軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トータス旅行記⑮ 聖地? いいえ、魔境です

その日、魔王は死んだ。

死んでいる魔王の傍らでは、魔王の嫁~ズも――死んでいた。

主に、目が。

そして、

「あはっ、あはははははっ。ハ、ハジメがいっぱいだわ! クオリティーたか~い!」

「おい、ハジメ! 皆さん待ってるだろ! 早く評価して差しあげろ! ぷはっ」

魔王の両親が爆笑していた。腹を抱えて笑い転げている。白崎家、八重樫家、畑山家は、どこか困ったような、なんと言っていいか分からない、みたいな表情。

そんな彼等の前には、ずら~りと並んでいた。

白髪のカツラに眼帯黒コート、模造品の義手(おそらく、中身が空洞で腕を入れている)とモデルガンを両手に香ばしいポーズを取っている青少年(一部老人)――四十人。

そして、かつてのユエ達の恰好をした女性が、それぞれ二十人ずつ(一部例外あり)。

キラキラした目で〝本物〟を見つめている!

そう、聖地ブルックは、ただいまコスプレ大会の真っ最中。当然、たくさんの魔王一行モドキがいるわけで。

「これは……きつい……」

魔王、まさかの弱音。ともすれば、口から魂がひょろりと抜け出してしまいそう。

「……ハジメ。雷龍していい?」

ユエ達もまた、顔が真っ赤だ。ハジメのように、厨二な恰好の自分を大勢の他人が真似しているという衝撃ほどきついわけではないが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

「や、やめてやってくれ……」

「そんなっ、ハジメさんが配慮するなんて! 正気ですか!?」

「ハジメくん! 魂魄魔法だよ!」

ペカーッと光るハジメ。

てっきりドパンッしてやめさせると思っていたシア達が、羞恥より驚愕で僅かに復活。そして、死んだ目で空を見上げ、らしくもなく現実逃避しているだけのハジメを心配する。

そんなシア達に、虚ろな目をしながらハジメは言う。

「コスプレイヤーに、乱暴はいけない」

鋼の掟は、神殺しの魔王をも縛るのだ。たぶん。羞恥のあまり錯乱しているだけ、という可能性も十分にあるが。

「あ、あの……なぜ私まで……」

「ミュ、ミュウまでいるの……」

普通の白を基調としたワンピースに、エメラルドグリーンのカツラを被って、海人族特有の耳を付けた少女と淑女もちらほら。

ミュウは反応に困っているというだけでまだ済んでいるが、レミアの混乱と羞恥は既にオーバーフロー気味だ。精神的には一般人の枠なので、まさに「今すぐおうちに帰りたい!」みたいな顔になっている。

ついでに、

「……なんでじゃ。なんで妾だけ三人しかおらんのじゃ」

ティオのコスプレイヤーさんは、三人しかいなかった。三人とも、ハァハァしている。

なるほど。変態のコスプレをしたい人は、変態しかいなかったというわけらしい。聖地ブルックでは、ティオの人気は低いようだ。〝竜人〟という点に着目してコスプレする人がいない点がなんとも悲しい。

地味にショックを受けている変態を置いて、香織の魂魄魔法により少し精神が安定したハジメは、取り敢えず、

「メシを食いに来たんだ。通せ」

と、スルーする方向で方針決定。

そうすれば、

「「「「「「「「「「サーッイエッサーッ」」」」」」」」」」

コスプレイヤーの皆さんも、レッドカーペットを歩くハリウッドスターを眺めるような雰囲気の住民達も、一斉に敬礼を返して道を空けた。

その光景、まるでモーセが海を割るが如く。表情は「魔王様の勅命受けちゃった!!」みたいな歓喜の表情。

聖地の住民達は、実によく訓練されていた。そして、もう手遅れっぽかった。

「魔王様! お食事でしたらぜひともうちへ!」

「もとからそのつもりだったんだが……」

ソーナちゃんが、元気にピッと腕を上げて〝マサカの宿〟へ誘うが、

「ぜひぜひ、お泊まりを! お泊まりを! コスプレ大会で満室ですけど全員追い出しますからご安心を! よ、夜もご安心を! 夜も! 夜もぉっ!!」

「お前がいるから安心できねぇんだよ」

キラキラ、ハァハァ。ソーナちゃんの熱に浮かされたような瞳が、ハジメから嫁~ズ達へ順に巡る。妄想の内容は明らか。今夜は酒池肉林ですね!! ひゃっほぉ~い!!

