軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話:山が揺れる

「……不味いかもね、これ」

「そうですね。……嫌な予感がします」

山の奥に進みながら、森の様子を観察していた私とシャルネは揃って声を上げてしまった。その状況から読み取れる内容が、明らかに吉報ではなかったからだ。

一方で、私とシャルネが何故呻き声を上げたのかわからないと言うようにガッくんが首を傾げる。

「何かあったんですか? 俺にはただの森にしか見えないんですけど」

「森の実りが全然減ってないんです」

「……ん? どういう事だ?」

シャルネが固い声で告げるも、ガッくんはわかっていないようで更に首を傾げる。

「木の根元に木の実が落ちて腐ってるのはわかる? ガッくん」

「え? あぁ……言われれば、確かに。枝にもまだ食べ頃の実がいっぱいあるっすね」

私が指で示しながら言うと、ガッくんもその事実に気づいたように頷いた。

私たちの目の前には美味しそうな木の実を下げた樹が生っている。その根本には熟れすぎて、落ちて腐ったと思われる木の実も無数に落ちていた。

「ビックエイプはこういった木の実とかを主食にしてる。ビックエイプは東じゃ珍しくもない魔物で、しかも群れるから、こういった木の実を始めとした恵みを人間が採るのはなかなか難しいよね?」

「厄介な奴等っすよね。でも、追い払えば森の奥に逃げていきますし、その後には森の恵みは回復して……あっ」

自分で言っていて気づいたのか、ガッくんは納得の声を上げた。

「そうか、ここにはビックエイプが寄りついてないのか。つまり……」

「ビックエイプが恐れるような何かがいる、って事だと思う」

「多分、ここからいなくなったのはビックエイプだけじゃないと思います。さっきから虫の声や、鳥の声も聞こえないんです。……静かすぎて、不気味です」

シャルネがケラヴノスを握り締めながら、不安に歪めた表情を浮かべる。確かに森の奥に入ってからというもの、気配を感じない。

ある一定の境を越えてから、この気配の薄さはずっと付きまとっている。森の恵みそのものは充実しているというのに、それを食する動物や魔物の気配がなかなか感じ取れない。

「……生命の気配が絶えた森、か」

私たちが今いる場所は、山の中でもかなり奥の方だ。人が踏み入った痕跡も見当たらなかった事から、現地の人でもここまで深く山に入っていないのかもしれない。

それに今、この山は麓から精霊資源の採掘地として開拓が続けられている。なら森全体の調査よりも、開拓の護衛などに優先して人手が割かれていても不思議じゃない。

悪いことだとは思わないけれど、自然の異変を探るには自然に触れるのが一番だ。そうして初めて感じ取ることが出来る。今後はそういう人材を是非とも育てて欲しいと思う。

「でも、これだけ気配が薄いなんてことが有り得るんでしょうか?」

シャルネが辺りを見渡しながらぽつりと呟いた。……確かに、ちょっと普通の状況じゃないみたいなんだよね、これ。

「仮に魔石持ちが片っ端から動物や魔物を捕食していると仮定する。でも、当然襲われれば逃げる動物や魔物もいる。これがスタンピードの原因にもなったりするんだけど……それにしたって外に出る影響が皆無なんて普通じゃない」

「……じゃあ、逃げる間もなく片っ端から食われたって事ですか?」

「もしそうだとしたら、本当に突然そうなった可能性が高いね」

今日、モニカが魔物退治で遭遇したのはビックエイプだけだった。ビックエイプが危機を察知して、住処をもっと人の領域に近づいた場所に構えたと考えればまだわかる。

でも、仮に。もしも、遭遇したのがビックエイプだけ、だったんじゃなくて。そもそも〝逃げることが出来た〟のがビックエイプだけだったとしたら? それはもう、話が変わってきてしまう。

「……突然、魔石持ちになって、ここまで出来るような規格外だってこと?」

あまり信じたくない話だけど、そう考えればこの不可解な状況にも辻褄があってしまう。それを認められるか、認められないかは別としてだ。

どうにも東側の領地はおかしな事が起きているらしい。珍種の目撃例増加、本来の生息地よりも浅い所にいた魔物、その奧に広がっている生命の絶えた森。そこから導き出される魔石持ちの予感。……段々と笑えなくなってきた。

