軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ありふれた休日小話 リリアーナの場合

予定している異世界旅行まで、残すところ一週間ほどになった七月下旬。

木曜日というド平日の午前だというのに、南雲家のリビングにはハジメの姿があった。

もちろん、ミュウと愛子は学校だし、ユエ達も大学に行っている。レミアとティオ、それに 愁(しゅう) はお仕事だ。

「良い天気ねぇ。最近の予報ってほんと当てにならないわ」

そう口にしたのは、ハジメ以外に唯一残っている家族――母親の 菫(すみれ) だった。締切りに間に合わせた翌日なので、とてもダレている様子。

ソファーに今にも滑り落ちそうなほど深く腰掛け、だらしなく手足を投げ出して日向ぼっこしている。

傍らには朝食代わりのスナック菓子とコーラ。自作品も掲載されている少女漫画系の週刊誌や、漫画紹介系の雑誌が散らばっていた。

他人が見たら眉をしかめそうな、これでもかと休日を満喫している母親の姿に、しかし、ハジメは見慣れたもので、ダイニングテーブルの椅子に座ってズズズッと茶を飲みながら「そうだなぁ」と頷くのみ。

「やっぱり、あんたが原因だったりしない? 白状するなら今のうちよ? 母親として往復ビンタしてあげるわ」

「違ぇよ。一応、ちょっと不安になって何度か調べたけど関係ないって」

今年は例年に比べ気温が乱高下しており、初旬の段階で猛暑レベルの気温を観測したかと思えば、今日のように夏真っ盛りなはずなのに涼やかな日もあった。

予測のつきにくいおかしな気象の連続に、全国の予報士が揃って頭を抱えているとか。予報があんまりにも当てにならなくて、最近ではお天気キャスター達の表情が引き攣り気味である。

コメンテーターが明るくツッコミを入れてくれるので、どうにか白けた空気にはなっていないものの、裏ではかなりの苦情が届いているようだ。もちろん、SNSは空模様のように荒れている。

〝龍事件〟で起きた天変地異は半年以上過ぎた今でもまだまだ記憶に新しい。

なので、菫が疑うのも無理はない。鎮めたのもまた、ハジメが神霊に命じてやらせた自然干渉の権能によるものなのだから。

だが、本当にハジメとも一連の事件とも無関係だ。少なくとも、ハジメの持ちうる手段で調査した中では。

「それより母さん。そろそろ時間だ。少しはシャキッとしたらどうだ?」

「嫌よ。今日はダラダラすると決めてるの」

「幻滅されても知らないぞ?」

「ありのままのお義母さんを受け入れてほしいわ。家族なんだから。というか、幻滅なんてするわけないでしょ? 私の可愛いリリィちゃんが」

まぁ、確かに。と苦笑しつつ、ハジメはチラリと時計を確認した。

そう、本来なら講義があるにもかかわらず、ハジメが家にいるのはお出迎えのため。

トータスにて王女をしているリリアーナが、異世界旅行のために早めの休暇を取ったのだ。出発までの間、南雲家に滞在する予定なのである。

と、ちょうどよく地下から強大な魔力反応が伝わってきた。

ハイリヒ王国の王宮と直通のゲートとなっている専用アーティファクト〝世界扉〟が開かれたのだろう。

無駄に凝った造形の門は、今や魂魄魔法による使用者登録がなされている者に限り、トータスと地球の無制限の行き来を可能としている。

龍脈、龍穴、霊地……地球の氣力に関して重要なそれらを分析・解明・掌握したハジメは、実は南雲家のある土地自体を霊地化したのだ。

なので、南雲家の敷地内は今やほぼ聖地と言っても過言でないほどエネルギーに満ちた場所となっている。

そのエネルギーを直接汲み上げ、魔力変換して〝世界扉〟に満たし続けているのである。

なお、この異世界間直通のゲート、今回の旅行先で問題がなさそうなら各異世界に設置していくつもりだ。

閑話休題。

トットットッと軽快な足音が響いてきた。一拍。

「皆さん! お久しぶりです! 私ですよ!」

バァンッと扉を開いて、満面の笑みで姿を見せたのは案の定、リリアーナだった。

よほど楽しみだったのだろう。普段着用ではあるが、王女らしい立派な薄桃色のドレスのままである。ティアラまで、ちょこんっと頭の上に乗ったまま。

侍従長たるヘリーナのことだから、ずっと前にリリアーナ専用〝宝物庫〟へ旅行に必要なものはしまわせているだろうから手ぶらということはないだろうが、それでも彼女が着替えさせる間もなく早々に来訪したことを考えると、なんとも微笑ましい。

まぁ、目の下の隈がいろいろ台無しにしているのだが。

長期休暇を取るために、いったいどれだけ過酷な 戦場(しごと) に身を投じていたのだろう。

「リリィちゃん、いらっしゃ~~い! ポテチ、食べる?」

「あ、お義母様、お久しぶりです。えっと……他の皆さんは?」

綺麗なカーテシーを決めて、休日はだらけきることが正義! と言わんばかりの菫お義母さんにご挨拶。

まるでダメな大人といった様子の菫に眉をひそめたりはしないものの、しかし、義母の片手に掲げられた半分ほど食いかけのポテチは華麗にスルーして、困惑気味にリビングを見回す。

