軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記㊲ 自覚するしずにゃん

DHS(だいたいハジメのせい) 、という自明のことが改めて認識された昼食会。

「そもそも、ハジメ君はどうしてうちの子を 磔(はりつけ) にして運んでいたのかしら?」

そう尋ねたのは霧乃だ。磔運送されたあげくフェアベルゲンの人々に崇められてしまった羞恥心により、膝を抱えてポニーテールをぐるぐるに顔に巻き付けたポニテガード中の娘の頭を、苦笑い気味になでながらの質問である。

流石に、磔にした相手の母親からの質問にはばつが悪いようで、ハジメは気まずげに頭を掻いた。

「まぁ、当時は抱っこやらおんぶやらで運んでやるような関係でもありませんでしたしね。俺が訓練している間に寝てしまって、正直、そのまま放置して帰ろうかと思っていたくらいで」

その事実を知ったら香織がキレそうだなと思い直した。という話を聞けば、当時の雫に対する関心のなさがひしひしと伝わってくる。

「いや、ハジメ君。だからってだな、寝ている女の子を森の中に一人、放置していくとか常識的に考えてダメだろう」

良識の塊のような智一お父さんの、とても良識に満ちたツッコミが入った。誰もがうんうんと頷く。ミュウにまで微妙にジト目に見えなくもない眼差しを向けられて、ハジメはたじろいだ。

「い、いや、森の中とはいえ雫も相応に強者でしたし……磔の件だって元々球体の浮遊石しか持っていなかったのを、流石に海老反りとか、くの字に張り付けるのはかわいそうだと思って、わざわざ十字架に錬成したわけで」

「普通に板状にして乗せればいいじゃないか。完全に悪ふざけが入ってるだろ!」

あーだこーだと言い訳するも、智一お父さんは誤魔化されてくれないので、ハジメはふいっとそっぽを向いて呟いた。

「当時は雫のこと面倒ごと引き受け係くらいにしか思ってなかったんですよ。なので、仕方ないですよね」

「言い訳が余計に酷いが!? 鷲三さん! 虎一君! 怒っていいところだぞ、ここは!」

八重樫家が小さい時から香織を知っているのと同じで、白崎家も雫のことはよく知っている。それこそ、自分の娘も同然に思えるくらいに。だから、香織を雑に扱われたのと同じくらいには憤慨せずにはいられない。

鷲三と虎一も、言われるまでもなく同意見なのだろう。視線がとても厳しい。ハジメは困った表情で言い訳を重ねた。

「信頼はしてたんですよ? いや、本当に。それこそクラスの中では一番と言っても過言ではないくらい」

「ほぅ? そうなのか?」

「香織ちゃんよりもかい?」

鷲三と虎一どころか、霧乃を含め他の者達も驚きの表情を見せる。雫がぴくんっと反応した。ちょっとポニテガードが解ける……

「ええ、一番です。勇者も香織も、面倒な感じになった時はこいつに投げておけばなんとかしてくれる、という点に関しては他の追随を許さない信頼を――」

「ハジメ、墓穴掘りまくってるからお口にチャックしなさい」

「うちの息子が、本当にすまないっ」

菫と愁がインターセプト謝罪するが、遅かった。

「まったくフォローになっていないんだが?」

「嫌な信頼をされたものだなぁ」

光輝の盲進ぶりと香織の突撃癖を知っているからか、鷲三も虎一もなんとも言えない表情ではあるが苦言は口にしちゃう。霧乃は、解けかけたポニーテールが再びぎゅるんっと巻き付いて心の殻に閉じこもった雫の頭を苦笑い気味にポンポンする。

当然、勇者と横並びに語られた香織も聞き捨てならないと咆える。

「ちょっと待って、ハジメくん!? なんで私の名前が出るの!?」

返答はユエから。

「……ヤンデレ崎バカオリさんだからに決まってるでしょ? 自覚ないのぉ? プークスクス」

「ブンカイッ」

「アブナァイッ」

分解魔法の閃光がユエの頭部を狙って空を切り裂く! ユエ様、必死の仰け反り回避!

通り過ぎた閃光が壁に穴を開けて虚空に消える。アルフレリックさんが悲しげな表情で穴を見ている。うちの壁が何をしたって言うの……?

