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作品タイトル不明

11話 皇帝陛下の創業勅許

女帝エリザベートの治療は慎重に、そして順調に進んでいった。

ファルマは午前中はエレンの授業、午後は食事をとってから父とともに宮殿に通い、女帝にポーションを献上し服薬を見届ける。というライフスタイルになっていた。

しばらくもしないうち、女帝の病状に改善の兆しが見え始めた。肝障害をはじめとする副作用を警戒し、ファルマはこまめに、数値化はできなかったが簡易的な生化学検査で検査データを取った。女帝の若さと、神術使いという体質も影響していたのだろうか、懸念されていた副作用もなく経過は良好、血痰もおさまり、三か月目には結核菌の存在もほぼ陰性になった。

ファルマは宮廷で働く全ての廷臣にも、予防的に服薬をすすめた。

侍医数名と侍従数名、皇子が感染していたので、スケジュールを組んで投薬を開始する。彼らも全員、平民ではなく貴族だったからか、ひどい副作用はみられなかった。

もちろん、一番身近な患者である父へのケアも怠らなかった。

見習い薬師ファルマのカルテには、膨大な記録がたまってゆく。

ファルマは父が読めるよう、カルテを日本語ではなく異世界語でつけるようになった。父は、食事を終えると毎晩遅くまで書斎にこもり、じっとファルマのつけたカルテを読む。そして翌朝になれば、どうしてこんなところまで、と思うような細かい部分に至るまで、山のように質問を投げかけてくるのだった。

また、父は廷臣個々人の生活状況、既往歴も把握しており、それはファルマにとって補助的な情報になり、情報の共有は互いの気づきとなった。

ファルマは、十歳にしては忙しく、そして充実した毎日を送っている。

しかし無理に働きすぎはせず、何よりも自身が健康でいるよう努めた。

前世で学んだ教訓だ。体を壊さずほどほどに、頑張ること。

ファルマの存在と彼の持つ薬学知識は、女帝の寵愛もあって宮廷の中で受け入れられはじめた。既存の医療の限界を憂いていた宮廷医師、新進気鋭の宮廷薬師を中心に、ファルマから単式顕微鏡の作り方を教わり、微生物を観察し病原菌と向かい合うものも出始めた。彼らはファルマが独占しているであろう未知の知識を学びたがったが、一介の見習い薬師である彼は、講義が出来る立場になかった。

顕微鏡発明の一報は、すぐに帝国各地の医薬大学に知れ渡っていった。

ある日、遠くノバルート医薬大学から表彰状と記念盾がファルマ宛に送られてきた。

どういう風の吹き回しかと思えば、侍医長のしわざである。そういえば彼はファルマが自ら製作した顕微鏡を高額で買い上げていたが、ファルマを発明者として、顕微鏡の実物を添えて医薬大学に親書を送ったのだ。

サン・フルーヴ帝国の医学は、世界最先端のノバルート医薬大学からすると一段格下にみられているふしがある。新発明で帝国侍医団の失地回復を狙っているんだろう、ブリュノはそんな裏事情を見透かしていた。

こんな世界でまで白い巨塔なんだな、とファルマは呆れるどころか感心した。

ノバルート医薬大学副学長の使節団が、サン・フルーヴ帝国薬学校へ押しかけてきた。

そして、総長であるブリュノに要請するには、女帝の治療にあたっているファルマという優秀な宮廷薬師に白死病の特効薬のレシピを開示させろとのこと。

クロードは、ファルマがわずか十歳の薬師見習いだとは報告していなかったようである。

ブリュノは彼の直感のもとに、ファルマと彼らを会わせなかった。大学内の権力闘争の道具にされることは目に見えていた。

噂の宮廷薬師に会えず、諦めて帰ってゆく副学長の使節団。その一行の馬車を離れた距離から見送るファルマに、エレンが話しかける。

「ファルマ君の薬、皆がほしいみたいだね。白死病の特効薬でしょう?」

エレンからすれば、それは不治の病を治す神薬のようだ。

「白死病の4つの薬は、今は俺にしか造れないんだ」

「やっぱりそうなんだ。難しい神技を使うのね」

ファルマに宿った薬神こそがなしえる神技なのか、とエレンは思い知る。

だから調合過程も合成過程も、ファルマは未だ誰にも見せようとしない。

私も教えてほしいんだけどな、エレンですらそう言えなかった。

それでもエレンは仕方ないと思う。

ファルマの神技によって助かる命があるのなら。

彼にしかできないことであり続けても……、などと考えているとファルマは、

「ゆくゆくは、誰にでも合成できるように伝えようと思うよ」

本格的な研究施設を立ち上げ、有機化学合成が可能になってからという意味だ、とファルマは補足する。

「知識を広めるの、惜しくないの?」

新薬を門外不出のレシピとして抱え込んでしまう薬師も多い。そして特許を高額で売り払うのだ。

「先人の知恵だ。俺のものじゃないから、惜しいもなにもないよ」

ファルマは涼しげな表情で、さも当然のことのように答える。薬学者であった彼は、前世ではいくつもの新薬を世に出したが、彼の仕事でない発明に権利を主張することは、彼の信念に反した。