ハジメは眉間を揉みほぐした。華麗なイーグル○イブからの懸垂下降を決めたソーナである。あれから、どれだけの覗きスキルを身につけたか分かったものではない。

そんな二人の様子に、それなりに面識のある関係なのだろうと推測して 菫(すみれ) が尋ねた。

「ねぇ、ハジメ。この子と親しそうだけど、どういう関係なのよ」

「親しくない。この町に初めて来たときに泊まった宿屋の娘なんだ」

「……流石、異世界ね。宿屋の娘さんですらイーグルダ○ブできるのね」

「こいつがどうかしてるだけだ。客の情事を覗くことに命懸けてやがる。懸垂下降も、窓の外から部屋を覗くためのスキルだし、他にも長時間風呂の中に潜水したりもする。希代のむっつりスケベだよ」

「ひ、酷い評価ですっ、魔王様! 私はただお客様の安全を見守っているだけで!」

説得力は皆無だった。住民達の、ソーナを見る目が例外なくジトッとしているから。それでも客足が途絶えない人気の宿屋だというのが実に不思議だ。

「お願いします! ぜひうちへ! もう少しで、もう少しで私! 至れる気がするんです!」

「どこにだよ」

あるいは、〝何に〟。ハジメは、今年一番の胡乱な目を向ける。

「はいはいっ、とにかく往来で話していても仕方ないでしょう? ソーナちゃんのところで歓待させてもらいましょ! いいわよねん? 町長?」

「あ、はい」

全員が思った。いたのか町長……と。やたらとハジメに接近するクリスタベルを、雫の腕を引いて盾代わりにしつつ、ハジメは初めましてな町長に視線を向けた。

なんというか……死にそうな見た目だった。

針金みたいな細身に、瀕死の毛根達。いろいろ諦めたような死んだ目に、死ぬまで消えそうにない濃い目の下の隈。身なりを整えれば四十歳代のナイスミドルになりそうなのに、今は八十歳を超えた老人にしか見えない。それも、ベッドの上で死神さんと思い出話に花を咲かせていそうな、儚い老人に。

「さぁ、みんな! 魔王様一行が気になるのは分かるけれど騒ぎすぎはダメよん! お仕事に戻って! 大会出場者も会場に戻ってねん! ――これでいいわね、町長?」

「あ、はい」

「マサカの宿の前に集まるのはご遠慮くださいね~! 今度マサカの宿主催で、魔王様方のお食事風景の報告会しますから我慢してくださぁ~い! ――それでいいですか? 町長」

