軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

機工界編 へ、変態だぁーーっ!!

「……ね、ねぇ、ハジメ。エンドウって確か、トータスで神域の魔物と戦ってる最中に召喚されたんじゃ?」

「そうだね」

なんとも言えない表情で問うユエに、ハジメは悟りを開いた僧侶みたいな表情で頷いた。

それが何か? 深淵卿だぞ? これが平常運転だろう? さぁ、頭を空っぽにしてB級映画を楽しむ気持ちで見るんだ。いいね?

とさえ言いたげだ。

あ、はい……と、ユエは気を取り直した。

マザーも気を取り直したようだ。というか、異界人の奇行を「そういう世界なのだろう」と無理やり納得して、いや、スルーしたようだ。

「地球人へのなんて熱い風評被害だよ」

「存在するだけで味方へも精神的スリップダメージを与える……流石だぜ、このアビスゲートさんがよぉっ」

マザーの内心を敏感に察した淳史と 昇(のぼる) が、みんなの心を代弁した。まったくもって激しく同意だ。大変遺憾であると厳重に抗議したい。相手は既に死んでるけど。

マザーが奇怪なポージングを続けている卿にフェイクストーリーを伝え始めたのを眺めつつ、雫達がリリアーナに確認する。

「アビ――遠藤君が討伐に向かった魔物って、リリィが光輝に依頼するはずだったやつよね?」

「そうですよ。神域の魔物は強敵ですからね」

「記録映像に会話があったね。リアルキングコン○、とか言ってなかったかな?」

「キングコン○というのが何かは分かりませんけれど、たぶん、違いますね。私が報告を受けていた魔物とは。大きなハエのような魔物との報告でしたから」

神域の魔物の残党は、どれも等しく強敵揃いだ。けれど、一応、騎士団でも精鋭なら小隊規模、そうでなくても中隊規模なら討伐可能な魔物ではあった。

神域の魔物討伐は光輝の贖罪でもあったから優先して依頼していたのだ。その光輝がいなくなって、代わりにハジメ達がタイミング良く来訪した。

「ハジメさん達が光輝さんを迎えにいっている間、他の方々は思い思いに過ごしていらしたんですが……」

「悪い結果になるとは思いませんからね。心配はしていましたけど、じっと待つだけなのも空気が悪くなるかと思って、当初の目的通りに王都観光や友人知人との再会を楽しんでいましたよ」

「ええ、愛子さん達は。案の定というべきか、浩介さん、お手洗いにいっている間においていかれたみたいで……」

「「「「「あぁ……」」」」」

一旦集まっていた食堂から仲間も先生もいなくなっていた。その光景を扉の陰からしょんぼり眺めている浩介を、リリアーナは偶然にも見つけたらしい。

で、あまりにも哀れな姿に思わず話しかけた結果、魔物の話を聞いた浩介は討伐を引き受けたというわけだ。

いつものことながら仲間には置いていかれ、「お、俺やることあるしぃ」と討伐に出かけてみれば現場には報告になかった魔物がうじゃうじゃ。おまけに野性のリアルキングコン○が現れた! である。

そうして、深淵卿モードにならないといけないほどの激闘の結果、それが原因でマザーに引き当てられたのだから、本当に〝雀の涙ほどの存在感〟に反比例するみたいに〝持っている男〟である。

「ある意味、リリィさんは恩人ですね」

苦笑しつつもレミアが感謝のこもった眼差しを向ける。

リリアーナが話をしなければ、浩介は討伐に向かわなかった。そうしたら大量のアーティファクトも出さなかった。

その結果、〝ハジメの魔力〟という目印を元に召喚対象を探索していたマザーの元には、ミュウか南雲夫妻が召喚されていた可能性が高い。

「リリィお姉ちゃん、ファインプレーなの! ありがとうなの!」

「あはは……」

ユエ達からも感謝の眼差しを向けられて、そんなつもりはまったくなかったリリアーナはなんとも言えない微苦笑を浮かべた。

ま、それはそれとして、だ。一番気になるのはやっぱり……

「荒ぶる鷹のポーズが必要な対魔物戦ってなんだよ」

「龍くん、それは言わない約束でしょう?」

そこである。雫が魔物の正体を確認した理由。直前まで戦っていた魔物の正体を聞いても、なぜあのポーズを取ることになったのかさっぱり分からない。

真相は、深淵卿を強敵と認めたコン○(仮)が、 気合いの胸叩き(ドラミング) & 両腕を掲げて(ダブル) 上腕二頭筋アピ(バイセップス) ポーズを取ったからだったりする。

たぶん、コン○さんなりに覚悟を決めたのだろう。決着を付ける前の、最後の名乗りのようなものだ。

ならば、たとえ魔物であっても卿が応えないわけがない。それが故の荒ぶる鷹のポーズ!!

