作品タイトル不明
第261話 ほこたて
2031年11月30日 5時
「……はい……お疲れ様……」
筋トレを終えるとエリーが俺にタオルを渡してくれた。
筋トレルームにいるのは俺とエリーだけだ。
他のみんなはMP枯渇させたのが遅いからまだ起きられないのだろう。ブラッドは恐らく筋肉痛か2日連続で筋トレしたから休みにしたのだろう。
「ありがとう。それにしてもエリーが1人で起きるなんて珍しいな」
「……みんな起きるの6時……マルス3時……3時間独占できる……頑張って起きた」
そう言いながら俺の左隣に腰を掛け、汗が滲む俺の首筋をいつものように吸い始める。
「ちょ……さすがに汗かいているから風呂に入らせてくれ。汚い状態でエリーに触れるのが申し訳なくて」
「……大丈夫……汚くない……」
「エリーは自分が汗まみれになっている時に俺に抱きつかれるとどう思う?」
「……抱きつかれるのは嬉しい……でも汚いと嫌われる……お風呂入ってから……」
「な? 俺もエリーに嫌われたくないから風呂に入らせてくれ。また後で頼むよ」
「……絶対に嫌いにならない……けど分かった……」
エリーを部屋に送ってから俺も自室で風呂に入り、風呂から出た時にはすでにアイクが起きていた。
「おはよう、もう筋トレやったのか?」
「はい。今日は僕以外にはエリーしか来ませんでした」
話をしながらアイクが朝の支度を終えると2人で一緒に食堂に向かった。
食堂に着くとすでに3公爵とスザク、ビャッコがおり、リーガン公爵が嬉しそうな表情で俺に話しかけてきた。
「おはようございます。昨日の夜の時点でゲンブが今日のウィナーズファイナルを棄権しました。ギルド側が不審に思ったようで色々聴取されたようですが、シールズ公爵がしっかり説明してくれたらしく受理されました。これでマルスのA級冒険者は確定です。各ブロック優勝者同士のリーグ戦に参加しますか?」
「ありがとうございます。ぼくはA級冒険者になれたのでリーグ戦は出ないつもりです。スザク様はリーガンに戻ると仰っておりましたが、僕はどうしたらよろしいでしょうか?」
俺の言葉にリーガン公爵はやはりという表情で頷き、スザクは
「マルスたちは好きにしてもらって構わない。一緒にリーガンに来てもらってもいいし、どこか別の所に行ってもらってもいいし。今年の円卓会議は少し長くなりそうな気がするからリムルガルドに行くのは来年の頭に行こうと思っている。もしもリーガンに来ないのであれば、1月15日に西リムルガルド集合というのはどうだ?」
「分かりました。僕はアルメリアに戻ろうと思います。少しでもレベルを上げて足を引っ張らないようにアルメリア迷宮に潜ろうかと……」
「そうか……分かった。いつ出発するつもりだ?」
「明日にでも出発しようかと思いますが、まだ誰にも相談していないのでなんとも……」
俺とスザクの会話の最中に他のメンバーも食堂に着きライナーがリーガン公爵に
「リーガン公爵、私たちもマルスと同行という形でよろしいんですよね?」
「はい。そのつもりです。リムルガルド城下町も迷宮化していると聞いているのでよろしくお願いします。しっかりとフレスバルド公爵からクエストを受けておりますので」
相変わらずちゃっかりしているよな……恐らく直接の依頼だからリーガン公爵にそのままお金が流れるんだろうな……
「マルス、俺たちも一緒に行っていいのか?」
バロンが不安そうに聞いてきたので
「もちろんミネルバと一緒に来てくれれば嬉しい」
俺の言葉にバロンは安心したようだ。すると今度はブラッドが
「俺らも行っていいか? いいよな? 仲間だからな?」
不安そうに聞いてきた。俺らというのはコディも入っているのだろう。
「もちろんだ。一緒に迷宮に潜ろう」
俺の言葉に手を叩いてコディと一緒に喜びを表現した。そして最後に
「先輩……私も……いいですか?」
アリスが消え入りそうな声で聞いてくる。そういえばアリスはジークとマリアに会ったことがないな……そしてもう当然のように5人目の婚約者となっているが、正直2人に一番会わせるのが怖いのはアリスか……クラリスにしっかり援護してもらう様にあとで頼んでおこう。
「ああ、ちゃんと紹介するから一緒にきてくれ」
パッと花が咲いたような笑顔を見せたが、やはり不安なのだろう。すぐに表情が沈んでいった。
もう俺の試合がないことが決まっているのでみんなで談笑しながらゆっくりと朝食を取ってからコロシアムに向かう。
コロシアムに着くとカストロ公爵が俺たちを待ち受けるようにコロシアムの入り口で立っていた。
スザクはカストロ公爵の事を止めることもなく、ただ傍観している。