薫子(かおるこ) がアルフレリックに頭を下げ、次いで香織にメッとした。智一は、致死性の攻撃をあっさり頭部に放った娘に戦慄の目を向ける。

一応、ユエと香織にとってはビンタレベルのじゃれ合いなのだが、一般人からすれば過激な性格にしか見えないだろう。実際、今度は飲み物の補充に来てくれた元祖兎人族なウサミミ幼女のキラちゃんが 極めて自然な(ナチュラル&) 致命的一撃(クリティカル) を見て腰を抜かしている。

手に持っていた果実飲料をひっくり返してしまって、じょば~っとお漏らししたみたいになっているので、まるで不意に切り裂きジャックにでも遭遇して腰を抜かした被害者のような有様だ。余計に香織の凶悪さが際立つ。ミュウがあわあわしながら心理ケアに急行。

「香織……そういうところよ」

「ま、まぁ、うちの香織は天使だけど……割と強行的な手段に訴えることがなくもないというか……」

「うっ」

香織は一人にすると危なっかしいというのは周知のこと。今度はみなの視線が香織に注がれる。とても生暖かい目だ。あと、べそを掻きながら同僚の給仕さんに引き取られていくキラちゃんには同情の眼差しも。

分が悪いと察して、香織も誤魔化しにかかった。

「そ、それより! あの朝、雫ちゃんとハジメ君に何があったのか確かめようね!」

「……フッ。こやつ、話題を逸らすために親友を売りおった」

「もう、ユエさん。やめてくださいよ。すぅぐ香織さんをイジイジするんですから」

「ミュウ、知ってるの。好きな子ほどいじめたくなっちゃうんでしょ?」

「……ん!? ち、違うが!?」

ユエにも向けられる生暖かい目。ユエは誤魔化すように、空間の窓を過去の雫とハジメが歩いてきた方向の奥へと開いた。すかさず香織が過去を遡る。

「阿吽の呼吸じゃな」

「仲良しですね?」

「「違いますが!?」」

ティオとレミアの言葉に、見事なハモりで応えるユエと香織。生暖かい目はなくならない。

そうこうしている間に、当該朝の光景が探り当てられた。雫はポニテガードのまま微動だにしない。磔映像を出す前は、当時のことを見せるのを嫌がる素振りを見せていたが……心の殻に閉じこもって外部の状況が分からないのか、それとも容認しているのか。

なんにせよ、過去映像の中に一人、早朝訓練に励む雫の姿が映し出された。

円を描くようなすり足、宙に刻まれる流麗な黒線。ポニーテールがくるくると回る体を後追いする。

その光景に、昭子とカム、そしてアルフレリックが思わず感嘆の声をあげた。

「あらまぁ、すごいわね、雫ちゃん。武道のことはよく分からないけれど、そんな私が見ても綺麗だと思うわ」

「ですな。惚れ惚れとするような剣線です」

「頭部がほとんどぶれませんな。あの地を滑るような歩法のせいか……これが異世界の、八重樫家の武というものでしょうか? まだお若いのに、よく教え込まれたものです」

最後のアルフレリックの言葉は、鷲三達に向けられた称賛だった。愁や菫、智一達からも「おぉ~」と声が上がる。

しかし、当の鷲三達はなんとも言えない表情だ。

「雫……いったいどうしたのだ?」

「心が乱れすぎだな。あんなにがむしゃらに振り回して……道場なら叱責ものだ」

八重樫流の師範達からすれば、随分とお粗末に見えるらしい。雫の内心が荒れ狂っていることもお見通しのようだ。加えて、母親たる霧乃は更に一歩、その内心の乱れの原因まで見通しているらしい。

「なるほど。この頃からなのね? 雫?」

「……ぅ」

ポニテガードは固い。少しからかうような声音の霧乃の言葉にも小さな呻き声みたいな声しか返らない。

誰かが「どういうこと?」と問う前に、今度は誰の目にも分かる異変が映し出された。

『ちがーーう! 友情よ! 友情バンザーイッ!!』

うわぁあああああっと今にも雄叫びを上げそうな有様で、というか『チェストーッ』とか八重樫流にはない絶叫をあげながら、必死に何かを振り払うように黒刀を振り回す雫の姿だ。

