軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天竜界編 アーヴェンストツアー 下

「あれはアビィさんなの! ミュウの師匠の一人なの!」

総ツッコミと表現すべきローゼ達の声に答えたのは、ミュウだった。

「あびぃ、さん?」

「そう、正確には深淵卿ことコウスケ・E・アビスゲートなの。地球のヒーローで、パパの右腕的な存在なの!」

「! 魔神様の!? 道理でちょっとおかし――常軌を逸した雰囲気を感じるはずです!」

「おい、女王様。俺に何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

あれ? ローゼさんって南雲のこと慕ってるのよ、ね……? と優花ちゃんがなんとも言えない表情になっているが、よくよく考えると共感できる言葉だったのか直ぐに納得顔になった。

という一連の表情変化をばっちり横目にされていたようで、当のハジメからジト目が飛んでくる。なので、目の前に並ぶ乗り物を、わざとらしく選ぶ素振りで誤魔化す。

そして、そう言えばシアがバイクに乗ってる姿って格好いいわよね……とバイクタイプに目を留め、試しにスポーツタイプのそれに乗ってみた。

脇巫女風のワンピース系衣装で。

重力に従う双丘。当然、引っ張られる襟元と広がる脇元。まくれ上がったスカートからあらわになる瑞々しい太もも……

「園部。説明の邪魔だから大人しくしててくれ」

「え? 別に騒いでない……」

「バイクにまたがる姿が無駄にエロい。竜王国の男共が意識を持ってかれてる」

「!!? エ、エロくないもんっ」

と反射で反論しつつも真っ赤になりながら慌てて降りる優花。慌てすぎてワンピースの裾を引っかけ、それで足がもつれてすっ転ぶ。

土下座みたいな形で。もちろん、高く突き出されたお尻を覆うのは下着のみ。しかも、妙子大先生のこだわりなのだろう。ふんどしっぽく見える。

一応、バイクの直ぐ横での転倒なので丸見えではなく、横から見えただけだが……

これにはユエ達もほほぅ? と感心。

「……あざといっ。流石は優花! あざとい!」

「それはちょっとはしたないですよ!」

「あらあら、皆さん、見ないであげてくださいね? ――紳士なら」

愛子とレミアが竜王国の面々と優花の間にササッと割り込む。

レミアの笑っているのに笑っていないっぽい雰囲気の困り笑顔に、竜王国の紳士諸君は訓練された軍人の如きキレの良さで一斉に視線を逸らした。

「優花っち、大丈夫だよ~」

「……うぅ」

「ほら、この空間なら衣装チェンジも自由だし、今のうちに好きなのに着替えちゃお? ね?」

「……ぅん」

羞恥心で蹲ったまま動かない優花に、親友二人も流石に茶化すことなく助け船を出す―――

「このライ○のアトリエ? の主人公ちゃん風の衣装とかどう? 優花のエッチな太ももが最高に輝くと思う! バイクにまたがるならなおさ――うんぎぃっ!?」

妙子先生のパッションは自重を捨てていた。その代償に、肘打ちを脇腹に食らったが。

というやり取りはさておき。

「ああ~、話を戻すが、さっきのあいつは本人じゃない。この空間の効果で再現した存在だ。元々訓練プログラムに協力してもらっていたのもあって、アーヴェンストのアクティビティにも取り入れてるんだ」

「本人には内緒なの!」

またしても何も知らない浩介くん。ここに本人がいたらまず間違いなく、いずれ大勢のお客の目に入るだろうアビスゲートの絶対阻止を掲げただろう。

「空間の効果による再現? つまり、作られた存在? 映像記録のように? ああ、この不思議な光景もそういう……百人くらいいたのも演出なんですね?」

原理に想像すら及ばなくて困惑するローゼだが、どうにか情報を咀嚼する。だが、そうは問屋が許さないと言わんばかりに、追加情報という名の脳と精神への鈍器が振るわれた。

「演出じゃないの! アビィは普通に増えるの!」

「増えるの!? 普通じゃないですよっ!?」

「分裂できるから!」

「分裂!?」

「その分裂したアビィからも分裂して一万人くらいになったりもするの!」

「それ絶対に人間じゃない!」

「しかも、何度消しても復活するの! おめでとう! 立派なアビスゲートちゃんですよ!ってセルフでお祝いしてる光景は結構笑えます!」

「笑えないっ。絶対にっ、人の皮を被った〝何か〟だものッッ」

ここでも人外判定を受けてしまうアビィさん。地球ではちょうど米国のエージェントさんと会っていて「貴方があの藤原の姫の式神……」と畏怖の念を以て挨拶されていたりする。

もちろん、浩介君は悲しんだ。「俺、人間です……」と。同時に、なぜ人外と認識されているのか、なぜ〝帰還者〟としてではなく〝最強の陰陽師――藤原陽晴の式神〟として認識されているのか、大変訝しんだ。訝しむ目を、傍らの陽晴ちゃんに向けた。

陽晴ちゃんがスッと顔を逸らしたのは言うまでもない。

「ちなみに、言動が香ばしいのは深淵卿モードのせいなの。常にハイテンションでフハハッって笑いながらサングラスを無意味にクイクイッしたり、無駄にキレのあるターンを無意味にするの! というか言動の九割は無駄で無意味なの!」

「なにそれコワい……」

「で、正気に戻ると心を病むの」

「情緒不安定がすぎるっ。ほんとにコワいっ」

ローゼ様のツッコミが冴え渡る。その目が言っていた。どうしてそんな人物が突然に現れたの……私達に何をする気なの……? と。不安そうに。

「本当にすまん。いきなりあれはキツかったよな。いろんな意味で」

ハジメがバツの悪そうな顔で頭を掻く。龍太郎、淳史、 昇(のぼる) が両手で顔を覆った。

「いろんな意味で酷い言われようだぜ……えんどぉ……」

「聞いてる俺の方が泣きそうなんだが?」

「俺、遠藤にたくさんお土産を持って帰るんだ……」

とかなんとか友人を想いながら。「ありがとな、お前等……」と悲しみの滲む笑みを浮かべながら親指を立てる浩介の姿が、虚空に幻視できた……

というのはさておき。

「最初に、この空間について説明させていただきますね。こちらはフルダイブ型VR体験施設となっております」

G10がプチ混乱を収めるべく大前提となる解説を始めてくれた。

「VR――バーチャルリアリティとは、本来、コンピューターで作った仮想の環境や状況を現実のように体験できる技術を言います」

「……な、なるほど? ん、でも……本来?」

「簡潔に述べるなら、キャプテン達のとんでも魔法技術でVRシステムを再現した空間……そう、凄まじくリアリティのある〝夢〟を見ていると思っていただければ」

「なるほど。夢なら何が起きてもおかしくない。考えるな、感じろ! ということですね!」

ローゼの理解は素早かった。とても分かりやすいと、G10にグッジョブを送る。それなら分かるぜ! とボーヴィッド達も良い笑顔で頷いてる。

そう、こんなファンシーなお城や巨大なキノコ、デフォルメされたような自然で溢れたレース場に瞬きの間に移動しているなんて、魔神に見せられている〝夢〟と思う方がいろいろ考えるより楽だし、夢がある。

