軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記㊱ DHS

かつて、ハジメ達が訪れたフェアベルゲンの中枢――長老衆の集会場に、

「「「「「あ~~」」」」」

そんな疲れ切ったサラリーマンが風呂に入った時のような気の抜けた声が響いた。

声を漏らしたのは魔王一行の親達である。座敷タイプの宴席で、一枚板の立派な長テーブルに突っ伏すようしてぐったりしている。

熱烈というより熱狂的。ファンに囲まれ揉みくちゃにされるスーパースターの気分を存分に味わった代償だ。

フェアベルゲンの民はみな、魔王一行の誰かしらのファンになっていたが故に、その親に対する親愛も天井知らずだった。むしろ、ハジメ達よりレア度が高い分、彼等のテンションは爆上がり。

崇め奉ったり、感涙を流しながらの握手を求めたり、貢ぎ物を山のように差し出したり。

その貢ぎ物の中に奉公人として傍においてほしいと子供達が含まれていたり。

どこからともなく神輿が担がれてきて、危うくそれで大名行列の如き都巡りが行われそうになったり。

親愛の気持ちは悪い気はしないのだが、慣れない立場と怒濤の重すぎるご厚意を辞退するのに気を遣いまくって、精神的に疲れ切ってしまったわけだ。

「うぅ、恥ずかしかったわ。昭子さん、王都ではこんな気持ちだったのね」

「分かってくれて嬉しいわ、薫子さん」

大勢の民に〝大天使・薫子様〟と呼ばれ傅かれた薫子と、王都の時と一緒で〝聖母・昭子様〟として崇められた昭子が、未だに赤い顔のまま共感に手を取り合い、その傍らでは、

「……雫、どういうことなの? どうしてお母さんまでこんなことに?」

「し、知らないわよ! 私は特に獣人の皆さんに注目されるようなことはしてないもの! 強いて言うなら香織のせいじゃないかしら!」

「!? 誤解だよ、雫ちゃん! 確かに私の幼馴染みで親友だって周知されてるみたいだったけど……」

「ふぅむ。〝香織様は天使だけど性格がちょっとあれな分、幼い頃から香織様を助けてこられた雫様は、まさに聖女!〟だったかな?」

「言わないでっ、虎一おじさん!っていうか、性格がちょっとあれってなんでしょうね! ね!」

虎一おじさんはスッと視線を逸らした。昔の香織ちゃんに比べると確かに……と少し思ってしまったから。

「困ったものだな。霧乃は〝天女〟、虎一は〝聖人〟、そして私は〝剣聖〟とは。八重樫は裏の……ごほんっ。表に出るのは好まないんだがな。みんな恥ずかしがりであるから」

「突っ込まないわよ、お爺ちゃん」

そう、鷲三の言葉通り、八重樫家にも雫推しの民から称号がつけられてしまったのである。

雫が樹海にいたときは、まだ〝勇者パーティーの一員〟という色が強かった。最終決戦の時も神域突入組であるから、地上組の香織や愛子ほど獣人達の印象に残るようなことはしていない。

なので、ここまで人気があるというか、きっちりファン集団がいることには驚天動地というほかなく、完全に予想外だった。

推されている理由の一つに香織が精神的ダメージを負っているが……

それはそれとして、本当の推す理由はなんなのか。苦労性なところが滲み出ていたのだろうか。それで、天使を守護する者として人気が派生したのか。なんにせよ、何を以て〝聖女〟という称号がつけられたのかは謎だった。

なお、八重樫一家の称号は、ノリと勢いと印象だけで、ついさっき付けられたばかりだったりする。

そんなわけで、裏の家系……ではなく、表に出るのが苦手なシャイ一家な八重樫家の皆さんは、思いがけない人気に珍しくも動揺し、割と疲れているのだった。

そんな中、

「うぅ、あなた……素晴らしい進撃のケモミミっ子達だったわねっ」

「ああ。恐ろしく素敵なモフ攻撃だった。あれでは人類に勝ち目はないっ。危うく昇天するところだったぞっ」

南雲夫妻だけ、別の意味でぐったりしているようだったが。

二人のもとには大半の者が遠慮して群がらなかった。魔王様の父母であるからか、親愛よりも畏敬の念が強かったようで畏まる者が多かったのだ。

その代わりというべきか。どうやらハジメが子供には絶対に怒りを向けないと理解しているらしい子供達には、特に強さに憧れる少年達には大人気で、ちびっ子達が群がってきたのである。