なるほど、と誰もが察した。途端に、昼食会の場にニヤニヤ笑いが満ちる。雫の足先がもにゅもにゅと悶えるように動いている。

「あらあら、雫ちゃん。いったい誰との友情を自分に言い聞かせているのかしら? ちょっとお義母さんに教えてくれない?」

「……ぅ」

「お義父さんも知りたいなぁ~。心の中に、誰の顔を思い浮かべているんだい?」

「……ぅぅ」

「母さんも父さんもやめてやれよ」

小さな呻き声をあげて、ますますぎゅるっとポニテを巻き付ける雫。両腕で膝を抱えているので髪には触っていないのだが……

そんな神秘よりも、髪の隙間から覗く耳先や首元が赤くなっている雫の姿に、香織達は「かわええのぅ~」と悶えるので忙しい。

その間にも過去の雫は体力の限界から徐々に落ち着いていき、汗だくとなった頃合いにとうとう刀を納めた。

木漏れ日に反射する汗がまぶしい。スポーツなどを頑張る女性特有の健康的な美しさが感じられるが、同時に汗で肌に張り付いた髪の一房や衣服、上気した頬や荒い吐息が〝艶〟も感じさせる。

抜群のスタイルや凜とした立ち姿と相まって中々に人目を奪う光景だ。

十字架に磔にされて行進せずとも、十分に〝聖女〟と呼ばれるに値する美麗さである。

が、そこへ、

『流石、の一言だな』

『っ!? にゃに!?』

唐突にかけられた声に吃驚仰天して、神聖さすら感じさせた雰囲気と立ち姿が一瞬で崩れ去った。そこにいたのは、ぶわっと逆立ったネコミミとネコシッポを幻視させる〝しずにゃん〟である。

ポニテガード中の雫が、器用にも膝を抱えたままお尻をもぞもぞと動かして霧乃の陰に隠れた。

そんな風に身を寄せてくる娘の姿は久しぶりだったのだろう。霧乃は少し驚いた表情をしつつも、直ぐに嬉しそうに表情を綻ばせて娘を懐に隠すように抱き締めた。

だが、そんな雫に悶えているのはユエや香織も同じであるから。

『にゃに!?』

『にゃに!?』

『にゃ』『にゃ』『にゃ』『『にゃに!?』』

「リズム取らないでくれるかしら!?」

思わず顔を上げて、真っ赤になりながら抗議する雫。早戻しと再生を繰り返してDJみたいにリズムを取り出す香織とユエを睨むが、ニマニマした表情で同時過去再生による二重音声なんて技まで披露して羞恥心を攻め立ててくるので、雫は直ぐにポニテの中に退避した。

「ユエと香織まで何してんだ。やめてやれって――」

『にゃに……ぷふっ』

ハジメが二人を止めようとするが、映像の中のハジメが思いっきりからかっていたので説得力は皆無だった。なので、すっと視線を逸らす。

その後も映像は流れていくが、はっきり言って、もう甘酸っぱいやら見てる方が恥ずかしいやら。

「あらまぁ、雫ったら。こんなに意識しちゃって」

「お前、道場でも汗なんぞ気にしたことなかっただろうに」

「なんというか……複雑だな、父親としては。娘のこんな表情を見せられると」

八重樫家の面々が口にした通り、ハジメの登場にあたふたする雫は、自分の汗だくの姿を酷く気にして更にあたふたとし、『どうして近寄ってくるの!?』とか『領土侵犯よ! 止まりなさい!』的なことを必死に訴えていた。

もちろん、中身は誰よりも乙女な雫であるから身だしなみには普段から注意している。いつでもどこでも汗を気にしないような性格ではない。

とはいえ、道場での稽古中はもちろん、トータスに来てからは汗を気にしてなどいられない状況が山ほどあったわけで、鍛錬後という状況を鑑みると、これは本当に珍しい光景だった。

