軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第517話 凶報1

リスター祭五日目の昼

コスプレ喫茶を後にし、アリスの希望でまずはお化け屋敷へ向かうことにした。

――これで五度目のお化け屋敷。

同行する女性は毎回違うが、例外なく絶世の美女か美少女のみ。

男子たちの羨望と嫉妬の視線を浴びながら、生首がぶら下がってくるであろう受付へと歩みを進める。

しかし、昨日までとは様子が違っていた。

泣きじゃくる女子を男子が慰める、そんなお決まりの光景はない。それどころか、行列すらできていなかった。

――何かあったのか?

訝しみながら受付へと向かうと、そこには無機質な筆跡でこう書かれていた。

『臨時休業』

「……?」

状況を掴めずにいると、突然、私服姿の男が話しかけてきた。学校関係者ではなさそうだ。

「昨日さ、悲鳴を上げながらお化け屋敷を駆け抜けたエルフの美少女がいたらしくてな。その勢いでセットがぶっ壊れちまったらしい。今、全力で修復中で、明日には再開できる見込みだってさ」

俺とアリスは無言のまま顔を見合わせる。

――心当たりが、ありすぎる。

「もしかして……ミーシャ先輩?」

アリスがぽつりと呟く。俺も同じ結論に至っていた。

確かに昨日、ミーシャは暴走魔法ですっ飛んでいた。でもミーシャじゃない別のエルフの可能性もある。

「えっと……そのエルフって、どんな子でした?」

一応、念のために確認すると、男は苦笑しながら答えた。

「緑のツインテールで、めちゃくちゃ可愛くて、めちゃくちゃ速かったらしい。まるで風――嵐のようだったってさ。あと、白地に金の刺繍が入った制服を着てたって。多分、お兄さんたちと同じクラスの生徒じゃない?」

――ミーシャ、確定。

これは明日にでもミーシャを連れて謝りに来なければ……。

男に軽く頭を下げた後、俺はアリスの手を引き、その場を足早に立ち去った。

「うぅ……せっかく先輩と二人でお化け屋敷に行って、抱きしめてもらおうと思ったのに……」

アリスがしょんぼりと肩を落とし、唇を尖らせる。

――まるで拗ねた猫みたいで、ひたすらに可愛い。

そんな彼女を黙って抱き寄せる。俺の腕の中で、小さな身体がふわりと温もりを宿す。

アリスは「えっ?」と驚いたように目を瞬かせたが、次の瞬間、俺の背中にそっと手を回し、さらに密着してきた。

彼女が纏う制服は3年Sクラスのもの――かつてクラリスが着ていた制服。かれこれ数十秒。周囲の視線を浴びながらも、俺はアリスの匂いとクラリスの制服の香りが混ざり合う心地よさに浸っていた。

だが、不意にある人物と目が合った瞬間、現実へと引き戻される。我に返り、アリスを抱きしめる力を弱めるが、彼女はそんな俺に対してさらに強く抱き着いてくる。

「……アリス。お義父さんとお義母さんが、いらっしゃるぞ」

そう、俺と目が合ったのは――アリスの父と母、レオナルドとシアラ。

衆人環視の中で抱き合うのも、それなりの勇気がいる。だが、それ以上に、娘の両親の目の前で堂々と抱きしめ続ける度胸は、今の俺にはない。

もしこれがクラリスの両親だったなら、ある程度の関係値もあるし、まだギリギリ許される範囲かもしれない。だが、今目の前にいるのは、出会ってまだ数日しか経っていないアリスの両親――レオナルドとシアラだ。

そんな二人の前で、愛娘を人目もはばからず抱きしめる男。しかも、周囲には多くの生徒や教師たち――さらには一般の入場者がいるというのに、堂々と……。

――これは、完全にアウトだ。

盛りのついた犬だと思われても仕方がない。下手をすれば、婚約破棄まであり得る――そんな最悪の未来が脳裏をよぎる。

だが、それは杞憂に終わった。

「マルス様! アリス!」

レオナルドとシアラは、むしろ笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。

もしかすると、わざとそういう表情を作っているのかもしれない――そう疑いもしたが、そんな様子は微塵も感じられなかった。むしろ、彼らはアリスの顔を見て、さらに表情を綻ばせている。