G10の秀逸な説明に、ちょっと悔しそうなハジメさん。とっても追加説明したそう。

「……ハジメ。具体的な内容ちょっと忘れちゃったから、こっそり教えてくれる?」

「!」

ユエ様は今日も素敵な正妻様だった。慈愛の眼差しが何より雄弁に言葉とは裏腹な気遣いを物語っている。

ハジメは目をぱちくりとし、一拍。ちょっと嬉しそうに咳払いを一つ。長文説明を開始した。

「そうか、それは仕方ないな。分かった。説明しよう。……ごほんっ。ユエと香織が体験したRPGやミュウの訓練プログラムと基本のシステムは一緒だ。魂魄魔法による一種の幽体離脱と、再生魔法による空間や環境、人物の再現が基礎だ。ただ、あくまで再現だからな。現実にデータがないといけない。当時は苦労したよ。父さんに頼んでゲームの土台になったデータを貰ったり、自分でプログラムを組んで調整したり……」

ノリノリだ。実に楽しそう。でもG10の説明役を奪う気はないので、小声で目立たないようユエにそっと耳打ちする。

吐息がかかってくすぐったいのか、うんうんと頷きながらも頬を赤らめてモジモジ、時折ピクピクッと反応しちゃうユエ。。

イチャイチャしやがって……みたいな視線がどこからともなく飛んでくる。

なお、今の説明はだいたい機工界でもしている。旦那を気遣う正妻様のムーブに、シア達が「さすが……」と苦笑半分感心半分。互いに顔を見合わせ、ふふっと。同じく旦那様の話に傾聴すべく身を寄せていく。

「では、どのような夢が見られるのか少し紹介をいたしましょう」

そう言って、モノアイを輝かせるG10。途端に空中ディスプレイがいくつも浮かび上がり、まるでゲームや映画のCMのような紹介動画が映し出されていく。

シアと香織が背中から、右腕には雫と愛子、正面にはミュウとリリアーナ、左側のユエの後ろからはティオとレミアまでもが抱きつくようにして寄り添い、既に知っているハジメの説明をニコニコ顔で聞いているので、何よりハジメが楽しそうなので、もう少し時間を取ろうと思ったらしい。

流石は人類支援のエキスパート。どこまでも出来る機械知性体だ。

だが、紹介動画を好奇心に満ちた眼差しで見聞きするローゼ達の次の一言は、どうやらハジメが決して無視できないものだったようで。

「どれも凄い作り込みよう……それになんて多様性に溢れているの……」

『流石は魔神様だ。創造力が違うね……』

「ちょっと待ったーーっ!! それは俺のオリジナルじゃないぞ!」

鋭い指摘だった。ご本人からの。顔から態度から、物凄い真剣さが伝わってくる。ちょっと怖いくらいの迫力だ。

一瞬前までの上機嫌さはどうした、とローゼ達もビクッとしちゃう。

「いいか。それらの作品は全て、俺の世界の神クリエイター様達の努力と才能の結晶なんだ。断じて俺の作品ではない!!」

「そ、そうなんですか?」

「そうだ。複数の世界観を一から自作する時間がどうしても作れなかったのと、地球の神作品を異世界にも広めたくてな……」

空中に流れる紹介動画を、どこか崇拝に近い眼差しで見つめる魔神様。ローゼ達がお口をあんぐり開けて絶句している。

だが、ハジメがそうなっても無理はないのだ。

だって、今いるステージもそうだが、流れている映像にはあまりゲームをしたことのない鈴や奈々達ですらよく知っているキャラクターや世界が映っていたから。

そう、某マンマミーヤな主人公が様々なパーティーをするゲームとか、某ボンバーなキャラがボンバーするゲームとか、ハジメが中学時代に熱中した某FPSゲーム、某バイオ災害が起きた世界でのゾンビパニックゲームとか、あるいは死にゲーで有名な会社のロボットアクションゲームや、某エースパイロットがコンバットするゲームとか。どれも名作中の名作だ。

後は父親である 愁(しゅう) のゲーム会社で制作したRPG系や恋愛シミュレーション系なども。

機工界でもハジメが特に説明に力を入れた新システム。昇華魔法の情報干渉と機工界の技術の併用により、既存のゲームや映像作品のデータを取り込んだアクティビティである。

つまり、ゲーマーなら誰しもが一度は夢に見るだろう、憧れの大好きなゲームの中に入って登場人物達と一緒にクリアを目指す! を実現したのだ。

だが、だからこそ、だ。

「この神作品達を、さも自分の作品のように騙るなんて許されざるよ、だ」

同じクリエイターとして、それだけは譲れない一線らしい。

「あの……キャプテン。だから動画の最後にテロップを流しているのでは?」

「……あ」

そう、紹介動画を作る時点で、ハジメがそれを失念するわけがなく、もちろん、しっかり制作元も紹介されている。

それが流れる前だったので勘違いしたクワイベルの言葉に、もはや条件反射の領域で返してしまったのだ。

ハジメが少し恥ずかしそうに視線を逸らす。なんとも言えない空気感。

「愛です。愛ですよ、皆様。キャプテンは殊更に創作物と、それらを生み出す方々を愛しておられるのです。ですので、これらの作品は本来の媒体でもお楽しみ頂けます。現実世界にディスプレイゲーム用のプレイルームを設けておりますので、よろしければぜひ」

G10さん、ナイスフォロー。

「また、現在はまだ二十タイトルのみですが、今後も様々なジャンルのタイトルをアップデートしていく予定でございます。理論上この空間に不可能はございませんので、今後はオリジナル作品や各異世界を舞台にした作品なども増えることでしょう。どうぞお楽しみに」

一通り、G10がVR施設の説明を終えたところで、あちこちから今度こそ素直な感嘆の声が上がった。

この場にいながら異なる世界すら旅できる。なんでも体験できる。

まさに夢の技術だ、と。

「なんだかもう、この施設だけで良いような気がしてきますね」

と、思わず苦笑してしまうローゼ。それに、ハジメは首を振った。

「確かに、この空間には体調を整える効果もあるから、いくら使っても健康も害されない。けど、このVR施設、魔法的なエンターテインメント用VRだから MEVR(ミーブル) って仮称なんだが、座席数をこれ以上増やす気はないし、使用時間の制限も設けようと思ってるんだ」

