGから始まり、雫達の呆れた目にも屈せず改良に改良を重ね、遂に至った最高傑作!! その力の一端だ!!』

『ヤァーーハァーーーッ!!』

『『『『『『『イ゛ェア゛ーーーーッ!!』』』』』』』

テミス・モシュネー保護部隊の理解も、急いで追いかけてきている豪華客船アーヴェンストから見ているローゼ達の理解も置き去りにして、魔神のロマンと趣味が100%詰め込まれた魔神製ハイエンドロボの初陣が始まった。

真紅のエフェクトを噴き出しながら、超速度で巨大泥獣へと突貫するジュウリンジャー。

当然、テンション爆上がり曲も戦場全体に響き渡る!

「世界観、間違ってねぇか?」

アーヴェンストの艦橋で、かつてティオがこの世界に来たばかりの頃に口にしたセリフを、顔が引き攣り気味の龍太郎も口にした。

無理もない。だって、天空と竜の世界が一瞬で特撮系に変わったんだもの。

そんなツッコミだって当然の如く置き去りにして、ジュウリンジャーは大剣を突き出したまま更に加速した。

真紅の輝きがジュウリンジャーを包み込む。直後、機体の周囲に白い空気の膜が発生し、かと思えば一拍遅れて破裂音が轟く。

一瞬で超音速の領域に入ったジュウリンジャーの中で、

『必殺ッ……あっ』

何かに気が付いて、一瞬動揺をあらわにするハジメさん。

『え~、ん~……名前はまだない! ミュウが付けていいぞ! の一撃ぃ!』

必殺技の名前までは考えてなかったらしい。アーヴェンストの艦橋でユエが苦笑しながらも「……もう、ハジメったら。ふふっ」と愛しそうに目を細めている。なんにせよ、ハジメが楽しそうなので万事OKということらしい。

ローゼは横目にそれを見て「マジかよ、この人。あれ見て出る感想それかよ……レベルたっけぇ」みたいな顔になっている。

香織がローゼの右肩にぽんっと手を置いた。とても穏やかな笑みだった。たぶん、同レベル帯の人なんだろう……とローゼは思った。

左肩にぽんっと手が置かれた。優花だった。大丈夫? と無言で案じてくれている表情だった。慣れないと……この先は大変よ? とも。

ローゼは優花の手に自分の手を重ねた。良かった! この人は仲間だ!

なんてことをしている間に、ジュウリンジャーは巨大な真紅の砲弾となって巨大泥獣に突っ込んだ。

まさか、遠距離兵器があるのに体当たりするとは思わず、テミス・モシュネー保護部隊のあちこちから悲鳴とも驚愕ともつかない声が上がっていく。

だが、それも一瞬のこと。

直後には巨大泥獣のど真ん中に大穴を開けて、反対側から真紅の閃光が飛び出した。

空中でキレッキレのターン。大剣を振り払い、香ばしいポーズを取る。

「司令! 東より巨大な飛翔体が急速接近!」

「なんだこの速度っ、あり得ない!」

「陛下から通信! 到着時刻――〝今〟!?」

「どっちを見ればいいんだ」

ギルトン司令の目が遠い。本来なら戦場でこんな愚は犯さないが、艦橋の窓から見えちゃっているのだから仕方ない。

そう、空中でドリフトしながら接近してくる巨大船が。

十数キロ先に感知したと思えば瞬く間に距離を詰めて、かと思えば急減速しながら船尾を滑らせるようにして真横を向き、そのまま迫ってくる巨大船の迫力と言ったら!

悲鳴を上げる暇もない。当然、指示を出す余裕も。

誰もが、歴戦の 乗員(クルー) だって巨大な壁が迫ってくるかのような光景を唖然呆然と眺めているほかなく、外で待機している者達やパイロット、それに黒竜達ですらポカンッと巨大船を目で追うことしかできない。