「俺と母さんだけだぞ。皆、学校や仕事だ」

「えっ、そ、そうですか……」

どうやら、盛大な出迎えがあると期待していたらしい。「私、王女なのに――いえ、この場合、王女とか関係ない……」と少ししょんぼり。

少し前にトータスと地球の渡航は無制限になっていたが、ハジメは言わずもがな、リリアーナも忙しい身である。

卒業パーティー以来、約四ヶ月ぶりの再会なのだ。出迎えが少なければ、それは寂しくも感じるだろうという話で。

「だから、せめて三日後ならって通信で伝えたろ?」

それなら日曜日なので、無理なく全員で迎えることができる。

「うっ、そうでした。ちょっと浮かれていたようです。あと……その、お母様やヘリーナ達の〝さっさと休暇を取れ〟的な圧力が凄くて……」

「だろうな」

やはり、目の下の隈が全てを物語っている。今日のために仕事を詰めに詰めただけでなく、普段から「休日? 何それ美味しいの?」を地で行く働きぶりに違いない。

実際、リリアーナは当初、ギリギリまで仕事をしようとしていた。それを諫め、旅行の日程を挟んで更に前後一週間は最低でも休みを取るようにと進言したのは他ならぬ臣下達であり、それでも渋ったリリアーナを最終的に納得させたのはルルアリア王妃の笑っていない笑顔だったりする。

そうして、一度納得してしまえば、後はもう楽しみすぎて――現状に至るというわけだ。

「仕方ありませんね。皆さん、帰宅予定はいつ頃ですか?」

「なんだ、俺だけじゃ不満なのか?」

少しからかう雰囲気を滲ませて椅子から立ち上がるハジメに、リリアーナは一瞬キョトンとした後、慌てた様子でブンブンッと首を振った。

「へ? いえいえっ、そんなことはありません! ハジメさんも学業があったでしょうに、私を待っていてくださったんですよね? 嬉しいです……」

その事実に今更ながら気が付いて、はにかみ顔になるリリアーナ。弾むような足取りでハジメのもとへ駆け寄る。

が、抱きつく寸前で止まった。真下から覗き込むような近い距離だ。ジッと見上げてく瞳が期待でキラキラ輝いている。

王女様は無言のうちに、何かをご所望のようだ。

それを察して、ハジメの顔に微笑が浮かぶ。可愛い生き物を見るような、それでいて愛しさも滲む眼差しになる。

「よく来たな、リリィ。待ち遠しかった」

優しい声音でそう言って、ギュッと抱き締める。小柄なリリアーナの体がすっぽりとハジメの胸元に収まった。

リリアーナの口元から「んんっ、ふぁ~」と心地よさそうな声が漏れ出す。

細い腕がハジメの背に回されて自らも強く抱き付き、とろりとした表情でハジメを見上げる。そして、熱の籠もった声音で返した。

「はい……。あなたのリリアーナが来ましたよ」

ハジメの胸元を掴むように両手を添え直す。かかとをクッと上げて、リリアーナは目を閉じた。

やっぱり、何を求めているのかなんて明白で。

当然、ハジメは応えた。より一層、胸元に閉じ込めるようにして抱き締めつつ顔を近づけていく。

二人の唇が重なった。

「……」

「……んぅ」

実は、ユエ達が本日、出迎えに同席しなかったのは、これも理由だったりする。

もちろん、学業や仕事を休むべきでないのも事実だが、対応できないわけじゃない。久しぶりなので出迎えてあげたいという気持ちだって当然あった。

だが、焦らずとも、どうせ長期休暇中はずっと一緒にいるのだ。なら、数ヶ月ぶりの再会の時くらいはリリアーナの乙女心を優先しよう、と考えたのである。

そんな気遣いに――

――パリッポリッ、ガサガサッ、サクッ!

異音が挟まった。

キスをしたまま目を開くハジメとリリアーナ。お互いに目をぱちくり。

――ゴクッゴクッ、プハーーッ

そっと唇を離して、ハジメは「しまった」と言いたげな顔に、リリアーナはプルプル震えながら真っ赤になっていく。

二人同時に、顔をソファーの方へ向けた。

背もたれ越しに、<●><●>みたいな目つきでガン見している者がいた。菫さんだった。

片手をポテチの袋に突っ込み、もう片方の手にはコーラを持っている。

リリアーナもハジメも、久しぶりの逢瀬に気持ちが盛り上がって、つい忘れてしまっていたようだが、本日の南雲家には菫お母さんもいるのだ。

今、菫お母さんとハジメ&リリアーナの視線がかち合う。

「私は一向に構わない。さぁ、続けて?」

息子夫婦の仲睦まじい様子を、ポテチとコーラをお供に鑑賞する。最高の休日じゃんね? と言いたげである。

返答はもちろん。

「どうか忘れてくだしゃぁっ!!」

リリアーナのカミカミ&羞恥心MAXな懇願だった。

「うぅ、お義母様に 慎(つつし) みのない子だと思われていないでしょうか?」

「大丈夫だ問題ない。我が家には、常時変態と滲み出るエロとむっつりがいるからな」

「それ、何も大丈夫じゃないです」

言わずもがな、ティオ、ユエ、香織である。なお、全てスミレ先生的キャラ分けをした時の印象である。本人達は知らない。

未だに赤みが残る頬を冷やすように手で仰ぐリリアーナを、ハジメは微笑ましげに見つめる。

同時に、本日のリリアーナの衣装も存分に堪能していた。

言わずもがなリリアーナは王女である。そのためか基本的に足は見せない。丈の長いスカートか長ズボンばかりだ。本人も、足をさらすのは慣れていないようで、そういうファッションは避けている節がある。