「まぁ……それはどうして……あ、いえ。なんとなく分かります」

MEVRは凄まじいシステムだ。その汎用性は既に万能の領域にあると言っても過言じゃないだろう。

だが、しかしだ。想像してみてほしい。BGMが流れるだけの静まりかえった巨大豪華客船を。誰もが寝たきりの船を。

食事の時だけ起き出して、また寝に行くだけの旅路を。

問題はない。だが、そう、

「趣がない、だろ?」

「ええ」

困り顔で頷くローゼ。どうやら、その心情はみな一緒らしい。旅の思い出は、確かに現実の手で触れて、見聞きして、大切な人と寄り添って共有したい。

仮想の現実はあくまで楽しみの方の一つ。それが全てはでは……ちょっと味気ない、と。

その反応に、一番嬉しそうな雰囲気を醸し出しているのはG10だった。それでこそ人間だと、優しく見守るような眼差しだ。

その優しい雰囲気のまま、最初の疑問の答えに言及した。

「それで、例の彼ですが」

「……彼?」

『彼?』

「かれ……?」

「遠藤浩介こと深淵卿アビスゲートのことです」

「「「「「?????」」」」」

ローゼ達の頭上に揃って大量の〝?〟が溢れ出した。顔を見合わせ、誰だ? と誰もが首を傾げている。

『ハロォオオオオオオッ、ニュービィイイイイイッどもぉ!! ようこそ我が深淵へ――』

「「「「「あ、あっ!!」」」」

記憶喚起のために一瞬だけ再生される〝例の彼〟。ようやく思い出して、ローゼ達は愕然とした。話の発端だったはずなのに、いつの間にか記憶から消えていたことに。

「そう、それが深淵の一端なの……」

パパに抱きつきながらも肩越しに振り返り、ニヤッと笑うミュウ。ちょっと都市伝説の語り部っぽい雰囲気がある。たぶん意識してやってる。

ローゼ達はツッコミを入れることもなくゴクリッと生唾を呑み込んだ。

確かにそこにいるのに、というかプログラムに過ぎないはずなのに、実際に見せられないと思い出すことすらできないという怪奇現象……深淵、コワい……! と。

「ごほんっ。先程の彼ですが、あれは 訓練(トレーニング) プログラムの一つです。戦闘シミュレーションを行う前の準備運動のようなものです」

「夢の世界なのに準備運動が必要なのかしら?」

少し青ざめながらも、どうにか気を取り直したオルガ隊長が首を傾げた。確かにそうだ。と戦闘シミュレーションに殊更興味を抱いている様子だった近衛隊員達も疑問顔になっている。

「オルガさん、オルガさん。心の準備運動ですよ。心の、ね」

「シ、シア殿? それはどういう意味……」

「戦闘シミュレーションの多くにはうちの家族が……ハウリア族が関わっているんです。それで、ちょっとうちの家族って言動が香ばしいというか、聞いてると精神にクるというか……まぁ、その耐性を身につけるための準備というわけです。一応、アビィはうちの次期族長なので」

「精神に異常をきたす言動? ……それはやはり人間ではないのでは?」

来るぞ! 衝撃に備えよ! 心の対ショック姿勢!!

うん、自分で言うのもなんだけど何を言ってるんだろう? と、シアはスッと視線を逸らした。同時に、機工界での体験を思い出したのか遠くを見やる。愛子やリリアーナまで同じような目になった。

「ハウリアと敵対するって、あんなに恐ろしいことだったんですね……」

「樹海でウサミミを見たら逃げろ……。既にトータスでは常識ですけれど、昨日のあれで実感しましたよ……」

樹海でのゲリラ戦~モードハウリア~の体験を思い出してぶるりっ。

樹海に木霊する全方位からの狂気的な笑い声……

カルト集団の儀式かと思うほど血に染まる草木、凄惨な死に方をしている数多の魔物。

凶悪なトラップの数々、理解できない言動の洪水……

ああっ、木の陰に! 木の陰に今っ。

方角すら分からない深い樹海の中で、全てが精神を追い詰めてくる!

厨二な言動と共に!

「ゴーストタウンステージもすごかったね……イヤッイヤッてちい○わみたいになってる雫ちゃんはちょっと可愛かったけど」

「ご主人様に抱きついてしばらく離れんかったもんなぁ。無理やり上着の内側に顔を突っ込んで……飼い主に甘えるネコのようじゃったよ」

「しょ、しょうがないでしょ! 廃都の住人が全部アビスゲートだったのよ!? わらわらカサカサ出てきたのよ!? そんなの、そんなのっ、思い出しちゃうじゃない! ハルツィナ大迷宮の あ(・) れ(・) を!」

視界を覆い尽くした黒いあんちくしょう。黒ゴマと認識することで精神を保とうとした雫だが、その時点で精神をやられている。つまり、トラウマが蘇ったらしい。

「ねぇ、ハジメ。どうしてあんな恐ろしいプログラムを組んだの? どうして事前に教えてくれなかったの? ねぇ、どうして?」

と、昨日も現実に戻ってきた途端、「怖かったわっ」とポロポロと涙を流しながら訴えた雫。胸元にしがみついて上目遣いに抗議してくる姿に、ハジメがキュンしたのは言うまでもない。その後のツアー中、一時間くらいお姫様だっこしていたくらい。

途中から正気に戻り、降ろしてくれと言っても離さないハジメに、案の定、雫はポニテガードを発動した。可能な限り身を小さくして大人しく運ばれる姿は、まさに飼い主に抱っこされているネコのようだった。

閑話休題。

「ミュウにせがまれて……でもまぁ、ほら、あれは訓練プログラムの一つに過ぎないから。難易度ナイトメア的な?」

「たくさんの深淵卿と戦うのは、連携が凄いから一対多の良い訓練になるの! 人数で自分の実力がどれくらい上がっているかも分かりやすいし!」

ミュウのおねだりが原因だったらしい。元々の訓練プログラムだし、せっかくだからとアーヴェンストのアクティビティとしても取り入れたようだ。

「普通に武術系の修練・対戦系プログラムとか、銃撃戦系とかもあったろ?」

「そうね。剣術系は私と香織も協力したし」

ついでに言うと、屋内外での銃撃戦系戦闘シミュレーションでは服部さんとマグダネス局長の協力もあったりする。両者が保有する特殊部隊を再現しているのだ。

戦闘シミュレーションに限定したMEVRアーティファクトを貸し出すことが条件だった。良い訓練ができているらしい。特に、保安局強襲課では対アビィ戦が大人気だとか。

何はともあれ、

「しっかし、おかしいな……娯楽系プログラムと訓練系プログラムはきちんとカテゴリーを分けたはずなんだが……」

「申し訳ありません、キャプテン。私のチェックミスです」

「いや、お前がプログラム系でミスするなんてあり得ない。というか俺とのダブルチェックだぞ? どうやったら紛れ込むんだよ……」

顔を見合わせるハジメとG10。

――フハハハッ、深淵を枠にはめようなど笑止千万だぞ! 盟友達よ!!

