作品タイトル不明
253.駒の動かし方 1
昔に比べればチェスも多少、上手くなったと思うけれど……ロイ兄様には全然敵わない。私はロビンに助言をもらいながら駒を進める。
カツン、と駒を置くとロイ兄様の手が止まった。
「根深い問題なのかな……」
「え?」
「いや、どうして追放されたレイランの術者はトラット帝国に行ったんだろう? って思ってね」
「どうしてって……」
「地理的な問題を言うなら、カタージュでもいいわけだし」
「悪いことをしたから追放されてるのよね? 近くじゃ……意味がないとか?」
「でもその悪いことを僕たちは知らない」
私はたしかに、と頷きながらロビンに指示された場所に駒を置く。うーん……勝ってるのか、負けそうなのか、わからないわ。
「本当に悪いことだったのかな?」
「でも悪いことをしてもいないのに追放なんてされる?」
「そもそもトラット帝国自体に恨みがあるとか……」
「レイラン王国が? それともレイランの術者が??」
「それもわからないな……」
ロイ兄様は駒を動かしながら、思っていることを次々と呟いていく。正直、兄様の話を聞いているだけで精一杯だ。チェスの相手なんてできるわけもない。
でもこれでいいのだと思う。ロイ兄様は私にチェスの相手を求めていない。だって弱いもの。もしもチェスの相手を真剣に求めるのであれば、ロビンを対戦相手に選ぶだろう。そうしないのであれば、そうしないだけの理由がある。
思考の整理。
それはロビンではなく、私が適当、ということだろう。
ただロイ兄様の頭の中では情報が整理され、整合性がとれることも私にはわからないことが多すぎる。なにせ兄様が口に出す情報が断片的すぎるのだ。
「ねえ、ロイ兄様。レイラン王国が、トラット帝国を恨んでいるとして……その理由は何かしら?」
「一つ、考えられることは聖なる乙女一行かな」
「聖なる乙女一行がレイラン王国出身ということ? 可能性の話よね??」
「そう。ただ一〇〇〇年前の話を今さら……と言う気もする」
「事実を今さら知ったから、とかは?」
「今さら知ったからといって、トラット帝国をどうこうする理由になる?」
「でもロイ兄様が言いだしたのよ?」
「それはそうなんだけどね。開示されている情報を整理していくと、レイランの術者がどうも引っかかるんだ」
引っかかる、といわれ私はレイランの術者について考える。
アイゼンは、今トラット帝国にいるレイランの術者の弟子だった。そしてこのレイランの術者は女性。トラット帝国の皇帝に気に入られていて、閨の相手もしている。だからといって側妃として迎え入れているわけではない。
なにせ彼女はトラット帝国の後宮を遊び場にしていて、きっとレナルド殿下のお母様も……彼女の犠牲者だ。他の後宮にいる女性たちも。
「アリシア嬢の話の中ではファティシア王国を起点にして、物語は進んでいく。始めにファティシア、ラステア、そしてトラットは僕の推測だけど……そこにレイランが絡まないとは思えない」
「でもレイラン王国は他国からの干渉を拒んでいるわ」
「どうして干渉を拒んでいるのか、その理由を知らないよね」
「そうね。でもラステア国は以前、レイラン王国と交流があったのよ? ひいお祖母様がその交流を担っていたのだから」
「待って。それ、僕知らないんだけど……」
ロイ兄様がキョトン、とした表情を見せる。私はいってなかった? と軽く首を傾げれば、聞いてないよと重ねて言われた。
よくよく思いだしてみれば、カタージュからラステア国へ向かったから伝えるの忘れたのかも。私はお爺様とカティア将軍の話をロイ兄様に伝える。
「――――つまり、僕らにはラステア国の血が流れているんだ?」
「と言ってもだいぶ、少ないと思うわ。ひいお祖母様だもの」
「そうだね。でも……ルティアに何かあったら、逃げる先がまた増えたね」
「逃げる先って……変なこと言わないでよ!」
「現状はファティシア王国も平和だし、戦争なんて微塵も空気はない。シュルツ卿の言うように、トラット帝国は戦争を仕掛けたくてもできないからね」
「戦争中に何かあったら困るから?」
「それもあるだろうけど、戦争にはお金がかかるから」