が、今日は大変珍しいことに、リリアーナの綺麗な足が惜しげもなくさらされるファッションだった。

ショートパンツである。上はふんわり膨らんだ半袖が可愛らしい白のブラウスで、靴もおしゃれな白のスニーカー。活動的でありながら可愛らしいファッションだ。

長くほっそりした美脚が実に映える。

日頃から鍛えているわけではないから、特にシアのように引き締まっているわけではないが、かと言ってだらしのない肉付きといった印象もない。

厳選された素材で、かつしっかりと栄養を考えて作られたものを日々口にしているせいか、見るからに弾力と張りが見て取れる。

おまけに、どんなに時間がなくてもほぼ毎日、侍女複数人がかりで磨き抜いている――リリアーナが仕事を優先しようとするので、毎回、鬼の形相となった侍女達が風呂場へ連行し半強制的にしている――肌身なだけあって、その質感は一見して極上。染みや傷は当然、毛穴すらも見えない。

もちろん、目の下の隈も既にハジメのアーティファクトによって癒やされ済みだ。

すれ違い様の同性さえリリアーナの生足や可憐な容姿に視線を吸い寄せられているのだから、いかに魅力的か分かるというもの。

「あ、あのぅ、やっぱり変でしょうか?」

ハジメや周囲の人々の視線に気が付いてか、リリアーナが先程までとは違う意味で恥ずかしそうに顔を伏せる。

南雲家の最寄りの駅前。

そこが今、ハジメとリリアーナが歩いている場所だ。平日だが、それなりに大きな駅なので人通りも多い。

故に、まだ中学生くらいに見えるものの、まるで読者モデルにでも出ていそうな可憐な少女は中々に注目度が高い。

これで、楽しげにはしゃいでいればまた印象は違ったのだろうが、キスを義母に見られていた羞恥心で恥じらっている姿と、自然と滲み出る気品――いかにも〝お姫様〟な雰囲気が、余計に視線を集めているようだ。

「いや、全然? そういう恰好は新鮮だなと思って。ちょっと見惚れてた。周りの連中もそうだろう」

「見惚れ……ふふっ、そうですかっ」

頬は赤いまま、パァッと輝く表情。本人的に、今日のファッションは冒険したのだろう。それを気に入ってもらえたことが嬉しくて仕方がない様子。

もちろん、リアルお姫様の無邪気とさえ言える満面の笑みを見た周囲の反応は言わずもがなだ。

まだ幼さが垣間見えるからだろうか。男より、むしろ女性達の方が「かわいいっ」とテンションが上がっている様子。

「レミアさんに感謝ですね。最初は、やっぱり海人族だから露出過多な趣味が反映されているのかと思ったんですが……」

「最初に幾つかコーディネートの例を挙げてくれたのはレミアだが、ユエ達も楽しそうに今日のリリィのファッションを議論してたぞ。せっかくのデートなんだから、こういうの着せてみたいってな」

外出しているのは、菫お義母さんと一緒にいるのが居たたまれないからではなく、いや、ちょっと、だいぶ、かなりそれもあるけれど。

最初から、ハジメがリリアーナと二人っきりのデートを計画していたからだ。それを事前に聞いていたユエ達がいろいろと気を回してくれたわけである。

「……そうですか、皆さんで……嬉しい……婚姻届の件で私だけ忘れられていたので、ちょっぴり自分の存在感に疑念を抱いていたのですけど、皆さん、私のことちゃんと考えてくれているんですね!」

「お、おう……」

再び輝くような笑顔。……たぶん、他意はないはずだ。未だに根に持っているということはないはず。だから、〝忘れられていた〟の部分がちょっぴり強調されているように聞こえたのも気のせいに違いない。

「それより今日のデート、本当に良いのか?」

当然ながら、いろいろとデートプランを用意していたハジメである。しかし、そのどれもがリリアーナのお眼鏡には叶わなかった。

というか、リリアーナ自身、あらかじめ旅行の前後一週間で行きたいところをピックアップしていたのだ。

その目的地は、ある意味、案の定というべきか、リリアーナらしいというべきか。

「はいっ。ぜひとも地球の〝鉄道〟を視察させてください!」

「もう視察って言うてもうとる」

思わず口調が乱れてツッコミを入れちゃうハジメ。

なんとこの王女様、多種族共存の新王都計画を進める傍ら、各国と都市を繋ぐ鉄道計画なんて壮大な事業も進めているらしい。

まだ草案段階らしいが、何度か地球に来訪した中で物資と人の大量輸送がもたらす絶大な効果というものを実感して、国境の垣根が低くなった今、〝これからのトータスに必要なのはこれだ!〟と遂に乗り出したわけだ。

トータスでは味わえないエンターテイメントを堪能してもらおうといろいろ考えていたハジメからすると、

『首脳会談で実現性ある計画として提案したいので、その資料を集めさせてほしいのです』

なんて、瞳を爛々と輝かせて力説された時のことを思い出すと、つい苦笑が浮かんでしまう。

リリアーナの中では視察=デートが矛盾なく成立しているようなので、本人がウキウキなら問題はないのだろうけども。

「まぁ、電話で確認したら蒸気機関車の乗車体験も展示館も問題なく行けそうで良かったんだが……行きも電車がいいのか?」

「技術レベル的に参考にもならないのは分かっていますが、前から興味はあったので」

トータスの技術的には、確かにいきなり電車は無理があるし、また技術的には反って非効率だろう。

向こうの主要エネルギーは、電気ではなく魔力。

ハジメ達のように直接魔力操作の技能なしでも十全に動かせる魔力駆動の開発は必須だが、燃焼石を筆頭にファンタジーな燃料系鉱物が存在するので、それらを念頭に置くなら確かに蒸気機関が最も参考になるだろう。