「「!!?」」

一瞬、何か聞こえた気がして、ハジメとG10は弾かれたように周囲を見回した。もちろん、誰もいない。ユエ達もキョトンとしている。聞こえた様子はない。……幻聴だったらしい。

仮想空間なのに。

二人同時に、ぶるりっ。

「と、とにかくさっきのは気にせず、早速遊んでみてくれ!」

「そうですね! ぜひ、お楽しみください!」

深く考えてはいけない。それが深淵卿と上手く付き合うたった一つ冴えた方法だ。

そんな気持ちが伝わったのか、理解の埒外にある異世界の神秘ということで納得するローゼ達。ハジメに促されて、おずおずと自分のマシンを選んでいった。

そして、優花はいつの間にか某太もも錬金術師風になっていた。またも妙子先生の巧みな話術にまんまと乗せられたらしい。

もちろん、男性陣の視線をバキュームしたのは言うまでもない。肝心の本人は、ハジメの「似合う」の一言でウキウキになり気が付いてもいなかったが。

そうして、約数時間後。

「ふむ、実に美味ですな。流石はハジメ様の奥方。料理の腕も一流とは……お見それいたしました」

優雅な仕草で食器を操るサバスが何度も頷いている。

アーヴェンストの、とある遊戯施設の一角にあるバーラウンジを利用して、休憩がてらの昼食をとっているところだ。

メニューはオリーブオイルのサラダとトマトソースのパスタ、それにコンソメスープ。近くのレストラン施設の厨房でササッと、かつ一度に大量に作れるのがそれだったのだ。

サバスだけでなく、竜王国の者達はみな満足そうに舌鼓を打っている。

本来はバーラウンジなので、カウンターの奥の棚には地球産の様々なボトルが並んでいる。そのため、先程からボーヴィッドを筆頭に一部は物欲しそうな眼差しを向けているが、サバスさんの鋭い視線がそれを許さない。

一応、どんなに酔っても通るだけで酔い冷ましをしてくれるゲートが設置されているので、別に飲みたければ構わないとハジメは言ったのだが……

ダメなものはダメらしい。本来、竜王国側こそがもてなす側なのに飲酒など言語道断ということらしい。

「あはは、そんな大したものじゃないんですよ? このくらいなら皆さんも普段から食べているでしょう?」

「こうなると分っていましたら、もう少し凝ったものをお出しできたのですけれど……」

本日の料理人たるシアとレミアが謙遜しつつも嬉しそうにはにかむ。

サバスが音も立てずに立ち上がって、これまた美しい所作で一礼した。

「いえいえ、とんでもない。本当に美味でございますよ。そもそも、本来ならこちらがご用意しておくべきもの。逆にご馳走になるとは……感謝の極みにございます」

「そうそう、お二人さん。こんな美人の上手い手料理を食わせてもらって文句なんて言ったらバチがあたっ!?」

ボーヴィッドの軽口に冷たい視線と同時に指弾が飛んだ。爪楊枝だろうか? ボーヴィッドの眉間に綺麗に刺さっている。

「まぁ、来訪日時がずれたのはこっちの、というか天之河のせいだし気にしないでくれ。それに、これもまたツアーの一環だしな」

「先行ツアーが終われば、どこかのタイミングで竜王国の民も招きたいのでな? その時は妾も腕を振るわせてもらおうぞ」

「船内の飲食店が使えれば別だったんでしょうけど、流石に……ですもんね」

「……ん。人材の確保ばかりは直ぐ用意できるものじゃない。客船である以上、教育も必要だし」

愛子が苦笑し、ユエが付け加える。その言葉通り、娯楽エリアには各国の、それこそ異世界も含めての多種多様な飲食店が展開される予定だ。

だが、こればかりは人材がものをいう領域。というか、いわせたい領域。一応、自動調理器があるフードコート的な場所も完備しているが、それはそれ、これはこれだ。

故に紹介が可能な代わりのもの――シア達の手料理による豪華客船アーヴェンスト産の食材を味わってもらうことにしたのだ。

「食糧自給率100%、でしたな。映像越しではありましたが、あの農地エリアは圧巻でした」

「元々、そちらでも甲板でやってたことだろう?」

「ご冗談を。規模が違いすぎます。農地どころか畜産まで……しかも、エリア内の時間の流れを調整できるが故に供給量も自在。加えて全ての作業が自動式とは……まさに神域の御業でございましょう」

心底感心し、否、畏敬の念を見せるサバス。文官達も揃って激しく頷いている。

天竜界は天核の力で作物がよく育つ豊穣の地とはいえ、場所が限られていた。今は地上にも進出できているが決して食料十分ではなく、当然、作物の種類も生きるのに必要なものを優先して限定されていたのだ。

それもあって、実質、無限に食料を供給できるアーヴェンストの〝食料生産エリア〟は、まさに夢のシステムだったようだ。

実際、こうして船内で作られた作物を使った料理を食べてみれば、その食材が決して形だけのものでないこともよく分かる。濃縮された自然な旨味、素材の味がよく伝わってくるのだ。

ちなみに、竜王国の方々は、船内の各所に設置されている自動販売機――飲料系は当然、お菓子系、カップメン系、果てはおにぎりやフライドポテトなど軽食系など――には、ある意味、食料生産エリアよりも興奮していた。

特に、試してもらったカップラーメンの簡易さ、技術力、そして美味さには感動を通り越してショックを覚えたらしい。「技術革命だ……」と、食料生産エリアを見るまで呆然自失状態になる者が多出したほどに。

「インスタント食品の生産工場、ハイリヒにも欲しいですよ。せめて我が国との貿易とか……」

チラッチラッとおねだりの眼差しをハジメに向けるリリアーナ。淳史と昇がこそっと言葉を交わす。

「そこでトータスにって言わないあたり良い性格してるよな」

「すっかり腹黒リリィだぜ」

「そこ! 聞こえてますよ!」

お野菜おいしぃ……と淳史&昇は食事に集中した。

「ちなみに、あの土壌は愛子が調整してくれてな」

「愛子殿が? 確か、学び舎の教師であると紹介を受けたと思いますが……」

「ああ、けれど農地改革に関する魔法やスキルに天賦の才能があって、そうだな……天核がない土地を、天核が豊富な土地レベルまで個人で引き上げられる、と言えば凄さが分かるか?」

