軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8章8話 終わりのための計画

ファルマはしばらく放心状態になって、何もやる気が起きなかった。

(鎹の歯車によってこっちの異世界も終わるかもしれないけど、このままだと地球人類も遠からず終わる)

地球世界にいるファルマ少年がSOMAを作ってしまったなら、薬谷 完治の責任において、地球に戻ってSOMAを修正しないといけないかもしれない。元の世界に戻れる気もしなかったが、ファルマはそんなことを考え始める。

(俺が向こうに戻るのも現実的ではないから、何とかSOMAの欠点に気付いてくれたらいいんだけど。というか、何でそんなものが承認されたんだ……?)

自問自答してみたが、いくらでもそれらしき理由はあった。

彼が薬谷 完治として過ごした時期にも、それが歓迎されそうな土壌は醸成されていた。

毎年のように生み出される革新的な治療薬や医療技術、それを支え高騰し続ける医療費。

日本や世界各国で急速に進んでいた少子高齢化により、医療費の伸びは国民所得を上回るものとなっていた。

患者負担を上げても上げても、財政支出は追いつかない。

希少疾患や難治性がんの治療の決め手にも欠いていた。

そんなとき、若返りや長寿命化をも実現する夢の万能薬、SOMAが日本の薬学者によって開発され、有害な事象が起こらず、ベネフィットがリスクを上回ってしまったら。

適応疾患を最大に見積もって、それぞれの疾患の治療薬として厚労省にスピード承認されるかもしれない。

SOMAは膨らみ続けていた医療費を大幅に抑制し、健康寿命を伸長し、生殖可能年齢をも大幅に引き上げ、七十歳を超えても妊娠できるとあれば、少子化問題や労働力の問題も当面の間先送りにすることができる。

日本における失われた数十年。

年々と際立つ日本の科学力の凋落の責任を擦り付け合っていた政財界からも、これで何もなかったことにできるとばかり、喝采をもってその誕生を迎えられただろう。

長期的なリスクを慎重に評価するための法整備は追い付いていなかった。

誰もSOMAの承認を止めることはできなかったのだろう。

死を恐れ若返りを望む人類のほとんどが、万能薬なるものに飛びついてしまう気持ちはわからないでもない。

ファルマも同じ穴のムジナだ。

そうやってこの世界で、数々のチートを使いながら身近な人々の死に小手先の手段で抗ってきた。

(俺もきっと同じだ……俺も向こうの世界にいたら、ただ歓迎したに決まっている)

メレネーは地球世界に思いをはせ、沈み込むファルマに言葉をかける。

「何を落ち込んでいる」

「……故郷が滅びるかもしれないと思って」

声が震えてしまったことに気付く。

「お前の思っているようなことは、向こうの世界の人々も思いつくのではないか。そうそう心配することはないのかもしれないぞ。お前が来た世界の人間は、お前と同じように賢いのだろう?」

