作品タイトル不明
After Days:そうだ、海に行こう!(3)
いや、確かに当たり前というか、言われればそうだよねって話なんだけど。
海で遊ぶのが主流でもないのに前世で思ってたような水着がある訳ないよね。本当に久しぶりにカルチャーショックを受けてしまった……。
「うぅ……こ、これやっぱり裾が短くありませんか?」
「足が思いっきり出てますからね……」
……いや? でも、これはこれで良いんじゃない?
アーイレン帝国で言う水着は薄い白地の服だ。ガウンのように着て帯で止める構造になっていて、裾の長さは膝よりも上に来る。
ユフィやシャルネ、プリシラは難なく着こなせているみたいだけど、レイニやイリアは胸も大きいので帯を止めるのに苦労している。
その胸が裾を持ち上げるものだから、レイニは裾を引っ張って伸ばそうとして背を丸めてしまっている。
「……悪くないわね」
「何がですか? 王姉殿下」
「えっ、あ、うん、なんでもないよ?」
シャルネの純粋な視線に当てられてしまって、私はすぐに邪な妄想は振り払った。心なしかイリアとプリシラの視線が突き刺さるような気がする。
「しかし……こんなに薄着というのも落ち着かないものですね」
ユフィが落ち着かない様子で服を撫でている。裾も肘ほどまでしかないので、足や手の露出もとても多い。ユフィは肌が白いから日焼けがちょっと心配だ。日焼け止めみたいなものはエルナーダ領にあるのかな?
「着替えは終わったか?」
「クリスティン、終わったよ」
私たちが着替え終わったのを見計らったようにクリスティンが顔を出した。
「父上たちの着替えももう終わっている。浜に出るならいつでも大丈夫だ」
「わかったよ。それじゃあ行こうか、皆」
私の声かけで全員で揃って移動する。浜に出れば着替え終わっていたルークハイム皇帝たちが待ち構えていた。
彼等が着ている水着もそんなに私たちのものと相違ない。だからこそ目を惹くのはその身体だ。武勇で知られたアーイレン帝国の皇帝であるルークハイム皇帝の身体は鍛えられていた。傷跡も多く残す身体は服を脱ぐと一回り大きくなったようにさえ感じる。
そこに並ぶガッくんとナヴル、それとファルガーナとドルドラ伯。普段は目にするようなことがない筋肉が目に出来て、なんだか不思議な気分になる。
「ひゃぁ……す、凄いですね……」
シャルネは何故か真っ赤になって視線を隠してちらちらとルークハイム皇帝たちへと視線を送っては目を逸らすという行為を繰り返していた。
「そんなに照れる?」
「あぅぅぅ、て、照れますよ……こっちも肌が大分見えてますし……」
「……言われれば、それもそっか?」
いまいちシャルネが恥じらう理由に首を傾げていると、クリスティンを除いた女性陣に溜息を吐かれてしまった。えっ、なにその反応!?
そんな私たちの反応を見たクリスティンが楽しげに笑い始めた。
「貴族は着飾ってなんぼだろう。肌を見せるというのも馴染みがないんじゃないか、アニスフィア」
「私、あまり貴族と関わりなく生きてきたから」
「王族なのにか?」
「キテレツ王女だからね」
「興味深い。ユフィリア女王が即位する前の話も是非とも聞いてみたいものだ」
クリスティンとそんな話をしているとルークハイム皇帝たちも私たちに気付いたのか、視線を向けた。
すぐにガッくんとナヴルがこっちに向かおうとしてきたけど、ガッくんが私たちをしっかり視線に納めると勢い良く視線を逸らした。口元を抑えて背を丸めている。
「……な、なんかすげぇ。な、なんなんだ、この……この!」
「何をしているガーク、行くぞ」
「ナヴル様! アレを見ても何も思わないのか!」
「口にするな! 護衛に意識を集中させろ!」