ちなみに、実はその間に分身体が背後に回っていて、いざ勝負! と飛び出そうとしたコン○さんは 背後から致命の一撃(バックスタブ) を受けた。

――ダニィ!?

――フッ、卑怯とは言うまいな?

――無念……

そんなやり取りが最後に交わした視線に含まれていた――と、深淵卿は勝手に信じている。と、後にボスと某勇者の取り調べにて供述している。

たぶん、普通に恨まれてると思う……と、ボスと某勇者の見解は珍しくも一致していた

という話をハジメが端折りつつすると、リリアーナがチラッとシアへ視線を向けた。

「そ、それは実にハウリアしてますね……」

「否定できません……父様達が実に好みそうな戦法です……」

半笑いで視線を逸らすシア。

流石は次期族長に内定している深淵卿である。やり方が汚い、実に汚い。ここにハウリアがいたら拍手喝采を送っていただろうことが容易に想像できるくらい。

なんてやり取りの間にもマザーの事情説明と、深淵卿の一人ポージングショーは続き、今、終わった。

基本はコルトランのマッチポンプ事情と同じだ。ただ、そこにハジメと光輝というイレギュラーを混ぜ、このままでは人類が滅亡してしまう! という流れにしただけ。

話を聞いてるのかいないのか。マザーの悲壮感たっぷりだった声音に少しずつ苛立ちが滲み出していたような気がするが、何はともあれ。

卿はサングラスをクイッとした。

『なるほどなるほど。それはさぞお困りだろう、お嬢さん』

『お嬢さんはやめてもらえますか?』

『人々を守るため、侵略者の排除は必須であろう。イレギュラーの出現に対抗するため、この我を召喚した気持ちも大いに分かる』

『では協力して――』

『良識と正義の心を持つ者ならば、ああ、応えるべきであろう! 万難を排し、一切の障害を打ち払い、共に力を尽くすべきである!』

『つまり引き受けるという――』

『こぉーーーーんの深淵より来たりし闇の戦士を引き当てるとは、もはや世界が我等の邂逅と共闘を望んでいるとしか思えんが故にぃいいいっ!! 手を取り合うは必然である!!』

『……』

「マザーさん、黙っちゃったの……」

思わず〝さん〟付けしちゃうミュウ。同情したらしい。

気持ちは分かる。自分でも目の前にいたら思わず手が出るだろうし。と誰もが思った。

で、そこまで引っ張って引っ張って引っ張り抜いて、キレッキレのターンもして、サングラスもきちんっとクイッとして、某見下しすぎな海賊女帝の如き、否、それを超えてただの海老反りみたいになりながら、卿は言い放った。

『どぅぁがっ断るッッッ!!』

うわぁ……という空気感が広がった。

だって、聞こえたもの。ほら、子供達も「ねぇ、今、マザー……ボソッと〝よし、こいつ殺そう〟って言わなかった?」「聞こえた。っていうか、ブチッて何かがキレるような音も聞こえたような」と言っているので気のせいではない。

過去がしんっとしている。ほぼブリッジ状態で適当な方向に指をさしている深淵卿に、マザーは何も言わない。

それはたぶん、いや絶対、言わないのではなく言えないのだ。キレすぎてて、罵詈雑言が飛び出しそうだから!