その原因は言わずもがな。

「あぁ~、やっぱり雫ちゃん、大樹の大迷宮攻略で自覚しちゃったんだねぇ」

「……ん。おそらく……好悪反転の試練が原因とみた!」

「ぅ」

小さな呻き声。図星らしい。「好悪反転?」と愁達が首を傾げるので、ティオが簡潔に説明する。

「言葉通りじゃよ。人間関係がつまびらかにされる試練、否、秘された内心を暴き、人間関係を破壊し得る試練じゃな」

「ですねぇ。好きは嫌いに、嫌いは好きに。愛しさは憎しみに、憎しみは愛しさに置き換わる嫌らしい試練です。私、マジでハジメさんとユエさんに殺意を抱きましたもん」

「シ、シアちゃんが二人に殺意を!?」

愁が驚きの声を上げる。ここまでシアのハジメとユエに対する想いも見てきたので、それが真逆になるなど想像すら難しい。

鷲三が険しい表情で唸る。

「……おそろしい試練だな。信頼が厚ければ厚いほどお互いの足を引っ張りかねない。もしかして、同時に強力な敵と戦わされたのではないか?」

「ご明察ですね、鷲三さん。最終試練の強敵が相手でした。今までで、最も恐ろしい敵でしたよ」

「ハジメ君にそこまで言わせるか……」

「ええ、本当に恐ろしかった。後で大樹の大迷宮も見学してもらいますが、そこは避けて通るつもりです。精神的に持たないでしょうから」

「え、ハジメ君? 私はまだ魂魄魔法使えますよ? ティオさんもいけますよね?」

「う、うむ。魔力的には問題ないのじゃが……愛子よ、妾は二度とあそこに行きとうない……」

「……ん。右に同じく」

「激しく同意するよ……」

「黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ黒ごまはイヤ」

「し、雫!? どうしたの!? しっかりしなさい! 黒ごまのふりかけは貴女の好物でしょう!?」

「いや、霧乃。そういえば帰ってきてから一度も口にしてなくないか?」

「そ、そういえば……」

唐突に黒ごまに対するトラウマを発症した娘に、常に冷静沈着な霧乃お母さんですら狼狽えた。あんまりにもガクブルするので、ポニテガードを解いて顔色を伺おうとするが、ポニテはまるで生きているみたいにうねうね動いて回避してしまう。

「パ、パパ達が揃って顔を青くするなんて……」

「ほ、本当ね。ハジメさん達、揃って目が死んでるわ……」

「うぅむ。大樹の迷宮は四つ以上の大迷宮攻略を前提としていることから難易度が高いことは察しておりましたが……ボス達の様子を見るに、どうやら想像を絶する試練が待ち受けているようですな」

「愛子、心を癒やす魔法、かけてあげなさいよ」

「う、うん。――〝鎮魂〟!」

「「「「「「ハッ!?」」」」」」

ハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織、そして雫の六人がトラウマ回想から現実に復帰する。全員が危うく発狂しかけて冷や汗を拭った。

「ユ、ユエ、映像を進めよう! かわいい雫ちゃんを見て癒されないと!」

「……合点承知!」

「私だけダメージ追加!?」

ショック療法というべきか。黒ごま――もとい、ゴキブ○の大群というリューティリスさんの正気を疑わざるを得ない試練を思い出した衝撃で、ポニテガードの殻を破って現実に帰還した雫が頬を赤く染める。

しかし、何か思うところがあるのか積極的に止めることはなかった。

そうして流れたのは、ハジメが取得したばかりの昇華魔法を使って黒刀に改良を施す光景と、それを眺める雫の姿だった。

ただ、それだけの光景だ。黙々と集中して作業するハジメと、雫がそれを眺めるだけの光景。特に会話もなく、静かな時間が流れている。

だが、誰もがまるでハチミツでも頬張ったような表情になってしまった。

「わぁ~、雫お姉ちゃん、すっごく女の子の顔なの!」

「い、言わないで、ミュウちゃん。客観的に見ると死ぬほど恥ずかしいから」

片肘をついて、その手に頬を乗せて、ぽぅと惚けた表情でハジメを見つめ続ける雫の姿が、その自覚し始めた感情を何より如実に示していた。

紅い光が満ちた空間であるから顔色はわかりにくい。けれど、きっと頬は同じ色に染まっているだろうと確信できる。

とろりと蕩けた眼差しは、それが眠気であれ、好意の証であれ、特別な相手以外には雫が、否、乙女が決して見せないものだろう。

そんな可愛らしい雫に、作業を終えたハジメも目を奪われるのでは……と誰もが思ったが、そこはやはりハジメだった。

『アババババババッ!?』

「「「「「なにしてんの!?」」」」」

あろうことか、雫の額に完成した改良版黒刀の鞘の先端を押し当てたかと思えば付加機能の電撃を浴びせたのである。すごく鬼畜。

全員から総ツッコミを食らうのも仕方ない。特に、鷲三と虎一の形相が鬼に変貌しつつある。

「ハジメ君、ちょっと表に出ようか?」

「なぁに、少し八重樫流の〝おはなし〟がしたいだけだよ」

「待ってください。ほら、映像で流れたでしょ? 俺が呼びかけても返事をしないから!」

「ハジメ、あんたそれが女の子の顔面に電撃を浴びせていい理由になると思ってるの?」

「八重樫家の皆さんっ、父親として本当にすまないと思っているっ」

菫が苦言を呈し、愁が息子の所業を謝罪する。が、セリフと声音が某24時間戦う対テロ捜査官そっくりなので、本当に申し訳ないと思っているのか微妙に怪しい。

「パパ、これは酷いの……」

加えて、娘の純粋な非難の眼差しまで。

だがしかし、ハジメパパの所業はこれだけに止まらず。流れ続ける過去映像は、過去の雫の抗議を聞き流して改良版黒刀の説明をしていくハジメが、その後、神の介入に対する懸念を口にすると共に、