「あ、はい」

他にも、ブルックの役人達や、教会関係者、ギルド幹部達、そしてイベント責任者達が町長のもとに来るのだが……

全員が、〝指示を仰ぐ〟のではなく「こうします。いいですね?」という確認しかしない。そして、町長さんは透き通った表情で「あ、はい」と答えるのだ。

「な、なぁ、町長。びしっと言った方がいいんじゃないか?」

思わず口にしてしまったハジメだが、ユエ達も菫達も激しく頷く。

「あ、はい」

やばかった。町長さん、もういろいろと限界らしい。

なんとなく同情してしまって、ハジメは尋ねた。

「なんかしてほしいことあるか? 騒がせたみたいだし多少は――」

「キャサリンに戻ってきてほしい」

初めて聞いた「あ、はい」以外の町長の言葉は、とても強かった。切実だった。

「キャサリンの召喚を望む」

繰り返す町長さん。

なるほど。ブルックが魔境化したのは、あの女傑という歯止めがなくなったからか。と、納得して、ハジメは今にも死にそうな町長に少し気圧されながら言った。

「め、飯のあと王都に戻るから……伝えておく。その、マジで戻った方がいいって」

「あなたが神か」

町長さん、まるで曇天の向こうに陽の光を見たかのように、ハジメを見つめながらツ~と一筋の涙を流した。

そして、ハジメの手を取って強く強く握手すると、周囲の言葉に「あ、はい」と機械的に返しながら雑踏の中へ消えていった。

「んもっ、情けないわね!」

クリスタベルさんの厳しい評価。町長の精神が死にかけてる原因の筆頭が何言ってんだと、ハジメ達のジト目が突き刺さる。

が、次の言葉でハジメ達は揃って硬直した。

「キャサリンも、夫がこの有様じゃあおちおち出張もできないわん!」

「ま、待ってくれ。誰が誰の夫だって?」

「? あら、知らなかったかしら? さっきの町長――アダム・ウォーカーが、キャサリンの旦那さんよ?」

あのメタモルフォーゼ系美魔女の旦那が、あの昇天しそうな老け顔の町長……

「「「「「な、なにぃーーーーっ!?」」」」」

ハジメ達から驚愕の悲鳴が。

「町長もねぇ、昔はギルドの猛者共を退けて、故郷であるこの町にキャサリンを奪い取ってくるくらい、気概のある良い男だったんだけどねぇ~」

「最近、急に老けましたよね。やっぱり愛する奥さんが傍にいなくて、寂しいんでしょうか」

クリスタベルの言葉に開いた口も塞がらず。ソーナの感想に、心の中で「そうじゃねぇ」とツッコミを入れる。

この魔境を、見た目は普通の町として抑えていたキャサリンは、やはりただ者ではない。同時に、そのストッパーがいなくなった途端、ここまで弾けたブルックの住民も、やはりただ者ではない。

「元から、ブルックは魔境だったんだな」

「……ハジメ。魔王権限で、キャサリン、戻してあげよう?」

「ふ、夫婦はやっぱり、一緒にいないとね! とね!」

ユエと香織の言葉にハジメが頷く。すると、さりげなく衝撃の言葉第二弾が。

「あ、ちなみにキャサリン達の息子の一人、ジョナサンっていうのだけど……さっき、一番前でハジメきゅんのコスプレしていた子よ」

「町長ぉ……」

息子は生粋のブルックっ子だった。魔王一行をして、町長への同情の念を深めずにはいられなかった。

それから、住民達のキラキラ目を一身に受けつつ、ハジメ達はどうにか〝マサカの宿〟へとやって来た。

宿屋の壁に、

――魔王様が宿泊した世界初の宿屋! マサカの宿へようこそ!

――正妃様と愛を育んだ一室、今なら特別価格でご提供!

――一階にて魔王様方が使用した備品の展示会開催中!!

――魔王一行コスプレグッズ、特別価格にて販売中!

と、これでもかと垂れ幕が張られ、宿の前ではデフォルメされたハジメの顔が焼き印された〝魔王せんべい〟やら〝ユエ様監修・特製トマトジュース〟〝シア様直伝・戦槌式餅つきで作った特製三色だんご〟など、ハジメ達の覚えのない商品が思いっきり並んでいたが、頑張ってスルーして食堂へ。

――魔王様が愛してやまないマサカのクルルー料理! 照り焼きがオススメ!

食堂には横断幕があった。更に、〝魔王様のお言葉〟というでかでかとした文字が壁に描かれていて、その下に、

――この宿で受けたもてなしを、俺は生涯忘れないだろう。この過酷な旅が終わったら、またマサカのクルルー料理を食べに来たいものだ

という、言った覚えなど微塵もないコメントが。

「アッ!?」

流石に我慢できなくて、ソーナちゃんに魔王式アイアンクロー。

「おい、あれはなんだ」

「な、なんだとはいったいなんでしょう――アッ!?」

ギリギリと食い込む見た目は人間の手だけど中身はアザンチウム製の義手が、ソーナちゃんの頭を容赦なくパチュンしにかかる。

「ごごごご、ごめんなさい! ほんの出来心といいますか! 魔王様が泊まった宿屋ということで観光名所みたいになったので、ちょっと便乗し――」

「ちょっと?」

「キャサリンさんいないし、商売繁盛のチャンスなので思いっきりやっちゃいましたぁっごめんなさいぃいいいいいっ」

メキャメキャメキャッと、ソーナの頭から鳴ってはいけない音が響く。

「ハジメきゅん! 許してあげて! ブルックの町の商人は、みんな魔王人気に便乗しまくってるから、ソーナちゃんだけのせいじゃないのよん!」

「なおさら悪いわ! お前等、魔王様とか言ってるけど、本当は俺に敬意とか微塵もないだろ!? 利用する気満々っていうか、既に利用しまくりじゃねぇか!」

「町全体で売り上げ爆上がりよん! おかげで聖地に相応しい外壁もできたわん!」

「あれの資金源そこかよ!」

「今度、ハジメきゅん達の銅像と魔王崇拝の教会を建てるつもりよん!」

「やめろっ、それだけはやめろ! 愛子みたいにはなりたくねぇ!」

「ハジメくん!? 酷い!」

もし銅像なんぞ建ったら……ブルックの町を真っ赤に染め上げてやるっ。と本気を感じさせる雰囲気で叫ぶハジメに、流石のクリスタベルも不味いと思ったのだろう。珍しく冷や汗を流しつつ「つ、通達しておくわん」と引き下がった。