ケモナーな愁と菫にとっては、愛らしいモフモフケモミミ&シッポの子供達に囲まれて至福だったわけだ。

「勘弁してくれよ、父さん、母さん。不用意に『みんな家の子にするわ!』『全員、お持ち帰りぃいいいい!』とか言うもんだから……」

一瞬だけ水を打ったような静けさに包まれた都。後に発生したのは爆発だ。と錯覚するような大騒ぎである。

あの魔王一家にうちの子が認められた! 頑張ってご奉公するのよ!

僕達、今日から魔王軍の一員なんだ! がんばるぞっ。

そんな! お前達だけずるいぞっ! うちもうちも!

みたいな感じで。

「しょうがないじゃないだろ! 来る前はリアルエロフさんに会えるのを期待したが、実際は『違う、そうじゃない……』って感じだったし」

「アルテナは特殊だから。あれを森人の標準だなんて思ったら、今度こそ本当にアルフレリックが昇天しちまうぞ。っていうか、エルフはエロいって発想、やめてくれない? 息子として恥ずかしいんだが。他の健全な森人族に謝ってどうぞ」

「はっ、この件に関してはやっぱり分かり合えないな! お前ってば昔から、エロゲのヒロインはちょっとえっちな小悪魔系お姉さんとか、人外系ならそれこそ悪魔っ子とか吸血鬼っ子が好みだもんな!」

「公の場でエロゲの話はやめろぉっ、バカ親父! それは完全にライン超えだぞ!」

「……んぅ。ハジメったら、最初から私が好みだったと。ふふっ」

「ハジメくん……最初から私は好みじゃなかったんだね……」

「ほらっ、こうなる!」

ユエのニマニマ顔と、香織達からの「ふぅん」「へぇ」と形容し難い眼差し、何より薫子や霧乃、昭子達母親からの「あらあら」みたいな生暖かい眼差しが非常にいたたまれない。智一達男親の理解ありそうな顔も地味に効く。

「それより、ミュウ!」

「みゅ!?」

空気を変えるためか、思いのほか強かった呼びかけに驚いて、レミアのお膝の上にちょこんと座ってココナッツ風味のジュースで喉を潤していたミュウが僅かに噴き出した。

レミアに口元を拭かれながらも、パパに恨めしげな目を向ける。が、いたたまれないパパの直球かつ予想外の追撃に……

「もしかしてお前、ハーレム願望でもあるのか!?」

「みゅぅ!?」

何を言ってるの!? と再びびっくり仰天。ジュースの入った木製コップを落としかける。レミアママが「あらあら」と特に動揺もなくキャッチ。

「むしろ、それはパパが聞かれることだと思うの」

そりゃそうだ、という視線がハジメに一斉に突き刺さる。

「でも、ミュウ。ママも気になるわ」

「エッ!? なんでなの!?」

ハジメ側に予想外の援護射撃。ママの問いかけに、ミュウは仰け反るようにしてレミアの顔を仰ぎ見る。ママは眉を八の字にして、どう判断すべきか迷っているような、かな~り困った表情をしていた。

「地球にお引っ越しする前、樹海で過ごしていた時にたくさんお友達ができたのは知ってるわ。ランデル王子達がそうだったように、ミュウのことが好きなのかしら?って思う男の子達もいたわよね。……全員、『パパが好き』の一言で玉砕していたけれど」

「う、うん?」

決戦後、新たなクリスタルキーや神結晶の創造を試みていた帰還までの間、ハジメ達はフェアベルゲンに滞在していたわけだが、当然、そこにはミュウとレミアもいた。

ならば、コミュ力チートとも言えるミュウが、フェアベルゲンの子供達と友情を育まないわけがなく。友達100人(以上)一瞬でできたのである。

その中にはランデル達と同じ少年達も多々いたのだが……比率的には女の子の方が多かった。しかも、である。

「なんか最後の方とか、女の子達がお前の親衛隊みたいになってて男から守っていたようにも思えたし、そういう意味でも安心していたんだが……なぁ? レミア」

「ええ。今日の様子を見る限り……」

「女の子達のミュウちゃんを見る目! 間違いなく恋する乙女だったわね!」

「すみれおばあちゃん!?」

「というか、ミュウちゃん。あれ無意識かい? 頭をなでてポッさせたり、至近距離でニコッと笑ってポッとさせたり、人混みに押された子の腰に手を回して誘導したり……あげく、壁ドンならぬ木の幹ドンしてたよね? 完全に挙動が少女漫画のイケメンなんだが」

