軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

After Days:そうだ、海に行こう!(4)

「はい、じゃあ目を閉じてー、息を止めてー、顔をつけてー。はい、上手、上手ー」

「……からかってませんか?」

「えー? からかってないよー?」

私はユフィの手を取って、ユフィが海面に顔を付けるのに慣れるように指示を出す。

ユフィは少しだけ渋った様子だったけど、何度か繰り返す内に目を開けることにも慣れてきたようだった。

「いきなり水の中に入るとビックリして慌てちゃうからね。足もつかないと尚更ね。大丈夫そう?」

「一応は……」

「それじゃあ、もうちょっと沖に出てみようか」

私はユフィの手を取ったまま、沖の方へと進んで行く。胸が出る所で立っていた私たちだけど、私は足が既に底から離れていた。

私が先導するようにユフィを引っ張ると、ユフィも落ち着かない様子で手を引かれるままに泳ぎ出す。その速度はとても遅く、ユフィの身体が少し縮こまっているようにも見える。

「……アニス」

「ん?」

「手を、離さないでくださいね」

私の手を強く握りながら、何度か波に被って水面に顔を入れつつもユフィがそう言った。その言葉はいつもより力がなくて、不安そうな声色だった。

そんなユフィの声を聞いて、私は思わず笑ってしまいそうになった。なんだかユフィがこうもおっかなびっくりなのは懐かしいな、って。

「……何を笑ってるんですか」

「初々しいユフィは懐かしいなぁ、って」

「やっぱりからかってますよね?」

「からかってないよー? ほら、もうちょっと速度上げようか」

「ひ、引っ張らないでください!」

「じゃあ、手を離す?」

「離したら……後で酷い目に遭わせます」

その声が低く、冗談の色が消えていたので私は口を閉ざした。そのままゆっくりとユフィが泳ぐのに慣れるまで浅瀬を行ったり来たりする。

その頃にはユフィも手を離しても泳げるようになっていた。とはいっても、犬かきみたいなおっかなびっくりな泳ぎ方だけど。

「……水の中というのは、やはり落ち着きません」

「そう? でも赤ちゃんの頃はお腹の中にいたんだよ、私たちだって」

「……屁理屈です」

「ふふふっ」

「アニス……!」

「おっと、危ない!」

ユフィが目を釣り上げて睨み、私に手を伸ばしてきたので私は勢い良く水を蹴って距離を取る。ふふん、泳ぎ始めのビギナーには捕まらないよ!

「王姉殿下~!」

「おっと、シャルネ!」

ユフィと付かず離れずの距離で逃げ回っていると、シャルネが平泳ぎでこちらに向かって来るのが見えた。すっかり様になっていて、なんだか微笑ましい。

「海って凄いですね! 青くて、水の中がキラキラしてます!」

「シャルネは海が気に入った?」

「はい! とっても!」

シャルネはとても楽しそうに笑みを浮かべていた。シャルネに気を取られていると、ユフィが私の肩を掴むように捕まえて来る。

そして私を支えにしながら波に揺られる。その視線はシャルネに向けられていて、少しだけ眉が寄っているようだった。

「……凄いですね、もう海に慣れたのですか?」

「はい! 女王陛下! 泳ぐのって楽しいです!」

「……そうですか」

何とも言えない表情のまま、ユフィは頷いた。こればかりは本人の好みや適性もあるからねぇ。

「はっはっはっはっ! 中々筋が良いではないか、ガーク!」

「くっそ、やっぱ速ぇ! 同じ泳ぎ方してるのになんで差がつくんだ!?」

「いや、張り合うな……! 相手は皇族だぞ……!」

「お前さんも苦労してんな……」

「……大物ですね、色々な意味で」

少し離れた所ではクリスティンとガッくんが張り合うように泳いでいるけれど、当然ながらクリスティンの方が泳ぐのが早い。むしろ初日で張り合おうとするぐらいまで泳げているガッくんの適応力が凄い。

そんなガッくんを見て頭を抱えているナヴルと、そんなナヴルの肩を叩いて苦笑しているファルガーナが傍にいるのが見える。そんなファルガーナの傍にはプリシラが浮かんでいるけれど、こっちは慣れてないのかずっとファルガーナが支えている。

「はっはっはっ! クリス! まだまだ甘いな! 久しぶりの海だ! 私も楽しませて貰おう!」

「ぬぅっ!? 父上ッ!?」

そうしているとルークハイム皇帝が見事なバタフライで雄々しく海を泳いでいき、あっという間にクリスティンを抜き去っていった。

それを追うようにクリスティンがルークハイム皇帝を追いかけていき、ガッくんが取り残された。流石に追いつけない、と悟ったのかガッくんが浜の方へと泳いで戻って来ている。

「……楽しめているようで何よりですね」

「そうだね」

ユフィが呟いたのに同意して呟いたけど、視線をユフィの方に向けた時、その先の方向でレイニとイリアがいるのが見えた。

私がユフィにそうしていたように、レイニがイリアの手を引いて泳いでるみたいなんだけど、イリアが完全に固まってレイニに引かれるだけの存在になっていた。

「レイニ……手を、絶対に手を離さないでください……」

「イリア様、そんな必死にならなくても……離しませんから、ね? ほら、足を動かしてみましょう?」

「…………」

「……イリア様?」

「……レイニ、足が、足が攣りそう……」

「イリア様っ!?」

イリアが緊張のせいか、足が攣りそうになってレイニに縋り付こうとする。それをレイニが慌てながら支えようとしているけれど、イリアのせいで泳ぐのに四苦八苦しているようだった。