『神の使徒が大量に現れた時のためのにくか――ごほんっ』

『ねぇ、今、肉壁って言おうとしなかったかしら!?』

なんて追加の鬼畜発言まで映し出した。実は勇者パーティーを肉壁扱いしようとしていたことが発覚した瞬間である。もちろん、当時の雫は勇者パーティーの一人という認識だ。

鷲三さんと虎一さん、小太刀ステンバ~イ。居合い斬りは八重樫の十八番だ!

「パパ、これは酷すぎるの……」

「ち、違うんだ、ミュウ。これには諸々の事情がだな」

すすすっと離れてレミアママの背中側に隠れてしまうミュウ。まずい。パパへの尊敬の念が揺らいでいる。

今の今まで膝枕状態だったシアまで、すすすっと離れてユエの隣へ。一緒にジト目を向ける。

そして、映像はパパの鬼畜的所業最後の一手へ。

『まぁ、八重樫だけなら連れていってもいいんだけどな』

『え?』

シュネー雪原の大迷宮へ向かうというハジメの話に、雫がついて行きたそうな雰囲気で、けれど実力不足は明らかだから遠慮して言い出せないという状況の中、口に出された言葉。

それは、ハジメを意識してしまっている当時の雫にとって、乙女心を刺激するに十二分の威力を持っていた。

自分では意識していないと言い聞かせているのに、どうしようもなく早まってしまう鼓動。頬を染めつつも、必死に平静を取り繕う姿がいじらしい。

なのに、そうやって持ち上げておいて、

『――お前一人で天之河達を支えられるだろう』

氷雪洞窟で変成魔法を手に入れれば、昇華魔法と合わせて雫一人で勇者パーティーを守れる。そうすれば他の大迷宮も勇者パーティーだけで挑戦して勝手に強化されていってくれる。

なんて、身も蓋もない真意で直ちに淡い期待を抱いた乙女心を彼方へカッ飛ばし、あげくの果てには、

『うちのメンバーを除けば、人となりも実力も、この世界で一番信頼できるのは八重樫なんだ』

『!』

と、再び雫の心臓を跳ねさせておきながら、

『――〝困った時の八重樫さん〟は、困った連中の傍にいてもらわねぇと、俺が困る』

だから連れて行かないと断言する始末。

雫の乙女心が乱高下しているのがよく分かる。一喜一憂とはこのことだ。それは、端から見るとハジメに気持ちを遊ばれているように見えなくもない。

「パパっ、酷いの! 雫お姉ちゃんの気持ちをなんだと思ってるの!」

「ち、違うんだ、ミュウ! 当時は、雫がまさか俺を意識しているなんて思いもしなかったんだよ! だって香織スキーの極みみたいな奴なんだぞ!? 親友ですら受け入れられていないのに、その相手を好きになるなんて思わないだろう!?」

「ぐふっ!?」

「やめてパパ! 雫お姉ちゃんのライフは既にゼロなの!」

い、いいのよ。その話は氷雪洞窟の試練で乗り越えたから……と遠い目になりながら笑う雫さん。なんだか儚い。

なんにせよ、だ。

ただでさえユエスキーで、ようやく、本当にようやくシアを受け入れ始めている段階のハジメからすれば、香織やティオを差し置いて雫を意識するというのは確かに無理があると言えばあるだろう。

そして、特に意識していない異性へは下手に優しくしないというのも、ハジメなりのユエ達に対する誠意ではあった。なので、情状酌量の余地がないではない。

だが、そうであったとしても、だ。父親、そして祖父からすれば、そんなこと関係ないわけで。

「よくもまぁ、ここまでうちの娘を弄んでくれたものだ」

「虎一さん、落ち着いてください。あくまで当時の話というか、今は大事に思っているので、だから抜刀術の構えのまま極端な前傾姿勢になるのはやめてもらえませんか?」

なんだか、今にも 霹靂(へきれき) の如き一閃を繰り出しそうな雰囲気の虎一お父さんを、ハジメは冷や汗を掻きながらなだめる。

「私は、祖父の責務を全うするっ」

「俺の排除を責務にしないでください! なんですか、その独特な呼吸音! なんか背後に気炎が見えるんですが!?」

持っているのは小太刀なのに、大上段に構えた鷲三の迫力と言ったら! 背後に炎でできた虎が見えるようだ。某炎の柱のように!