「ち、違うの、しゅうお爺ちゃん! みんな普通に友達だし! だから困ってたら助けてあげないとって思って!」

「みゅ、ミュウちゃん、それはいけないわ!」

「雫お姉ちゃん?」

「言動がまるで初期勇者よ!」

「なん……だと……!?」

ミュウはレミアのママのお膝の上から転がり落ちた。四つん這いになって、「ミュウはただ……良かれと思って……良かれと思って……」と、まるで某吸血姫が、他人が作った料理に異物混入した時の言い訳みたいなセリフを繰り返すミュウ。

結局、友達には無償の優しさを持ち、特に女の子には無意識にイケメンムーブしちゃうミュウの悪癖(?)は中々直らず、この先の未来で小学校に入学した後、瞬く間に同じ状況が作られるのだが…………それはまた別のお話。

「ほれほれ、癒やしの魔法をかけてやるでの。みなしゃきっとせよ。そろそろ長老衆も戻って来ようぞ?」

妙につやつやした様子で魂魄魔法や再生魔法を振りまくティオに、愁や菫達は姿勢を正しつつも微妙な表情を、ハジメ達は露骨に嫌そうな目を向けた。

「お前……子供達からあんな言動を取られて、よく平気で――いや、興奮できるな。流石にショックの一つも覚えてほしいんだが」

「……ん。『変態が出たぞぉ~! 逃げろぉ!』とか、『いやぁっ、近づかないで! アルテナ様みたいにされちゃうっ』とか、ティオが近づいただけで阿鼻叫喚だった」

「悲しい、というか酷い事件だったね……」

「ええ……。姉妹だったのかしら? お姉さんっぽい女の子が涙目で枝とか石を投げてたわね……」

「ゾンビにでも遭遇したような有様でした……」

まるで変態の感染源……と最後に付け足す愛子。

どうやら、聡明で静謐、気品に溢れた森人の美姫が変わり果てた原因は、世界が知る希代の大変態ティオだとフェアベルゲンでは思われているらしい。

最終的にティオも子供達に群がられたのだが、これまたベクトルが完全に他の者達とは別方向。雫の言う姉妹を守ろうとしてか男の子達が必死の形相でハァハァしているティオに飛び掛かり、ポカポカパンチレベルではあるものの袋だたき状態になったのである。

もちろん、ティオはアヘアヘした。「やめてたもぅ~」と口にしつつも、語尾にしっかりと〝♡〟を付けたような声音で。

「まったくの誤解なんじゃがな!」

確かに、アルテナ姫ドM化に関しては誤解である。目覚めさせたというのなら、その原因はシアのプロレス技(キン肉バスター)であるし、元よりそういう 性質(たち) だったのは明白だ。

とはいえ、誰からも、それこそ〝聖女〟の如く慕われていたお姫様の豹変は認め難いもの。直ぐ近くに世界へ名を轟かせる変態がいれば、そちらを原因と思うのは仕方ない。かもしれない。