「俺なんて、大して賢いうちにも入らないよ……」

地球上の優れた人々と比較して、自身には何も強みがない。

空っぽのまま、ただ突っ走って死んでしまった。

地球人の一人として、地球の人々と、彼らが積み上げてきた科学の叡智を信じたい。

だが、地球人の一人だからこそ、ファルマは彼らの弱さも知っている。

「とはいっても、そのソーマだとかいう薬を飲むのをやめたらもとには戻れるのだろう? 何をそんなに悩んでいるんだ?」

「戻らないから悩んでるんだ」

このSOMAという薬は、ひとたび効果を発揮しはじめたら、永遠に遺伝子異常を修正し続ける。

あろうことか、生殖系列のゲノムも修正してしまう。

人類は本当に老いや病死から解放されてしまう。

SOMAの投与をやめたとしてもだ。

安全装置のようなものが組み込まれていたら話は変わってくるが、果たして人類は、自身の健康を損ねてまで、病苦を受け入れるだろうか。

そうは思えない。

「メレネー、向こうに行く案はなしになりそうだ」

考えれば考えるほど、やはり何かがおかしい。

メレネーのいうように、それが地球の造物主か何かわからないが、何者かの介入が入っている気がする。

SOMAの存在する地球に行くべきではない。

ファルマはそう判断した。

鎹の歯車に寄生されているからか、向こうの世界でも異常が起こっている。

向こうの地球はファルマの知らない世界だ。

「こっちの世界を正常化させることが先決だ。そうすれば、向こうも寄生が解けて元に戻ると思う」

「わかった。向こうの世界のことは向こうのお前や、分別のある者に任せよう。こっちの世界に残ると決めたなら、向こうの心配をしている余裕はないぞ」

13歳のメレネーの言葉は、年齢に似つかわしくなく頼もしい。

「ファルマの第一の目標は悪霊のいない世界を作る、だったな。それであれば、この大陸に住まう悪霊を一体一体お前が浄化したり私たちが鎮めるのではなく、呪器をすべて集めて私の住む大陸に持ってくるといい。それで、この大陸の霊がどうなるかを一度観察してみよう」

現存する呪器のマップは、サロモンら神官が作ってくれていたはずだ。

それを一つずつ集めて、ファルマが回収しメレネーたちに渡せば、大陸における霊の出現を防げるとでも言いたげだ。

彼女の提案には一考の余地がありそうだったが、ファルマはそれでいいのかと疑問に思う。

「でも、予想に反して悪霊を呼び込んで、メレネーのいる大陸も汚染されてしまったら?」

「そのときは通常の対応をすればいい。もともとお前がやろうとしているように」

浄化をする前に試せることがあるならば、一度やってみたらいい。

メレネーはそういっている。

「わかった。では少しずつやってみよう」

ちょうどその日、大神殿の定例会がサン・フルーヴ宮殿内神殿で行われているのを知っていたので、ファルマとメレネーは宮殿へ赴き、エリザベスと主要な神官らと合流した。

サロモンや各地の守護神殿の神官らも集まっていた。

聖帝エリザベス1世の代になってからというもの、鎹の歯車に対する警戒と交通の利便性から神聖国の機能をサン・フルーヴ宮殿内神殿へ移し、主要な行事や会議もそこで催されることが増えてきた。