何やらガッくんとナヴルが顔を寄せてヒソヒソと話し合っている。私は聞こえちゃったから、何とも言えない視線を二人に注いでしまった。なるほど、馴染みがないとこれでも十分効果があるんだな……。
そう思っているとルークハイム皇帝が一足先に私たちに声をかけてきた。
「おぉ、来たか! アニスフィア姫、ユフィリア女王! いやはや、お客人方も実にお似合いだ」
「こちらこそ、水着を貸して貰ってありがとうございます」
「良い。それでは各々、海を楽しんで欲しい。何かあれば私たちが対応する」
「海とはいっても、どのようにすれば良いのでしょうか? 作法などはありますか?」
「特に堅苦しい決まりはない。海に浸かって波を楽しむのも自由であるし、砂浜を歩く、好むものは泳ぐといった所だな。だが、慣れない内は足の届かない所に入るのは遠慮しておいた方が良いだろうな」
ユフィが海での作法をルークハイム皇帝と話し合っている間に、私は改めて案内されたビーチを見つめる。
白い砂浜に青い海と空。そのコントラストは実に海水浴日和だ。波の音も軽やかで、遠くから鳥の鳴く声が聞こえてくる。
つまり、どう遊ぶのかは自由ってことね。私は話し合っているユフィとルークハイム皇帝を尻目に海に近づいて行く。
水に入っても大丈夫なようにと渡された、サンダルのような軽い履き物で踏みしめる砂の感触は不思議な感慨を私に呼び起こした。そのまま波に近づいていくと、私の足を濡らした。
ひんやりとしているような、でも思ったよりも冷たくないような、そんな水温だった。これなら泳ぐのは気持ちよさそうだ。
「ユフィ! 皆も早くおいでよ! 折角だから楽しまないと!」
私はそう皆に呼びかけてから、海へと駆け足で歩を進める。膝ほどまで足が海に浸かって、そして足全体が浸かるような深さに辿り着いた所で私は海に飛び込んだ。
広がったのは青、一面の青だ。目は海水でしっかりと開けず、不鮮明だ。それでもハッとしてしまうような青さは、何故かどうしようもなく懐かしさを私の胸に巻き起こす。
そのまま水を掻き分けるように泳いでみるけれど、うん、問題なく泳げそう。ちょっと履き物が邪魔なのと、水着が水を吸うので重たく感じる程度かな。
「ぷはっ!」
海から顔を上げて、足で浮きながら浜の方を見る。するとユフィを始めとしたパレッティア王国組の皆が唖然としたような顔で私を見ていた。一方で、ルークハイム皇帝とクリスティン、ドルドラ伯は大爆笑している。その横でファルガーナは苦笑している。
「え? どうしたの!?」
「勢いが良すぎだろう! アニスフィア姫よ! しかもしっかりと泳げるではないか!」
「楽しいですから! ほら、皆もおいでよ!」
私が明るく誘うと、パレッティア王国組が全員揃えたように首を左右に振った。そして声を揃えて叫んだ。
『無理です!』
* * *
パレッティア王国は川に入ることはあっても、それでも膝が浸かる程度までしか水に入るような機会がない。お風呂とかに入るのとは訳が違うと、海から戻って来た私は懇々と説教されていた。なんで?
「いや、別に足がつくならお風呂とそんなに変わらないよ? ちょっと波があるけれど、別に足が離れる所まで行かなければ別に……」
「……水の中で足がつかないのってゾッとするんですが」
あのガッくんでさえ尻込みしていて、パレッティア王国組は困惑しきっている。そんな私たちを見てルークハイム皇帝は笑いの余韻を残しながら声をかけてくる。
「くくっ、アニスフィア姫よ。私たちの予定では段階を踏んで慣らしていく予定だったが、アニスフィア姫が全部段取りを吹っ飛ばしてしまったからな。いやはや……」
「えぇ……? それなら先に言ってくださいよ」
「アニスフィア様が私たちに気を遣ってくださいませ」
「痛いっ!?」
ずびし、とイリアのチョップが私の脳天を叩いた。うぅ、り、理不尽だ……!