パニックにならなかったのは、それが明らかに艦隊より上空の軌道だったからだろう。

外が見える場所にいる者達の視線が、揃って頭上へと移動していく。

その視線の先で、物理法則をいとも容易くポイッして、旗艦パラスティアの上空にピタリッと静止するアーヴェンスト。

ギルトン司令を始め、ここには船上国家だった時のアーヴェンストを知る者も多い。だが、変わりすぎていて誰もそれがアーヴェンストだとは気が付けない。

ただ、異様な巨大船が陛下を乗せて、自分達の上空に見事なドリフト停車(?)してきたことに呆然とするしかない。

そんな彼等の意識を叩き起こしたのは、やっぱりこちらで。

『必殺! ええ~っと……とりあえずヤクサイスラッシュッ(仮)ィ!!』

――ギィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ

不協和音の絶叫が響き渡った。見れば、巨大泥獣が十文字に切り裂かれている。そして、なぜか爆発した。斬ったのに爆発とはいったい……

『くっ、やっぱりダメか……』

ハジメの諦めの滲む声も響いた。アーヴェンストの艦橋ではユエや優花達が揃って驚愕している。そんなハジメの声は滅多に聞かないから。

案の定というべきか、泥獣は四分割にされてなお生きていた。泥がうねって瞬く間に癒合してしまったのだ。

そして、お返しとばかりに巨大な無数の触手を射出した。大木の如き太さのそれが、鞭のようにしなってハジメを、否、ジュウリンジャーを襲う。

触手の先端が見えない。空気が破裂するような音だけが連続して響き渡る。

神話の怪物クラーケンみたいな外見のくせに、先端の打擲速度が音速を超えているのだ。

それを瞬間移動じみた緩急自在の機動でかわし、あるいは大剣で切り裂いて直撃を避けていくジュウリンジャー。

だが、斬り落とした触手は空中で泥竜へと変貌し、そのまま戦列に加わってくる。

「いかん、呆然としている場合ではなかったな」

ギルトン司令が我を取り戻した。伝えるべきことを伝えねばと。

泥獣にあの手の攻撃は意味がないのだ。何せ泥である。泥に傷など刻めない。故に、物理攻撃で致命傷など負わない。

基本的には火炎放射か爆熱で焼き滅ぼす、天核エネルギーを使った艦の砲撃か黒竜達のブレスで消し飛ばす、あるいはバラバラにして無力化し、その体格に比例した日数をかけて天核により浄化するかしかない。

その泥獣対策を陛下達から聞いていないのか。疑問に思いつつも急いで伝えようとして……

そう言えば、どうやって伝えれば? と戸惑う。

魔神様は不思議パワーで脳内に直接話しかけてくるし、巨大船の通信機へのアクセス方法など当然知らない。どちらも向こうから一方的に来ただけだ。

(と、取り敢えず念じてみる、か? いや、本部を経由する方が確実――)

と思考している間に、それを読んだようにアーヴェンストから連絡が来た。

「司令! 陛下より通信! 繋ぎます!」

『カーター、聞こえますか?』

「はい、陛下」

女王の声を聞いて、ギルトン司令は大海原を漂っているようだった心が地に足を付けたような心情になった。

艦長席に深く座り直す。もう、その瞳に動揺はない。

『今、この船――アーヴェンストから通信しています』

「アーヴェンスト……これが……」

天窓からアーヴェンストを見上げるギルトン司令。艦橋の部下達が騒ぎ出すが、それを一喝する。

ギルトンも十分に驚いているが、今は敬愛する陛下の御許だ。ならば、驚愕も動揺も後でいい。

「見事な機動でございました。アーヴェンストにあのような動きができるとは。優秀な操縦士もおられるようだ」

『お褒めに与り光栄に存じます。カーター・ギルトン司令官殿』

「? 今のは?」

『あ、えっと、アーヴェンスト……です。ハジメ様の手により、なんというか……そう、おしゃべりできるようになったというか?』

艦長席からずり落ちかけるギルトン司令! その瞳には再び動揺が! ざわっざわっする部下達を一喝することもできない!

『気持ちは手に取るように分かりますが! 今は置いといて! ――ごほんっ。おそらく貴方のことだから泥獣の倒し方を伝えようしていると思いますが、それは不要です』

「りょ、了解しました」

取り敢えず艦長席から立ち上がってスクワット! スクワット! 年齢に負けぬ肉体作りは今も欠かしていない。何より筋トレは心を鎮めてくれる!