だが、それはそれとして、ハジメがいると転移や自動車で移動できてしまって、ついぞ公共交通機関に乗る機会に恵まれなかったリリアーナであるから、この機会に是非とも利用したいということのようだ。

ちなみに、リリアーナが今日から明日にかけて(最初からお泊まりする予定) 視察(デート) したい場所は他にもあるようで。

「それから、スポーツ関連と学術関連、娯楽関係も視察したいので、よろしくお願いしますっ」

「あ、はい。……これ、本当にデートかなぁ」

両手で拳を握って、期待に満ちたキラキラのお目々を向けてくるお姫様に、ハジメはなんとも言えない表情で頭を掻いたのだった。

その後、ハジメ達の姿は鉄道関係の展示館の近くに構えられたバーガー系のファストフード店の中にあった。

時刻は昼を少し過ぎた頃合い。昼食である。

「う~ん、やはり地球の技術力は素晴らしいですね」

お姫様、ダブ○チーズバーガーを頬張りながら、とってもご満悦の様子。

その称賛が、学びに学んだ鉄道の仕組みと運用方法のことを言っているのか、それともファストフード店の設備やスタッフの効率的な働きぶりを指しているのかは分からない。

注文の時に、まるで職人の若手が親方から技を盗まんとしているかのように厨房内を覗き込んでいたことを思えば、きっと両方だろう。

どこまで知識と技術に貪欲なのか。

「……まぁ、リリィが楽しんでくれてるならなんでもいいんだけどな」

「? とっても楽しいですよっ」

嘘偽りのない輝く笑顔が再び。

半分くらいハジメそっちのけだった気がしないでもないのだが、そんな笑顔を返されると何も言えない。

なので、

「そりゃ良かった」

と、唇の端についたケチャップを指で拭ってあげながら笑顔を返す。

王女とて、サンドイッチくらいは普通に食べるので、というか、むしろ仕事中はそればかり食べているので、別に手づかみで食べることに慣れていないわけではない。

だが、流石に市販の量産品を食べる機会はそうそうない。サイズ調整された王宮のそれと違い、リリアーナの小さなお口には日本のバーガーは少し大きすぎるらしい。

ヘリーナにどやされかねない大口を開けてかぶりつくなんて真似をしても、どうしたってソースが口の端についてしまう。

にもかかわらず、拭われた端から再びがぶりっ。もきゅもきゅ。

案の定、口の端にケチャップが。んうぅっと顎を突き出して、拭ってくださいポーズ。

「なにやってんだ」

「んぅ、んんっ、むぅ!」

仕事人間なリリアーナだが、一度、王女という立場から離れれば、そして最愛の人と二人っきりともなれば、実に甘えん坊となるらしい。

拭いてください! さぁ、早く! と、なんとも楽しげに催促してくる。

もちろん、ハジメは少し困った風な笑みを浮べつつも、ご所望通り優しく綺麗にする。

リリアーナは再び満足そうに目を細めて、作法も何も気にした様子なくバーガーにかぶりついた。

テーブルの下では、その機嫌の良さを示すように足がパタパタしている。

国や、あるいは世界なんて大きすぎるものを背負わなくてもよかったなら、大人であることを強いられなかったなら、本来リリアーナという少女は、大好きな人には遠慮なく甘える人柄だったのかもしれない。

ご機嫌なリリアーナの様子に、ここでもまた周囲の目が大変、微笑ましげだ。

あるいは、恋人でさえなく、明らかに血縁は感じられずとも兄妹的な関係と思われていそうである。

「それにしても凄かったな」

「むぅ?」

「乗車体験や運転シミュレーションでも、子供達を押しのける勢いだったもんな」

「む、むぅ……」

早いところでは、既に夏休みに入っている小学校もあるのだろう。平日にもかかわらず、家族連れが随分と多かった。

蒸気機関車に目を輝かせ、シミュレーションの前や、案内・説明の係員さんの前に集まる子供達。

そこに恥ずかしさなど微塵も感じさせず堂々と紛れ込むリリアーナ。むしろ、私が最前列よ! と言わんばかりに。

ハジメのポジションが、後ろで微笑ましげに子供達を見つめるご両親達と同じだったのは言うまでもない。

が、それも僅かな間のこと。

「たぶん、あんな鬼気迫る勢いで説明を求められたこと一度もないだろうなぁ」

「……」

ズゴゴゴッとわざとらしく音を立ててコーラを飲むリリアーナ。視線は外に向いている。

ちょっと自分でも興奮しすぎたと思っているらしい。

実際、最初に質問されたお兄さん係員は、ガトリングの如き質問の弾幕にちょっと泣きそうになっていたし、周囲の子供達は「な、なんだこの金髪の姉ちゃんは!?」みたいなドン引き顔だった。

「最終的には説明係の応援を呼ばれて、もはや勉強会……いや、あれは既に議論になってなかったか?」

「公共交通機関がほぼ皆無に等しい発展途上国における鉄道計画の問題点を予想せよ……種々の条件を加えた思考シミュレーションは大変参考になりましたね。流石は、鉄道の歴史から何まで熟知する専門家の方々です」

