作品タイトル不明
第373話 妖狐
2032年5月25日17時
「コディ、行くぞ!」
コディがビートル伯爵に呼ばれると、恨めしそうな表情を俺に向けながらビートル伯爵の隣に向かう。
「クラリス、俺たちも」
右手を差し出すとクラリスが体を寄せてきて、少し恥ずかしそうに恋人繋ぎをしてくる。
なぜコディが恨めしそうな顔を俺に向けたかというと、俺とビートル伯爵が手を繋ぎ、コディとクラリスが手を繋いでグランザムの街を歩くという案もあったからだ。
当然クラリスの奪い合いになるが、負ける訳がないし、負ける訳にはいかない。まぁコディも最初から手を繋げるとは思ってなかっただろうが、やはり恨めしい気持ちはあるのだろう。
ビートル伯爵とコディを先頭にし、グランザムの住民たちの歓迎を受けながら街の中を歩く。
自分で言うのもあれなのだが、俺とクラリスの人気は凄まじく、ビートル伯爵の屋敷に向かう道は既に人で溢れ、家の窓からは晩御飯の支度をしている者たちも手を振り、グランザムの街全体が拍手と歓声で包まれる。
「剣聖様! またよろしく頼む!」
「グランザムを任せた!」
「剣聖様! 聖女様! この街に移り住んでくれ!」
「クラリス! 後で寄ってね! 昔話でもしましょう!」
2人仲良く手を握り、笑顔で手を振る姿を見て涙を流す者も多数いたが、ある者たちからは侮蔑や敵意の視線を感じる。それは当然俺やクラリスに向けられたものではない。
「なんで魔族が?」
「あいつら魔族のせいで……」
「でも剣聖様と聖女様が連れてきた魔族だ。それにビートル伯爵も隣で笑顔を見せておられる」
コディを見る者たちの反応は様々だった。
そしてダメーズはというとビートル伯爵が馬車の中から顔を出すことを禁止したので、1人馬車の中に入っている。
コディの件だけでも住民に対して神経を使うのに、ダメーズの事もとなったら大変だから大人しく馬車に入れとの事だ。まぁビートル伯爵の立場からすればそうかもしれないよな。
様々な思惑が交錯する中無事にビートル伯爵の屋敷に着いたのだが、6年前よりも建物が大きくなっていた。
「さぁ入ってくれ」
ビートル伯爵に招かれ屋敷に入るとメイドたちが大急ぎで食事の準備をしている。どう考えても俺たちを招くのは予定外だったろうし、何よりも13名だ。すぐに対応できるわけが無い。
しかしこれはちょうど良かった。女性陣は口には出さなくても汗を流したいと思っているだろうからな。
「ビートル伯爵。大変厚かましいお願いで恐縮ですが湯浴みできませんか? ディクソン辺境伯領から魔物を倒しながら一気にここまで来たのでさっぱりしたくて」
俺の言葉にクラリスたちがとても嬉しそうな顔をする。やっぱり思った通りだ。
「気づかずに済まなかった。すぐに湯の準備をするので待っていてくれないか?」
「ありがとうございます。でも僕たちは魔法で水もお湯も出せるので場所さえ貸して頂ければ……」
「そうか……分かった。では案内させよう」
ビートル伯爵がメイドを呼び案内させる。
そういえば6年前は浴槽が無くてシャワーだけだったんだよなと思い出していると案内されたのは、立派な浴室でしっかりと浴槽も完備されていた。
さすがにアルメリアのブライアント家ほどしっかりとした物ではなかったが、宿の浴室よりかは広く、ちゃんと男女別に作られていた為、安心して汗を流すことが出来た。
2032年5月25日19時
「ではマルスとクラリスの帰還、【暁】の到着を祝って」
「「「乾杯!!!」」」
ビートル伯爵の音頭で乾杯をすると、早速アイクが本題に入る。ちなみにこの場にいるのは俺たち【暁】の12名とダメーズ、そしてビートル伯爵と騎士団長のブレアだ。
「まずは先ほど配慮いただきありがとうございます。リーガン公爵の代理という手前、どうしても皆の前ではああいう態度をとるしかなく……」
「メサリウス伯爵、皆まで言わなくても分かっております。ですがしばらくはこのままでお願い致します」
アイクの言葉にビートル伯爵が答える。アイクはやり難そうだが、ここは慣れるしかない。
「……分かりました。それではまず今回のクエストを私が所属する【暁】のクランマスターでA級冒険者のマルスから説明してもらおうかと思います。マルス頼む」
「え、A級冒険者だと!?」
アイクの言葉に興奮したブレアが思わず席を立ちあがると、ビートル伯爵も口に運ぼうとしていた肉料理をぽとりとテーブルに落とす。
「去年僕はA級冒険者昇格試験に合格し、無事A級冒険者になる事が出来ました」
ようやく時が動き出したビートル伯爵が