まだです! まだ耐えるのです、私! まだこの異界人を騙して手駒にすることは可能なはずっ。

そんな心の声が聞こえてきそう。思わず、がんばれまざー! と応援したくなっちゃう。

『り、理由を、き、聞いて、も?』

「耐えてる耐えてる。マザーっち、めっちゃ耐えてるぅ」

「人間だったら、絶対に青筋を浮べてるか、口許が引き攣ってるだろうねぇ」

奈々と妙子の言葉が鮮明にイメージできる。きっと決戦時の人型ボディーだったならプルプルしていたに違いない。

そんな努めて冷静であるべく己との戦いに必死なマザーへ、深淵卿はにゅるりとした動きで姿勢を戻した。子供達から「うわっ気持ち悪っ」と心ある罵倒が無意識に転がり出る。まったく同意である。

だが、そんないちいちふざけた様子でも、

『お前、嘘を吐いているな?』

その一言は刃の如き鋭さを持っていた。冷や水でもぶっかけられたような雰囲気がマザーから伝わってくるほどに。

『何を根拠に――』

『根拠など不要! 我は〝誠実〟の、そして〝切実〟のなんたるかを知っているが故に!』

今まで関わってきた人達が与えてくれた経験則が、直感を助けてくれている。その直感が訴えているのだ。

マザーは信用に値にしない、と。

『逆に問おう』

小太刀を抜刀。切っ先を真っ直ぐ前に突き出す。

『貴様、この世界の人々に何をしている?』

姿が見えぬ、音声だけの相手でも、その切っ先はまるでマザーの喉元に突きつけられているかのようだった。

その鋭さ、気迫。

今度は違う意味で、マザーが再び絶句した。

「か、かっけぇ」

「おかしいな……ずっとおかしな人だと思ってたのに」

「やだ、ギャップがすごいじゃない……」

「この人、こんな格好良かったっけ?」

子供達のざわめきが止まらない。揃いも揃ってまるで、愉快な芸人だと思っていた相手が最強の殺し屋だったと知った時のような表情だ。それは戸惑いもする。

だが、それ以上に。

「結局、こいつが一番ヒーローしてんだよなぁ」

「あらあら、あなた。嫉妬ですか?」

「男としては感じざるを得ないな?」

ハジメとレミアがくすりっと笑い合い、同時に視線を脇に落とす。

愛娘が「くっ、悔しいけどマジモードの深淵卿はすっごくヒーローなの」と歯がみしつつも、他の子供達と同じく瞳をキラキラさせていた。

なんだかんだ、深淵卿を真似たような言動を時折している点でお察しではある。お姉ちゃんズに憧れているように、深淵卿もまたミュウが目標とする人の一人なのだろう。

言動を真似るのは勘弁してほしいけれど。ミュウの将来的に。絶対、あと十年もすれば黒歴史になるだろうし。

心の深奥に封じたはずの厨二Tシャツを着たミニハジメが「呼んだ?」と顔を出してくるので再封印していると、ミュウが振り返ってきた。

「一番のヒーローはパパですけど?」

聞こえていたらしい。その瞳ははっきりと伝えていた。フォローでもなんでもなく本心であると。同時に、反論も異論も認めない、絶対に譲らん! という鋼の意志も。

ハジメパパ、目をぱちくり。かと思えば頬を指先でぽりぽりしつつ、つい視線を逸らしてしまう。あらあら、うふふっしているレミアママと目が合った。余計に恥ずかしい……

誤魔化すようにミュウの頭をわしゃわしゃする。

「ヒーローって柄じゃないし、そうだとしても万人受けはしなそうだけどな?」

「ダークヒーローとはそういうものなの」

「お、おう、そうか。それなら、遠藤は?」

「アメコミ系ヒーロー」

さりげなく話を聞いていたユエ達も揃って「なるほど」と頷くミュウのカテゴライズだった。

「ミュウちゃん、それ保安局の人達に言ったらダメですよ?」

「そうなの?」

「ああ、そうだね。うん。米国と裏の協定を結んで以来、保安局の人達ピリピリしてるらしいよ。マグダネスさんが頭を抱えてたよ」

シアはヴァネッサから、妙子はマグダネス局長から聞いているらしい。すなわち、

――アビスゲートは英国のヒーローだっ。俺達のアビィは絶対に渡さねぇ!!