ただ思い出に浸りながら食事をしたかっただけなのに、なぜかカオスが続く。

これはマジでキャサリンを戻さないと、ブルックの変人共は行くところまで突っ走る危険性が大だと戦慄せずにはいられない。

トータスの人々は、エヒトが滅んだ後もハジメ達がでっちあげた〝 綺麗なエヒト(エヒクリベレイ) 〟と聖教教会を信仰している。一応、魔王はそのエヒクさん側と信じられているので問題はないと思うが……

場合によっては、派閥が生まれるかもしれない。 旧教会信仰(エヒク派) と、 新教会信仰(魔王派) みたいに。宗教戦争の偶像に祭り上げられるのは勘弁だ。主に、羞恥心的に。

「ハジメくん♪ いいじゃないですか、銅像! ユエさん達も一緒に! みんな銅像♪」

「愛子、お前、道連れにする気かよ……」

「ねぇ、ハジメくん。本当にうちの子なんかお嫁さんにしていいの? 実の母親すら道連れにする子よ?」

仲間♪ 仲間♪ と実に良い笑顔でハジメの腕に抱き付く愛ちゃんに、ハジメと昭子だけでなく、ユエ達もジト目を向けた。気持ちは分からなくはないのだけど……それはそれ。これはこれ! と。

「あのぅ、魔王様~。食事の用意ができたみたいですよぉ」

ぷら~んっとアイアンクローをされた状態で弛緩しているソーナが言う。見れば、女将さんとその旦那さんが、娘の有様に申し訳なさそうにしつつ料理を運んでくるところだった。

誇大宣伝されまくりではあるものの、料理から漂う美味しそうな香りはハジメ達の腹の虫を鳴らすには十分で、大いに期待できるレベル。命拾いしたな、とソーナもポイ捨て解放されて事なきを得る。

小さな声で「し、死ぬかと思った……けど、この感じ……あ、私、至っちゃったかも……」と呟いているが、誰も気にしない。この問題娘が命の危機から至ったものなど知りたくない。

そんなこんなで始まった食事は、香りに違わぬ美味しさと相まって、先程までのカオスが嘘のように和やかな雰囲気で進んでいった。

クリスタベルが席を外したというのも大きな原因だろう。家族旅行中なので、部外者として遠慮してくれたというのもあるようだが、

「訓練中の子達を呼んでくるわん♪ 楽しみに待っていて!」

と言っていたのが凄く気になる。〝訓練中の子達〟とはいったい……

深く考えたら食事が喉を通りそうにないので、取り敢えず忘れることにする。出て行くときのクリスタベルちゃん渾身のウインクと一緒に。

そうして、ある程度お腹も膨れた頃合い。

異世界の町料理に誰もが満足そうな笑みを浮かべている。特に、薫子などは料理好きであるから、とても楽しめたようだ。

そんな少し落ちついた雰囲気を察して、タイミングを計っていたらしい女将さん――キーナ・マサカと、料理長である旦那さん――ガラドリウス・マサカが挨拶にやって来た。

初めて名を知ったハジメ達。旦那さんは、少々茶目っ気を感じるものの穏やかそうな雰囲気の人なのだが……中々香ばしい名前である。ハジメと愁の父息子が、「かっこいい……」と少し心の中で反応する。

女将さんが恐縮したように言う。

「皆さま、本日はマサカの宿にお越しいただき、誠にありがとうございます。まさか再びお越しいただけるとは思いもせず……しかも、今度は豊穣の女神様方や、ご家族まで。本当に光栄です」