なんにせよ、

「ティオちゃん。流石に子供に涙目で石を投げられて嬉しそうにするのは……お義母さん、ダメだと思うわ」

「――『子供達の純粋無垢な罵倒、プライスレスッ』じゃあないんだよ……。そこはしっかり怒っていいんだよ?」

「お、おぉ。義母上殿と義父上殿からの哀れな生き物を見るような視線……プライスレスッ」

やっぱりダメだこいつ……と全員が諦めた。

と、そこで。

「ふへぇ。やぁ~と解散しましたよぉ」

「面倒をかけたな、シア・ハウリア」

「まったくだぞ、アルフレリック。シアへの借りは私への借り。忘れるな」

「いや、お前の一族が一番厄介だったんだが。忘れてなかろうな?」

うんざりした様子のシアと、極限の疲労感から逆に透き通った表情になってしまっているアルフレリックと、特に変わらず元気な おじさん(カム) が入ってきた。

シア達は、午後からの観光がスムーズにできるよう熱狂するフェアベルゲンの人々をなだめていたのだ。

アルフレリックだけではもはや止まらない流れも、長老衆と同等の立場にある〝同盟種族〟の長と、シアの呼びかけならば別だ。

ハジメ達と違い、シアは樹海出身であるから人々からしても同胞意識があるし、アルテナ姫があの有様なので〝同盟種族〟の長の娘という立場的には十分に〝姫〟――否、魔王の妻の一人であり、かつ紛れもない英雄であることから既にシアこそが〝樹海の姫君〟という認識なので、その言葉には力がある。

どうしても熱狂してしまうハジメ達よりも、その言葉は届きやすいのだ。

そんなわけで残って事態の収拾を図っていたわけだが、みな善意の相手なので、いつもの脳筋解決法はあまり使えず、中々に神経を削ったようである。

「ご苦労さん、シア。上手く誘導できたか?」

「うぅ~、最後はちょっと拳に頼りましたけど、ちゃんと穏便にやりましたよぉ」

四つん這いでへなへなしながら寄ってくるシアに、ユエが苦笑しつつハジメの隣を譲ってあげれば、シアはにへっと笑ってからハジメの膝上に倒れ込んだ。ぐてぇ~とタレシア状態になる。

その頭をハジメが撫でてあげると、ウサミミが元気を回復していくみたいにパタパタと揺れ出した。

「まぁ、ボス。フェアベルゲンの連中も迷惑をかけるのは本意じゃありません。ご家族の観光を優先したいと言えば、それほど問題なく聞き分けましたよ」

「拳でってのは?」

「各派閥のトップが、握手会やらなんやら企画の開催を粘ってきたので……」

「面倒になったシア・ハウリアが、連中だけ殴り倒したのだよ。それで冷や水をかけられたというのもあるだろうな。まぁ、良い仕置きになっただろう」

私が言っても、あいつら言うこと聞かないんだもん……と、どこまでも透き通っていくアルフレリック。まずそうである。天から光が差し込めば、マジでそのまま昇っていってしまいそうだ。ちょっと復活した愛子から〝鎮魂〟!

「改めてご挨拶を。私は長老衆の一人、アルフレリック・ハイピスト。孫娘共々、同胞が迷惑をかけて申し訳なかった。とはいえ、歓迎の意は変わらぬ。どうか、存分に楽しんでいってくだされ」

流石は長老衆の実質的なトップというべきか。打ちのめされているお爺ちゃんから一瞬で長老の顔となって、アルフレリックは気品に溢れた礼を見せてくれた。

菫や愁達も改めて歓迎の礼を述べ、民の熱狂も苦笑い混じりながら気にしていないと伝える。

それで胸を撫で下ろしたアルフレリックが長テーブルの奥の席に座ろうとする中、菫が困った表情でアルテナについて言及した。

「アルテナ姫はどちらに――」

「ご安心を。皆様方が観光されている間、あやつが姿を見せることはございません。我が一族の名に、いえ、全森人族の名誉に懸けて」

「え? あの、いったい何を。というか今、どちらに」

「ハハッ」

「なんで笑ったの!?」

世の中には知る必要のないこともあるのですよ……と言いたげに、席に座ってお茶を一口。この話は終わりと一服がてらに伝えてくるアルフレリック。

なるほど。触れてはいけない話題らしい。封印がどうとか言っていたが……扱いがまるで人類を脅かす厄災の獣に対するそれである。そのうち〝封印されし変態アルテナの伝説〟とかが口伝されて語り継がれそうだ。

カムも席に着いたのを見て、アルフレリックが両手を打ち鳴らした。途端に、給仕係の者達が一斉に料理を運び込んでくる。

「やっとごはんなの!」

己を省みていたミュウが、美味しそうな昼食の匂いにちっちゃなお鼻をピクピクさせながら飛び起きた。お目々もキラッキラだ。

並べられていく料理の数々に、菫達も目を輝かせていく。

「帝国や王国のような 贅(ぜい) を尽くした豪華な料理ではないが……樹海は魔境だからこそ食糧には事欠かない。種類も豊富だ。他では味わえない郷土料理を、ぜひ楽しんでほしい」