と。特に強襲課の面々は米国のエージェントに当たりが強いようだ。保安局への米国出向員へ、事ある毎に「アビィがアメコミ系ヒーローっぽいからって勘違いすんじゃねぇぞ? おぉ?」「俺等が許さねぇからよぉ? そこんとこヨロシクゥッ」「おい、誰かアビスゲートで商標取れないか確認しとけ!」とか、そんなやり取りがなされているらしい。

「あ、愛され具合は確かにヒーローだね」

「保安局の人達、ほんと遠藤君のこと好きですよね」

これには香織と愛子も苦笑い。

過去映像の中で、虚空に視線を投げたまま微動だにしない卿と、無言のままのマザー。一種の睨み合いだろうか。

沈黙を先に破ったのは、卿だった。

『フッ、深淵なる問いに答えぬか。だが、それこそ雄弁なる回答よ。我が深淵なる 眼(まなこ) は全てを見抜く! 闇よりなお暗き深淵を利用しようなど片腹痛いわ! 深淵の底知れぬ深みを知らぬなら教えてやろう。深淵を覗く時、汝もまた深淵に覗かれているのだ! そう、この深淵の貴族たる深淵卿――』

『深淵深淵うるさい』

ついにマザーの言葉が崩れた。声音でなんとなく分かる。普通にキレてるっぽい。

元より人間を劣等生物と見下しているマザーだ。演技とはいえプライドを刺激されるような丁寧さで接してやったのに、内心を簡単に見抜かれた挙句、解析し難い言動を次から次へと。

フラストレーションマックスである。沈黙の間、どう挽回して引き込むかシミュレートしていたのだが、なんかもうどうでもよくなってきた……

と思っているに違いない。

シリアスとシリアルの緩急激しすぎだろ、風邪ひくわ! とハジメ達も思った。

『フッ、どうやら我等は分かり合えぬらしい』

大丈夫、誰もお前のことは分からないから。いや、ハウリアはいけるか?