「今、俺達の旅を後追いする旅行中なんだ。それで寄らせてもらった」

「なるほど。あの時は、まだユエ様とシア様しかおられませんでしたものね。ふふ、魔王様も随分と……」

随分と、なんなのか。その視線がティオ、雫、香織、レミアと巡り、最後にミュウとレミアを何度か往復して、にんまりほほほっと笑みを浮かべる。

常識人のようで、中身はやはりブルック人というべきか。この母親にして、あの娘ありというべきか。

と、その時、不意にハジメとシアがバッと顔を同じ方向へ向けた。

「食後のデザートをお持ちしました~」

流石は人気の宿屋の看板娘というべきか。小皿とはいえ伸ばした片腕に五枚もの皿を載せ、頭の上にも皿を載せて、全く危なげなくデザートを運んでくる。

だが、気にすべきはそこではない。と言わんばかりに、ハジメはUMAを発見した探検家みたいな目をソーナに向けた。

「……お前、そんなに気配薄かったか?」

「っていうか、一瞬、厨房から気配が消えたような気がしたんですけど……」

「?」

きょとんと、いかにも何も分かっていないみたいな顔で配膳するソーナちゃん。

しかし、ハジメとシアの言葉に、ユエ達は戦慄した。あれ? そう言えば、この子いつの間に近くまで? と。気配に最も鋭敏な感覚を持つシアと、次点のハジメが、一瞬とはいえ気配を掴み損ねた? 気を抜いていたというのは間違いないから、気のせい……ということも十分にあるが。

「おい、ソーナ。お前、さっき〝何に〟至りやがった」

「なんのことかちょっと分かりませ――」

ハジメの左手がワキワキと動く。アイアンクローの危機、再び。

ソーナちゃんは冷や汗を流しつつ、しかし、直後には胸を張って、素晴らしいドヤ顔で言った。

「あえていうなら〝宿屋の看板娘・最終奥義〟でしょうか」

「お前、本当にどこに行こうとしてんだよ」

「いついかなるときも、お客様を見守っている。そんな超一流の宿屋の娘に、私はなりたい」

「ほんと、なんでこんな宿に人気があるんだ……」

おそらくきっと、超一流の覗きスキルに至ったに違いないソーナちゃん。詳細を聞くと SAN(正気) 値を削られそうなので、ハジメは深く追及しないことにした。

深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ……って某深淵さんがターンしながら言ってたし。

代わりに、八重樫家の皆さんが興味津々に。鷲三が確認する。

「確か、兎人族の方々は気配の扱いが巧みだと聞いているが……君は人間族、でよいのかな?」

「もちろんです。ほら、ウサミミもございませんでしょう?」

手でウサミミをつくってぴょんぴょん。

「ふぅむ。だとすると大したものだ。ぜひ、コツの一つでも聞いてみたいものだが……」

「コツ、ですか……なんのコツか分かりませんが、なんとなくシアさんを見守ればいいんじゃないかなぁと思ったりしないこともないです」

あくまで、気配操作できちゃうことは認めないらしい。虎一が質問を引き継ぐ。影に生きる――ごほんっ、雑伎が趣味な八重樫家としては、ぜひともソーナちゃんの〝宿屋の娘の技〟は知りたいところなのだ。雫ちゃんが家族をジト目で見ている! 虎一パパ、無視する!