それらは人類が長い歴史をかけて蓄積した叡智である。

この無欲な少年に薬神が宿ったのは、偶然ではないとエレンは思わされたのだった。

…━━…━━…━━…

父と共に毎日のように宮廷へ顔を出すうち、ファルマは女帝の皇子ルイ(6歳)に懐かれていた。ファルマを母の命の恩人として、日ごとに慕ってつきまとう。しかも、ビリヤードの相手をさせられる。ファルマは適当にルイに勝たせて喜ばせていた。

「殿下の勝ちです。殿下はお強い」

大げさに褒めると、ルイは気を良くする。

「うむ、明日も勝負だぞ、ファルマ。では、出かけてくる」

ファルマは皇子を馬術の訓練に送り出した。はいはい、とファルマは手を振る。

「悪いなファルマ、俺の仕事を代わりにしてもらって」

そしてルイと同様に、女帝の小姓、14歳の少年ノアとも親しくなった。彼の仕事は送迎の案内兼、皇子の遊び相手だ。ファルマは薬師としての仕事のあとは皇子に付きまとわれるので、ノアと雑談をする機会も増える。

「君の仕事だろ。たのむよ」

「殿下は俺との相手は飽きたとおっしゃってな。それに、お前も息抜きを楽しんだだろ」

ノアはしゃあしゃあとそう言うのだった。

(まあ、ビリヤード楽しかったけれども!)

じゃ、とファルマが遊技場から出ていこうとすると、

「まあまあまあ! いい情報があるんだ。ここだけの話、もったいなくも陛下は、お前にくれてやる褒美をご検討されておられる。陛下の専任の宮廷薬師としての地位も、約束されたようなものだ。いやあ、羨ましい。俺もお前のように出世したいものだなぁ」

ノアは有名な侯爵の公子で、父の命令で幼少時から女帝に仕え、女帝や皇子の身の回りの世話をしているのだそうだ。この少年、女帝の前では恭順な態度を貫き、なかなか気の利いた仕事をするが、裏では口も悪くしたたかである。

「領地……かー。俺、次男だし、薬学のことだけしてればいいや」

領地と言われても、ファルマには実感がわかない。薬師として仕事をしているときの冴えわたった顔つきが嘘のように、ぽかんとアホ面をしている。

「バカ! 領地に関心のない貴族がいるか! 次男でももっとガツガツいけよ。全然興味がないってわけじゃないんだろ?」

ノアは貴族といえば領地、という思考回路。一方ファルマは薬学ひとすじなのだ。創薬研究になら、すこぶる興味があるけれども。

欲しい物はとくに何もない、と返すと。

「このバカ、もらえるものはもらっておけよ」

それでも、何も望むものはないのか、将来の目標はないのか、としつこく尋ねる。

「誰にも言わないから、ここだけの話で教えてくれよ」

口を押さえるジェスチャーをしながら、ノアはファルマに詰め寄る。調子のいい少年だ。

「薬局をひらきたいんだ。庶民のための」

「庶民のための? お前、宮廷薬師のくせに酔狂なバカたれだな。商売なんて賎業は貴族がするもんじゃないぞ。平民の職業だ」

一言喋るごとにバカとつけるのは、ノアの口癖のようだった。小姓として女帝や皇子にへこへことうだつの上がらない生活をしている反動で、口が悪いのだろう。

薬局と言ったものだから、貴族である彼は眉をひそめる。父のように学者になって大学で教鞭をとってはどうか、などと勧めるのだった。

「だってよ、お前、平民なんて治したって無駄じゃねーか」

「何で?」

「バカお前、平民は何かにつけ病気になる。神力を授かっていないから体が弱いんだ。高価な薬を使っていたら、きりがないだろう」

単純に生活状況や衛生状態が悪いせいだろう、とファルマは内心反論する。

「価格を抑えた安全な薬を創ればいい」

「ははは、バーカバーカ! 高い原料をどうやって仕入れてくる? 大赤字だ、いかにお大尽の尊爵の息子であっても、父上の懐具合だって無限じゃないだろう」

薬学に関する知識と発明の才能はあるのだろうが、蓋をあければ世間知らずの子供だな、とノアはファルマを小ばかにする。ファルマは少々頭を捻って考える振りをして、こう返した。