大陸各地から帝都へ向かう道はふんだんに予算をかけて整備されているため、帝都宮殿内神殿に大神殿の機能が集約することは、神官たちからも概ね歓迎されている。

ファルマの口添えとエリザベスの許可を得て、本来神官のみが参加する定例会に今日に限り、メレネーの参加も認められることになった。

ファルマは大聖堂に募った彼らを前に今後の方針を述べて、率直な意見を募ることにした。

しかしそうとは知らない神官たちは、久々に守護神が臨席すると聞いてそわそわとしている。

「守護神様から我々にお話しがあるとか」

新たな仕事を言いつけられるのではないかと怯える者もちらほら。

「定例会の前に、薬神よりお言葉があるそうだ。心して聞くがよい」

エリザベスは大聖堂の中央部の大神官の席に座している。

メレネーは客人としてその隣に席を用意された。

ファルマは祭壇前に立って、慣例にしたがって神官らの祈りにこたえ加護を与えたあと、おもむろに語り始めた。

「これからお話しすることは受け入れがたいと思いますが、意見を聞かせてください」

彼が伝えたのは、鎹の歯車問題の最終解決を図る覚悟を決めたこと。

メレネーの協力のもとに悪霊のない世界を作りあげ、大陸中の信仰と神力をファルマに集約し、墓守と同格の存在になって要求をのませる。

墓守につきつける要求とは、鎹の歯車と地球との連結を切り、世界を正常化させることだ。

墓守が要求をのまない場合は墓守の意思伝達系統に侵入し、洗脳を試みる。

それも失敗したら世界は終わりだ、と。

「私が最後の守護神となります。どうか、皆さんの力を貸してください」

この世界の正常化のためには、この世界の因果を破綻させている神術と呪術を手放し、科学を基本とする新たな理のもとに世界の発展を目指してゆく必要がある。

ということも明確に伝えた。

定例会には神殿関係者しかいなかったが、神官らの間に動揺が広がる。

神術を手放すということは、貴族階級の特権を失うことだ。

神官はともかく、世俗の貴族らにとってもそうやすやすと受け入れられるものではない。

彼らはファルマの言葉を真っ向から否定するわけにもいかず、あれやこれやと理屈を並べ始める。

「しかし、神術を使うなと言われても、こっそり使おうとする者があとをたたないと思います」

「我々が神術を手放したとして、子孫にまでそれを守らせるのは現実的ではなく」

「神脈の開閉をつかさどる詠唱が外部に漏洩してしまった場合は……?」

もっともらしい言い訳を考えては、神術使いの誇りを手放したくない神官たちが口々に述べ立てる。

しかしファルマは冷静に否定する。

「心配はいりません。私があなたがたの神術を根こそぎ使えなくしますので」

「ほう、それはどのようにして」

エリザベスは挑戦的な表情で、椅子に肩肘をもたせかかるようにしながらファルマに問いかける。

「皆さんの同意を得てからにしますが、私は世界中の神術使いの神術関連遺伝子群をいちどきに破壊しようと思っています」

「すみません、おっしゃる意味がよく」

「簡単に言うと、神脈を不可逆的に破壊します」

ファルマはできるだけ感情を込めないように、無表情のまま伝える。

ここに席を連ねる全員の心を折る行為だ。

憎まれ役となるが、買わなければならない。

「聖泉の水涸をかけるということですか?」

「違います。神脈そのものをなくします」

神官たちは驚愕し、顔に恐れの色を張り付けた。

「あなた様は、私どもの体を作り変えることができるのですか」

「はい。あなた方の体を構成している全てを作り変えることができます」

ファルマは俯き気味に肯定した。

「神術使いの素養は子孫に遺伝しません、神脈はなくなります。私の目をあざむいて隠れたり、逃げたり、回避することは事実上不可能です」

ファルマは物質消去を使って、見渡す限りの領域に対し、あるいはこの惑星全域を指定して、神術関連遺伝子群を消し去ることができる。

そうなればこの世界から神術使いは一人としていなくなり、ファルマは神術使いらに分け与えられていた世界中の神力を一人で独占することができる。

その力は、私利私欲のために用いるのではなく、墓守と対等にわたりあうために利用される。

この世界をこれからも末永く維持してゆくために、神力を没収する。

目的と意図を伝えてもなお、神官らの動揺はおさまらない。

「世界中どこにいても……? ですか」

「地の果て、海の果てであってもですか」

「逃げられないと思います。その時が来たら、一人も逃さず潰すつもりです」

彼らを守るために、彼らから神力を取り上げる。

「こんな方法しか思いつかなくて、申し訳なく思っています」

あまりにも無慈悲かつ一方的な手段を告げられて、神官らは恐怖に顔をひきつらせている。

はったりではないと気づいたからだろう。

「あの、潰すといっても痛みなどはありません。私が術を使っても知覚できないと思います。ある日突然神力が枯れ、神術が使えなくなる。神術陣に蓄えられていた神力もやがて尽きる。穏やかに、この世界から神術が消えてゆく。それだけです」

信仰を試されているように感じるかもしれない。

「同様に、我々の呪力も破壊してもらうつもりだ。神力も呪力も、両方なくなる」

メレネーはファルマの案を支持する姿勢をみせた。

「そういうことであれば、拝承しました。ファルマ様がお決めになったことですから、我々神官は受け入れて平民へと身を落とします。守護神様からお預かりした神力は、守護神様へとお返しするのが道理。神脈の破壊はいつ実施なさるのですか」

サロモンはなんの拘泥もなく神脈の破壊に応じ、具体的な日取りをファルマに伺う。

「今から五年後と定めたいと思います」

「では、この世界で神術を使えるのは守護神のみ、という情勢になるのか?」

エリザベスの質問だ。

彼らはファルマだけが知っている新たな世界へと踏み出す。

「一時的にはそうなりますが、それもすぐに終わります」

「そなたはどうなる」

エリザベスはファルマの歯切れが悪いので、安否を気にしているようだ。

ファルマはその質問をやりすごすこともできたが、包み隠さず伝えることにした。

「私は墓守とともに消えるか、鎹の歯車を破壊したときに巻き込まれて消滅するでしょう。実は、私の体は少しずつ消えかけています。しかしうまくいけば、ただ消えるだけでなくこの世界の正常化を見守ってゆくことになります。せめてこの世界の役にたてるなら、私にはそれで充分です」