「いやいや、彼女は兎人族で、元より気配操作に長けた種族なのだろう? 私達は人間にもできる方法でだね――」

「宿屋の娘でしかない私に尋ねられても困るのですが……やっぱりシアさんをしっかりじっくりねっとりと見守ればいいんじゃないかなぁと思ったり思わなかったりします」

「……なるほど。つまり〝見取り稽古〟というわけか」

八重樫家の皆さん(娘さんを除く)の顔が一斉にぐりんっとシアへ向く。じっと見る。じぃ~っと見る。

「ハジメさん、どうしましょう。なんか流れ弾が飛んできてるんですけど」

「見守っててやろうか?」

「いじわるですね!」

なんとなく全員の視線が集まって、酷く居心地が悪そうなシア。

そこでミュウが挙手して質問した。

「はい! ソーナお姉ちゃん! 質問いいですか! なの!」

「ソーナお姉ちゃんという呼ばれ方にものすっごく感動しつつ、もちろんだとお答えします!」

「ミュウはよくシアお姉ちゃんを見てますが、気配操作できません! どんなシアお姉ちゃんを見守ればできるようになりますか!」

「ちょっ、ミュウちゃん!?」

強くなりたいミュウちゃんの純粋な質問。シアのウサミミがウサッ!?となる。

「ソーナお姉ちゃんも気配操作なんてできませんが……」

と前置きをしつつ、ソーナは思い出すように視線を虚空に投げ――言った。

「たとえば、夜中に魔王様の部屋に夜這いをかけようと極限まで気配を薄くし、ほふく前進で廊下を進むシアさんとか」

「ソーナさん!?」

「魔王様とユエさんが少し部屋を出た隙に部屋に入り込み、ベッドの下で息を殺してチャンス到来を待つシアさんとか」

「おいこらっ、宿屋の娘ぇ! ちょっと黙らないと必殺のラビットパンチが飛び出す――」

「天井裏から侵入して、魔王様のベッドに潜り込むシアさんとか」

「ラビットパンチ」

「アッ!?」

正面から、引き戻しの拳により後頭部を打たれたソーナちゃん、地に沈む。

全員の視線がシアに集中した。今度は違う感情を瞳に込めて。実に生温かい。

シアの顔が真っ赤になる。もじもじうさうさ。

「しょ、しょうがないじゃないですかぁ。当時のハジメさんとユエさんって、それくらいしないと私の存在自体忘れそうだったんですよぉ」

「「あ~~」」

ハジメとユエの納得顔。ライセン大迷宮攻略後は、ユエの態度は軟化したものの、ハジメの対応はまだまだ塩たっぷりだった。

にゅるっと復活したソーナが後頭部をさすりながら感慨に耽る。

「あれは見事でした。私も迸るパッションを携えていなければ見失うほど気配が薄かったですからね」

「むっつり魂で、本気で気配を殺すシアを普通に監視していたお前はいったい」

「ふっ、配管の中に絶妙な角度で鏡をセットしておけば、自室からでも見守りは可能で――」

「女将ぃっ! 今すぐ配管を確認しろ! こいつ監視網を作ってやがるぞ!」

「ご安心ください。既に撤去済みです。定期点検もしていますから。放っておくとネズミみたいに増えていくので」

「対処療法じゃなくて、根治しろよ。娘の病気」

「不治の病なんです」

「魔王様もお母さんも酷い! だいたいお母さんだって、お父さんと結婚する前はたくさんのお客様を夜な夜な見守ってきたって――」

「あんたお客様の前で何言ってるの!」

やはり、この母親にしてこの娘だったらしい。ギャースギャースと騒ぎ出す宿屋の母娘に代わって、かっこいい名前の旦那さんが頭を下げる。

「申し訳ありません。妻の家系はどうもそういう気質といいますか……」

「むっつりの気質かよ。まさか宿屋経営してるのも趣味の延長じゃあねぇだろうな」

「違うとは思いますが……実は、妻の家系は代々ずっと宿屋の経営者ではあるんですよ。あと、ソーナだけじゃなくて、妻の家系はみな人に気が付かれずに動くのが得意でして……。あと、ソーナがクイズ女王になったのは垂れ幕でご存じかと思いますが」

「ああ、いろいろインパクトありすぎて忘れてたけど、それもどういうことなんだ?」

曰く、歴史学者を筆頭に、魔王の軌跡を追う者達が取材に殺到したらしい。当然、とってもよく見守っていたソーナちゃんは誰よりも時間をかけて取材されたわけで。

「実は、妻の家系は情報収集も得意といいますか……さりげない会話から知りたいことを聞き出すのがやたらと上手いのです」

つまり、取材に来た学者達から逆に、彼等が各地から集めたハジメ達の情報を聞き出し、結果、負け知らずのクイズ女王になったということらしい。

ハジメのみならず、ユエ達の表情も少し引き攣っている。ねぇ、もう〝ただの宿屋の娘〟って無理あるよね? どう考えても一流のスパイだよね!? と。

「マサカ家のご先祖ってなにもんだ……」

「さぁ。家系図とかもないので……。把握している限りでは、みな人間族で普通の宿屋経営者なんですけどね」

ただ、とガラドリウスさんは続けた。

「結婚する時に、妻の両親からは条件を出されまして」

「条件?」

「ええ。――亜人族を差別しないこと。それができないなら婿入りはさせられない、と」

「……へぇ。教会の信者ではあったんだよな?」

「ええ、もちろん。ですが、マサカ家に代々受け継がれている教えだそうで。まぁ、宿屋ですから。接客業である以上、例外なく接しろという教えだとは思いますが」

あるいは、亜人族――今は獣人族だが――を、差別してほしくない、大切にしてほしい理由がご先祖にはあったのか。

ユエが思案顔で推測を口にする。

「……気配操作のこともあるし、もしかすると、ご先祖様に兎人族がいたのかも?」

「いたとしても、系譜を辿れないほど昔だろ? それで特性が引き継がれるなんてちょっと信じ難いけどな」

「私的に、まるで昔の兎人族が後世に遺伝するほどむっつりみたいで、ちょっと嫌なんですが……」

とにもかくにも、なんか至ってしまったらしいソーナちゃんの歴代最高レベルの技は、血筋とバグウサギからの見取り稽古という下地があってこそ、というわけらしい。どういうわけだよ、とハジメは自分に突っ込む。