「海に入るのはそんなに怖くないよ! 怖いけど!」
「どっちですか?」
「とりあえず膝が浸かる所ぐらいまでは入ってみようよ、ほら」
私が足首まで水に浸かる所まで入ってから皆を誘う。でも、皆して海に入るのを躊躇しているようで足が進まない。
その中で真っ先に意を決して入ったきたのはシャルネだった。シャルネは私の傍まで来ると、なんどか足踏みをするように足を動かす。
「わぁ、そこまで引っ張られたり、足を取られたりって感じではないんですね」
「もうちょっと奧まで入ってみる?」
「はい!」
シャルネの手を引くようにして腰に浸かる所までシャルネを連れていく。私より身長が低いシャルネは腰まで浸かった所で何度か身動ぎしていたけれど、少しずつその表情に楽しそうな色が見えてくる。
「お風呂とは違いますけど、そんなに極端に違いはないんですね」
「でしょう? ただ波に足を取られたりするから、足下には気をつけてね」
「はい!」
この調子ならシャルネは手を離しても大丈夫かな。次の人、と思いながら浜の方へと視線を向けるとガッくんとナヴルが恐る恐る海に足を踏み入れていた。
「ほぅ……こんな感じなのか」
「なんだか、でかい風呂みたいだな……」
「この水の重みがまた良いって言う奴も多いぞ?」
二人を案内しているのはファルガーナだった。ナヴルはしきりに調子を確認してすぐに腰に浸かる所まで入ってくる。ガッくんも段々と物怖じをしなくなってきたのか、ザブザブと海に入ってくる。
「あっ、そんなに川と違いはなさそうですね」
続いて入って来たのはレイニだった。最初こそ躊躇していたけど、膝下まで浸かった所で一気に腰に浸かる所まで歩を進めて私の傍までやってきた。
「レイニ、川には入ったことはあるんだ?」
「はい。子供の頃ですけど」
まだ旅をしていた頃の話かな? 思ってたよりレイニは平気そうだった。あと、残っているのは……。
「プリシラ、大丈夫だ」
「……本当でしょうね?」
「あぁ」
ナヴルとガッくんを案内し終えたファルガーナがプリシラの手を引いていた。プリシラは神妙な顔をしながらファルガーナの手を取って海に足を踏み入れていた。
それを微笑ましく思いつつ、残ったユフィとイリアへと視線を向ける。けれど、二人とも波打ち際で足を止めていたままだった。
「ユフィ! イリア! 大丈夫だからこっちまで来てよ!」
私が呼びかけると、ユフィとイリアは顔を見合わせて諦めたように海に足を踏み入れた。その速度は亀のように遅く、私たちの所に来るまでも随分と一歩一歩が慎重だった。
そこに少し高めの波がかかって、胸元まで一気に水がかかってしまう。透けたりはしていないけど、ぺったりと張り付いた水着が体型を意識させる。
「……やっぱりこれはこれで良いのでは?」
「……アニス」
ユフィから冷たい声で名前を呼びかけられて、邪な思考を追い出す。ユフィは濡れて張り付いた髪を鬱陶しそうに指で避けている。その仕草を見て、やっぱり海に来て良かったという確信を私は深める。
「まぁ、まぁ。次は顔を水につけてみようよ。息を止めて、目を閉じて顔を海につけて。で、落ち着いたら目を開く練習だね」
「あ、それなら私出来ますよ」
レイニはすっかり順応したのか、水面に顔をつけて少し潜ったりもしていた。それから顔を出して、息を吐きながらぷるぷると濡れた髪を振っている。
「じゃあ、ユフィとイリアもこんな風に……」
「アニスフィア様」
「……なに、イリア?」
やけに真剣な表情でイリアは私の顔をジッと見ていた。そして、重々しげな声でイリアは私に告げる。
「人は、水の中では呼吸は出来ません。やはり人間が海に入るのは精霊の教えにも反した行いなのかもしれません。まだ身を清めるために水に浸かるのはいいでしょう、ですがやはり潜るというのは生命の危機にも関わるのであって、人が足を踏み入れて良い場所では――」
「……もしかして、怖いの?」
ぴた、とイリアが動きを止めた。イリアの頬を伝ったのは水滴なのか、それとも汗だったのか。イリアは私から視線を逸らして黙り込んでしまった。
そんなイリアの手を掴んで、私は海の方へと引っ張ろうとする。するとイリアが強く踏ん張って私を睨んできた。
「お止めください。後生です」
「大丈夫だって」
「アニスフィア様の大丈夫がこれほど信用ならないのは初めてです」
「私がさっき潜って泳いでたでしょ?」
「私はアニスフィア様と違って常識の範疇にいるので……!」
……必死になって抵抗するイリア。そんなイリアにぞくぞくとした感覚が背筋を駆け巡っていて、悪戯心がむくむくと沸いていく。
「イリア……大丈夫だよ……」
「なんですか、その甘ったるい声は。……なんで引っ張るのですか、止めてください。あの、やめ……! お止めください! ユフィリア様! レイニ! 助けてください!」
イリアが必死に抵抗するので面白くなって引っ張り合いになる。その光景をユフィは呆れたように、レイニは苦笑をしながら見つめているのだった。
結局、その引っ張り合いは私が引っ張る勢いに合わせてイリアが私を押し出し、派手に水飛沫を上げて私が海に沈んだことでオチがつくのだった。