確かに、帝城などで出された料理に比べると、見た目の華やかさに乏しい。食器なども木製の素朴なものばかり。盛り付けも、基本は大皿に大盛りといった感じだ。

しかし、てんこ盛り串焼き肉から漂う香ばしい匂いや食欲をそそる調味料の香り、野菜がとろとろに煮られたシチューのような鍋は濃厚そうで自然と唾が溢れる。

中には、肉じゃがや筑前煮のような日本食に近い見た目のものもあり、

「あ、ミュウの好きなお豆さんもあるの! あれ甘くてすきぃ~」

「ふふ。滞在してた時は毎日食べていたものね?」

正月のお節料理によく入っている黒豆の蜜煮のようなものもある。

親近感の湧く料理の数々に、異世界料理を堪能してきた親達の反応も上々だ。

「醤油とか使ってるわけじゃないから別物なんだがな」

「そうだね。でも、味の優しさっていうのかな? ほっとするような味付けは日本食に近いと思うよ」

「……ん。今思えば、旅中でシアがハジメの要望に応えて日本食に近づけた料理を作れたのも、故郷の味が似てたからかも?」

「あ~、そう言われればそうかもですね。まぁ、時折、ユエさんにとんでもない素材をぶっ込まれて台無しにされてましたけどね」

「……よ、良かれと思って」

そんな話をしながらも、まだ事態の収拾に動いている他の長老衆は後で挨拶に来るとのことで、料理が冷めてしまう前にと昼食が始まった。

食事に舌鼓を打つハジメ達。確かに日本食とは異なるが、香織の言う通りほっとするような味付けには通じるところがあり、誰もが美味しそうに頬張っていく。

これにはアルフレリックも安堵したようで、出会ってようやく心からの微笑を見ることもできた。

そうしてしばらく、わいわいと話をしながら食事を楽しんでいると、ひょこひょこと歩く小さな給仕係の姿が視界に入った。

なぜか、ハジメ達全員の視線が妙に引きつけられた。

ミュウと同い年くらいの少女だ。小さな手足で一生懸命に換えの取り皿を運んでくれている。

幼くとも、できる仕事があればやるのが樹海に生きる者の習わしで、実際、この長老衆の会議場がある家屋でも少年少女が雑用をしている姿が見られたので不思議ではない。

にもかかわらず、ハジメ達が視線を吸い寄せられたのは……

「んっしょ、んっしょっ」

特に香ばしい言動もとらず、ハジメ達の姿にオーバーリアクションを取ることもなく、むしろ恥ずかしそうに俯いた姿で給仕を頑張る少女の頭上にウサミミが生えていたからだ。

なんだろう、この強烈な違和感。

ウサミミ少女が食器を無事にテーブルの上に運び終えた。「ふぅ」と一安心したように吐息を漏らし、顔を上げて、そこで初めて自分が注視されていることに気が付く。

「ぁ」と小さな声を漏らして、途端に顔を真っ赤に染めるウサミミ少女。あたふたしながら恥ずかしそうに急いで踵を返し、

「ふきゃぁ!?」

と、自分の足に躓いてすっ転んだ。「うぅ、いたいよぉ。恥ずかしいよお」と泣きべそをかきながら女の子座りになって目元をごしごしする――

「き、奇行種なの!?」

思わず、ミュウが叫んだ。「「「「「それだ!」」」」」と違和感の正体を理解して同意するハジメ達。

ウサミミ少女が、突然の大きな複数の声に「ひぅ!? なんですかぁ?」と涙目でぷるぷるし始めた。

そう、このウサミミ少女からは、兎人族でありながら戦意も覇気も感じられなかったのである!

まさに、

「……ぜ、絶滅していなかったなんて」

「守護らなきゃ! この希少種な子を守護らなきゃ!」

絶滅危惧種の元祖兎人族。未だ、ハウリアに染まらぬ純粋無垢なウサギさんがそこにいた!