「なっ、それは……」

ガタッと幾人からの役人さんが椅子を倒す勢いで立ち上がった。おそらく農業関係の職務に就いている者達だろう。その目がマジマジと怖いくらいの真剣さを宿して愛子を見る。

愛子が「ちょ、ちょっとハジメ君?」とオロオロしながら声をかけるが……

ハジメはニヤッと笑い、

「何せ、異世界では〝豊穣の女神〟として信仰されているくらいだ。たった一人で世界の食糧事情を一変させられるんだから当然だけどな」

「ハジメくーーんっ!?」

「なんとっ。魔神様に龍神様ときて、更に豊穣を司る女神様まで……」

立ち上がった役人さん達が一斉に膝を突いた。彼等にとっては最も敬意を示すべき相手だと感じたのだろう。

また崇められたらどうするんですかぁ! と抗議する愛子。しかし、それも束の間。

「ああ。うちの素敵な女神様なんだ」

なんて、慈しむような眼差しと共に誇るように言うものだから。

「愛子お姉ちゃん、お顔真っ赤なの~♪」

「あらあら、愛子さんったら。口許がふにゃふにゃになっていますよ?」

両手で顔を隠した愛子の口から小さく「ハジメ君のばかぁ」と呟きが漏れ出した。なんとも嬉しさの滲み出る声音だった。

かわいい……と竜王国側の一部からも声が漏れ出す。先程の役人さん達が、ぼぅ~っと愛子を見つめた後、互いの肩に手を置き合い、なぜか頷き合っていた。

どうやら天竜界にも〝豊穣の女神〟の信仰が生まれたようである。これで〝勝利の女神〟でもあると言われたら、果たしてどうなるのか。

――勝利の女神よ! 今こそ私に微笑みをぉっ

――もやめてよぉっ、お願いだよぉっ

なんか今すぐにでも信仰しそうな少女の声が聞こえた気がした。

あの熱に浮かされたというか、ちょっと狂気の坂を転がり落ちている途中のような声音こそ、近場の飲食店ではなく、わざわざこのバーラウンジで食事をしている理由なのだが……

絶対に気のせいだと言わんばかりに、サバスさん達は揃ってスルーした。

「あの、サバスさん。そろそろ止めた方が――」

見かねた香織がチラチラとバーラウンジの外に視線を向けるが、サバスさんはまるで現実など見たくないと言わんばかりに、若干早口で話題を変えた。

「それにしても、 MEVR(ミーブル) は大変素晴らしいものでした」

「サバス様、私を甲羅で狙い撃ちにしたこと忘れませんからね」

「初めてのはずなのに、なぜ誘導型でもないアイテムを的確に当てられるのか……しかもジャンプしてる途中というタイミングばかりで」

緑甲羅使いサバス。ハジメですら「こ、この人、マジかよっ」と戦慄するほどだったと言えばどれほどのものか分かるだろうか。

あと、サバスさんたっての希望で、近衛隊VSハウリアや、サバスVSカムの暗器合戦なども行われたのだが……

流石は精鋭中の精鋭というべきか。樹海では手も足も出なかったものの、対戦形式や廃墟での戦いでは互角の戦いを見せ、サバスVSカムの戦いも大変に観戦し甲斐のある引き分けに終わった。

良い訓練になったようで、ハウリアの言動にもかかわらず意外にも好評だったのは、ハジメやシア的に嬉しい誤算だったが……

両者が現実で邂逅した時のことを思うと、なんとも言えない。

「きっとうちの家族とも気が合うのでしょうね……」

雫ちゃんの目が遠い。ハウリアと気が合いそうということは、つまり、そういうことだ。

広がるハウリアの輪……

平和な雰囲気が皆無なのが、やっぱりなんとも言えない。

ちなみに、近衛の中から数人ほど、再現体のミナ・ハウリアのことを詳しく聞いてくる者達がいたのだが……というか、そのうちの一人はジャンだったのだが……

ハジメとシアが「おぉ?」と思ったのは言うまでもない。

一応、ミナは土御門家の跡取りである清武氏と何やら良い感じになっているが、せっかくのモテ期到来である。二人は揃ってきっちりかっちり情報漏洩した。

――そ、そんな……今度こそいけるって思ったのに……どうして……

――もういいよね? ね? これで終わりにしよ?

――まだ、よ。まだ終わらんよっ

――終わりだよ! いろんな意味で!

――私は戦士の女王! 挫けませんっ、勝つまでは!!

――ああ……もうダメだぁ、お終いだぁ

「俺ぁやっぱり戦闘機に乗れるやつが良かったな! 異世界の戦闘機も中々楽しかった。ただ、まぁ……」

何かを誤魔化すように声を大きくして所感を口にするボーヴィッドだったが、直ぐに表情が曇った。というかパイロット組全員の表情が、なんだか乾いた。パサッと。その視線が畏怖を以て一点へと注がれる。

「みゅ?」

「「「「「ッッ!!」」」」」

何人かが胸元をギュッと握り締めた。若干、顔が赤い奴もいる。いずれも凄く悔しそうだ。

「隊長ッ、俺っ、悔しいですっ」

「また〝ざぁこ♡ ざぁ~こ♡〟されてしまったっ。屈辱だっ」

「よわよわパイロットでごめんなさいねっ」

「だから何も言ってないの!?」

あくまで夢の空間、体感型のゲームである。なので、ミュウだって乗れるし操縦できる。愛機たるF14スーパートムキャット・ミュウカスタム――通称、ミュウ専用機〝トム猫たん〟に。

システムの試運転で何度も体験しているし、パパが本気でミュウ専用に組んだ機体なので動きもスペックも量産機とは違うとはいえ、だ。

ミュウは強かった。ボーヴィッド達が割と本気になっちゃうくらいには。

プロパイロットなのに落とされた先程の者達の悔しさは計り知れない。それは幻聴も聞こえてしまうだろう。

まして、別のリアルの遊戯施設――多種多様な機体のドローン操縦を楽しめる施設では、実際の戦闘機とは勝手が全く違うとはいえ十分の一スケールの〝トム猫たん〟に蹂躙されてしまったのだ。

七歳の少女の前でプライドをボロボロにされ、四つん這いになる大人の男達……

ミュウが気遣ってフォローすればするほど、なぜか煽りと受け取られ、悔しそうに大人げなく反論する姿は中々に酷い光景だった。

――今こそ開眼の時ッ。集中すれば……見えるッ、私にも見える!!

――さっきも同じこと言ってたじゃないか……

――これが最後!! これで終わりにするから!

――さっきも同じこと言ってたじゃないか!!