「なるほど。やはり一朝一夕には身につかんか」

「やはり地道な鍛錬こそが、一番の近道だな」

「そうだわ、お義父さん、あなた。旅行の日程にハウリアの方々との交流があったでしょう? そこで合同訓練を提案してみたらどうかしら?」

「それは名案だな! 霧乃!」

雫ちゃんが強烈なジト目で見ている! 迷案でしょ! と言っているのが分かる。だって、あのハウリアだもの! 八重樫と混ぜるな危険! ダメ絶対!

そんなこんなでデザートも食べ終わった頃。

少し町を見て回ったら明日に備えて王宮に戻ろうか。え? マサカの宿に泊まらないのか? こんな生粋のスパイ娘がいる宿屋になんか泊まれるか! 俺達は王宮に帰るぞ! みたいな感じでハジメ達が席を立った――その瞬間。

「ハジメきゅん! 皆さん! 町の案内はあたし達にお任せよん♪」

ズバンッと轟音を響かせて扉を開いたのは筋肉とフリルの怪物――クリスタベルだった。

否、確かに〝あたし達〟だった。

「「「「「ハジメきゅん! 再会の日を楽しみにしてたわん♪」」」」」

筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉。

フリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリルフリル。

宿の広い出入り口を粉砕しかねない密度で迫る、筋肉とフリルの 怪物祭典(モンスターパレード) 。

あっという間に囲まれたハジメに、ミチミチッミチミチッと筋肉達がご機嫌に語りかける! よほど急いで来たのか、排出された鼻息がバシューッと、ヌルテカの汗がピピッとハジメの顔にかかりまくる!

「うぼぁ」

「……んん!? ハジメぇっ、しっかりしてぇ!」

「ああっ、泡吹いてますよ!」

「パパぁっ。死んじゃだめなの!」

「あらあら大変!」

「香織よ! 早く再生魔法を! ご主人様がショック死するのじゃ!」

「待って! 雫ちゃんも白眼剝いてるの! 王都のギルドとか、マリアベルの筋肉がとかぶつぶつ呟いてて重症な感じだから!」

「と、取り敢えず、ハ、ハジメくんには私が魂魄魔法を使っておきます!」

魔王が死にかけるという珍事、再び。

短時間に二度も、神殺しの魔王が命の危機に瀕する町――聖地ブルック。

なるほど、確かにハジメの言う通り、ここは魔境だ……と、蘇生処置を受けるハジメと雫を見ながら、菫達はなんともいえない表情をするのだった。

ちなみに、ハジメと雫を心配そうにズズイッと覗き込んでいる〝 漢女の系譜(ベル・ファミリー) 〟の漢女達は、かつて【ホルアドの町】で、香織が告白する少し前にハジメによってスマッシュされたゴロツキ達だったりする。

神話決戦にも参戦したが、訓練期間が短くまだまだ未熟とのことで、ユエの初スマッシュ相手であるマリアベルや、一応の金ランク冒険者である アベル(アラベル) とは異なり、〝真のベル〟となるべく日夜魔改造――ではなく訓練しているのだとか。

つまり、まだ筋肉とかわいさが足りないらしい。

そんな、筋肉と可憐さに磨きをかけている漢女道の求道者達は、この道に入るきっかけをくれた(?)魔王との再会を夢見ていたらしく、「町の案内ができるなんて素敵!」と、とぉ~っても張り切っていたものだから……

「うっ……ここは誰だ? 俺はどこに……」

混乱しつつも息を吹き返したハジメにズズイッ!! 心配で涙目(血走り気味)になりながら「「「「「ハジメきゅん! 大丈夫!?」」」」」と肉薄して、

「なんだ夢か」

魔王を、再び泡を吹かせて気絶させるのだった。

それからしばらくの間、マサカの宿に、というかブルックの町全体に、「ハジメぇ~~~!!」というユエさんの悲鳴を筆頭に、あと「雫ちゃ~~んっ」という悲鳴も一緒に、二人の魂を現世に呼び戻す掛け声が木霊し続けたのだった。