突然スクワットし始めた動揺しまくりの司令官を見て、艦橋内は逆に落ち着きを取り戻したので結果オーライだろうが。

フンッフンッと 大臀筋(ケツキン) を引き締めながら視線を再び前方へ。目だけは冷徹なる司令官のそれで観察する。

『うぉおおおっ、くそっ、時間が足りないっ! とりま~ジンサイ斬!!』

ジュウリンジャーが掲げた大剣から真紅の光が伸びた。巨大な光の剣と化したそれで巨大泥獣を一刀両断するが、結果は変わらない。

直ぐに元通りになり、逆襲とばかりにおびたただしい数の小型の泥竜を生み出す巨大泥獣。

『うーーんっ、スマッシュ……いや、フンサイ……違う。ああくそっ、ムジヒスコール!!』

六枚の翼の先端が分離。オールビット兵器たるそれが縦横無尽に空を飛び、小型泥竜を迎撃していく。

だが、どれだけ迎撃しようと泥が飛び散るだけで、その泥は自ら本体へと戻っていってしまう。

とても倒し方を理解している者の戦い方には見えなかった。実際、聞こえてくるハジメの声からは 忸怩(じくじ) たる感情が感じられた。

「……承知しました。魔神殿のすることです、我々には計り知れない意図があるのでしょう。念のため、こちらは戦闘態勢を維持します。それでよろしいか?」

『え、ええ、それで構いません』

なんとなく歯切れが悪そうなローゼの声音を疑問に思うものの、次いで響いた恩人の声に意識が吸い寄せられる。

『ギルトン殿、久しいの。ティオじゃ』

「お、おお! ティオ様! 再びお会いできたこと感激の極みにございます!」

魔神様に壊された再会の喜びを、ティオの声で爆発させるギルトン。流石に部下の手前もあってはしゃいだりはしないが、強面が破顔するのは避けられない。

部下達もティオの声を聞いて歓喜の声を上げている。

『ふふっ、壮健なようで何よりじゃ。それはそうと、いろいろ戸惑わせてすまんの。夫のあれも旅行の楽しみの一環ということで大目にみてあげておくれ?』

「気遣いに感謝致します。ですが、謝罪は不要。我等軍属なれば、陛下の御心に従うのみ」

『相変わらず気高き軍人じゃな。ならば、妾も妻として告げておこう。いざとなれば、あのおぞましき存在は妾のブレスで消し飛ばすのでな、安心してたもう』

「魔神様がおられるのです。元より心配はしておりませんが、お心遣い、ありがたく」

軍人らしくキレのある動きでかかとを揃え、背筋を伸ばして敬礼するギルトン。部下達もそれに 倣(なら) う。その表情には確かな信頼と敬意があった。

その直後、何やら通信機から、

『……おぉ、ティオが良妻してる』

『ティオさん! やればできるじゃないですか!』

とか、

『ティオさんが普通に尊敬されてる……? 龍くん、どうしよう。もし本性がバレたら幻滅されちゃうかも!』

『ヤバいぜ。俺達でなんとか本性がバレないよう隠しきってやらねぇと……』

『鈴っちも坂上っちも良いところに気づくじゃん。そうだよね、せっかく神様みたいに思ってるのに、この世界の人達がかわいそうだもんね』

『こいつぁ一大ミッションだぜ? 火気厳禁の場所で火打ち石を使ってジャグリングするようなもんだ』

『そうだ! 愛ちゃん先生に常に〝鎮魂〟し続けてもらうってのはどうだ!』

『相川くん、ナイス提案だね。愛ちゃん先生、どう?』

とか、

『あのですね……天竜界でのことは聞いていまして……たぶん、皆さん知ってると思います』

『ほら、黒龍神化するのに、ね? あれが必要だし』

『香織の言う通り手後れよ。ワンチャン、状況が状況だったようだし何かの気のせいと思っている可能性はあるけれど……』

とか、

『あらあら、ローゼさんとクワイベルちゃんの表情を見る限り……この後、大丈夫でしょうか? 過去視ツアーの予定も入っていますけれど』

『何も改めて現実を直視することないんじゃない? ただでさえこの世界じゃあ龍の神なんて崇拝の対象になるような存在なんだし』

『レミア? 優花? 妾に恥じることなど何一つないが? 是非とも、妾とご主人様のアフン♪の呼吸で勝ち取った一戦、見てもらいたいが?』

なんて気遣いと抗議の声も漏れ聞こえてきて、あの時、ティオが黒龍神化した空域にいた者達の間には直ぐに動揺が走ったが。

