作品タイトル不明
第394話 不意打ち
「ねぇ……ビラキシル侯爵大丈夫? なんか急に老け込んだような気がするんだけど? 戦闘になった時に影響でないわよね?」
元迷宮への隠し階段のある家まで着き、作戦の最終確認をしていると、クラリスがビラキシル侯爵を見ながら小声で聞いてくる。確かに俺から見ても老け込んだ……というよりもやつれてきた気がする。
「確かに……戦闘になったらそれどころじゃなくなると思うけど……一応注意はしておく」
「……マルス……透明……弱くなる……無理しないで……」
俺が答えるとエリーが俺の左手を握り、心配そうな表情を見せる。
「ああ。今回はかなりエリーに頼る部分が多い。エリーも気を付けてくれよな」
「……うん……」
俺の左手を更に強く握り、エリーが答える。
「姐さん! エリー! 心配するな! この俺様がいるからな!」
一連のやり取りを聞いていたブラッドがいつものように俺の背中を力任せに叩き、豪快に笑いながら俺たちの会話に割って入ってくると、そのままの声量で俺に対してこう尋ねてくる。
「なぁ? 手加減は必要ないよな? 瀕死になった相手もどんどん止めを刺して皆殺しでいいんだよな? 相手はこの街の統治者であるビラキシル侯爵と娘の姫を手にかけようとし、更には街をも破壊したんだからな」
俺が答えようとすると、正面にいたビラキシル侯爵がブラッドの質問に答える。
「ブラッド、できる事であればなるべく殺さないでくれ。また致命傷となるような傷もなるべく避けて欲しい」
「っ!? いくら何でも甘すぎやしねぇか!?」
不遜とも捉えられる言葉づかいと態度でブラッドが返すと、ビラキシル侯爵が事情を説明する。
「もちろん殺さないとこちらに被害が出るというのであれば躊躇わずに殺してくれ。だが一方的な展開になっているのにも関わらず殺すという事だけはやめて欲しい」
「そんな事をやっていたら舐められるだけだぜ!?」
「ブラ! 言葉遣い!」
ブラッドの態度と言葉遣いを見かねたクラリスが注意をすると「す、すまねぇ。つい」と言って頭を掻く。
「わっはっは! まぁ良い。今回は我々が助けを乞うているからな。だが次期セレアンス公爵もクラリスの前では形無しだな」
ブラッドを咎めずにビラキシル侯爵が流すと、クラリスがブラッドの頭を押さえて一緒に頭を下げる。完全に保護者だな。
「誤解の無いように説明をすると、私個人としては。拷問に拷問を重ね、更に呪術で苦痛を与え、死んだほうがマシだという思いを何十年、何百年も与えてから殺したいくらいなのだが、謀反に加わった者がどれだけいるのかというのが分からない。狸族の大半を死刑にしてしまうとこの街を魔物から守る者が足りなくなってしまう恐れがある……まぁポンゴとポコラスに限っては許すつもりはないがな」
ポンゴとポコラスを許さない理由は2人がポロンに謀反をずっと唆していたからだろう。そこにポロンが入らないのは少し甘いとも思えるが、やはりビラキシル侯爵とポロンの間には特別な何かがあるのかもしれない。
「そういえばそのようなことも言っていたな……」
ビラキシル侯爵の答えに納得したブラッドが呟く。
ビラキシル侯爵も大変だ。甘い処分を下すとブラッドの言っていたように舐められるし不満も出る。かといって厳罰を下すと自分たちにも影響が出る。
そんな事を思っていると急に家の玄関の扉が勢いよく開いた音が聞こえた。もしかしたら狸族にバレた!? と思い皆の顔に一瞬緊張が走る。
「ビラキシル侯爵! 周囲には狸族の奴らの気配はありませんでした! 今のうちに出ましょう!」
入ってきたのは外の様子を見に行っていたコンザだった。
「馬鹿者! 狸族が襲ってきたと思わず身構えてしまったではないか!?」
ビラキシル侯爵がコンザに雷を落とすと、コンザは「申し訳ございません」とひたすら謝る。
「住民が外に出ているという事はないな?」
「はい。街には毒霧が漂っている可能性があるという情報が広まっているため、住民たちは地下に潜っております」
すぐに怒りを収めたビラキシル侯爵がコンザに聞くと、コンザもすぐに切り替えて答える。
「よし! それでは今から家を出て中央広場に向かう! ビサン男爵はここで狐族の指揮を頼む! 我々狐族は皆毒に侵されているという事になっているから絶対に見られるわけにいかん! 合図があるまでここで待機だ! マルスたちも伏兵がいるかもしれんから気を抜くな! ヒメリとマルスは私が中央広場に着いたら合流してくれ!」
ビラキシル侯爵はそう言い残し、コンザの肩を借りて家を出る。それを俺、クラリス、エリー、ブラッド、コディ、姫の6人で目立たぬようにかなりの距離を取りながら後を尾けると、家を出て5分くらいした時、エリーが俺の耳元で囁く。
「……あの300m先の家……三角屋根の向こう側……こっちからは死角……でも誰かいる……それに……あそこにも……」
エリーが2か所に視線を向けるが俺には本当にそこにいるのかは分からない。サーチを使えば分かるとは思うのだが、さすがにバレるからな。
「その2人は俺たちの事に気付いていそうか?」
「……気づいていない……ビラキシル侯爵……夢中……」
「分かった。周知するからあそこの民家の軒下に一旦隠れよう」
エリーには引き続き周囲の索敵をしてもらい、民家の軒下に向かおうとすると、姫とコディが慌てて俺を制する。
