軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第393話 流れ

2032年5月28日 21時

「仕方ないとはいえ温泉に入りたかったわね……」

湯浴びをし、食事を終えると心底残念そうにクラリスがぼそりと呟く。

「申し訳ない……まさかそんなに楽しみにしてもらっているとは……それに食事も満足に振舞えなくて……」

それを見たビラキシル侯爵が申し訳なさそうに謝る。

いつも姫が浸かっているという貴族街にあるプライベート温泉は狸族の蛮行により破壊されてしまい、皆で協力して浴槽を作り、湯浴びをするにとどめた。まぁ破壊されていなくてもこのような時にわざわざ危険な所に行くわけはないのだが。

皆で協力して浴槽を作った理由は、俺のMPは先ほど階段を作った際にかなり消費してしまった為、1人では浴槽が作れなかったので皆で協力したのだ。

「いえ、仕方ない事です」

俺がそう言うとクラリスも慌てて続く。

「ごめんなさい! そんなつもりで言ったのでは……でもこの騒ぎが収まったら絶対に入らさせていただきます!」

力強くクラリスが宣言をすると、コディが下品な笑みを浮かべながらクラリスに言い寄る。

「貴族街の方の温泉は入れないが、こっちにある大浴場の方の温泉は入れるんだぜ!? しかも混浴だ! 今からでも俺と一緒に……」

「何言っているのよ。エリーとゆっくり2人で入るに決まっているじゃない」

いつもの事なのでクラリスが笑顔で否定すると、今度はブラッドが俺とコディに問いかける。

「まぁ姐さんが混浴に入らないというのは最初から分かっていた事だからな。まぁそれはいいとして俺たち3人でもうひとっ風呂といかないか? 当然だが混浴の方にだ! もしかするといい出会いが……な!? どうだ!?」

「さすがブラッドだ! じゃあ今すぐにでも行こう!」

コディが席を立ち、すぐに向かおうとする。それを見たクラリスがじっと俺の方を見つめ、目からは「絶対に行く訳ないわよね?」という言葉が滲んできている。

「……すまない。嬉しい提案だが今日は疲れたし、何よりもこんな状況だ。今日はもう休むことにするよ。また今度誘ってくれ」

完璧すぎる答えをすると、クラリスとエリーからはホッとした雰囲気が漂う。

ちなみにまた今度誘ってくれと言ったのは、ただただ断るだけだと付き合いの悪い奴だと思われてしまうからな。決して積極的に行きたいという訳ではないからな。

コディもビサン男爵に咎められ、結局はブラッドとコディも温泉に入らなかった。

皆と寝る時間をずらし、警戒にあたろうとかとも思ったのだが、それを察したビラキシル侯爵が先ほどの奇跡で他の狐族の者たちも目が覚め、狐族で警戒をするから安心して寝てくれと言ってきたので、お言葉に甘える事にした。

しかし俺とクラリス、エリーが一緒のベッドで寝ると言った時のビラキシル侯爵の顔は皆が想像するとおりの顔だった。

2032年5月29日 6時

「父上! 今日はどうするのじゃ!? 何か作戦はあるのか?」

起きてから皆で朝食を食べていると早速姫がビラキシル侯爵に今日の事を聞く。

「ああ。それに関してはおまえたちが寝ている間にビサン男爵や狐族の者たちで話し合った。私は毒に侵されている芝居を打ちながら、中央広場に向かう。1人では歩けないほどの重症という設定でコンザに肩をかしてもらいながら行くつもりだ。もちろん他の狐族の者も毒に侵されているという設定なのだが、他の者たちはもう体も動かせないという事にする。実際は潜んで機を窺ってもらうのだがな。相手側ももしかしたら何かあると思うかもしれないが、さすがに全員が奇跡により回復しているとは思わないだろう」

まぁ悪くない設定だな。狸族の者も狐族が毒に侵されていると思っているからこそ、解毒薬を渡すと言ってきているのだからな。

「では妾も一緒に行くのじゃ! 妾も一緒について行けばもしかしたら狸族の者も襲ってこないかもしれぬ!」

「うむ……確かにヒメリの人気であれば……狸族の若い衆もヒメリがここにいると分かればもしかしたら……」

ビラキシル侯爵が姫の提案に乗っかろうとするが、クラリスの一言で意見を変える。

「確かに狸族の若い人たちは姫の事が大好きで何かあってもこちらを攻撃してこないかもしれないけど、怪狸族のポコラスだっけ? 確かこの人とポンゴだけはチャンスがあれば姫を殺そうとしているのではなかったかしら?」