「まあ、薬草を栽培するための領地は、少しだけでも必要かもしれないな」

ファルマの物質創造の能力があれば、原料の値段など気にしなくてよいのだが、複雑な化合物を造るには限界があった。そこで、薬草や生薬からの創薬を考えてもよいかもしれない。

「ちなみに、領地貰えるんだったら海と山、砂漠、平野とどれがいい?」

「海かな」

ファルマは特に何も考えずにそう答えた。

「それでいいんだな! 確かに聞いたぞ!」

ノアの瞳が鋭く輝いた。

…━━…━━…━━…

半年の治療期間を終え、ほぼ快癒をした女帝が、父とファルマを正式に宮殿に招いた。薬師としてではなく、賓客として。

事前に、正装をしてくるようにとの達しがあった。ファルマは父とともに女帝の寄越した立派な馬車で宮殿に向かう。杖も忘れずに持って行く。快気祝いのパーティーのようなもの、と父からファルマには伝えられている。

宮殿に着くと、何やらいつもと宮殿の様子が違った。宮殿は色とりどりの珍しい花々で飾り付けられ、通路には侍従がずらりと総出でお出迎え。通された玉座の広間は、4階吹き抜けのドーム状の大空間で、大理石の階段上に黄金の玉座が据えられていた。

ホールには、帝国内の大貴族や廷臣たちがずらりと坐している。

ファルマは父の隣に座り、姿勢を正して女帝のお目見えを待った。

「皇帝陛下のご入堂!」

廷臣、諸侯は起立をし、荘厳なアンセムが演奏される中、長い深紅のローブを纏った女帝が側近を従えて入室してきた。

サン・フルーヴ帝国皇帝、エリザベートII世だ。

(うわ……綺麗だ……!)

ファルマは目を見張った。普段の彼女と見違えたのだ。

帝冠を戴き、帝杖を持って玉座に坐し、廷臣たちを睥睨するその様子は、ファルマの言葉に従順な患者のそれではなく、帝王のそれであった。彼女は皇帝としての威厳に満ちあふれている。バラのような頬、瞳、艶やかな銀髪。輝くばかりの美貌を見せつけていた。

女帝は快癒の挨拶を臣下に対して行い、大臣らが祝賀の言葉を述べる。

そして最後に、女帝は筆頭侍従から勅書を受け取り、読み上げる。

「尊爵、宮廷筆頭薬師 ブリュノ・ド・メディシス」

「はっ」

ブリュノは立ち上がり、典雅で格式ばった所作で壇上に上がり、女帝の前で立礼をする。

父が呼ばれてはじめて、ファルマはこれから論功行賞の儀式が始まるのだということに気づいた。

「そのほう、余の施療によく邁進してくれた。褒美として、新たにマーセイル領の統治をゆだねる。特に、公子の新薬の薬草生産と調達に用いよ」

女帝は帝杖の先端をブリュノに差し向け、端をブリュノが握ることにより、支配権がゆだねられる。封土の授与の儀式だ。マーセイル領というと、貿易の盛んな港湾都市。沿岸のなだらかな傾斜を利用した豊かな農地が広がる、薬草の大生産地だった。

「はっ。わが君主に従属する者として、神の名にかけて信義を尽くし、崇敬を捧げます」

実質、父の名義ではあるが、わざわざファルマに与えられた封土といってもよかった。へえ、とファルマが父の喜びようを自分のことのように眺めていると、

「宮廷薬師見習い、ファルマ・ド・メディシス」

(はっ?)

ファルマは驚きのあまり、にわかには声が出なかった。

廷臣たちはざわざわとどよめく。父が封土を下賜されたばかりでなく、息子にもこれ以上の褒美があるのか、と、羨望のまなざしがどこからともなく向けられた。だが、彼の功績に異を唱えるものはなかった。