「……どうしますか? 王姉殿下」

シャルネが私に問いかけて来る。それは、更に調査を続けるのか、それとも引き返した方が良いのかという確認だ。

目を閉じて少しだけ考える。ゆっくりと息を吐き出しながら、私は目を開いて二人を見つめる。

「もう少し調べよう。このままだと情報が足りなすぎる」

「危険ではないですか?」

「承知の上で、だよ。それこそ私がやられるような危機なんて起きてたら、ユフィでもなければ止められないよ」

流石にそんな事は起きてないと思いたいけれど、様子がおかしい。備えるに越したことはないと、気を引き締めてから私たちは更に森の奥へと進んでいく。

そこで見つけた痕跡は、今までとはまったく異なるもの。けれど、眉を顰めるには十分な光景だった。

「……酷い」

「これ、多分、ビックエイプだよな……?」

シャルネが口元を抑えて、身体を震わせている。ガッくんも直視するのが苦しそうな顔で〝ソレ〟を見つめていた。

無理矢理引き千切ったような、ビックエイプだったと思わしき〝バラバラ〟の死体。それが無残に焼け焦げている。辺りには血飛沫が散っていて、惨劇の現場になっていた。

辛うじてビックエイプだとわかる残骸は、貪られたかのように一部がない。食えないと判断された部位が無造作に捨てられたような、そんな印象だ。

あまりにも雑すぎる。まるで力任せに引き裂いて、食べられる分を貪ったみたいだ。そして残骸には目もくれず、ここを去ったんだろうと思う。

「……血は、少し古いかな」

こんなに血をぶちまけている筈なのに、残骸が残ってこのままだと言うのもおかしい。焼き焦がされた肉は時間の経過で腐っているようにも思える。

正直、近づきたくない。シャルネなんか涙目になって嘔吐きそうになっている。ガッくんがそんなシャルネの背中を撫でて、落ち着かせている。

「……アニス様」

「普通の魔物じゃない。……なんだろう、この違和感」

食うために殺したというより、殺したついでに食ったと言った方が近いかもしれない。

とにかく、この山に潜んでいる何かは普通の常識に当て嵌めない方が良い相手だという事がわかった。気を引き締めて、他に何か痕跡がないか探そうとした時だった。

――首筋に、チリッと火を当てたような違和感が走った。それは殺気だった。身体がすぐに反応して、セレスティアルを引き抜く。

「――シャルネ、危ねぇ!」

「えっ」

シャルネの身体を引っ張り、ガッくんが抱え込むようにして横に飛んだ。

同時にシャルネのいた位置に何かがめり込んだ。それは人の拳ぐらいの大きさの石だ。それがプスプスと音を立てながら地面を焼いている。

高熱で熱されている石、それが地面にめり込んでしまう程の力で投げられた。もし直撃したらシャルネの命はなかったかもしれない。

「ギィッ、グ、ルァァ―――ッ!!」

そして――森の奥から勢い良く駆けてきたのは頭部に牛のような角を備えた、人のような何かだった。

頭部に大きな角があって、常人に比べて大きく鍛え上げられた筋肉を持っている。角を除けば人に近しい。けれど――その全身に火を纏っていた。

顔も、腕も、足も、全てを炎で包んだ亜人。目だと思われる所から怪しげな光が漏れていて、それが表情を象っているようにも見えた。

「オォァァアアア――――ッ!!」

嘆き、怒り、憎しみ、そんな感情を無秩序に混ぜ込んだ咆哮が鼓膜を震わせ、熱気が膨れあがる。下手に息を吸い込めば喉が焼かれてしまいそうな程だ。

「なんだよ……コイツは……!」

ガッくんが唾を飲み込みながら、シャルネを立たせつつ剣を抜いた。シャルネも青ざめていたけれど、意を決したように構えを取っている。

異形なる亜人種の魔物は、全身の炎を揺らめかせながら私たちの様子を探っているようだった。けれど、その視線が一番向けられているのはシャルネだった。

(どうしてシャルネを……って、まさか!)