「わ、私はやっぱりあれね! 〝魔法体験〟! 夢のような体験だったわ……」

何かを掻き消さんとするかのように叫んだのはオルガ隊長だ。

ちょっと必死感があったが、ハジメ達に対しては敬語を崩さない彼女であるから、素の口調になっているあたり楽しかったのは本当なのだろう。それは弟のジャンも同じだったようで。

「ああ、あれは良かったね。お伽噺の存在にでもなった気分だったし、それに……まさか動物の気持ちも味わえるなんて、まさに魔法だよ」

未だに体に残る感覚を楽しむように、手をグッパグッパしている。

遊戯施設の一つ。MEVRではなく、アーティファクトを使ってのリアルな〝魔法体験〟と、変成魔法を使ったアーティファクトカプセルによる〝動物化体験〟だ。

ティオの〝竜化〟の如く、好きな動物に転変できるのである。

「優花っち、あれからずっと無言だけどどうしたの?」

ちょうど動物化体験の話が出たので、なぜか猫化して以来ほとんどしゃべらない優花に奈々が心配そうに声をかけた。ただし、目は完全に笑っていたが。

「別になんでもないわよ」

「そっか。それなら良かったよ」

妙子さん、澄まし顔で食後の一杯を味わう。そして、安心したような表情で言った。

「南雲君にいっぱいナデナデされて危うく昇天しかけてたから心配したんぐふぅっ!?」

「ゆ、優花っち、なんかツッコミに容赦がなくなってきたような……」

妙子が脇腹を押さえてプルプルしているのを見て、もう少し自重すべきかも……と奈々は冷や汗を流した。

――!? 熱い! キタコレ! この演出は今度こそ……なんで来ねぇんだよぉっ

――あのぉ、お客様? 台を叩くのはやめていただきたく……

――ご、ごめんなさい、僕の相棒がこんなので……

――出ろぉ! 出ろぉっ!!

――お客様!? あーっ、困りますっ、お客様! あーーっ!?

「ほ、他にも無重力体験や、それを利用した空中球技なども貴重な体験でしたな!」

「私は大図書館にも心を惹かれました! 凄まじい蔵書の数、まさに知識の蔵でしたよ!」

「しかも、くつろいで読書できる環境が素晴らしかったですっ。数十種類の美味しい飲み物が飲み放題で、シャワー室や個室も完備。いずれはボタン一つで食事も運んでくれるようになるとか。私、もうあそこに住みたいくらいですよ」

「あたしは幾つもあったスタジアムが気になったわ。異世界は娯楽が豊富なのね。あんなにも多様なスポーツがあるなんて」

「兵士としてはトレーニングジムの充実ぶりが羨ましかったよ。ああいう施設が竜王国にもあればと思う」

「重力を変えられる部屋でのトレーニングとか面白かったな! そのうえでボルダリングっていったか? あれは中々ハードだった」

「リアルな迷路や謎解きは、今度じっくり時間を変えてやってみたいわね」

「ワシのような年寄りには、釣り堀の摩訶不思議さが一番良かったのぅ。マイ○ラ式と言ったか? 多様な魚どころか、不思議なアイテムまで釣れるとは……」

なんだろう。絶対に聞こえているはずなのに、役人さん達はますます、いっそわざとらしいくらいに盛り上がっている。

いや、実際にカルチャーショックで精神が疲れるほど、本当に見学した施設の数々に感動したのだろうけども。実際、童心に戻ったかのように楽しんでくれていたし。

――ジーテン、もういいよ。強制終了しちゃってよ!

――承知しました。お客様、閉店の時間でございます

――あと五分

――閉店のお時間でございます!

――今、激アツの演出中でしょうが! ここで止めるとか鬼畜なの!?

――いい加減にしないと、ブレスするよ!?

――失ったものは取り返すっ。それが王家の矜持!

――そんな矜持、捨ててしまえぇ!

――あーっ、お客様! ブレスは困ります! お客様!? あーーっ!

なんかキャプテンに助けを求める目をしているG10の姿が見えた気がしたが、キャプテンは関わり合いになりたくなさそうな様子で竜王国の方々の雰囲気に乗った。

「今回は一般的な施設の見学は外したけど、そっちも開放はしてるから竜王国の民と一緒にぜひ楽しんでくれ」

一般的な施設――映画館や各種スポーツ用のコート、ダーツやビリヤード、カラオケ等々定番の遊戯施設を思い出して、龍太郎と鈴が苦笑する。

「あれ、完全にラウンド○ンを参考にしてるよなぁ」

「他のとんでもない施設に紛れて、なんかやたらと懐かしさを感じるゲームセンターなんかもあったしね」

「あれは義父上殿の趣味じゃな。なんでも知り合いの伝手で昔懐かしのゲーム筐体をいろいろ取り寄せたらしいのじゃ」

「それはそれとして、ハジメ君。トータス旅行の時にウルの町でやったライブ、無断で流したのは許さないから」

ライブステージも完備しているアーヴェンスト。過去再生により魔法少女達の華麗なパフォーマンスが流れた時、ステージ上の煌びやかなエフェクトに混じり〝鎮魂〟の光が乱発されたのは言うまでもない。

何度かわいいと言われたって許さないんだから! と、ちょっと許してそうな雰囲気で抗議の眼差しを送る愛子。

ハジメは誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべて、サバスに伝える。

「あと、もちろんだが医務室も完備してる。死んでも生き返れるレベルだから安心してほしい」

「それはもう医療の領域を超えていると思いますが?」

むしろ、死ぬかも知れない施設があるのだろうか? と戦々恐々とした雰囲気になる竜王国の皆さん。

というか、それはなんなら世界をまたに駆ける救命の船となるのでは……とさえ思う。

単なる娯楽施設ではなく、数多の命も救える船……

まさに神の船と称しても過言ではない。と、食後のお茶を嗜みながらも感嘆の溜息があちこちから漏れ出る。

「美容系施設も充実させていく予定だし、世界各国の衣装をリアルに着られる貸衣装施設も開店予定だ」

「「「「「ほんとに神の船!!」」」」」

ユエ達の美貌もあって、竜王国の女性陣のテンションが爆上がった。

ユエ達が揃って具体的にどういう施設があるか、今後どういう展開を予定しているか説明すれば、バーラウンジにはキャッキャッと女性陣から楽しげな声が響き――

――お金を、お金を貸してください……

スンッとなった。

先程までの熱狂が嘘のような、悲壮感溢れる悲しげな声だったから。

なので、つい視線を向けてしまう。

そして、見た。見たくなかった現実を。その究極の形を。

そう、オロオロするG10に向かって、なんとも美しい土下座を決め込む女王の姿を。

サバスさんが両手で顔を覆った。クロー姉弟が天を仰いだ。ボーヴィッド達が顔を見合わせ溜息を吐き合っていた。

「おやめくださいっ、お客様。いえ、ローゼ様! 私に頭を下げるなど!」

「次はっ、次こそはいける気がするんです!! 倍に、いえ、三倍にして返しますから!!」

「なんて立派なスロカスだよ」

スロットに魂を捧げ、頭の天辺までどっぷりと沼にはまってしまった存在。それがスロカス。その、お手本のようなムーブだった。

一応、両替やチップへの換金システムの説明を兼ねて金銭を賭けてはもらったが、あくまで今回は見学ツアーなので普通に返却している。にもかかわらず、こうも必死になるとは……これがギャンブルの怖いところということなのか。