「そのほうの活躍めざましく、卓越した知識と見事な治療の手腕を披露してくれた。余の命が今あるのは、ただただ、そなたのおかげだ」

ファルマは立ち上がって女帝の前にでたものの、直立不動で固まっていた。

廷臣に注意されて、彼は混乱しながら立礼を行った。

「見習いから宮廷薬師に昇格を許す。また、特別に帝都での薬局の開業を許可する」

「っ?」

ファルマは今度こそ固まった。見習い期間の終了を決めるのは師である父やエレンなのだが……。

「何を驚いておるのか。そなたの師から、皆伝の許しは出ておるぞ」

女帝はにこやかな笑顔を向ける。父がファルマの宮廷薬師の見習い期間を終了させたと女帝に上奏し、一人前の薬師となることを許可した。そういう意味だった。

ファルマははたと、女帝の隣で恭しく控えているノアと目があった。ノアはにやりとし、おかしそうにほくそ笑んでいる。バーカ、と口が動いた。

(ここだけの話って言ったのに! でも……ありがたいか)

ノアがしつこくファルマに尋ねてきたのは、褒美をリサーチしてこいという女帝の差し金だったのだな、とファルマは納得する。

帝国勅許の第一号薬局を開いて、薬を売ってよい。

それはこれ以上なく、ファルマの希望にそった褒美だった。

ノアの女帝へのリークがなければ、かなえられることはなかっただろう。

そればかりでなく……、

(あ、もしかして、ブリュノさんがマーセイル領になったのもあいつの仕業か?)

ファルマはピンときた。ノアの質問で何気なく海側の領地がいい、と答えたが、これは偶然ではなかろう。

女帝は驚くファルマに、ほれ、と帝杖を差し出す。

(こういうとき、何ていうんだっけ)

ファルマはあまりのことに頭がパンクしそうだ。あまりに混乱したからか、時代劇調で答礼した。

「ははっ、ありがたき幸せにございます。陛下」

父と同じように、ファルマは女帝の杖の先端を握りしめる。下賜の儀式だ。

帝杖はやけに赤みを帯びた赤い光を放っていた。だがファルマが触れた途端、帝杖についていた宝玉がさあっと白い輝きを放つ。

(あ、油断した! これ触っちゃだめなやつだ!)

帝杖は神力計の機能を兼ねているようだった。

「むん?」

女帝の表情が一瞬こわばったが、ファルマは慌てて手を離しブリュノの隣席に引き下がった。

ほんの一秒ほどの帝杖が光ったのを、まともに見たものはなかろう、そう思い込みたいファルマである。彼女は論功行賞の後のパーティーでもファルマを傍に呼んだが、普段のように接していた。場の空気を読んだのか、見逃したのか、見ていなかったのかは分からない。

エリザベートの周りに多くの貴族たちがあつまり、女帝陛下のご機嫌をうかがう。華やかな宮廷模様が繰り広げられていた。

「この分だと帝政はまだまだ安泰だ」

いつも水ばかりをあおっているブリュノが今日は珍しく高級なワインを飲みながら、宮廷料理に舌鼓を打っていた。彼もすっかり肩の荷が下りたのだろう。

「父上の仕事もひとつ終わりましたね」

「私は何もしていない。お前の仕事だ、情けないことにな」

ファルマがそう言ってねぎらうと、ブリュノはファルマの襟元についた真新しい宮廷薬師の黄金の飾りバッジをあらためた。女帝がファルマに与えたものだ。

「よく似合っている」

「いいのでしょうか」

師匠である父は本当に薬師となることを認めてくれたのだろうか。そう考えたファルマだったが、そんな心配は杞憂だった。

「私から薬学のことでお前に教える事は、もうあまりない。むしろ」

これから一人前となったお前が何をするのか、父は楽しみだ。

彼はそう言って新たなワインのグラスを取り上げた。

「乾杯」

ファルマは子供用のジュースの入ったグラスを、父のグラスに当てる。

「皇帝陛下に」

「四人目の宮廷薬師の誕生にもな」

女帝の快復によってサン・フルーヴ国の政情も安定化するだろうな。

父とともにファルマは安堵したのである。

しかし即日、ファルマ宛に一通の親書が届いた。

「誰だ? 高級そうな封書……」

”そなたの神力量、有史以来比類なきものと見受ける。余から帝位の簒奪を求むる折は、成人し神術を究めたのち正々堂々、余に決闘を申し込むがよい。成人前のそなたと戦うのは公平ではないのでな。"

"サン・フルーヴ帝国皇帝 エリザベートII ”

すっかり体調の戻った女帝は脳筋思考というか、やる気満々だった。

「まいった……」

帝位は結構です。

本当です、勘弁してください。

私は薬学にしか興味がないし、ゆくゆく許可をいただいた薬局をやりますので、どうぞ皇帝を続けてください。

という趣旨の返事を、ファルマはオブラートに包みまくって最上級の敬語でしたためて返したのだった。