「……ちょっと助けてくるね」

「……どうぞ」

私とユフィは顔を見合わせて苦笑するのだった。

* * *

「ぷっはぁ~……気持ちぃぃ~……」

「……はしたないですよ、アニス」

ユフィに指摘されるけれど、私は脱力しながら間延びした声を上げていた。

海から上がった後、そのまま私たちは浴場へと通された。海で程良く遊び、少しばかり冷えていた身体には最高の温度の風呂だった。

「楽しかったですね、海!」

「シャルネは随分と泳ぎが達者でしたね」

シャルネが満足げに笑って、プリシラが感心したように相槌を打つ。

その隣では死んだ目で口元まで湯に沈んでいるイリアと、そんなイリアの肩を揉んでいるレイニが見えた。……今のイリアには触れないでおこう。

「楽しんで頂けたのであれば、こちらとしても喜ばしい限りだ」

「クリスティン」

湯船に浸かりながらクリスティンが私たちの傍に寄って声をかけてくる。私と一人分の距離を開けて隣に座った彼女は、私に視線を向けて快活そうに笑う。

「アニスフィアには度肝を抜かれたがな、あそこまで泳ぎも達者だったとは」

「ちょっと泳ぐような機会があってね」

「パレッティア王国でか? 泳げそうな場所など、あまりなさそうだが」

「調べたの?」

「ファル兄経由でな。パレッティア王国については勉強させて貰っている」

「兄? 叔父さんじゃなくて?」

「年齢がそう変わらんのだ。叔父などと言えばファル兄も微妙な顔をするしな」

苦笑交じりにクリスティンはそう言った。確かに叔父って呼ばれても微妙そうな顔をしているファルガーナの想像は余裕ね。

「クリスティンって幾つなの?」

「十八歳だ。確かユフィリア女王陛下とは同い年の筈だが」

「そうですね」

そっか、ユフィと同い年なのか。もうちょっと上なのかと思ってたけど、意外だ。

アーイレン帝国と縁を結び直して、なんだかんだでもう一年が経とうしている。魔学都市の開発から完成まで漕ぎ着けるのもあったし、カンバス王国崩壊という事件もあった。本当、慌ただしい年だったな……。

「今日はどうだった、アニスフィア」

「どうだったって、楽しかったよ?」

「そうか。それなら良いんだが……」

そこまで言ってからクリスティンは挑みかかるように笑みを浮かべてから言った。

「だが、思っていたのと違うという肩透かしはあったようだが?」

「……まぁ、想像と違うことなんてよくあることだよ。文化が違うからね」

「その視点こそを私は聞いてみたいな。アニスフィアには一体何が見えていたのか、その視点での感想をね」

ユフィがお湯の中で私の腕を突いた。私は内心、頷きを返しつつ笑みを浮かべた。

「ふふふ、それはゆっくり腰を据えて話したいかな。今後のことだしね」

タダではアイディアはあげないよ、と言外にクリスティンに言う。それこそ海水浴を盛り上げられそうなアイディアはいっぱい浮かぶんだけどね。

ここはパレッティア王国じゃなくてアーイレン帝国。しかも私は一度、目をつけられて熱望されたこともある。あまり迂闊なことを喋るな、ってユフィにも釘を刺されたしね。そう簡単にはやらかさないよ!

「ほぅ? つまり、腹案はありそうだな。後で父上に報告しておこう。ゆっくりと語らいの機会を頂くべきだ、とね」

「それ自体は構わないよ。お互いの国の相互理解と発展に繋がることなら喜んで」

「そうか。では、ここからは個人的な質問なのだが」

「うん?」

「その背中の刻印。それは、一体どのようなものなのだ?」

クリスティンが私の、今は背中を預けているから見えないだろう刻印紋について興味を示しているようだった。その目が少しだけ細められて、気配が尖ったような気がする。

「勲章?」

「ほう、勲章か。それは勇ましいことだな。だから私の勘が働くのか……それを見ているとゾクゾクしてくるよ。私は嫌いじゃない」

……何か勘づかれてるかな? いや、でも泳ぎたかったしなぁ。魔道具の技術が帝国に知れ渡るようになったら推測はされそうかな。

「一応、国家機密だから。……内緒だよ?」

「深く詮索するつもりはないよ、私はそういった腹芸は向かないんだ。だが、気になるものは気になると言っても良いだろう?」

「どうなんだろうね……」

ある意味、何が真意なのか隠そうとしているのなら絡め手なのかとも疑っちゃうけれど。

「国が違えば、立場がお互いにある。それでも私はあくまで交流でパレッティア王国と繋がっていきたいと思っているよ」

「その言葉を疑わないでいられるように、お互いに歩み寄って行く時間が必要なんだろうね」

「違いない。誠心誠意、お相手させて頂くさ」

そう言って笑うクリスティンは不敵ではありながらも、親しみを覚える笑顔であった。