「澄まし顔で言ってるが、あれ、他のご家族からクレーム入ってたからな? うちの子にも分かる説明をしてくれって」

展示館に勤める人は、誰も彼も生粋の鉄道オタクなのだろう。マジ顔で怒濤の質問をする海外のお嬢さんを前に、彼等は一時的に職務を忘れたらしい……

その背後では、「うちの子が大変申し訳ありませんっ」と、魔神様が親御さん達に頭を下げるという、各国の首脳陣が見たら気絶しそうな光景が広がっていた。

一方で、満足の行く回答を得られたのだろう。戻ってきたリリアーナの顔は、とてもツヤツヤしていた。

「まぁ、子供達は、鉄道関係者の本気の議論が見られて、内容は分からないまでも〝なんかかっけぇ!〟って思ったみたいだけどな」

本気の大人というのは、なんであれ子供からすれば格好いいものだ。ましてそれが、専門家なら。

鉄道好きな子供達からすれば、ただにこやかに子供向けの説明をされるだけよりも、そういう一面を見れたことが嬉しかったようで逆に好評だったようである。

とはいえ、それは結果論なので。

「……なんだかすみません。トータスの未来がかかっていると思うと自分を抑えられなくて」

ポテトおいしい……手が止まらないの……みたいな有様でリスのようにフライドポテトをハムハムしながら反省するリリアーナ。……反省…………している、はず。

ハジメがなんとも言えない表情だ。

ハジメそっちのけの、色気も何もあったもんじゃないデートだったのだ。本当に子供と保護者の観光、いや、リアルに王女と従者の視察と言うべきか。

「ご、午後はどうしますか!?」

あらまっ、マク○ナルドのマスタードって神かしらん!? みたいな表情でナゲ○トを味わいつつ、誤魔化すように話題の転換を図るリリアーナ。

それに肩を竦めつつ、

「いろんなスポーツと学術施設、それに娯楽施設を実際に見たい、だったな。学術施設は明日にでも俺等の大学をユエ達も交えて案内すればいいと思うけど……」

午前中に練り直していたプランを改めて頭の中でまとめるハジメ。

ついでにチラッとナゲ○トを見れば、我が意を得たりとリリアーナが笑みを浮かべる。マスタードにたっぷりと付けて、あ~んっ。

パクッと食いついたハジメに、ほわわ~んっとした表情になる。

あれ? 兄妹みたいな関係じゃあない? どう見ても恋する女の子の顔……いや、でも、どう見ても中学生くらいにしか見えない……まさか、あの男……

みたいな疑念が周囲の人達の中に湧き上がっているっぽい雰囲気をスルーして。

「スポーツも娯楽といえば娯楽だと思うんだが、リリィの中では別なんだよな?」

「そうですね」

「これも新しい都市計画の一部なのか?」

「です! 帝国には闘技場がありますし、世界規模の大会も開催するそうで。新王都にも何かと思いまして」

なんだかんだ対抗意識の強いリリアーナである。帝国に負けてなるものかと、王都にも新しい風を呼び込みたいのだろう。

と、思っていたが、流石は若くして一国を背負う王女というべきか。考えは更に深かったようだ。

「後は代理戦争のようなものです。公認のストレス発散方法と言ってもいいですが」

「……ああ、なるほど。スポーツは前者、娯楽は後者で区別してるのか。多種族共存時代では、確かに有用そうだな」

「ええ。復興と発展が進めば余裕ができます。余裕は、余計なことも考えさせます。それは大抵の場合、争いを生むのです」

神話決戦での一致団結が、今の共存肯定の気風を後押しした。だが、そのバフ的な効果も永遠には続かない。種族や国、生まれの貴賤に関係なく命を預け合った一体感も、いずれは思い出となる。

今でさえ、クゼリー騎士団長が病んでしまうくらい小競り合いは多いのだ。

今までろくに交流がないどころか敵対していた種族同士の共存。その難しさが本格的に表出し始めるのは、まさにこれから。

今までは新時代の黎明期。過渡期ですらなかったのだ。

本当に大変な時代は、踏ん張らねばならない時代は、これから来る……

リリアーナは、そう確信していた。

だからこそ、だ。

「闘技場も悪くはありません。ですが、やはり死傷を伴えば恨み辛みは生まれ、争いの種になりかねません。それが良いという人もいるでしょうが……別に、健全で致命的なもののない〝競い合えるもの〟があっても良いでしょう。むしろ、これからの時代には必要不可欠なものだと思います」

「確かに、オリンピックの意義も世界平和だからな」

「素晴らしい考えですよね!」

以前教えてもらった四年に一度の世界的なスポーツの祭典、トータスにもたらしたいスポーツ競技の最終形モデルも、きっとそこなのだろう。

にっこりと心から感心した笑みを浮かべるリリアーナ。それは王女としての、とても綺麗な笑みだった。

なんとなく意識を向けていた周囲の人達が、ハッとしたように見惚れているのが分かる。

無邪気とすら言えた先程までの笑顔と、恋する乙女の笑みと、そして美しくもどこか 強(したた) かさの感じられる王女の笑顔……

そのギャップがもたらす魅力に惹き付けられている人が増えているようだ。

「こちらは種族で特性が大きく違いますから、地球の競技をそのまま流用することはできませんが……」

「確かに難しそうだな。けど、だからこそ面白くなりそうだ。それに、確かに種族間の、いや、同族同士でのいざこざでも健全な決着をつける一助になりそうだな」

「ですよね! とはいえ、おっしゃる通り一助のレベルでしょう。ですので、他にも楽しいことをたくさん提供できればと思うわけです」

トータスにも娯楽がないわけではない。中立都市フューレンには水族館まであるくらいだ。

しかし、地球のそれとは比べるべくもない。

「国同士、地域同士の威信をかけた本気の競技文化を育む一方で、一般市民がふらりと立ち寄って遊べる施設、種族に関係なく交流できる場所を設けることも、共存時代には有用でしょう」