シャルネの手にあるケラヴノス、正確に言えばケラヴノスに埋め込まれた魔石。この炎の異形が狙っているのは、恐らく魔石だ。

「アァァ――――ッ!!」

「チィッ!」

野太い空気を震わせるような叫び声を上げて、炎の異形がシャルネへと飛びかかる。シャルネとの間に入るようにガッくんが前に出て剣を振る。

煩わしいと言うように炎の異形が腕を振るい、ガッくんの剣とぶつかる。そして響き渡ったのは、甲高い金属音だった。

「ッお……! か、ってぇっ!?」

思ってもみなかった衝撃を受けてガッくんの身体が少し伸びる。弾かれた態勢のガッくんを見逃さず、炎の異形が繰り出した蹴りがガッくんの腹へと繰り出された。

ガッくんが地面を蹴って後ろに飛ぶことで被害を最小限にしたのは見えたけれど、シャルネと炎の異形を遮るものがなくなってしまう。

「こ、の!」

シャルネが空中に〝ライトニングアロー〟を展開して、炎の異形へと撃ち込む。しかし、その雷の矢も全身に纏った炎に触れると発火したように弾けて消えてしまう。

ギョロリ、と瞳のような光がシャルネに向けられ、シャルネを掴もうとその手を伸ばす。

「させないわよッ!」

ガッくんが稼いでくれた時間で、今度は私が間に入る。セレスティアルを起動して、シャルネに伸びた手を、魔力刃で叩き落とすように振るう。

魔力刃は炎を払い、腕へと刃を食い込ませる。そのまま腕を断ち切ろうとするも、感触がやけに硬い。体内の魔力が密度を厚くするように魔力刃を阻んでいる。

「グォォァァ――ッ!?」

「うる……さいッ!」

私を引き剥がそうとするように全身の炎が膨れあがり、再び熱気を爆発させる。腕が斬れないと判断した私は、身体強化した足で腹を蹴り返す。

炎が燃え移るかもしれないけれど、一度距離を取るためには仕方がない。私の蹴りを受けた異形は後ろによろめくも、すぐに態勢を立て直して私を殴り飛ばそうと拳を振るう。

「はぁ――ッ!!」

私は迫る拳を打ち返すようにセレスティアルを振り抜く。魔力刃は炎をあっさりと切断するも、本体である腕に食い込めば抵抗されてしまう。

それでも無傷という訳ではないのか、魔物の腕についた傷から血が溢れた。一撃を貰ったことで怯んだのか、異形が大きく後ろへと跳んで下がる。

「……ッ、あっつ……!」

熱気が離れた事で私は一度大きく息を吐いた。全身に炎を纏っているので、あまり近づくのはよろしくない。距離を取って戦いたいけれど、相手が魔物にしては小柄なのでシャルネでは狙い辛そうだ。

動きも俊敏で、身体も硬い。全身に纏っている炎はどうやら魔法みたいだけれど、魔力刃で魔法は切り払えても、魔力刃を通しづらいという事は全身にも抵抗するだけの魔力が満ち溢れているということだ。

(……久しぶりに見る面倒な相手だ)

でも、はっきり言えば私の敵じゃない。ドラゴンの魔力を解放すればそんな苦戦もしないだろう。出力さえ上げれば魔力刃で切断が可能だ。

とにかく不可解な魔物ではあるけれど、大人しくさせてから調べさせてもらうことにする。そう思いながら私はセレスティアルを構え直す。――そんな時だった。

――ズン、と。全身を震わせ、世界すらも揺るがすような衝撃が突き抜けていったのは。

* * *

「……ッ! なんだ、地震か!?」

アニスフィアたちと分かれ、急いで下山していたナヴルたちは突然揺れた足下に慌てて足を止めていた。

モニカを支え、彼女が転ばないようにと姿勢を低くしたナヴルだったが、地震は収まらない。何度も、何度も世界が揺さぶられる。

(地震……? いや、なんだこれは、本当に地震なのか……!?)

それは地震というには奇妙な揺さぶられ方だった。そんな違和感にナヴルが眉を寄せていると、ナヴルに支えられていたモニカが震えながら遠くの方へと視線を向けていた。

「モニカ? どうした?」

「……ナヴル様、あれ……私の見間違いですか……?」

震える声で、モニカは指を向けている。何事かと思い、ナヴルも振り返った。

「……馬鹿な」

そして振り返ったナヴルも信じられない思いで、そんな言葉を呟くことしか出来なかった。

見間違えではないかと目を疑った。しかし、瞬きをしても変わらない。ナヴルの視界に映っているのは、木々の間を掻き分けるようにして見える山々。

――その山の一部がゆっくりと動いている。その動きに合わせて、再び世界が揺れた。