「ああ。クラリスの言うとおりだ。ポンゴを拷問にかけた時、確かにそう言っていたな」

クラリスの言葉にコディが頷くと、さすがにビラキシル侯爵も危険だと思ったのか考えを改める。

「やはりヒメリには遠慮してもらおう」

まぁ自分の愛娘が危険に晒されると分かればそうならざるを得ないよな。しかし姫が行くのは非常に効果的であるとは思う。だから俺は1つ提案をしてみた。

「あのー……僕が姫を守るので一緒に姫を連れて行く訳にはいかないでしょうか?」

「よくぞ言ってくれた! それでこそ妾のマルスなのじゃ!」

いつから姫のマルスになったかは分からないが、姫が満足そうに述べる。しかしビラキシル侯爵は首を縦には振らなかった。

「うむ……嬉しい申し出だが、中央広場にマルスが姿を現すとなると不審に思われる。その顔を見て強いとは思わぬだろうが、念には念をだ。それにマルスの実力がどれほどのものか私には分からぬからな」

「はい。僕自身も狸族の前に姿を現さないつもりです」

ビラキシル侯爵は何を言っているんだ? という表情で俺を見るが、クラリス、エリー、ブラッド、コディの4人は俺が何を言っているのかすぐに分かったようだ。

「そうか! マルスにはとっておきの物があったな! あれを使えば女湯を覗き放題だしな! 今度俺にも貸せよな!」

ブラッドが豪快に笑い、俺の背中を力任せに叩きながら欲望にまみれた言葉を放つ。

そういえばここは温泉地だった。これと温泉地はセット品なのではないだろうか? という考えが一瞬頭を過るが、クラリスからの冷たい視線が突き刺さる。

「な、なんだ? 私にも分かるように説明を頼む」

たまらずビラキシル侯爵が食いついてきたので、俺はすぐに「ステルス」と唱える。

「っ!? 消えた!? もしかしたらこれは!?」

俺が透明になった事に驚いたビラキシル侯爵の後ろに素早く回り込み、ビラキシル侯爵の肩に手を置き透明化を解くと、口から心臓が飛び出るくらいビラキシル侯爵は驚いていた。その様子を見たコディが説明をする。

「ビラキシル侯爵! これは男のロマンと言って俺がリーガン公爵領に向かう最中に決闘を申し込んで奪った戦利品なんだ! 今見てもらったように効果は透明になる事だ! これだったら姫の事を狸族の奴らにバレることなく守れる!」

「た、確かに……これは男であれば誰もが追い求める……い、いやヒメリを守れる」

すぐに言い直したがビラキシル侯爵を見る女性陣の顔は冷ややかだった。姫も信じられないという表情を見せる。

「ま、まぁそういう事なので僕が透明化状態で姫の近くにいるのでどうですか?」

すぐにこの空気を変えようとすると、気まずくて下を向いていたビラキシル侯爵が顔を上げ、

「何から何まですまないな……マルスは恩人だ。しかし娘を守ってもらう者がどれほど強いのか親としてはしっかりと把握をしておきたい。申し訳ないがこの後軽くでいいから実力を見せてくれないか?」

「ええ、分かりました。それでは早速移動しましょう」

そう言ってこの微妙な空気から逃げるようにそそくさと別の部屋に向かった。

「っ!? まさかこれほどまでとは……それにクラリス、エリーの2人も私と変わらぬ実力が……これで12歳……しかも同じパーティ……いずれ結婚する3人はいくら強くなってもパーティを解散することはない……他の者たちからすれば脅威だな……」

部屋を移して俺とビラキシル侯爵がマススパーのような模擬戦をし、ついでにクラリスとエリーの実力も見てみたいとの事だったので2人とも模擬戦を行った結果が今の言葉だ。

「ビラキシル侯爵。悔しいですがマルスにはこの2人の他にも、昨日話したフレスバルド公爵家の次女のカレン、 妖精族(エルフ) のミーシャ、そして1つ下とは思えないアリスという婚約者がおります。この3人も皆の視線を奪うほどの女性で、何よりカレンとミーシャは俺よりも圧倒的に強いです……」

「っ!? 12歳でもう5人も!? しかもその中にはフレスバルド筆頭公爵の次女まで……」

コディの言葉を聞いたビラキシル侯爵が俺をじっと見ながら言う。

「まぁ当然だろう! この世は力がすべてだ! 女も力ある者に集まってくる! だから俺はいずれマルスよりも強くなって姐さんやエリー、いずれは世界中の女を……」

ブラッドが持論を展開するとクラリスがすかさず割って入る。

「失礼ね。私はマルスが強いから好きになったわけじゃないのよ!? いくらマルスよりも強い人が現れてもマルス以外はありえないんだから!」

この言葉にエリーも当然だと言わんばかりに大きく頷く。

「父上、仕方のない事なのじゃ。いきなり目の前にマルスが現れた時の衝撃は女にしか分からぬのじゃ」

「そうか……ってまさかヒメリ!?」

姫の言葉にビラキシル侯爵の声のトーンが急に変わる。ん? この話の流れって……そう思っていると、コンザが部屋に入ってきて出発の時間を告げに来た。

「ビラキシル侯爵! もう時間です!」

コンザの言葉を聞いたビラキシル侯爵は部屋を出るが、どこかその後ろ姿は寂しそうだった。