「向こうの商人も強かでたくましい。国が率先して〝こういうのもある〟と示せば、こぞって更に新しい娯楽を生み出しそうだな」

「その通りです! それもまた競争です。流血を伴わない、人々が熱中できる競争はいくらあってもいいですからね」

「確かにな」

「ちなみに、アドゥル殿からは竜人と騎手がタッグを組んで行う妨害ありの飛行レースなど盛り上がるのではないか? なんて提案が上がってきています」

「意外な人が一番ノリノリだった件」

意外な人物の提案に驚きつつも、ハジメは「なんだそのロマンに溢れるレースは。ちょっと楽しそうじゃないか」とウズウズしてしまった。ティオに乗って参加してみたいな、と。今の二人だと蹂躙で終わるだろうが。

なんにせよ、ハジメの興味津々な様子に計画への共感を得られたと思ったのだろう。リリアーナの表情が嬉しそうに綻ぶ。

「大仕事のオンパレードだな。利権も絡むだろう。各国との政治的なやりとりも大変そうだ。大丈夫か?」

「大丈夫です、きっと。何があっても最後には協力し合えるって信じています。だって――」

何か大事なものを抱き締めるように両手を胸元に当てる。

「〝楽しい〟と感じる心に種族は関係ないですから」

「……ああ、そうだな」

抱き締めているものは、きっとリリアーナの愛する世界そのもの。そして、共存時代の過渡期を迎える世界を〝楽しい〟で埋め尽くしてやろうという、優しい王女様の決意そのものだろう。

そんなリリアーナを眩しそうに見つめるハジメ。

……あ、これ完全に恋人だわ。男の方も妹分じゃなくて女を見る目になってるもん。なんかこっちがムズムズするわ。なんだあの甘い雰囲気……みたいな空気が店内に漂い始める。なんだか見てられなくて逃げるように席を立つ者もちらほら。

そんな周囲の状況は相変わらずスルーして、ハジメは肩を竦めた。

「なんにせよ、まだまだ当分こっちには移住できなそうだな」

「それは……すみま――」

「違う違う、謝るな。リリィのそういうところ、本当に尊敬してるんだ。むしろ、そんなリリィだからこそ、あの時、想いに応えようと思ったんだから」

「ハジメさん……」

貴方が好きです。どうか貴方のものにしてくださいっ。あ、でも、一緒には行けません! 一番大事なのは国なので! ごめんなさい!