普段は智一の親馬鹿が際立っているので目立たないが、鷲三も虎一も十分の親馬鹿である。ハジメが八重樫家に初めて訪れた際に、門下生と一緒になって襲撃してきたくらいには。

どうにも止まらなそうな二人に、ハジメは雫へと言葉を向けた。

「雫! 二人を止めてくれ!」

「……ふん。ハジメなんて、私を聖女にした報いを受ければいいんだわ」

「おまっ、それ根に持って――」

「「ゆくぞっ、ハジメ君! はぁああっ」」

「ああもうっ!!」

飛び掛かってきた二人の一撃を回避し、そのまま窓をぶち破って外に逃げるハジメ。当然、それを追って飛び出していく鷲三と虎一。

外から剣戟の激しい音が響き、一拍おいて魔王の余興とでも思ったのか「わぁあああっ」と人々の歓声が広がっていく。

アルフレリックがぶっ壊れた窓に「なんで長老衆のお部屋、直ぐに壊されてしまうん?」と言いたげな悲しげな眼差しを向けている中、香織が困ったような表情で尋ねた。

「ええっと、雫ちゃん。もしかして、最初からこれが目的で過去再生を止めなかったのかな?」

「……む。聖女呼びされる原因がハジメと分かって報復に出たと」

「まぁ、そうね」

どうやら、そういうことらしかった。

「雫の性格からして当時のことを公開するのは恥ずかしかったじゃろうに……そんなに聖女と呼ばれるのが嫌だったのかえ?」

「む。だとしたら、私から民に通告しておきますが? 八重樫家の方々に不快な思いをさせるわけにはいきませんから」

ティオが小首を傾げ、アルフレリックが「どうされる?」と視線で問う。

それに、雫は「あ~、それは……その、フェアベルゲンの人達が呼びたいなら別に……」と、なぜか歯切れの悪い言葉を返した。

代わりに答えたのは霧乃だった。

「ふふ、別にそこまで嫌なわけではないのよね? ですから、アルフレリックさんもお気遣いなく」

くすくすと笑みをこぼしながら、雫の頭をぽんぽんする。

「それに、照れくさい過去のお披露目を止めなかった本当の理由は別にあるようですから」

「ちょっ、お母さん!」

普段は破天荒な母だけど、それでもやっぱり母なのだ。雫の内心などまるっとお見通しの霧乃お母さんは、可愛らしいものを見る眼差しを向けつつ、娘の気持ちを代弁した。

「ここまで、香織ちゃん達とハジメ君の色恋に通じる思い出をたくさん見てきたでしょう? でも、雫とハジメ君のそれはあんまりなかったから……ちょっと寂しかったのよね?」

「ぅ」

図星らしい。ポニテガードを再び――という前に、霧乃お母さんにペチペチと叩き落とされて萎れるポニテ。みなから一斉に微笑ましい眼差しを向けられて、雫は両手で真っ赤な顔を覆った。

「なぁんだぁ。もう、雫ちゃんったら可愛いなぁ」

「……くっ。これが真の乙女力!」

「私、氷雪洞窟での雫さんの試練、過去視してもらうのすっごい楽しみにしてたんですけど、これは期待値が更に跳ね上がりましたね!」

「ちょ、ちょっと変な期待はしないでちょうだい!」

「しかし、見てはほしいんじゃろ?」

「ふふ、乙女ですね? 私も神山に捕らわれていた時に助けられた思い出、皆さんに見てもらいたくなってきました」

「これは大樹の大迷宮を見学する時も、雫お姉ちゃんに注意しながら見ないとなの!」

「楽しみが増えたわね、ミュウ」

「愛ちゃんもミュウちゃんも! レミアさんまで!」

香織達の言葉を皮切りに菫や愁達まで、昼食を再開しつつも雫を弄り始める。反応がいちいち可愛いので、どうにも止まらない。

なので、雫はとうとう耐えかねて、

「もぉーーーーーっ!! みんないい加減にしなさぁ~~~~いっ!!」

都中に届けとばかりに叫んだのだった。

もっとも、外から響いてくる闘技場さながらの大歓声に、半ば打ち消されてしまったが。