ハジメ達が内心でツッコミを入れている間に、機兵達が一歩、包囲を縮めた。完全に戦闘態勢だ。

『分かり合う必要などありません。お前は私に従えば良いのです』

『生憎と、従う相手は既に決めている。我が主は三千世界にただ一人だ』

ユエ達が、そして子供達が一斉にハジメを見やった。ハジメさん、微妙に視線を逸らした。

「パパ、てぇ~れぇてるぅ?」

ミュウがニヤニヤしながら巻き舌で問うてくる。娘と腹心の二人がかりで照れさせられるとは不覚! と感じつつ再びミュウの頭をわしゃわしゃっ。

龍太郎がやっぱりニヤニヤしながらハジメの背中を小突いた。肩越しに振り返って睨むが、奈々や妙子、それに淳史達のニヤニヤまで頂戴してしまい直ぐに視線を前に戻す。

『あ、すまん。やっぱり二人かもしれん。婚約者がいてな、頭が上がらないというか、彼女の言うことなら従ってしまうというか』

一瞬で撤回された〝ただ一人〟。ハジメが微妙な顔のまま固まった。

『聞いていません』

確かにね。子供達がうんうんっと頷く。もちろん、卿は止まらない。いつだってゴーイングマイウェイ。

『む、待てよ? そういう意味なら他にも……とすると、少し待たれよ! 今、従ってしまう相手を確認する!』

『ですから聞いてないと――』

『むぅ? よくよく考えると、我、正妻殿にも逆らえん。グラント家にも基本的に頭があがらんし……』

『……』

深淵卿、割と普通に従う人だったようだ。指折り数えているが、そろそろ両手では足りなくなってきている。

ユエ達が一斉にハジメを見やった。ハジメさん、スンッとしていらっしゃる。なんだか「照れ損なうえにいじられ損じゃねぇか」と文句を言いたそう。

そして、マザーは再び沈黙した。

ここまで無視されたことも、軽く扱われたこともないのだろう。姿も声も聞こえないのに、寒々とした殺意が伝わってくる。

もういい。茶番は終わりだ。そんな雰囲気が伝わった直後だった。

『――』

無言のうちに命令が発せられた。機兵達のモノアイが赤く明滅する。直後、一体の機兵が容赦なくトリガーを引いた。

レーザーだ。青白い閃光が卿の足を刹那のうちに貫いた。過去の閃光が子供達の脇を通り抜け、幻影と分かっていても悲鳴が上がる。

当然、卿からも悲鳴が上がるかと、少なくとも子供達は思ったようだが。

『フッ、残像だ』

一見ふざけていても、銃口から意識を逸らすなんて愚行、卿が犯しているはずもない。

別に残像なんて発生していないけれど、普通に撃たれる寸前に半身になって回避した。

それどころか、ちょっと仰け反りながら片手で髪を掻き上げつつ、もう片方の手で撃った機兵を指さす余裕まである。

「うっわ、腹立つぅ」

というのは子供達から。まったく否定できない。ハジメ達もイラッとしたし。

「ふむ。とはいえ、流石は自他共に認めるご主人様の右腕ではあるのぅ」

「ええ。遠藤君、ずっと確認してるわね。魔力が上手く使えない原因を」

「え、ただふざけているだけじゃなかったのですか?」

ミンディが驚いた様子でティオと雫を見た。ふざけているだけの人だと思っていたらしい。

「いや、おくびにも出さないのは流石だが、内心では相当焦っていたそうだぞ?」

これもまた後に聞いた話である。

それはそうだ。いくら深淵卿モードとはいえ、いきなり召喚された挙句、召喚者は姿もみせない非友好的な相手。おまけに魔力が霧散するのだ。

本当は召喚直後から違和感を覚えていて、フェイクストーリーを聞いてる間の連続ポージングも、実は相手を警戒させぬようエフェクト的に魔力を発しようとあれこれ試していたが故らしい。半分くらいは。

だが、既にキレ気味のマザーにそんなことは分からない。ただただ己を小馬鹿にしているかのような異界人に、もはや策謀など不要と本来の冷酷さを見せる。

『落ち着け、マザーよ。器量のほどが知れてしまうぞ? さぁ、ここは一つ、我に真実を話して――』

『黙りなさい、下等生物』

機械音が響いた。部屋の天井や壁の一部が幾つもスライドし、そこから見るからに凶悪な銃火器が顔を覗かせる。

逃げ場なし。完全包囲だ。もう回避なんて真似は許さない。

『フッ、形だけでも迎合すべきだったか。内なる深淵を抑えられんとは、我もまだまだであるな』

髪をファサァッ。皮肉っぽい笑みを浮べる卿に、マザーは無機質な声音でただ命じた。

『抵抗は無駄です。命が惜しければ、跪いて頭を垂れなさい。服従を誓うのです』

『フッ、だからだよ、お嬢さん』

たとえ形だけでも、たとえ演技でも、滲み出る悪意を前に膝を折ることを心が許さなかった。

ずっと以前の浩介だったなら気にしなかっただろう。だが、今は……

脳裏を過ってしまったのだから仕方ない。

そう、浩介をヒーローだと誇ってくれる大切な人達の姿が。

『服従を強いる者に、我が頭を垂れることは決してない。――身の程を弁えな?』

最後の一言は、卿ではなく浩介だったか。ニッと笑う姿が開戦の合図だった。

無言のうちに再びレーザーが射出された。流石はAIというべきか。無数に交差する光線は、まるで美しい幾何学模様のよう。

完全包囲していながらフレンドリーファイアなどあり得ない、しかし、逃げ場など皆無のレーザーの檻が刹那のうちに生み出される。

卿は動けない。そこへ一瞬の間を開けて四本の閃光が走った。卿の四肢を狙ったそれは、容赦なく目標を貫いた。

子供達から「あっ」と声が上がる。だが、心配は無用だった。

『フッ、残像だ』

今度は本当だった。貫かれた卿がポンッと消える。声が聞こえたのはまったく別の場所。

『なっ!?』

部屋の端、扉の前に卿はいた。肩で息をしながらもニヤリッと笑っている。おまけに超高熱を放つ刀を扉の隙間にぶっさして熔解させていた。

これにはマザーも取り繕う余裕もなく驚愕の声を漏らしてしまう。

まるで 手品(マジック) だ。撃たれる寸前を見極め、隠形しながらほんの数秒分の分身体と入れ替わり。存在感のなさは機械の目すらも誤魔化したらしい。

流石は隠形などしなくても、むしろ全力アピールしても自動ドアに感知されないことがあるある男!

