作品タイトル不明
第374話 ヒメリ
2032年5月25日21時
「なんか嫌な予感がするのよね……」
寝静まった部屋にクラリスの声が響く。
「ああ……俺もだ。ビートル騎士団の中に変なのが紛れ込んでいるのかもしれないな」
「う、うん……それもそうなんだけど、私のはちょっと意味が違うというか……」
珍しくクラリスと別のことを考えていたようだ。
「なんだ? クラリス教えてくれ。クラリスと心が擦れ違っているとなんか落ち着かない。頼む」
クラリスはじっと俺のことを見つめてくるので、俺も見つめ返すと
「ううん、大丈夫。私の勘違いみたいだから。ごめんね。明日も早いからしっかりと休まなきゃ! おやすみ」
顔を赤く染めながら笑顔になり、布団に潜るとかわいい寝息を立てる。
2032年5月26日9時
「メサリウス伯爵、よろしくお願いします。もしもビラキシル侯爵が来ていればすぐに呼んで頂ければ」
ビートル伯爵が軽く頭を下げながら言うと
「分かりました。その時はすぐに知らせますので屋敷にいてください。一応何人かここに残しますので」
アイクが返事をし、バロンとミネルバの2人を見ると2人が頷く。分かっていると思うが、ダメーズもここに待機だ。
今から俺たちはグランザムの北門に向かい、昨日見たヒメリという人物と話しに行く。
ビートル騎士団では力で押さえつけられてしまい、対等な交渉が出来ない可能性もあるから俺たちがビートル騎士団の代わりに行くのだ。
ビートル伯爵が同行しない理由は貴族の格の問題だ。ビラキシル侯爵がいないのにビートル伯爵が出張るのはおかしいからな。
「コディ、この街では絶対にクラリスに変なちょっかいを出すなよ? 住民全員が一気に敵に回る可能性がある。エリーたちもマルスの婚約者とこの街の住民が認知するまでは極力マルスとのスキンシップは控えてくれ」
アイクがエリーたちとコディに釘を刺すと
「……今のうち……マルス成分……」
エリーが左首筋に吸い付いてくると、カレン、ミーシャ、アリスも順に抱擁を求めてくる。
「……俺も……クラリス成分……」
コディがクラリスに近づこうとするが、ブラッドがコディの首筋を掴み「抜け駆けは許さない」と言っていつものように言い争いとなる。
まぁブラッドが止めなくても、サーシャが止めるし、サーシャが止めなければ俺が阻止するつもりだったしな。
ビートル伯爵の屋敷を出ると、アイクとブラッドを先頭にしグランザムの街の北門を目指す。
アイクの後ろには俺とクラリス、その後ろにはコディとサーシャ、カレンとミーシャ、2人の間にハチマル、そして最後尾にエリーとアリスが続く。
俺たちを見たグランザムの住民は皆足を止め、手を振ってくれるので、俺もクラリスと手を繋ぎながら笑顔で住民たちに応える。
昨日はほとんど俺とクラリスにだけ視線が集まっていたが、今日は他の者達にも目が留まったようだ。
「金髪の子可愛すぎないか?」
「俺、あの子に後で声をかけてくる!」
「エルフ初めて見たけど、あのエルフの姉妹は綺麗すぎるだろう!?」
「ピンク色の子も聖女様に似て可愛くないか?」
「お前ら見る目がないのか? 赤い髪の毛の子に罵声を浴びせられながらあの鞭で……」
クラリス以外の女性陣も住民に手を振り笑顔を振りまいているので受けがよいのだが、どこの街にも一定数変な奴はいるもんだな。
北門からグランザムの街の外に出て姫たちが来るのを待つ間にクラリスがコディに質問する。
「ねぇコディ? 昨日の話の続きを聞かせて? 姫ってどんな人なの?」
クラリスに話しかけられたコディが一瞬うれしそうな表情を見せるが
「うーん……とにかく我儘……いやなんとも言えない。会ってから判断してくれ」
姫の話題となるとコディの声のトーンが暗くなる。
「コディ、辛いかもしれないがコディが橋渡し役となってくれ! ここを乗り越えることが出来ればコディも人として成長できるはずだ!」