「あ、あのミュウちゃん? 皆さんも。どっちかというと今のハウリアこそが奇行種ですからね?」

「というかですな、兎人族の全てに訓練を施すには数年単位の時間が必要なのは自明のことでしょう」

シアとカムが微妙な表情でツッコミを入れるが、樹海に入ってから、あの熱狂的な歓迎の時ですら〝気弱な兎人族〟なんて見ていなかったものだから、誰もが貴重な生き残りに興味津々だ。

それがまた、ウサミミ少女の精神を追い詰めるようで、

「うぅ、キラはハウリアじゃないよぉ。良いウサギだよぉ」

ぷるぷる。頭を抱えて震えるウサミミ少女に、「なんか強そうな名前なのに弱々しくて、ギャップが凄いな!」「かわいすぎる! 保護しなきゃ!」と愁&菫がにじり寄る。

「いや、ハウリアの長を前に、ハウリアを悪いウサギ扱いしているあたり割と言う子ですよ。潜在能力的には精神つよつよじゃあないですかね?」

「ふっ、キラと言ったか。お前もハウリアにならないか?」

「ハ、ハウリアには……ならないでぅ」

意外にも、シアの言葉は的を射ていたらしい。カムの、まるで某上弦の鬼の誘い文句みたいなセリフを前にしても、きっぱり断るキラちゃん。

ちょっと噛みながらも、先輩給仕の「失礼でしょ! はよ戻ってこい!」という視線に気が付いて、わたわたと辞そうとする。

その時、ハジメに視線を向けて、どこか名残惜しそうにぺこっと頭を下げた。

それで、ハジメが何かを思い出したらしい。

「あ、お前、もしかしてあの時の子か?」

「!?」

キラが覚えていてくれたと分かりやすく笑顔になってぴょんっと跳ねる。

実は、樹海の迷宮を攻略した後、氷雪洞窟に向かうまでの都に滞在していた少しの間に、ハジメはこのキラ少女と出会っていたらしい。

「あぁ! 思い出しましたよ! ほら、ユエさん、香織さん、ティオさん! あの時の! ハジメさんが幼子まみれでお昼寝していた時、抱っこされていた子ですよ!」

「……んん? あ! あの尊い光景の!」

「ああ! あの私達が尊みで倒れた時の!」

「思い出したのじゃ!」

え? え? と雫達や親達が困惑している中、キラちゃんが言う。

「……あの時、『お前は、できればこのままおっきくなれよ。ハウリア化せずに、な』って言ったから」

「え、だから本当にハウリア化を避けていたって?」

こくこくっと頷くキラちゃんに、ハジメが感動する。なんて素直で純粋で健気なのだろう。失われた兎人族の美徳は、まだ死んではいなかったらしい。

「お前……良い子だな」

思わず優しい表情で手招きして、少し躊躇ったあとトテトテと寄ってきたキラちゃんの頭を撫でてあげるハジメ。キラちゃんの顔が「ふわぁ」と嬉しそうに綻ぶ。

そのせいだろうか。たぶんだが心の中でだけ使っていた呼称が、うっかり転がり出てしまったようだ。

「えへへ……おとっちゃん……」

ハジメがキョトンとした顔を見せれば、キラちゃんは自分が何を口走ったのかハッと気が付いて、「ち、ちがう! 間違えた!」と必死の釈明を図った。あまりに必死なものだから、ハジメは逆に笑ってしまったのだが……

「……どういうことなの、パパ」

「え?」

なんか震える声が。横を見れば、そこには涙目でギュッと自分の服の裾を握りしめるミュウの姿が。

「その娘、誰よ!」

「ミュウ!? 誤解だ!っていうか、口調がおかしいぞ!?」

「またどこの馬の骨とも分からない子を娘にして! パパの浮気者!」

「お前、また昼ドラだな!?」

「あぅあぅ、ミュウ様……ごめんなさいっ、これは違う――」

「お黙りなさいっ、この泥棒猫!!」

「レミアぁっ、後でと言わず今から家族会議しよう!!」

「ごめんなさい、あなたっ。今度から録画してミュウのいないところで見るようにしますっ」

「それでも見るのは見るんだな!?」

「こればっかりはやめられませんっ」

幼女な娘達のパパを巡って渦巻く愛憎と争い。字面だけ見ると昼ドラを超えるドロドロ感がある。愁と菫を筆頭に親達は大爆笑しているが。

ユエ達も苦笑いしつつ、ミュウが「ふしゃーっ」と威嚇する猫と化し、キラちゃんがカリス○ガードでぷるぷる状態に入ってしまったので、空間魔法の窓と過去再生で当時の状況を映し出した。