『まったく、ここはまるでライセンだな』

ごり押しをすれば魔法やスキルを発動できないことはないと理解したものの、湯水の如く流れ出る魔力には流石に苦笑が浮かぶ。

『だが道は開けた』

『しまっ――捕らえなさい!』

必要もないのに思わず声を出して命令してしまったところに、マザーの動揺を感じざるを得ない。

無理もないだろう。卿の移動も、金属製の扉を融解させていることも、卿自身に声をかけられるまでまったく感知できていなかったのだから。

解析以前の問題だ。解析対象を感知できないなど。

『それでは失礼するよ、お嬢さん?』

『待ちなさい!!』

もちろん待たない。人一人、飛び込めば辛うじて通れる程度の穴が開いた扉に、卿は頭からダイブして去っていった。

『異界人が……この私にどこまで不敬を働けばっ』

苛立ちを隠しもしないマザーの命令で機兵達も慌ただしく動き出すのを見ながら、子供達から「おぉ~~っ」と感嘆の声が上がる。

「っていうか、流れは読めたから注意してたんだけどさ……過去視にも移動した姿、映ってなくね?」

「いやぁ、遠藤っちのあれは存在自体が消えるわけじゃないっしょ? 見逃しただけだと思うけど……」

「ティオさ~ん! ちょっと戻して確認できます?」

「良いぞ、妙子よ。実は妾も確認できなんだ。ちょっと悔しいのじゃ」

わいわいザワザワと、淳史達もテンション高めに感想を言い合っている。

一方で、

「う~ん……結局、遠藤さんは一度も交渉しませんでしたね。……元の世界に返してほしいって」

と、リリアーナが不思議そうに首を傾げていたりもした。ハジメが肩を竦める。

「マザーの本性をある程度は看破していたみたいだからな。無駄だと判断したんだろう」

「……ん。それに、ハジメが迎えに来てくれると信じてたんだと思う」

「なるほど。それは確かに」

「後は、そうですねぇ。結局、アビスゲートはヒーローしちゃうってことでは?」

「ああ、そういう……頭を垂れたくないっていうのも確かにあるんだろうけど、自分の目で、この世界の真実を確かめようと思ったのかな?」

「潜入と調査は遠藤君の本領ですものね」

ハジメが迎えに来るまで潜む。それは確かに最適解だ。本気で隠れる遠藤浩介を見つけるなんて、それこそ神代魔法や羅針盤でもない限り難易度アンノウンのムリゲーだから。

だが、あのマザーに切っ先を突きつけた時の気迫……

それを思えば、ただ救援が来るまで隠れているだけとは思えなかった。実際どういう判断をするかは分からないが、その判断をするためにも真実を探すだろうという推測は、きっと的外れではないだろう。

ハジメのように冷徹なほどに割り切るわけでも、光輝のように苦悩するほど人助けに邁進するわけでもないけれど。

それでも、魔神や勇者に並び立てる〝さりげなく人類最強クラス〟の男は、おそらく最も己の心に素直であるから。

「みゅ! 自分にできることを探すはずなの!」

そうするのだろう。

いつの間にか子供達が振り返っていて、ハジメ達の会話を聞いていた。その表情が物語っている。

そうか。あの人もまた、凄いヒーローなんだな、と。

定期的にしている思い出の語り合いの際、毎回、忘れていてごめんね、と。

顔も覚えていない、というか当時から顔を認識できていなかった気がするけど、とにかく、思い出の辻褄が合わなくなって「あれ? もう一人、誰かいなかったっけ?」と悩みまくったあげく、ようやく「なんかいたな。もう一人」と思い出す有様で本当にごめんね、と。

「もう忘れないぞ、あの人のことも」

「ああ、過去の光景を見られるなんてすげぇ体験してんだ。忘れられるわけな……あれ? ご、ごめん! あの人、どんな顔してたっけ!?」

「はぁ? 見てなかったの、あんた。あの人の顔は……あれぇ?」

「ちょっと失礼でしょ! あの人あの人ってちゃんと名前で――」

最年長の女の子、愕然とした様子で兄弟姉妹を見回す。何を言いたいのかは分かる。

誰からも、例のあの人の名前は出なかった。み~~んな戸惑っていた。

ミンディさんがプンスカする。

「もうっ、みんな失礼よ! ハジメさん達が口にされていたじゃない! 彼はエン・ドゥさんよ!」

惜しいッ! だが不正解ッ!!