「す、すみません……こんな公衆の面前でアリスを抱きしめるようなことをして……」

俺が恐縮しながら謝ると、レオナルドは朗らかに首を振った。

「とんでもございません! マルス様に寵愛をいただいているようで、ホッといたしました」

――寵愛、か。

語弊があるような気もするが、彼の表情を見る限り、他意はなさそうだ。

「どうしてここに? 何か困ったことでも?」

そう訊ねると、レオナルドが少し照れくさそうに頭をかいた。

「いえ、さっきまで闘技場を観戦して、今から少し遅い食事でもと思いまして……」

なるほど、俺たちもまだ食事をとっていない。

「じゃあ、ご一緒しませんか? アリスの話も聞きたいですし。アリスもそれでいいか?」

二人に正式に挨拶をするいい機会だ。アリスも俺に抱きついたまま、小さく頷く。

しかし、時刻はすでに十四時を回っているにもかかわらず、どこの食事処も長蛇の列。リスター祭がいかに大盛況かを物語っていた。

結局、俺たちは三階の学食で食事をとることにした。

食事をしながらアリスの昔話を聞こう――そう思っていたのだが、その目論見は開始早々に崩れ去る。

なぜなら、俺が口を開くよりも早く、レオナルドとシアラによる怒涛の質問攻めが始まったからだ。

「三歳で冒険者登録をされ、十歳でB級冒険者になられたというのは本当ですか?」

「第七夫人はリーガン公爵に決定したと伺いましたが……?」

「リムルガルド領主になるという噂は事実でしょうか?」

「リーガン公爵とカストロ公爵、二人を同時に娶るのではないかと、まことしやかに囁かれておりますが、真偽のほどはいかに?」

――なんだそれは。

真実の中に巧妙に嘘を紛れ込ませることで、あたかも事実のように聞こえる。

ひとつずつ誤解を解きながら説明していくが、それでも俺が「リムルガルドを三か国から正式に任されるかもしれない」と話すと、二人は驚きとともに破顔した。

「アリスがリムルガルド領主のもとに嫁ぐなんて、考えただけで誇らしいな」

「私たちも移住の計画を立てるべきかもしれませんね」

……リーガン公爵に抱き込まれている現状では、リムルガルドへの移住など不可能に近いだろうが、さすがにこの場でそれを指摘するのは気が引ける。

その後もアリスの話を聞く機会は訪れず、話題は俺自身のこと、さらにはジークやアイクといった家族のことへと移っていく。

――まぁ、娘がどんな家に嫁ぐのか、親としては気になるのは当然か。

俺の説明に、アリスが補足を加えながら、丁寧に答えていく。

ようやく俺が質問する番か――そう思った矢先、息を切らせたアイクが駆け込んできた。

「やっと見つけた……マルス、リーガン公爵が至急、校長室へ来るようにとのことだ」

校長室? もしコスプレ喫茶で何か問題が起きたなら、そちらに呼ばれるはずだ。しかし、わざわざ校長室となると……嫌な予感が頭をよぎる。

「分かりました。レオナルドさん、シエラさん、申し訳ありませんが、僕たちはこれで失礼します。アリス、行こう!」

アリスを伴い、足早に校長室へと向かう。扉を開けた瞬間、そこには重厚な空気が漂っていた。

リーガン公爵を筆頭に、フレスバルド公爵、セレアンス公爵、カストロ公爵――さらにはスザク、ビャッコまでが顔を揃えている。まさに豪華な顔ぶれだ。

俺は姿勢を正し、静かに口を開いた。

「遅れて申し訳ございません。どのようなご用件で?」

訊ねると、リーガン公爵が深いため息をつきながら答える。

「……今年も来ました。ミリオルド公爵が」

「っ……!?」

「去年あのように断った手前、今年は入場を許可しようと思います。もともとそのつもりでした。だからこそ、事前にザルカム国王を招聘しておりましたし、バルクス国王、それにデアドア神聖王国の教皇まで迎えております。加えて、ビラキシル侯爵までもが控えている状況です。さらにカエサル公爵を呼ばなかったのもこのため。変なことで突っ込まれたくはないですから」

確かに、これだけの要人が集まる場であれば、ミリオルド公爵も迂闊には動けないはずだ。もし、この事態を想定し、先手を打っていたのだとすれば……さすがはリーガン公爵というほかない。

加えて、ミリオルド公爵が詰めるであろう、カエサル公爵がいないというのも安心材料の一つ。

「……で? 到着はいつ頃の予定ですか?」

「先ほど、リーガン公爵領に入ったとの報告が入りました。明日、正式にミリオルド公爵を招待します。今、フレスバルド公爵、セレアンス公爵、レオナの協力を得ることもできました。あとでビラキシル侯爵にも伝えて、協力を仰ごうかと思います」

まさに盤石の態勢で迎え入れるということか。

となれば、俺が警戒すべきはただ一人。同行してくる可能性が高い、ヨハンの存在。

あいつさえ注意していれば――そして隙があればその首を……。

俺はひそかに覚悟を決め、明日へと臨むのだった。