「カジノに連れてきたのは、いや、お試しでやらせたのは失敗だったな……その、なんと言うかすまない。俺の責任だ」

ハジメがバツの悪そうな表情をサバス達に向ける。

サバスは両手をどけて、カジノへ視線を向けた。煌びやかな光景だ。輝くシャンデリアに、今はスタッフがいないが数々のゲーム台、スロットが整然と並ぶ様は壮観だ。

まさに豪華客船といえばこれ! と言わんばかりのこだわりが細部に見て取れる。

想像できた。大勢の客人がチップを片手に思い思いにゲームを楽しみ、お酒を嗜みながら談笑し、勝敗に一喜一憂する様を。

「サバスぅ! サバスぅ!! お金を用意して――」

トトトッと駆け寄ってくるスロカス女王ローゼ。サバスさんの表情がストンッと落ちた。

「いいえ、ハジメ様。これは全て じ(・) ぃ(・) の責任。賭け事自体は悪にあらず。節度ある楽しみ方なら、ここにいる全員がしておりました。ボーヴィッドでさえ、です」

「あのぉ、サバス? もうちょっとで勝てそうなの……」

「俺のことなんだと思ってんだと言いたいところだが、それよりも陛下。マジでちょっと黙って」

サバスさんの中の鬼が目を覚ます雰囲気を感じてか、ボーヴィッド達が退避を始めた。食器、どこに片付けましょう? とシアとレミアに尋ねながら。

なお、クワイベルは近寄ってきてもいない。まるで相棒が死刑台に向かうのを見送るような雰囲気だ。

「放置され、離れた場所で美味しく食事を取る光景を見れば戻ってくるだろうと考えた私が甘かった。欲に負けて己の制御を手放したこの子が悪いのです」

一応、食事前にも何度も止めたのだ。もうそれくらいで、と。

だけど、すっかりスロットにはまってしまったローゼちゃんは、もう少し! あと少し! この演出が終わったら直ぐにそっちへ行くから! ここは任せて先に行って! と訴えたのだ。

ここ一年半。新生アーヴェンスト竜王国の女王として粉骨砕身、わがままも言わず頑張ってきたローゼである。否、ろくに遊ぶこともなく戦ってきたのは生まれた時からだ。

珍しくわがままする姿は、むしろ少し嬉しくて。

たまにはハメを外すのもいいだろうと思ったのだけど。

「あ、あの、サバス……? おかね……」

ガタッと音を立てて立ち上がるサバスさん。なんだかオーラが見える。大迫力のオーラが。

流石に正気に戻りつつあるローゼちゃん。冷や汗がこめかみを伝う。

「臣下の一人として、何より育ての親の一人として、ここはよくよく言い聞かせます故、ハジメ様」

「お、おう」

「少々お時間を頂きたく」

「ど、どうぞご自由に」

惚れ惚れするような一礼。

危機感で正気に戻ったローゼが脱兎の如く逃げ出した!

しかし! 前に回り込まれてしまった! 最強の老執事からは逃げられない! ……残像が見えたのは気のせいだろうか?

「ち、違うの、サバス! 聞いて!」

「……なんでしょう、ローゼ様」

「……その、あの………」

「はい」

「……超低確率の激アツ演出で脳汁ドバドバは仕方ないと思うの」

うちの女王様はもうダメだ、おしまいだぁ……みたいな雰囲気が竜王国の方々から。

いけない遊び、教えちゃったね……とバツの悪そうな眼差しはユエ達から。

ハジメはそっと視線を逸らした。

「実に」

「う、うん?」

「実に懐かしゅうございますな。ローゼ様の尻を叩いて叱るのは」

「!!?」

ローゼちゃんは脱兎の如く逃げ出した! しかし、一瞬でたわら担ぎされてしまった!

「いやーーっ、ごめんなさい! もうしませんっ。この歳でお尻ペンペンはやぁーーっ」

「問答無用にございます」

誰かぁーっ、クワイベルぅ! 助けてぇーー!?

なんて、命乞いじみた悲鳴が廊下の奥へと消えていく。場所を変えたのは、じぃのせめてもの情けか。もちろん、クワイベルは追いかけなかった。

『母上、僕、お腹が空きました』

「う、うむ。お主の分は取ってあるのでな、今、温め直すのじゃ」

ドッと疲れたようにティオの膝上に横たわるクワイベル。

あらあらしながらレミアが「皆様、もう一杯、食後のお茶はいかが?」と尋ねれば、同じくどこか疲れた様子で曖昧な笑みを浮かべる竜王国の皆さんは、

「「「「「ぜひ、頂きます」」」」」

と、素直に頷いたのだった。

レミアが入れてくれたちょっと熱めのお茶は、ハジメ達も含め、心をとても穏やかにしてくれた。

で、現在。

久しぶりに見た親として叱る じ(・) ぃ(・) の迫力と、想い人が認知している中で恥ずかしいお仕置きをされたことで、すっかりしょんぼりしょぼしょぼしていたローゼは、

「あぁ……」

落ち込んだ心など一瞬で吹き飛んだような、言葉にならぬ感動に満ちた表情になっていた。

それは、サバス達も、否、ユエ達も同じだ。

誰もが心を奪われたように眼下を見下ろしている。

船底前部の展望エリア。床の全面が透過されて、まるで空の上に立っているかのような大パノラマが楽しめるそこには今、広大な暗黒の世界に浮かぶ宝石があった。

そう、星だ。宇宙から見下ろす天竜界だ。

地球と同じアクアマリンの如き青の星。そこに、まるで数多の小さな宝石をまぶしたみたいな煌めきが見える。空中に漂う微細な天核だろうか。あるいは、竜樹復活に伴い世界に流れるエネルギーそのもの?