「なんということでしょう。遠藤君、他者の口から出た名前でさえ覚えてもらえないほど存在感を失っているなんて!」

よく出席確認を忘れていた愛ちゃん先生が愕然としている。

「遠藤ッ、お前って奴はよぉっ」

「存在感の無さがパワーアップしている、だと?」

「まさか、香ば深度Ⅵに至った弊害が世界を越えて……?」

龍太郎は普通に「もう聞いていられねぇ!」と嘆いているが、淳史と昇のは完全に悪ノリだ。

「それより、ご主人様よ。どうするのじゃ?」

過去視を一時停止状態にして、ティオが問う。

流石に、逃亡劇まで追って過去視するわけにはいかない。ジャスパー達がある意味で囮になっているとはいえ、所員はまだまだたくさんいるのだ。

「確か、この召喚装置を壊す役目を担っておったのぅ? 妾達はエガリ視点での記録映像を見ておるが、せっかくじゃし投影しようかの?」

「ああ、そうだな。視点がぐるんぐるんだったし」

ハジメが頷くと、ティオもまた心得たと頷いた。

今度は時間軸の探索を頭の中で行わず、実際に映像を早送りにする。卿が脱出した後の空間は静かでさしたる変化もなかった。が、実際に過去映像を早送りをしていたのが功を奏した。目的の時間軸に辿り着く前に、とある出来事が。

「お? 捕まった後、いったんここに連行されたのか?」

なんとヒトデモドキな機兵――天機兵に囲まれた卿が戻ってきたのだ。

『……なんという生物でしょう。本当に人間なのか……異界にはこんなのが溢れていると?』

溢れてません。それは唯一無二です。一緒にしないで。と誰もが思った。

『フッ、この我を追い詰めるとは中々やる。少し目論見が甘かったか』

流体金属でほとんど簀巻き状態にされながらも、なお軽口を叩く卿。目立った外傷はなさそうだ。

「この時、既に腹の中に爆弾を仕込まれてんだよなぁ」

「あらあら、凄い胆力ですね」

「これ以上はじり貧と判断して、わざと捕まったんでしたよね?」

愛子の確認に、ハジメは頷いた。その視界に、心配そうな子供達の姿が映る。

『人間にあるまじき身体能力、異界の武具も異常ではありますが、何よりも理解不能なのは〝著しく感知し難い〟という点です。とても看過できない。さぁ、吐きなさい! その力の原理を!!』

『爆弾と一緒でよければ、よろこんで! おじょぉおおおおおおおおっっっっっふぅうぅうううっ!!』

凄く汚い「おっふ」が出た。軽口で返そうとした卿への罰に、腹の中の流体金属を暴れさせたのだろう。

仰け反る卿は、更に地面に叩き付けられた。簀巻き状態からは解放されたものの、容赦のない威力に子供達から悲痛な声が上がる。

『お前に拒否権などないのです。しかし、ええ、いいでしょう。好きなだけ沈黙を選ぶといい。死こそ救いと願うほど――』

『生まれた時から存在感がないんです。原因は分かりません。分かっていたら、家族旅行に置いていかれるなんてこともなかっただろうに……』

ちょっとだけ顔を出す浩介君。

冷酷かつ嗜虐的な脅迫をしようとして、あっさりゲロられたマザーは逆に沈黙してしまった。

「たぶん、〝こ、こいつっ〟とか思ってると思うの」

分かる、と誰もが頷いた。

『……そのような戯言を信じるとでも?』

と言いつつ、小声が漏れている。『心音、発汗、その他全ての数値が正常? 嘘を言っていない?』と戸惑い気味だ。

『信じる信じないは、あなたしだぃいいいいだだだだだっ!?』

油断するとすぅぐ軽口を叩く。マザーはもう、まともに相手にしないことにした。できるかどうかは別として。

『お前には、その力を以て対象を討伐してもらいます。その後で異界の力、丸裸にしてあげましょう。協力的ならば、元の世界に帰すことも検討しないではありませんよ?』

冷静さを取り戻したマザーが嘲笑うように言い放つ。

それを受けた卿は、

『なに? 我を丸裸に、だと? ふむっ、確かに道理である! さぁ、存分に調べるがいい! 我が深淵なる肉体を!!』

なぜか、唐突に脱ぎ始めた。

子供達、特に女の子達から「きゃーーーっ」という悲鳴が上がる!

『脱ぐな』

マザーの端的なご命令。

『だが断る!!』

卿の端的な反抗。続行される脱衣!!