アイクの言う事は尤もだ。そしてアイク自身もここが頑張りどころである。
しかしコディの姫を語る口は重く、昨日と同じでこれ以上姫の事を聞けなそうなので諦めたところにハチマルの唸る声が聞こえた。
ハチマルの視線の先に姫が4人の男を連れてこちらに向かって歩いて来ていた。
「ブラッド! コディ! 来てくれ!」
アイクが2人を呼ぶと、ブラッドとコディがアイクの両隣に立ち、サーシャはアイクの後ろ、その後ろに俺たち【黎明】6名とハチマルという隊形で姫を待つ。
徐々に近づいてくる姫たちをみんなで見ていると
「……綺麗」
ミーシャが思わず素直な感想を口に出す。
「……嫌な予感……」
「そうね、口に出すと現実になりそうだから出せないけど……」
「はい……でも分かります」
エリー、カレン、アリスが次々と不安を口にし、俺の少し前に立つと、クラリスも俺と握っていた手を解き、俺の前に立つ。
クラリスが視界に入るとどうしてもクラリスが気になってしまい、視線をクラリスに移した時だった。
正面から突風が俺たちを襲ったのは。
「「「うわっ!」」」
「「「きゃあ!」」」
前の方にいたサーシャがウィンドですぐにレジストしてくれたので、ブラッドとコディは吹っ飛ばされそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまることが出来た。
一方の女性陣はアイク、ブラッド、コディ、サーシャが風を受け止めてくれたので、直撃はしなかったもののスカートが風で揺られ、なぜかピンクと赤だけ拝むことができ、相棒が目覚める。
どうしてピンクと赤だけ? 他のみんないつものだったのにと思ったのも束の間
「ほう、これを耐えることができる者たちか……では次は……」
凛とした女性の声が響き、姫の方を見ると手に持っていた扇を力強く扇ぐ。これがコディの言っていた芭蕉扇……さっき俺たちを襲った突風もこれか。
ウィンドでレジストしようとするとサーシャが
「マルス! ここは私にやらせて!」
俺の方を見ずに叫ぶ。
「分かりました! お願いします!」
サーシャに任せると迫りくる一陣の風に対して
「ウィンドインパルス!」
上級風魔法で応戦すると、芭蕉扇の風を飲み込み、今度は突風が姫たちを襲う。
「なぬっ!?」
姫が何度も手に持つ芭蕉扇を扇ぎ、サーシャのウィンドインパルスをいなすと
「貴様! 妾を誰と心得る! ビラキシル侯爵家長女! ヒメリ・クラマであるぞ!?」
早口でまくし立てる。
この一幕だけで姫という女が普通ではないという事が分かった。自分から仕掛けておいて反撃されるとキレるって……
あまりにも勝手な言い分に言葉を失っていると、不測の事態に語彙力を失ってしまったコディが何とかしないと思ったらしく
「俺です! 俺!」
と走りながら近づくが
「誰じゃ! 貴様は! コディに似ているがコディは妾に対して俺! 俺! と言って近づくようなことはせぬ!」
芭蕉扇で扇がれ、先ほどまでいた位置に吹っ飛ばされる。
うん。これは姫が正しい。みんなも「俺だよ! 俺!」と言って近寄ってくる奴には注意してくれよな!
「私はリスター連合国メサリウス伯爵家当主アイク・ブライアントだ! コディという魔族の者がリーガン公爵家にクエストを依頼し、リーガン公爵が指名なされたのがこの私だ! ビラキシル侯爵とビートル伯爵の会談の仲裁役としてここに来た!」
アイクがみんなの前に立ち、手に持っていたアズライグを地面に突き刺して言うと
「リーガン公爵家? それに本物のコディじゃと? 確かにコディはリーガン公爵に謁見に行っていたはずじゃが……お主を屈服させればこちらの思う通りに……それに妾好みのいい顔をしておる……」
そこまで言うと姫の赤い目が妖しく光り、アイクが急に苦しみ始めた。