分からないが、うっすら輝きを帯びた星を前にしては、ハジメでさえもただ見惚れるのみ。

どれくらいそうして眺めていたのか。やがて、

『……なんて綺麗なんだろう。僕達の生まれた世界は』

ポツリと半ば無意識に出たであろうクワイベルの呟きは、ハジメやローゼ達の意識を少しだけ現実に引き戻した。

「……ハジメ様。ありがとうございます。これは……これはあまりにも……素敵すぎる贈り物ですよ。生涯、忘れ得ない光景です」

ようやく視線を上げて、ハジメに感動で潤んだ瞳を向けるローゼ。

感謝を伝えるべくおもてなしをいろいろと用意していたのに、生まれ変わった素敵なアーヴェンストの姿を見せてくれたどころか、生まれた世界すら見せてくれて……

これで、どうやって恩返しなどすればいいのか。

そんな困った雰囲気さえ感じる。

「贈り物というより、俺の勝手な自慢というか見せびらかしみたいなものなんだが……そう言われると悪い気はしないな」

ハジメの穏やかな笑みに、ローゼは眩しそうに目を細めた。微かに吐息が漏れる。熱い気持ちがこもっているであろう吐息が。

ふらりと、引力にでも引き寄せられたみたいにハジメの傍に寄りかけて。

ハジメの反対側からスッと顔を覗かせたユエの流し目に足を止める。

牽制するような、あるいは挑発するような。

優しく受け止めるような、それでいて厳しく立ちはだかるような。

ローゼの気持ちの変化に、仄かだったそれが形を取り始めたことに気が付いたが故の眼差し。

紅玉の瞳の妖しくも美しい輝きに、ローゼは息を呑んだ。

言葉はなくとも、眼差し一つで伝わるものもある。少なくとも、ローゼにはこう告げられているように見えた。

――できるものなら認めさせてみて? と。

「ふふ、妾達の正妻様は優しいが、甘くはないぞ?」

「ティオ様……」

ヘビに睨まれたカエルというほど威圧的ではないけれど、確かに気圧されて硬直していたローゼに届いた助け船。

そっと耳打ちされた言葉に、ローゼは目をぱちくりとして、改めて母星を眺めて、そして、ティオと同じく甘くはない壁を乗り越えたらしいシア達へ視線を巡らせて。

「まだまだ、ですね。女王として、もっと頑張らないと」

なんて肩の力を抜いて、そう呟いた。

それは諦めの言葉では、おそらくない。むしろ、火が点いたと感じる力強さがあった。淡くくすぶっていたものが、確かな熱を持ったかのように。

後ろでサバスが実に複雑そうな表情をしている。だが、苦言は呈さなかった。

ボーヴィッドに肩を叩かれて、仕方ないと肩を竦める。

「優花っちも頑張らないとね~?」

「むぅ……」

「ふふ、悩殺衣装は任せてね、優花」

「チッ」

「なんか私だけ辛辣じゃない!?」

調子に乗りすぎた? ごめんってば! と抱きついてくる妙子を、優花は「冗談よ」と言いながら受け止める。それどころか、「この後、竜王国でお祭りでしょ? 妙子……戦闘服を頼むわ」と何やら燃えている様子。

妙子大先生は震えた。才能はあるが真剣味に欠けていた天才モデルが、ようやく覚醒したのを目の当たりにしたファッションデザイナーの如く。

「ごほんっ。そろそろ夕方の頃合いだな。一度、祭りの準備がどの程度進んでいるか、連絡を取っておくか」

ユエ達から届く意味ありげな視線を強引にスルーして、ハジメはサバスに視線を向けた。

女王が一時的とはいえ王宮から離れるので、直通の通信機を渡しておいたのだ。

サバスは「かしこまりました」と一礼し、部屋の隅へ移動した。

「ハジメ様。この光景、ぜひ民にも見せてあげたいのですが……」

「ああ、構わない。さっき体験してもらった通り、重力魔法のおかげで宇宙に上がるのに苦労はないからな。なんなら、民を招いて楽しんでもらう際は最初から宇宙に停泊してしようか」

その時は流石に人数が人数なので、全員アブダクション乗船してもらおうと冗談めかして言うハジメ。

王都の上空に停泊し、光の柱で民を吸い上げる巨大船という光景を想像したのか、ローゼ達が揃って苦笑する。

と、その時だった。

「なに? それは確かか?」

にわかに響いたサバスの緊迫した声。何事かと振り返るハジメ達。

報告に耳を澄ませながら何度か相槌を打ったサバスは、険しい表情をローゼに向けた。

「陛下、寺院の駐屯部隊より緊急通信が来ているようです。大型の泥獣が接近していると」

「なんですって?」

ローゼの目が見開かれる。ボーヴィッドも「おいおい、あの周辺は光輝にも手伝ってもらって念入りに掃討したはずだろ?」と驚きを隠せない様子だ。

「到達まで、およそ三十分とのことです」

「あり得ない。そんな距離に近づかれるまで気が付かなかったなんて、哨戒はしていなかったの?」

「しておりましたが、まるで唐突に現れたかのようだと」

今は哨戒網の穴を考えている場合ではないと、ローゼは頭を振って意識を切り替えた。

「迎撃は?」

「不可能ではない、とのこと」

それはつまり相応の損害が出るということだろう。

「撤退命令を出しますか?」

こちらからの援軍は間に合わない。寺院までは戦闘機部隊を先行させても一時間はかかる。相応の規模の部隊を送るなら、もっと必要だ。

ローゼの判断は素早かった。直ぐに撤退せよ、と命令を下そうとする。

そこに、ハジメが待ったをかけた。

「その寺院ってのは、例の?」

「え? あ、はい、そうですが」

神話の時代の記録が遺されていた旧時代の遺跡だ。竜樹と世界の関係を推測するに足る資料が発見された場所でもある。

それを聞いて、ハジメは頷いた。

「G10」

「イエス、キャプテン」

「対処に向かう。転移で……いや、大気圏突入のデータ収集にちょうどいい。座標を送るから向かってくれ。神速は使わず、最大船速で」

「アイアイ、キャプテン。座標特定。船首回頭。通常機動、最大船速」

羅針盤で得た情報をG10に送った途端、打てば響くような迅速さで命令を実行された。船首が流れる水の如きスムーズさで旋回する。

「よろしいのですか?」

魔神に願いを叶えてもらうなら、相応の対価がいる。それは、かつて救国を願った時に学んだこと。だから、少し意外に思って尋ねるローゼに、ハジメは肩を竦めた。

「貴重な遺産が失われるかもしれないのを黙って見ている手はない」

ということらしい。しかし、寺院の主立った情報は既に光輝から報告されている。確かに、まだ調べれば分かることはあるかもしれないが……

果たして、それだけが理由か。

「ふふんっ、パパはパパですから!」

娘の自慢げなムフフンッ顔が、その答えを示しているようだった。

なんとも生温かい眼差しがユエ達から注がれ、ローゼ達からも感謝と信頼の滲む眼差しを向けられる中、

「ククッ、あれのお披露目には絶好の機会だ……」

当のハジメは、何か企むような怪しい笑みを浮かべたのだった。