「マルス! その家には近づいてはダメなのじゃ!」
「そっちはダメだ! トラップが作動する!」
「え?」
2人に制されたおかげでギリギリ軒先の手前で止まる事ができたが、軒を見上げるとそこには無数の穴があった。恐らく下を通ると針が飛び出してくるのだろう。もし2人に止められなかったらと考えるとゾッとする。
「危なかったのじゃ……前にも言ったがこの街にはトラップが張り巡らされておる。この南西の区画は非戦闘員の居住区で一番安全だからまだ少ないが、北東の区画は本当にトラップだらけだから気を付けるのじゃ」
「マルスであればトラップが発動してもなんとかなったかもしれないが、他の者に被害が及ぶからもしれないから気を付けてくれよな。さっき偵察にエリーが行かずにコンザが行ったのもこういう理由があっての事だ」
「す、すまない……そしてありがとう。2人の言うとおり気を付けるよ。周知したいことがあるからあの家の屋上から隠れられる所に案内してくれ」
敵がいると思われる家の屋上に視線を向けると、すぐに2人が俺たちを安全な民家の軒下に誘導してくれる。軒下に6人で隠れ小声で情報を周知する。
「エリーが敵を感知した。あの民家の屋根の上に1人、ビラキシル侯爵たちがこれから通り過ぎようとしている所に1人だ。この道は後で狐族が通るから絶対に捕えたい。屋根の上の方の奴は俺が背後から奇襲をかけるからそれと同時にもう片方の敵を捕らえてくれ。もしもビラキシル侯爵を襲うようであれば先に動いてもらっても構わない」
本当は皆で1人ずつ捕えたかったのだが、この2人が連動して動いている可能性がない訳ではない。むしろ連動して動いていると思っておいた方がいいだろう。だから同時に捕える方法を選択したのだ。
「分かったわ。でも今みたいな事があると不安だからマルスにも姫かコディが……コディが付いて行って。姫は私たちと一緒ね」
俺の指示にクラリスが答えるが、それに姫が難色を示す。
「お主らであれば捕えるのは容易いかもしれぬが、暴れられたり、叫ばれたりしたらアウトじゃぞ!? そこらへんはどうするのじゃ!?」
もっともな意見だが俺には考えがあった。
「俺の方はステルスで透明になって背後から襲い、気絶させる。クラリスたちの方は……」
視線を俺の左隣にいるエリーに送ると、エリーは先ほどと同じように俺の手を握りコクリと頷く。クラリスも俺が何を言いたいのか分かったらしいのだが、念のため姫にも分かるようにクラリスが説明する。
「エリーには音魔法という対象者の声を出せなくする魔法があるの。だから安心して」
「な、なんじゃそれは!? もしそれが本当なら確かに叫ばれても大丈夫じゃが……」
クラリスの説明に姫が渋々納得する。
「さて、ここで時間をかけてはいられないから行くぞ! ブラッドも俺の方に来てくれ! コディ、途中まで道案内を頼む! クラリスたちも気を付けてくれ!」
皆が俺の指示に頷いたのを確認してからコディを先頭に民家の軒下から飛び出す。
屋根の上にいる男の所まではトラップが1つしかなく、それもある場所を踏むと上から鉄のインゴットが落ちてくるといういかにも古典的なトラップだった。
どうも上から何かが落ちてくるというトラップが多い気がする。ウルドのような4足歩行の魔物を想定しての事だろうか? 4足歩行の魔物はよく下を向き、匂いを嗅ぎながら歩いているから上から落とすようなトラップが多いのかもしれない。
「マルス、これ以上近づくと気づかれる可能性があるから後は1人で頼む。接敵したら念のために俺たちも駆けつけるからな。ちなみにここからあの家の屋上までトラップはない」
標的まであと100mといった所でコディが民家の軒下に身を隠す。
エリーが言うには三角屋根の向こう側にいるからこちらからは視認できないとの事だが、本当にいるのか若干不安になってくる。これがエリーの言葉でなければ絶対に信じなかっただろう。
「分かった。後は任せてくれ」
ステルス状態になり、屋根の上にいるであろう敵に息を殺しながら素早く近づく。敵がいるという家の反対側に回り込むと、そこにはエリーの言ったようにポンゴよりも少し強面の狸族と思われる男が身を潜めながらビラキシル侯爵の方をじっと見ていた。
音を立てないよう慎重に屋根に上り、剣を鞘から抜く音で気づかれぬよう慎重に雷鳴剣を抜き、ゆっくり狸族の男の背後に忍び寄る。
そのまま雷鳴剣に雷魔法を 付与(エンチャント) させ、雷鳴剣の腹で男の首を叩こうとすると、何かに気付いたのか急に立ち上がり、雷鳴剣は男の首ではなく肩に直撃してしまった。
「くっ!? 誰だ!?」
ステルス状態の俺を視認できないのか、男は闇雲に腕を振り回しながら叫ぶ。
早く気絶させないとヤバい!
そう思った俺はステルス状態のまま今度は雷鳴剣をアッパースイングし、男の顎を狙うが、闇雲に振り回している腕にあたり、顎には当たらなかった。
「姿を見せ……な……に……」
完全に俺の存在に気付いた男が叫ぼうとした瞬間、男はドサリと前に崩れ落ち、三角屋根を転がり落ちそうになるが、いつの間にか男の背後に潜んでいた者が男の首根っこを掴み、俺にこう言った。
「危なかったな」
「……ああ……助かった……でもどうしてここに?」
「姐さんとエリーに約束したからな!」
そう言うといつものように俺の背中を思いっきり叩き、豪快に笑うのであった。