ファルマの固い決意を聞いたサロモンは口惜しそうだが、反対する様子はない。彼は守護神の決定には従うと言ったばかりだ。

ファルマの言葉を、神官らは受け入れるほかになかった。

「ファルマ。お前の父親、母親、兄妹たちには話したのか?」

メレネーも一応、ファルマの決意を聞いておく。

家族の話をされると、ファルマも少し決意がゆらぐ。

ああ、ブランシュは泣くだろうなあ、とか。

パッレやブリュノ、ベアトリスに伝えるのはしんどいな、など。

この体は、ファルマ・ド・メディシス少年の生きた証でもある。

家族から彼を奪うことになってしまう。

「悲しんでくれるかもしれませんが、私はもともとこの世の人間ではありません。この地の医療や科学の未来を見届けたいという未練はありますが、自然界の理を曲げて、誰かの生きる場所を押しのけてまで生にすがる道理は、最初からありません。私は死者で、死者は無にかえるべきです。消える時は潔く、それは私の美学でもあります」

そう、霊は現世にとどまってはならない。

自分にだけ特例を適用してはならない。

本当はもう戻るべき肉体もない、自分の時間は終わっていたのだから。

この世界の霊をすべて滅ぼしたら、最後に浄化されるべき霊は自分だ。

見るべきものは見て、

やるべきことはやった。

話すべきことは話した。

あとはもう、誰かがやってくれる。

自分でなくてもいい。

メレネーとそういう話をしていたではないか。

あと五年もあれば、それはもう十分に時間を延長してもらったといっていい。

(俺がこの世界で経験したことは、長い長い走馬灯のようなものだったのかもしれない)

ファルマは神官たちの、まるで異物を見るような視線を受けながら、

じんわりとそんな感覚を懐いていた。

「全員で滅びるより、私以外の全員を生かす道をとります。神力を奪うことと引き換えにはなりますが」

「一つ、お伺いしたいのですが、なぜ五年後なのですか。今年の闇日食の脅威がありますが」

感情をかみ殺すかのように話を聞いていたサロモンが、どうしても咀嚼できなかったらしく疑問を投げかける。

「鎹の歯車に私の神力を注ぎ込んでいるので、今年の闇日食まではもつと思います。次の闇日食の予定日をリアラさんに調べてもらって、五年後と特定しました。それだけの時間があれば、大陸中の呪器を回収することもできましょうし、悪霊が本当に消えたのか確認する時間も、私の持ちうる知識や技能を後進に、最低限伝えることができます。科学の礎が築かれたのを見届けてからこの世を去ることができます。とはいっても、鎹の歯車や私の体が五年ももつかわかりませんので、最短半年から最長五年ということになります」