そこには、都で鬼ごっこをして遊ぶ獣人の子供達の姿を、目を細めて眺めているハジメの姿があった。

『ミュウのやつ、どうしてっかな?』

ミュウと一時のお別れをして、時間的にはそれほど経っていなくとも濃密な経験の数だけ会えていない時間が長く感じられたのだろう。寂しく思っているというのがよく分かった。

かと思えば、楽しい想い出を回想して微笑み。

その直後には、『迎えが遅いから、やっぱ一緒に行かないとか言われねぇよな? それどころか、嫌いって言われたらどうする俺』と無自覚に呟いて頭を抱えたり。

「みゅ……パパ、ミュウのこといっぱい考えてくれてたの?」

「あ、ああ。まぁ、な?」

ミュウの表情がふにゃぁ~と和らぐ。

そこで、映像の中にキラちゃんが登場した。木陰から、体隠してウサミミ隠さずな様子でハジメを窺っている。

当然、ハジメは直ぐに見つけて声をかけるのだが、人見知り全開なキラちゃんは緊張で何も答えられず。

それを見て、ハジメは木陰に腰を落とした。穏やかな表情で子供達が遊ぶ様子を眺めつつ、ミュウの話をし出す。

樹海から出たことのない少女にとって、大陸の反対側にある海の上の町の話や、そこで生きる同い年の子の話は好奇心を刺激するに十二分で、気が付けば直ぐ隣で女の子座りしてウサミミを傾けていた。

それどころか、とうとう逆に質問までし始める。亜人の娘がいるという話が、不思議でしょうがなかったのだ。なぜなら、当時は人間と亜人が結ばれるなんて話は想像の埒外にあることだったから。

そこから波及して、シア姫と本当に恋人なのかという話にも発展する。

おそらく、木陰から覗いていた理由はこれだったのだろう。同じ兎人族のお姉さんが、人間の青年と恋仲であるという話をウサミミにして、どうにも信じ難く真実が知りたかったに違いない。

理解できなくて困った顔になっているキラのウサミミを優しく撫でながら、ハジメは答えた。

『ウサミミがあっても、俺が人間でも、関係ないってことだ』

『かんけいないの? ウサミミ、あるのに?』

『ウサシッポもな。シアのウサミミとウサシッポは俺のお気に入りなんだ』

その言葉とハジメの瞳に、兎人族の恋人と海人族の娘がいるという事実に対する何かしらの納得が得られたのだろう。キラは兎人族らしい警戒心と怯えを完全に払拭したらしい。

ハジメの膝の上に乗り、リラックスしきった様子で更に話をおねだりした。それは、端から見れば確かに父に甘える娘のような姿だった。

その光景に、現実のキラは恥ずかしそうにモジモジして、ユエ達や親達もそろってほっこり。シアは照れくさそうにウサミミをゆらゆら。

その後、いつの間にか鬼ごっこをしていた子供達まで集まってきて話をねだり、自分も自分もと騒ぎ出す子供達に、ハジメがお菓子を分けて大人しくさせたり。

そのお菓子の取り合いになった際には、案の定、キラが奪われて泣きべそを掻き、ハジメが奪った少年を叱りつつ取り返したり、錬成でレトロな玩具を作って遊ばせたり。

そのうち遊び疲れた子供達がお昼寝タイムに入ると、穏やかな空気にハジメまで眠り出して、その胸元には抱っこされるキラがいて……

そして、その光景を眺めていたユエ、シア、香織、ティオの四人が「尊い……」と大量の鼻血を流しながら揃って倒れ込み、血の海になった一帯を見て子供を迎えに来た大人達が阿鼻叫喚の悲鳴を上げて――