軍事産業とは儲けとしてはとてつもなく、利幅が多い。しかし死の商人と呼ばれ、他の商人からは倦厭されるのだ。ただ初期投資に沢山お金がかかる。他の商人から嫌厭されてるならその投資のお金を借りることもままならないだろう。
今のトラット帝国内で、安定した武器供給ができる商家は極僅か。普段から小競り合いが続いているせいで、どうにも首が回らなくなっているらしい。
「……そんな情報、どこから手に入れているの?」
「内緒」
ロイ兄様は小さく笑うと、自分の唇に人差し指を当てた。柔和な笑みを浮かべているけれど、こんなときの兄様は絶対に何も教えてくれない。情報源は……同じクラスの商家の子かしら? たしかフィルタード派の子にもお友達がいると言っていたわね。
私がお友達作りに必死になっている間、ロイ兄様はそのお友達から色々な情報を聞き出していることになる。その手腕があれば、国王に選ばれても問題なく国を動かすことができるだろうに。
「……ねえ、ロイ兄様」
「なんだい?」
「もしかして、ロイ兄様はアリシアが好き?」
「――――どうしてそう思うんだい?」
カツン、と置かれた駒が不自然な場所だった。チラリとロビンに視線を送れば、ロビンは涼しい顔をして次の手を私の耳に囁く。私はロビンの言うままに駒を動かした。
その動かした先の、駒を取る。
ロイ兄様はその手を見て、吐息をついた。
そして小さくロビンの名を呼ぶ。
「ダメですよ。この程度で動揺しちゃあ」
「してないけど?」
「そういうところですよ」
ロビンの指摘に、少しだけムッとした表情を見せたが直ぐに元に戻る。そして次の手をカツン、と盤上へ。
私は悩むロビンを見つつ、ロイ兄様に同じ質問を繰り返した。
「で、どうなの? アリシアが好きなの??」
「……今はそんな話はしてなかっただろ?」
「たしかにしてなかったけど……ロイ兄様がどうして、そんなに国王になるのを拒むのか考えてみたのよ」
「王様なんて大変なだけじゃないか。父上を見てればわかるだろ?」
「そうだけど……向いてる向いていない、という話であればロイ兄様は向いているわ」
「僕は向いていないよ。臆病だからね」
「そうかしら?」
ロイ兄様が臆病なんて、誰も思わないだろう。いや……中立派や、王家派の貴族たちからすれば物足りない、と思われる可能性もあるのか。兄様は積極的に王位に就こうと動いているわけではないし。
第一王子がそれで、第二王子は最大派閥が後ろ盾。ライルの意思は別として、積極性に欠けるとロイ兄様が思われても不思議ではない。
「人の評価って、当てにならないわね」
「その通りだと思うよ。僕らは彼らの操り人形ではない。都合よく動いたりなんてしないからね」
「動かそうとする人はいるでしょうけどね」
「そうならないように、学ぶんだよ」
「はあい」
返事をしながら、またロビンに言われた先に駒を移動する。
これは、だいぶ……良いのでは? 勝ってると思う。とはいえ、私は手を動かしているだけだけど。
ロイ兄様はコホン、とわざとらしく咳をするとレイラン王国の話に戻すよ、と。呟く。
「レイラン王国の狙い、ね?」
「そうだね。ずっと閉ざされた国だった。その国がわざわざ、他国の……しかも皇帝に近づく理由。そこに何もないわけがない」
「それにいくら魔力量が多くて、術者として有能だとしてもそう簡単に信用してもらえるかしら?」
「たしかに。トラット帝国からすればレイラン王国は全く関わりのない、未知の国だ。そんな場所からきた術者を……そう簡単に信用できるわけがない」
「でも彼女は後宮にも出入りしてるし、皇帝陛下の側近くに侍ることを許されてるみたい」
「それだけ魅力的な女性、という可能性もあるけど……たくさんの女性を後宮に入れている方だ。美女なんて、そこまで珍しくはないと思うんだよね」
「とーっても抗いがたいぐらいの美女かもしれないわよ?」
そんな美女なら、他国で悪さをしないように顔を潰されてるんじゃないかな? とロイ兄様は言った。悪いことをしたなら、それ相応の罰を受ける。
ただ追放するだなんて、そんなぬるいことはしないだろう、とも。
私は複雑になった盤上を見つつ、さらに複雑な気分になった。