「マルス君、おめでとう。随分圧勝だったらしいじゃない。竜骨棒がないエルシスがゲンブに勝てるわけが無いからだいたい思い通りになったわ。それより1つ気になる事があるんだけど、マルス君のパーティの神聖魔法使いのアリスって誰? 私が神聖魔法使いを間違える事なんて滅多にないんだけど……」
カストロ公爵の言葉に恐る恐るアリスが俺の隣まで前に出てきて
「初めまして、アリス・キャロルと申します」
会釈をしてカストロ公爵に挨拶をした。カストロ公爵はアリスを舐め回すように見てから
「確かに……神聖魔法使いっぽいわね……でもクラリスの方がそれっぽかったんだけど……まぁいいわ。今度私の所にいらっしゃい。いろいろ神聖魔法を教えてあげるわ」
神聖魔法を教えてくれる? それは確かに嬉しい事だが、この人の事を信用すると後で痛い目にあいそうだしな……アリスが俺の顔をみる。どう答えていいか分からないのだろう。
「分かりました。カストロ公爵。今度是非お伺いします。ですが来年の夏までは予定が入ってしまっておりますので、それ以降にと思います。それでは僕たちはこれで失礼させて頂きます」
カストロ公爵は何かをまだ言おうとしたが、それをスザクが止め俺たちはコロシアムの中に入った。
コロシアムの観客席はこれまでで一番ガラガラだった。間違いなく100人はいない。下手したら50人もいないかもしれない。
9時になり選手たちが控室に向かう。俺はもう選手控室に行かなくていいらしく、皆で観客席で残りの試合を見る。
実は今日の朝リーガン公爵にもう行かなくてもいいと言われていたのだが、アイクが来年の為に見ておきたそうだったので、コロシアムまで来たのだ。俺って兄思いのいい奴だろう?
Bブロック、Cブロック、Dブロックのそれぞれのウィナーズ決勝戦を見たが、ゲンブよりも強い者はいなかった。
カレンが言っていたようにクラリスだったら決勝まで来られたかもしれないが、クラリスよりもステータスが高い者が何人かいたので優勝できるかは微妙かもしれない。
3ブロックの決勝戦が終わり、すぐにAブロックのルーザーズファイナルが始まる。
エルシスは竜骨棒の代わりに 大剣(クレイモア) を 手(・) に(・) 持(・) っ(・) て(・) い(・) た(・) 。
もう狂剣、もしくは狂人設定はどうでもよくなったのだろう。
貴賓室の方を見るとリーガン、フレスバルド、セレアンスの他にカストロ、クラウン、シールズともう1人知らない者が試合を見ていた。あそこにいるという事はきっと公爵なのだろう。
試合開始の合図とともにエルシスが毒針を飛ばすがゲンブの 氷城(アイスキャッスル) の方が速く発現し、早くも勝負あったかに思われた。
しかしここで意外なことが起こる。
氷城から放たれた 氷弾(アイスバレット) をエルシスが 大剣(クレイモア) で斬るというよりかは叩き落としたのだ。まぐれではなく何度も氷弾を叩き落す。
これがファイアやウィンドカッターの場合だと叩き落したりすることが出来ないのだろうが実弾だからこのようなことが出来るのであろう。
しかし剣術レベルが低いせいか斬り方や叩き落とし方に問題があるせいか、破片がエルシスの体に刺さり、徐々に血に染まっていく。それでもエルシスは必死に氷弾を捌いていく。
「エルシス鬼気迫るものがあるわね……」
クラリスの言うように狂剣というよりかは必死な感じがする。
「エルシスは今日勝てないと、クラウン公爵領、カストロ公爵領からは永久追放されるかもしれない。それに乗じてダグラス公爵領も同じことを検討しているとの事だ」
スザクが俺たちの疑問に答える。でもA級冒険者になれなかったくらいでそこまでやるのはやりすぎではないか? 俺の疑問に対してスザクは続けた。
「マルスとの試合の時の会話が大問題となっていてな。負けたらレオナを差し出すと言ったんだろう? 公爵自身を賭けの対象にするなんてふざけるなとレオナ側から強い抗議があったんだ。当然これにはローマンにいるクラウン公爵家以外のすべての公爵家が賛同している。死罪にしろという声も大きいが、エルシスの力はリスター連合国でもトップクラスだからな。そこらへんはどうなるか分からない」
確かにあの時そう言っていたな。そういえば俺が勝ったから何かをくれるはずなんだが……もう関わり合いたくないから別にいらないが……
スザクと話している間もエルシスはゲンブの攻撃を必死に捌いているが、体中が真っ赤に染まっていく。
このままでは負け濃厚だと悟ったのだろう。
玉砕覚悟で氷城に向かって走り、クレイモアで氷城を叩こうとしたが、それをよんでいたゲンブは先ほどまでの尖った氷弾ではなくボウリングの玉のような氷弾をエルシスの顎を目掛けて発射させた。
必死になって氷城を叩き割ろうとしているエルシスの顎に3発連続でクリーンヒットすると、エルシスは糸を切られた操り人形のように顔から地面にダイブした。