ぷつっと映像は途切れた。

「……尊みの極みだったから仕方ない」

「うん、あれは仕方ないよね。尊いがすぎるもの」

「木漏れ日の中、子供達とお昼寝する穏やかな表情のご主人様じゃ。昇天しなかっただけでも自分を褒めてやりたいのじゃ」

「完全に同意です。私、よく耐えましたっ」

最後に汚い光景を晒した女子四人組が言い訳するも、「まぁ、分からなくもない」と苦笑いを浮かべる雫達。

「……まぁ、娘が好意を寄せる男が子供に優しいというのは……悪くないことだ」

「まぁ、あなたったら素直じゃないわね?」

智一の評価が微妙に上がったようである。

鷲三達も良いものを見たと言いたげに綻んだ表情をハジメに向けていて、ハジメは居心地が悪そうに頭を掻いた。

「ま、まぁ、そういうことだ、ミュウ。別にキラを娘にしたってわけじゃないから、な?」

「みゅ」

こくりと頷き、ミュウはキラの手を取った。そして、ビクッと震えるキラに真っ直ぐな目を向けつつ謝罪を口にした。

「さっきは怒鳴ってごめんなさい」

「ミュ、ミュウ様……」

「だいたいパパが悪いの」

「ミュウ様?」

「えっ、ちょ、ミュウ?」

「パパにあんなふうにパパされたら、それはパパだと思っちゃうの。つまり、パパのパパ値が高すぎるのが悪いのであってパパられる側は悪くないの。ああされた以上、みんなの心のパパでいいと思うの」

「パパが渋滞を起こしてるぞ。ほら、キラの目が困惑でぐるぐるしてる」

何やら、ミュウの中には明確な〝パパ論〟があるらしい。

とまれ、ミュウの昼ドラヒロイン化は避けられたようだ。

実はこの先の未来で、また新たな娘候補が現れて戦うことになるのだが、この時のミュウは既に、その未来を密かに確信していたりする。

なんとなく、心の中でパパ呼びしていても良いということだけは分かったらしいキラが嬉しそうにウサミミとウサシッポを揺らしつつ上機嫌で給仕に戻る。

それを見届けた後、香織が口を開いた。

「そうだ、ユエ。ちょっと見たい過去があって……このまま見ちゃってもいい?」

「……ん? 私はいいけど、見たい過去って?」

香織の唐突な提案に小首を傾げるユエ。食事会の余興にもなるしと、他の者からも特に異論はない。が、

「えっとね、正確な場所は私にも分からないから羅針盤で探った方がいいかも? 時間は、大樹の大迷宮を攻略した翌日の早朝――ハジメ君と雫ちゃんが会っていた場所」

「エッ!? ちょっと香織!?」

あからさまに動揺する雫に香織以外の皆が訝しむが、当の香織はそれをまるっとスルーし、まるで探偵が犯人を突き止める時のような顔つきで言う。

「〝尊い光景〟で思い出したの。というか心当たりができたの」

「何がよ? というか、あの朝のことは別になんでもないし……」

「なんでもないならいいじゃないですか、雫さん」

「……ん。それとも何かあったの? ねぇ、ハジメ」

「いや? 雫が鍛錬してて、俺が黒刀を改良して……その後は俺が鍛錬している間に雫が寝たから部屋まで送っただけだな」

ハジメ自身、香織が何を思いついたのか分からなくて首を傾げる中、羅針盤を操作したユエが場所を探り当てて小窓を開いた。

同時に、逆再生のように遡及して該当時間を探り当てた香織が、「やっぱり!」と声を上げる。

なんだなんだと皆が過去映像に視線を向けると、そこには――

十字架に磔にされた雫が映っていた。

まるで教会に掲げられているイエス様のように。

宙に浮く大きな十字架に磔にされて、早朝の木漏れ日が天使の梯子のように都を照らす中を、こんこんと眠りながら導かれるように空中を進むその姿。

更には、枝葉の隙間から見える朝焼けが後光となっている光景は、あまりに神々しくて。

実際は、抱っこして運ぶのが面倒だったハジメが、重力魔法付与の十字架に磔にして運んでいるだけなのだが……

そんなこと知らない都の人々からすれば、雫の美貌と相まって神聖極まりない乙女の行進だ。映像の中で、都の人々が尊き者を称えるように次々と跪いていく姿が見える。

なるほど、と誰もが納得した。

「「「「「これは〝聖女〟だわ」」」」」

「でしょ!」

犯人はお前だ! とハジメをドヤ顔で見やる香織。どうやら、雫が〝聖女〟と呼ばれる理由はここにあったらしい。

雫が三角座りになって、真っ赤な顔にポニテを巻き付け始めた。

そして、一言。

「だいたいハジメのせいなのよ」

異論は出なかった。