「え? あれってやっぱり空耳だったわけじゃ……」

「バ、バカ野郎! 偉大な龍神様がド変態なわけないだろ! いい加減にしろ!」

「そうよ! 大きな力を使ったから、ちょっとハァハァしちゃっただけで、そんな興奮なんて……」

「ああ、俺達が目撃したのは偉大な龍神様の姿のみ。あれは、あれは、俺の邪な心が作り出してしまった幻聴に違いないんだ……」

「お、おい、なんの話だよ。俺、王都にいたからティオ様の勇姿は伝え聞いただけなんだよ! なんかあったのか?」

「「「……」」」

誰もが口を噤む。明後日の方向に視線を向ける。ティオが黒龍神化するのに必要で重要なプロセスを知らないクルー達が小声で何度も尋ねるが、真実を知る彼等・彼女等は頑なに目を合わせない。

この一年半で、あの空域にいた者達は大抵、記憶を美化したらしい。ティオの性癖が発露していた部分だけ削除していたようだ。

そして、それはギルトン司令も同じらしく、先程までのキリッとした厳格な表情が、なんとも言えない微妙なものに変わっている。

酢豚は大好きなんだけど、パイナップルが入ってるのはちょっと……というタイプの人が、酢豚と一緒にうっかりパイナップルまで口に入れてしまった時のような表情だ。

艦橋内になんとも言えない空気が漂った。

と、そこで、その微妙な空気を読んだかのように、ベストタイミングで先程も聞こえた幼子の声が再び響いた。

『パパーッ! 頑張れなの! できるできる! パパが作ったジュウリンジャーなら、絶対にそいつを倒せるの!!』

『あ、いや、倒すのはいつでもできるんだ!』

いつでも倒せたらしい。じゃあ何が問題なんだ? 誰もがそう思った。戸惑っていたユエ達は途中から気が付いていたようで、物凄く生暖かい眼差しになっているが。

『みゅ? じゃあ何が問題なの?』

『……すまない、ミュウ! パパは開発に夢中になるあまり………必殺技の名前を何も考えていなかった! これが深淵卿なら即座に良いネーミングを思いつくだろうに!』

『それは…………確かに! なの!』

アーヴェンストの艦橋で龍太郎達が芸人のようにズッコケかけた。

どうやら苦戦していたのは戦いではなく、ネーミングだったらしい。

『特撮系ヒーローの必殺技に名前がないなんて痛恨のミスなの!』

『くっ、実戦での運用試験を兼ねているとはいえ、せっかくの初陣で必殺技の名が適当なんて……すまない、ミュウ。パパはどうかしてた』

場合によっては……と決死の覚悟さえ決めていたテミス・モシュネー保護部隊の皆さんは思った。ほんとだよ。魔神様、やっぱりどうかしてるよ、と。

『でも、パパ! 気にしなくていいと思うの!』

『その心は!?』

『アビスゲートのネーミングセンスは、特撮系の必殺技に使うには香ばし過ぎるの! むしろ、ジュウリン○○~とか、ヤクサイ○○~とかの方がぴったりなの! 即席にしては悪くないネーミングだと思うの!!』

『ミュウ……ふっ、俺にはすぎた娘だよ、お前は』

『えへへっ、よせやい! なの』

ダメだ、この父娘の会話、頭がおかしくなりそうだ。流石は魔神とその愛娘。常人には到底理解が及ばない存在らしい。とテミス・モシュネー保護部隊の皆さんは思った。

『ご主人様よ。そろそろ満足したかのぅ?』

『ああ、大変楽しかった。見守ってくれてありがとう』

魔神様の声は、とても満ち足りていた。

異世界で、己のロマンを詰め込んだ巨大ロボットに乗り込んで巨大な怪物と戦ったのだ。しかも、相手はしぶとい。簡単には死なない。いろいろ試せる。

これだけで天竜界に来た甲斐があった! と言わんばかり。コックピットの中のハジメさんは、今、とても良い笑顔をしている。

その光景がありありと浮かんだのだろう。これにはユエ達もにっこり。ハジメが楽しそうで良かった♪

そして、龍太郎達はそわそわ。最初は呆れもしたが、そこはやっぱり男の子だもの。表情がだんだん「いいなぁ~。俺も乗ってみてぇなぁ」と羨む表情に。

そして、ローゼの額はピキピキ。驚愕と動揺が過ぎて湧き上がった感情は、「この裏切り者ぉ! やっぱり油断ならないわ!」だろうか?