「ふぅ……今日は一生分驚いた気がする……マルスたちは我々の常識を遥かに超えてくるな。魔物を使役、フレスバルド、セレアンス両公爵家の和解にA級冒険者。それにアイク様がリスター連合国の上級貴族になっている事も……まぁA級冒険者推薦人になってみないかとリーガン公爵に打診されたが、まさか去年の試験だとは……」
大きく深呼吸をしてから話すと、カレンが更に付け加える。
「マルスは去年のA級冒険者昇格試験トップ通過、さらにはリーガン公爵から上級貴族の爵位の叙爵も検討されております」
「マルスまでリスター連合国に!? ブライアント伯爵は何と?」
今度はビートル伯爵が興奮し、立ち上がり聞いてくる。
「検討されているだけですので、まだ父には伝えておりません。それと父はこの度辺境伯に陞爵致しました。それでは話を続けさせて頂きます」
「なっ!? 辺境伯に……」
ビートル伯爵がまたリアクションを取るが、話が進まないので強引に進行する。
「一昨年の事となるのですがヘルメスの街の魔族の子供が何者かに攫われ、人魔橋に向かって逃げたらしいのですが何かご存じですか?」
「その話はこの前ビラキシル侯爵と会談をしたときに聞いたのだが、そんな訳がない。そもそも攫う必要がない」
ビートル伯爵が椅子に座り回答するが、今度はコディが
「俺は見たんだ! 魔族の子供を攫って人魔橋を渡る者を! 俺が追いかけたら魔法の雨が降ってきたんだぞ!?」
コディがかなり興奮した様子でまくし立てる。落ち着かせるためにまず俺からフォローをすることにした。
「コディ、まずは俺の見解を述べさせてくれ。ビートル騎士団が魔法の雨を降らせることは恐らく出来ない。コディも知っているだろう? 魔法は誰もが使えるわけではないと」
コディを見てから騎士団長のブレアに視線を移すと
「恥ずかしいことだが、うちの騎士団員に魔法が使えるものは少ない。俺も魔法が使えないからな」
ブレアが唇を噛み締めながら答える。
「なっ!? そんな……じゃあ冒険者だろう!?」
まだ納得がいかないコディが食い下がるが
「コディよ、ここは迷宮都市と言ってもゴブリンしか出てこない迷宮だぞ? そんな街に魔法の雨を降らせることができる冒険者たちが来ると思うか? もし来たとしてもそれは私が依頼しない限りは来ないだろう」
ビートル伯爵がきっぱりと言うと
「た、確かに……ここにそんな冒険者が来てもうまみがない……か……」
少し納得したのか、コディが落ち着きを取り戻し席に座る。コディが分かってくれたところでビートル伯爵に別の質問をする。
「最近、ビラキシル侯爵と会談をして狙われたと聞いたのですが、教えて頂けませんか?」
「ああ、人魔橋付近で会談を行ったのだが、その時に魔族側から私に向かって魔法が飛んできてな……」
ビートル伯爵が淡々と話すとコディがまた席を立ち何かを言おうとしたのだが、俺が手で制すると
「幸い私には直撃しなかったのだが、こちらにも妙な事が起きてな」
妙な事? ビートル伯爵の言葉にみんなの注目が集まる。
「指示を出さない限りどんな事があっても手を出すなと騎士団には言っていたのだが、魔法が飛んできた瞬間にこちらからもビラキシル侯爵に向かって矢が放たれたのだ。何かあった時のために騎士団全員に弓矢を携帯してもらっていたのが仇となった。誰が放ったのか分からないのだ」
「後で俺からも騎士団員を問い詰めたのだが、誰も矢を放っていないと言い張る。矢が放たれたのは間違いない。もしかしたら間者が潜り込んだか、信じたくはないが騎士団の中に……」
ブレアがビートル伯爵の言葉に付け加える。だからクラリスに神聖魔法を使わせなかったのか。
「先ほどの女性は誰なんですか? かなり苦戦しているようでしたが?」
「ああ、あれは最近やたらと顔を出すようになった魔族だな。最初グランザムの北門に現れたときは名乗ったようなのだが、ちょうど俺はその時いなくてな……名前は分らんが、とにかくあの白いふさふさした扇が厄介で、あれで扇がれると突風が起きて近づけないのだ」
するとまたコディが立ち上がり
「扇!? もしかしてその女は赤い袴に白い装束、その上に法被みたいなものを羽織っていなかったか!? 相当綺麗な顔をしていただろう!?」
ブレアに聞くとクラリスが答える。
「法被ではなく千早ね。真っ白なロングヘアーで獣人のような耳をして、何よりも特徴的だったのはフカフカそうな白い尻尾。顔は……そうねシュッとしていて綺麗な顔だったわよ?」
「ひ、姫だ……一番厄介な人物が絡んできたのか……」
コディがこの世の終わりという表情で力なく席に座りながら呟く。そういえば昔コディがメイド喫茶で、顔はいいが性格がと言っていたのは姫という人物だった気がする。
「コディ、その姫というのは誰なんだ?」
「姫はビラキシル侯爵の1人娘でヘルメスの街の……魔族のアイドル的存在……ヒメリ・クラマ……妖狐族だ」