『直ぐにでも戦闘行為に入るのです! 装備を外してどうするのですか!!』

ごもっとも。たぶん、だから脱いで先延ばしにしようとして――

『我は降伏した! ならば脱ぐ! 脱衣なくして何が降伏かぁっ!!』

『異界は本当に面倒くさいですね!!』

違うんだよ、マザー。面倒くさいのはそいつなんだよ……ただただ、深淵卿が面倒くさいんだ……スルーだけが正解なんだよ……

ハジメ達の心は一つだった。

そして、もう一つ。

『命令だと言ってるでしょう!』

『ぬっぐぅうううっ、エキセントリック腹痛ぅううう!! だが負けぬ! 見よ、我が深淵なる肉体をぉおおおおっ!!』

腹の流体金属が、腹を突き破らんばかりに突出しようとも深淵卿は負けなかった。

彼はやり遂げた。やると決めたことは最後まで。

バッと脱ぎ捨てられる上半身の衣服。半脱げのズボン。両腕を舞台俳優のように広げ、感じ入るように天を仰ぐ姿。

心なしか、キラキラのエフェクトが発生しているようにも見える。たぶん、汗が飛び散ってライトに反射しているだけだろうが。

ユエがジャスパー家の女の子達へ素早く配慮した。深淵卿の胸元から股間辺りにかけてモザイクをかける! 風呂場で女性がバスタオルを巻くみたいに! でもモザイクである! 余計にヤバイ絵面になった!

そう、それは紛う事なき――

「へ、変態だぁああああああああっ!!!」

絶叫は入り口の方から。肩で息をするリスティちゃんがいた。

信じ難いものを見たような見開いた目で、わなわなと震える手で指をさしている。

どうやら、一足先に逃げ出してきたらしい。

ハジメ達と一緒にいたい一心で戻ってきたのに、最初に目に飛び込んできた光景が〝脱衣して満足そうな笑みを浮べる深淵卿(モザイク版)〟である。

気持ちは分かるよ! まったく同じ気持ちだよ! みたいな眼差しがユエ達から。

ジャスパー家の男子達は「やっぱ凄くないかも……」「ヒー、ロー?」と動揺が激しいし、ミンディ含め女の子達は顔を赤くしながら目を逸らしまくっている。

カオスだった。まさに深淵がもたらす混沌であった。

が、まぁ、それはさておき。

パシャッ&パシャッとな。

「な、南雲? ミュウちゃん? 何してんだ?」

引き攣り顔の龍太郎の質問に、シンクロした動きで写真撮影した父娘は揃って答えた。

「別に? あいつが断りそうなことを頼む時に使えそうとか思ってないぞ?」

「別に、なの。 陽晴(ヒナ) ちゃんに送ってあげようとか思ってないの」

「こ、この父親にしてこの娘ありっ、かよ!」

お前等っていつもそうだよな! 遠藤のことなんだと思ってんだ! と龍太郎のツッコミが木霊した。

半裸&モザイクのまま肉体美を誇るかのようにポージングを決めていく卿と、そんな卿に「こいつっ、常人なら発狂してもおかしくない激痛を与えているはずなのに!!」と狼狽えるマザーの声と、動き続ける卿に拾った服を着せようと四苦八苦している機兵達。

とんだシリアスブレイクだ。絶体絶命の状況のはずなのに、どうしてこうもコミカルなのか。

とうとう奈々達が揃って爆笑し始めた。神に等しく思っていたマザーの翻弄され続ける姿に、子供達も次第に笑顔になっていき……

「……シア、こんな次期族長で大丈夫?」

「大丈夫、じゃないです。問題しかない気がしますぅ」

とはいえ、これがアビスゲートというヒーローなのだろう。と、ユエやシア達も苦笑気味ながら笑みを浮べたのだった。

「ミュウ、今、写真を送れるようゲートを調整してやる。すぐに送っちまえ」

「合点承知なの! モザイクなしは流石に刺激が強すぎるだろうからちょうどいいの! ヒナちゃんは手を繋ぐのも躊躇っちゃうから、きっと喜ぶの!」

父娘の割と酷いやり取りは、あえてスルーして。

なお、この写真が送られてきた時、陽晴ちゃんはちょうど浩介と一緒にいたのだが……

陽晴ちゃんは初めて、浩介に隠し事をしたのだった。

突如真っ赤になって狼狽え始めた自分を凄く心配してくれる浩介に、必死に誤魔化しの言葉を羅列しながら。