だって、見てたもの。あの超兵器がアーヴェンストからカタパルト発進したのを。非武装とはなんだったのか。これは後で問い詰めねばなるまい。

何はともあれ、戦闘はそろそろ幕引きだ。

『実はな、このジュウリンジャー、俺では本当の力を発揮させられないんだ』

ジュウリンジャーの周囲に外部兵装を展開しながら、ロマン主義者が何か言い始めた。

その間も怒濤の砲撃ラッシュ。一機で艦隊とも真っ向から撃ち合いができるだろう弾幕量だ。巨大泥獣は防戦一方。

レーザー系と炎熱系はやめておくとして……石化系も雷撃系もダメっぽいか。氷結系も結構効いちゃってるな。やっぱり魔法系の特殊弾頭や兵装だと殺してしまうから、実弾オンリーでダメージ量を調整して……と。まだもってくれよ! 良ボス!

と内心で思いながら、たっぷり間を取って真実を明かすノリノリなハジメさん。

なお、テンション爆上げ曲は、いつの間にか止まっていた。嵐の前の静けさのように。

『なぜならこの機体は、ジュウリンジャーは! ミュウ専用機だからだ!!』

『……なんっ……だとぉ!?』

ミュウちゃん、どこから声出したの? と香織達も驚く渋い声が出た。それほど驚いたのだろう。

だが、よく考えずとも示唆はされていた。ネーミングの傾向もそうだし、戦隊系なのもそう。

なぜか見学にデモンレンジャーズを同席させている時点で、ユエを筆頭に何人かは気が付いていたようだ。呆れた視線には、「パパがまた娘のために自重を捨ててる……」という意味も含まれていたのだろう。

『戦隊ものなら巨大ロボは必須! 長く待たせたが、これがミュウとデモンレンジャーズの力が合わさって初めて100%の力を発揮する、お前達の切り札だ!』

『なんてことなの! これが、これがミュウ達の!?』

『『『『『『『オ、オォオオオオオッ』』』』』』』

ミュウとデモンレンジャーズの声が感動で打ち震えていた。

なお、実戦での兵装稼働試験は十分と見て、巨大泥獣はビット兵器による結界で封じられ中だ。中で大暴れしているがビクともしない様子。

『G10! 転送を頼む!』

『アイアイ、キャプテン』

アーヴェンストの艦橋内で光が迸った。真紅の輝きを放つ魔法陣がミュウと多脚ゴーレム七体の足下に展開される。

そうして、次の瞬間、この戦場にいる全員が目撃した。

幼くも美しい女の子が、巨大人型ロボの直ぐ前の虚空に出現した魔法陣からゆっくり降りてくる姿を。

揺らめくエメラルドグリーンの髪、閉じられた目蓋、胸元を握り締める両手、綺麗に揃えられた足下……

『さ、流石はミュウちゃん。一瞬で雰囲気を作りやがった!』

『あらあら、あの子ったら……』

巨大ロボを背景に、天より降り立つ真の操縦者……みたいな雰囲気を醸し出すミュウに、龍太郎は思わず感心の声を上げ、レミアママは困り顔ながら微笑ましそう。

だが、竜王国側の面々からすれば、意識を釘付けにされるほど神秘的で超常的だ。

何せ、召喚されたのはミュウだけではなかったから。

両手を軽く広げたジュウリンジャーの額、腹部、両肩、両手の甲の部分にも多脚ゴーレムが降臨したのだ。

しかも、その見た目に反して凄まじい威厳を発していた。

それはまさに、王威だ。それも見た者に畏怖を与えるような、存在としての格の違いを見せつけるような威圧感。

壮麗で神秘的な雰囲気のミュウを、七体の恐るべき異形の王達が囲う。まるで姫を守るように。

「これが……魔神様の愛娘……」

と、無意識に呟いたのは誰か。その声音に宿る感情は、きっと竜王国の誰もが抱いた感情と同じだろう。

ただパパも娘も悪魔王共もノリノリだっただけなのだけど。全力でこのシチュエーションを楽しんでいるだけなのだけど。

ともあれ、次の段階だ。ミュウとデモンレンジャーズのそれぞれの背後で、ジュウリンジャーの一部が開く。

ミュウの後ろにはコックピットに座っているハジメの姿が。

ミュウはそのままパパのお膝の上へ。デモンレンジャーズはドッキングするようにジュウリンジャーの機体の中へ収まっていく。

一体だけ――たぶん、あれはマモンのまーちゃんだろうか?――が、「え? ちょっと待って? 俺が格納される場所、股間じゃない!? なんか嫌なんだけど!?」と言ってそうな雰囲気で動揺をあらわにしている。