熱烈な告白をされた直後に、その告白した相手に振られたと錯覚するような告白。リリアーナがハジメに想いを告げた時のセリフの一つだ。

ハジメが「え? んん、え? 俺、今何を伝えられたの?」と困惑したのも無理はない。

とはいえ、「祖国なんてどうでもいいです! 私は恋に生きる!」と全てを投げ出す子であれば、ハジメも受け入れはしなかっただろう。

「あの時、今生の別れになることも覚悟の上だったろ?」

「……そうですね」

王女として、常に最悪の事態を想定することが癖になっているリリアーナだ。ハジメ達が元の世界に戻った後、二度と会えなくなる事態も想定していたに違いない。

最悪、ハジメと結ばれたという思い出だけを胸に生きることも覚悟の上だったのだ。

逆に言えば、帰郷してしまう僅かな間だけでも愛してほしい、そんな告白でもあったわけで。

なんとも健気で一途な想いである。そして、十四歳の女の子としては破格の強き心と意志を示す告白だった。

それは誰の心にだって程度の差はあれ響くというもので。

「だから、ユエ達も認めたわけだしな。俺も、一人の人間として敬意を持ったし、応えてやりたいとも、支えてやりたいとも思えた」

「……ふふ、頑張った甲斐がありました」

頬を染めて、ストローの紙袋を無駄に綺麗な蝶々結びにするリリアーナ。

そんなモジモジしているリリアーナの手に、ハジメは自分の手を重ねた。

「俺の方はだいぶ落ち着いた。これからはもっと助けになれるだろうから、遠慮せずに言ってくれ。せっかく、ゲートの常時展開と通信機設備も揃えたんだしな」

「はいっ、存分に頼らせてもらいます! 私の……へへっ、旦那様♪」

ざわっと周囲がざわめいた。え……旦那? と。

周囲には会話の内容があまり響かないよう注意していたのだが、嬉しさのあまりかリリアーナの最後の言葉はかなり大きく、普通に聞こえたようだ。

つまり、見た目によらず結婚できる年齢なのか? なら、あの男、別にロリコン野郎ってわけじゃないのか。みたいな空気感も。幼妻なんてうらやまけしからんなんて視線も。

「取り敢えず今日のところは……しっかり 視察(デート) しないとな?」

「来月の定例首脳会談までに完璧な資料を作ってみせますよぉ!」

流石に店内の雰囲気的に居心地が悪くなってきたので、ハジメは話を締め括り、リリアーナをエスコートしながら席を立った。

トレーを片付ける間も興味津々な視線がさりげなく届く中、注目されることにはある意味ハジメ達よりも慣れているリリアーナが気にした様子もなく尋ねる。

「次はどこへ連れて行ってくれるんですか?」

飛びつくようにしてハジメの片腕を抱え込むリリアーナ。

先程の会話でリリアーナの意図を理解したハジメが、具体的な行き先を告げる。

そうして、

「また電車で行きますか?」

どうやら電車がお気に召した様子のリリアーナが、質問というより「行きますよね?」と期待を込めて望みを口にするので、

ハジメは笑顔で答えた。

「絶対に嫌だ」

「なぜ!!?」

流石に移動時間がかかりすぎるという理由はあるけれど。

本当の理由は言いたくない。

だって、行きの電車で見てしまったのだもの。

地下鉄も経験したいというから、遠回りになると分かっていてあえて乗った地下鉄で、一瞬、本当に一瞬。

もしかすると気のせいかもしれないけれど、あるいはハジメの動体視力が一時的に弱っただけかもしれないけれど!