大まかにそんな道筋をたてていると、ファルマは神官らに伝えた。

計画実現の足掛かりとしては、メレネーたちの協力を得て呪器を運んで大陸に移し無害化しようと思う、と伝える。

エリザベスはファルマとメレネーの計画を受け入れた。

呪器を収集し、直接ファルマのもとに持ってくるという算段をたてる。

もちろんファルマも取りに行くつもりだが、一人では体が足りないので手分けをする。

「この大陸にある呪器をマイラカ族がすべて引き受けてくれるのであれば、手前どもにとってはありがたいですが」

神官らにとっても、教区の安全を脅かす呪器の厄介払いができるのは悪くない話だ。

だが、厄介をかけるメレネーの手前、彼らも神妙な顔つきをしている。

「メレネー、本当によいのか? それがそなたの利益になるのか?」

エリザベスは押し付けになっていないかどうか、メレネーの真意を知ろうと彼女の黒い双眸を覗き込む。メレネーはエリザベスに冷やかに言い放つ。

「受け入れてよいとは言ったが、状況をみて対応する」

「それが妥当であろう。では、ファルマの提案に従って各々準備をすすめてゆこう」

この会議は大荒れになるかと予想していたが、メレネーと聖帝のおかげで話をまとめることができそうだ。ファルマはほっと胸をなでおろす。

「賛同いただきありがとうございます。ただ、私の案が最善だとは思っていません。異論や別案があれば受け付けています」

ファルマが深々と頭をさげ、退席をし聖堂内では通常の議題に移ろうとしていたとき、一人の女神官が勢いよく席を立つ。

「まってください!」

ジュリアナが発言を求め、その場は騒然とする。

ジュリアナは周囲に取り押さえられそうになったのを振り切って、祭壇を駆けあがり、ファルマの前に駆け込んで、転がり込むようにひざまづいた。

「ジュリアナさん?」

「おかしいと思います!!!!」

ジュリアナの絶叫は大聖堂に響き渡った。

「私はファルマ様に命を救っていただきました。生きることを諦めた私を、死のうとしていた私を、あなたはこの世界にとどめてくださった」

ジュリアナは無礼もわきまえず、這いつくばったままエリザベスに詰め寄る。

「聖下も、それでいいのですか?」

ジュリアナはエリザベスに食って掛からんばかりの勢いだ。

「この方は、この世界に生きる人々のために一生懸命で、諦めないで命をつないでくださいました。それなのに、神殿はファルマ様一人を犠牲にして、それで私たちは助かってのうのうと生きようとしているのですか? 守護神様にお仕えする神官とは、あなた方の信仰とは、そんなものだったのですか?」

ジュリアナは涙を流しながら悔しそうに体を震わせる。

彼女がこれほどに感情を爆発させたのは、初めてのことだった。

「守護神様は人間を守ってくださるのに、人間は守護神様を守ろうともしないんですか?!」

枢機神官であった彼女は呪いによって支配され、神聖国よりファルマへの刺客として送り込まれたが、彼の許しを得て命を救われ、手厚い庇護を受けた。

その恩を、彼女はかたときも忘れたことがなかった。

何とも言えない空気が流れ始めたところを、ファルマは腰をおとしてジュリアナと視線を合わせ、彼女に言葉をかける。

「ジュリアナさん、庇ってくださってありがとうございます。私はもう人間ではないので、人間のように思わなくて構いません。もともと死んでいて霊のようなものなのに、人と関わりたくて、ここまできてしまいました」

「よくないですっ! やめてください。こんなときだけ達観したふりをするのは。あなたは守護神様ですが、人間の心を持っていると仰せでしたよ! 私は臆病な人間なので、私がもしあなたの立場なら、怖いと思います。たとえもう死んでいたとしても二度も死にたくないし、消えたくないと思います。でも、あなたは強くて優しいから、私たちに罪悪感を植え付けないために……」

ジュリアナは嗚咽して言葉が出てこなくなった。

それでも服の裾で洟をすすり、まさぐるように言葉を続ける。

「……私は忘れていません。私を助けてくださったのは特別なことではなくて、人間同士の助け合いだからと仰せでした。だったら、こんなの! 絶対間違っています! 神殿は今まで、守護神様を鎹の歯車の生贄にささげて、その断末魔の悲鳴に耳をふさぎながら生きながらえてきました。それと今回の何が違うんですか? もうこんなのやめましょう……でないと、また延々同じことが続くんです」

ジュリアナは床に身を投げ出してでも抵抗することに決めたらしい。

彼女のなりふり構わない具申を、エリザベスは目を閉じて聞いていた。

そして、宙をさまよわせていた扇をパチンと閉じる。

「そうだな……よくぞ申した、ジュリアナ。世界のため、仕方ないと言い聞かせて、彼の提案を鵜呑みにして諦めるところだった。余も、彼が“諦められなかった一人”であったのにな……二度も余を救ってくれた恩神に、なんと薄情なものよ」

エリザベスの瞳に、希望を取り戻したかのような淡い光が戻る。

白死病の際に一度、融解陣からもう一度。

彼女はそれぞれファルマと、エメリッヒに命を救われている。

「そなたはそなたの計画を進めるがいい。余は邪魔せず、そなたを生還させる方法を考える」

「目標がぶれれば、それだけ失敗する確率を高めます」

ファルマは困ったように首を横に振る。

優先すべきことは、自分の命ではない。

「勝手に考える」

「……」

「ファルマ」

定例会が終わって、メレネーは聖堂内の椅子にかけてジュリアナを慰めていたファルマの隣に腰を下ろし、ぽつりと告げる。

「私もだ、お前に滅んでほしくない」

ファルマは何とも言えない気持ちになりながらも、

各々がそう思ってくれたことに対して、感謝を胸に刻んでおこうと思った。