一つ上の腹部に収納されていくルシファーことるーちゃんに、「代われよ! そこ代われよ!」と必死に訴えているが、るーちゃんは下方を一瞥した後、「ゲッゲッゲッ」と不快な嗤い声を上げて思いっきり煽った。

というか、他のデモンレンジャーズさんもプークスクスしている。

まーちゃんからドス黒いオーラが噴き上がった。たぶん殺意だ。

後に、どの部位に格納されるかで七大魔王達がガチで闘争を繰り広げ、地獄界の一部が大損害を受けたりするのだが……それはまた別の話。

ミュウとデモンレンジャーズが格納された直後、ジュウリンジャーの目がギンッと光った。更に機体全体に真紅の線が奔り、そこから真紅の粒子を放ち始める。

加えて、機体の背後にはゆっくりと回転する機械式の三重輪後光まで。

神々しい……とさえ多くの者が思ったことだろう。

ジュウリンジャーの覚醒モードは、魔神が娘に贈った専用機は、まさに 機械(デウス・) 仕掛(エクス) けの神(・マキナ) と表現するに――実際、ハジメはそれを意識して製造した――不足なき迫力に満ちていた。

もちろん、性能も相応に。

『ミュウ、イメージだ。この機体はお前のイメージ通りに動く』

『イメージで……?』

『そうだ。MEVRでの訓練と現実での訓練で、イメージに体の動きを合わせる特訓はお前が一番やってきたことだ。この機体は、ミュウが一番上手く扱える』

『だから……ミュウの専用機!』

『そうだ。そして、デモンレンジャーズを格納した覚醒モードなら……』

『なら?』

『同じくイメージするだけで奴等の魔法を、そう、七大魔王がそれぞれ司っている力、神代魔法と同等の力をお前の意志で発現できる!』

『パパ天才なのッ!!』

感激のあまり、思わず振り返ってパパに抱きつくミュウ。実は他にも隠し機能とかがあるのだが……

直ぐに座り直したミュウのワクワク顔を見れば、流石に、この状況で長々と己の説明欲求を満たすわけにはいかないと自重する。

『最初は俺も補助するから心配しなくていい。好きにやってみろ』

『はいなの!』

ミュウが操縦桿を握る。イメージで動くので操縦桿は飾りだ! 操縦桿なんてただの飾りだと、偉い人には分からんのです!

『みんな! ミュウに力を貸して! 世界の平和はミュウ達が守るの!!』

『『『『『『『リョウカイダ! 姫! 心デ繋ガッテイルコノ感覚!! タマラナイナ!』』』』』』』

格納したデモンレンジャーの意思を読み取り言語化するシステムも搭載されているジュウリンジャー。

キャァアアアアッシャベッタァアアアッと、本来は驚くべきところだが、ミュウにとってデモンレンジャーの皆がおしゃべりすることは当たり前のことなので特に驚かない。

なので通信を聞いていたアーヴェンスト組の方が代わりに叫んだ。特に優花達が。

ついでに、不協和音の絶叫も轟いた。巨大泥獣だ。ハジメが結界を解いたのだ。

魂なき存在のはずだが、怒りを感じるのは気のせいだろうか。

『さぁ、行け! ミュウ! 力を示せ!』

『ミュウ・デモンレンジャー! ジュウリン・デウス・エクス・マキナ!! 出るぞ!! なの!!』

『『『『『『『YAHAAAAAAAッ』』』』』』』

なんか覚醒モードに合わせた名前が勝手に付けられたが、しかもハジメが意図したコンセプト通りの名前だが、ミュウ専用機なので問題ない。こういうところ実に親子。

もちろん、その後の結果は言わずもがな。

戦場に再び勇壮な音楽が流れ、幾つもの必殺技の名が響き渡り、テンションの上がりすぎたデモンレンジャーズがちょっと気持ち悪い言動になったりしつつも、巨大泥獣は完膚なきまでに消滅させられたのだった。

あまりにも常識外の光景に、素直に歓声を上げられない竜王国の皆さんの心情を置き去りにして。