不意に開けた少し広い空間の奥に――ウサミミが見えた気がしたなんて。

「せっかくのデートの日に、恐ろしいものを見たくないんだ」

「ハジメさんが恐れる!? 日本の地下鉄にはいったい何があるというんです!?」

「確かめたくない。少なくとも今日のところは」

後で絶対に確認するけれど、今日はリリアーナのための一日なのだ。

連中がまたもハジメの言いつけを破って、とうとう地下鉄世界に 蔓延(はびこ) り始めたかもしれないなんて……

そんな余計な杞憂を抱いたまま過ごすのは、ハジメ的にまっぴら御免なのであった。

「へぇ、それで最初に鈴ちゃんと龍太郎君がいる体育大学に行ったんだね」

翌日の昼頃である。場所はハジメ達が通う大学の食堂。

そこでユエとシア、雫に香織、そしてハジメとリリアーナが学食を囲んでいた。

多くの講義が既に前期分を終えていたこともあって、ユエとシアは最初から、雫や香織も随時合流する形で、リリアーナに大学の案内をした後のことである。

今は昨日の 視察(デート) の話を食事のお供にしているところだった。

「ええ、そうです。時間的にいろいろなスポーツの試合を見て回るのは厳しいとのことで」

「プロでもなければ試合でもないが、体育大学ならいろんな競技が集まってるだろ? 設備も練習も本格的だろうし、結構参考になるんじゃないかと思ってな」

プロの試合が見たいなら、また日を改めてチケットを取って皆で行くのもいいだろう、ということらしい。

それに頷きつつ、雫が興味深そうに尋ねた。

「鈴と龍太郎はどうだった? 連絡は割と頻繁に取っているのだけど……実際、上手くやれてるのかしら? いきなりの同棲だし……」

「オカンか」

「斬るわよ」

チキンを切っていたナイフをチラつかせる雫さん。どんななまくらでも普通に鉄さえ斬りそうなので、ハジメは唇を真一文字に引き結んだ。

代わりに苦笑しながらリリアーナが答える。

「相変わらず仲良しでしたよ。……その、ちょっとした悪戯心といいますか、サプライズのつもりで、こっそり会いに行ったのですけど……」

「けど?」

なんか歯切れが悪い、というかちょっぴり頬を染めているリリアーナに、雫のみならずユエ達も小首を傾げる。

「大学という公共の場なのに、お二人ったら物陰で割と濃厚な睦み合いを……」

「あ、ああ、そういう……」

雫が気まずそうだ。シアと香織は苦笑。ユエは「ほぅ、鈴め。やりおる」となぜか感心している。

もちろん、ハジメとリリアーナも気まずかった。

羅針盤で居場所を探り、アポイントを取らずに行ったハジメとリリアーナが悪いのは分かっている。

けど、なんでこんな人気のない場所に? と思いつつひょっこり壁際から覗いてみれば、あらまぁ! という雰囲気だったわけで。

お互いに目が合い、「「「「あ……」」」」となった時の気まずさと言ったら。

「お邪魔すまいと、直ぐに『ごゆっくり!』と伝えたのですけど……鈴が何事もなかったかのように取り繕うので私達も合わせました。余計に気まずかったです」

「でしょうね」

「一応、二人の名誉のために言っとくが致してはいなかった――」

「その情報はいらないわ!」

デリカシー! と雫に視線で釘を刺され、ハジメは大人しくウーロン茶をズゴゴゴッと口にした。

シアが空気を変えるように、若干声を張り上げ気味にして続きを促す。

「ええっと、それでいろんなスポーツの練習風景を見学した後は……なんでまた競馬に行ったんです?」

「竜人の飛行レースの話を聞いたからな。参考になるかと思って。ちょうど地方競馬でやってるところがあったから」

「……ん、ハジメ、悪い人。竜人族のレースを国家公認の賭博にしようと……そして、巨大な利権関係の元締めに……ふふふ」

「人聞き悪いこと言うのやめてくれる?」

ユエさんが悪い顔をしている。リリアーナが苦笑を浮かべた。

「まぁ、裏で暴利暴力が常の賭け事をされるより、公でやってもらった方が治安の一助にはなりますしね」

ちなみに、定期で行われるトータス首脳会談では、最近、共存時代の本格的な到来の前に世界統一の新貨幣を造るべきではないか、という議論が白熱している。

もしそうなった場合にも、競馬のようなシステムは新貨幣流通に一役買うのではという思惑もあるようだ。

「ちなみに」

ユエからお詫びのサンドイッチあ~んっをされながら、ハジメが競馬見学時の出来事を口にする。

「 大晴(たいせい) さんにばったり遭遇したわ」

「……ヒナタのお父さん?」

「おう、俺達と目が合った瞬間、『あ……』って固まってた。たぶん、仕事をさぼって来てたんだな」

地方競馬にまで勝負しにくるとは、生粋の競馬ジャンキーである。

いや、あるいは中央のレースは日程を把握されていて妻の 千景(ちかげ) さんや陽晴ちゃんに止められると思い、地方まで逃げて来たのか。

「私達の目的を聞いて、口止め代わりにといろいろ詳しく教えていただきました。競馬について語る時の大晴さんは、まるでアーティファクトやサブカルチャーについて語るハジメさんにそっくりでしたね」

「やめてくれよ。異世界に競馬場を作るのもいいかもって話をした時のあの人の目つき、やばかったぞ。特に、馬人族の少女達が活躍できるようなレースを是非って!」

「確かに、凄い熱意でしたね……ちょっと怖かったです。この私が、勢いに押されて口約束レベルとはいえ言質を取られてしまうなんて」

「ほんとそれな。金ならいくらでも出すとか、私を異世界に連れてって! とか鼻息荒く迫ってくるし、好きなことのためなら見境がない感じの人だよな」

「……ん? それ、ハジメも同じでは?」

「まんまハジメさんですね」

「うん、ハジメくんだね」

「なによ、ただのハジメじゃない」

「……」

ハジメはそっぽを向いてハンバーグ定食に付属しているコーンを一粒一粒、お箸で口に運ぶ作業に取りかかった。呆れの視線なんていらない。

「……で? その後はアミューズメント施設で遊んで、最後はスーパー銭湯を堪能してきたと」

「はい! 簡単に楽しめるいろんな娯楽があって大変興味深かったです。ただスーパー銭湯は……公衆衛生の観点からも素晴らしいとは思いますけれど……とても、すごく恥ずかしかったです」

やっぱり視察的な観点が抜けない感想に、リリアーナらしいなとユエ達は思わず笑ってしまう。同時に、モジモジと頬を赤らめる姿に微笑ましさも。

ちなみに、スーパー銭湯でリリアーナは生まれて初めてビキニタイプの水着を着た。

そもそも大勢の一般人がいる中で水着姿になったこと自体がないリリアーナである。

少しでもハジメに魅力的に思われたくて、頑張って冒険したのだろう。

それでも際どい感じではなく、フリルやリボンがあしらわれた可愛らしいタイプだったので、慎ましいというか、いじましいというか。

ハジメに見てほしいけれど、大勢の人の中にいるのは恥ずかしくて恥ずかしくて。中々顔も上げられないまま、終始ハジメの背にひっついていた。

これにはハジメもにっこりである。

「いいなぁ、私もリリィのビキニ姿、見てみたいなぁ」

「か、香織ったら何を……」

「そうね。レアだもの。今度は皆で海にでも行きましょうよ」

「雫まで……でも、それは楽しそうですね!」

「確か、旅行の後も一週間は滞在するんですよね? チャンスはいくらでもありそうです。私も今年は、ちょっと冒険してみましょうか」

「……シア、やめて。ただでさえ露出過多なシアが冒険した水着なんて着たら……身内が逮捕される姿は見たくない」

「誰が公然わいせつ犯ですか!」

わいのわいのキャッキャと姦しいユエ達。リリアーナもニコニコだ。学生というわけではないけれど、こうして学び舎の中で一緒に過ごせるのが楽しいようだ。

さて、当然の話だが、ここは食堂であり他にも大勢の学生が利用している。

で、雫は頑張って取り繕っているようだが、実は例の〝子供を産む宣言〟の話題は未だに終息したわけではなく。

そうでなくても、ハジメ達はただでさえ注目度が高いわけで。

そんないつものメンバーの中に、だ。

見慣れぬ海外のお嬢さん、それも中学生くらいに見える美少女がいればどうなるか。

「今度は金髪美少女中学生、だと? 犯罪だろ! 日本の警察は何をしてんだっ」

「くそっ、通報しようとしたら電波がっ。毎回毎回っ、神にでも守られてんのかよっ」

「待って、もしかしてあの子も来年には、ということ?」

「女としては最低ーって思うべきなんだけど、なんか一周回ってこっちまでドキドキしてきちゃった。もう、あの人のこと魔王様とでも呼んだ方がいいんじゃないかな?」

なんて、男女にかかわらずざわめきの的である。

で、だ。そんな場所に、本日は更なる爆弾が追加されることに。

だって仕方ないのだ。今日は七月最後の金曜日。終業式の日なんだもの!

「あ、いたのーーっ! パパぁーーーーーっ!!」

ステテテーーッとかけてくる愛らしい少女。

食堂にいた学生達が、訓練された兵士の如き機敏さと統一感を以て一斉にババッと視線を向ける!

暗黙のうちに、彼等・彼女等の心は一つになっていた。

嘘でしょ? 行くの? 向かう先は、やっぱりそこなの!?

大正解である。

「ミュウ!」

「パパ! えへへ、来ちゃった♪」

美幼女が飛びついた先には、案の定、例の男が。

学生さん達の心は、やっぱり一つだった。

「「「「「いやっ、もう子供いるんかいっ!!!」」」」」