軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218.かくして安寧は訪れる

「あーあーちょうど良い隠れ場所だったのになぁ」

面白い少女だった。徐々に狂っていくのが見て取れるのに、正気のフリをしている。

愛されたがりの、可哀想な少女。

姉を陥れるようなことをしているのに、姉が傷つくことを恐れている。

好きだと言ったその口で、その心はとても凪いでいた。

自分にとって唯一の存在。だからこそ、欲しがる。

姉の方も似た性質を持っていたから、こちらに引き込めそうだったけど……妹に比べればまだ弱い。

あの狂気を!執着を!

もっともっと時間をかけて育てたかった。

「あのまま育ってたらー王太子も巻き込んでみーんな殺せたのに。ちょーっと残念」

そうはいっても自分の仕事はこの国を引っかき回すこと。火種なんてどこにでもある。

だって作れば良いのだから!

次はどうするかな、それとも一度トラットに戻るべきか?

どうやら自分の術に対抗するすべを見つけたらしいし?

「うーん……それにしても、聖属性……聖属性か……お師匠様も知らないのかな?」

お師匠様の不確かなことを報告するのは、無能のすること。その言葉に従い、未だ未知の力を報告できずにいる。聖属性はわからないことの方が多い。

聖属性――――それはトラットでは失われた力。

そしてトラットの皇帝が何代にもわたって追い求めている力。

手に入れられない力ほど追い求める。権力者に良くある傾向だ。

でも使いこなせなければ意味ないし、古の術の方がずっと役に立つ。

ただあの力が驚異なのは事実。呪いを手順を無視して解くのは、本来とても難しいのだ。

「ファティシアのお姫様とーあと、男爵家の娘が使えるんだっけ?男爵家の方はあの高慢ちきな侯爵が手放すかな?」

実験したい。できればすぐにでも。

でもさすがに無理か、と思い直す。皇帝が求めている力を、一介の術者が得られるわけがない。お師匠様が進言しても難しいだろう。

「あ、でもでもー誘拐しちゃえばこっちのもの?こーっそり囲っちゃえばわかんないかな。お師匠様もそれなら許可してくれるかもしれないし」

ファティシアのお姫様には印をつけてある。ラステア国内にいるうちは、誘拐するのは難しいだろうけど……ファティシアに戻る道中なら簡単だ。

自分の力に対応できる術者は、いない。

味方同士殺し合わせれば、なんとかなるだろう。それまではどこか、身を潜めるかな?そんなことを考えて、思わず、あっと声を上げる。

「そうだ。そうだそうだ!どうせ死んでも問題ないんだし、あの夫婦を使ってなにかしようかなー!」

そうすれば人の目をそちらに逸らせる。ラステアの人間も馬鹿じゃない。自分がまだこの国にいると、目算をつけているはずだ。

でも火種がいくつもばらまかれたら、そちらに注力するしかなくなる。

僕ってあったまいい~!

娘に見捨てられたあの夫婦は、怨嗟をため込んでいるだろう。

とっても使い勝手の良い人形だ。

「自分たちは特別だって勘違いしてる人間はすごーく多いけど、偉いのは地位であって代わりはいくらでもいるって思わないところがダメだよなぁ」

娘が王太子に選ばれたことで自分は凄いのだと勘違いした父親。

托卵したくせに、自分は悪くないと自分を正当化した義理の母親。

二人ともとっても愚かだ。

「ふふ。楽しみ」

侯爵という地位を追われれば、彼らには何も残らない。

女王直々に裁かれた事実はすぐに社交界に広がる。そして王太子妃である娘は、嘆願の類を一切おこなわなかった。

それが親子の関係を物語っている。

つまり王族を敵に回してまで、彼らを助ける者はいない。

散々散財していたわけだし?侯爵邸にあったものはみんな差し押さえられてしまっただろう。無一文とまでは言わないけど、それでも持ち出せた金はたかが知れている。

きっとすぐに飛びつくはずだ。

「あー楽しみ!」

***

どうしよう。どうしよう。どうしよう。

完全に誤算だった。

どうしてあんなにすぐ、ラステアの兵が送り込まれたのか!!

「ああもう!あいつら全然役に立たなかった!!」

火種を転がして、ちょっと遊ぶつもりだった。

そうすれば自分から目を逸らせることができるし。どうせ連中の中には、僕に対応できる術者はいない。そう高をくくっていたのが間違いだった。

「あいつ……あの髪の長い、女だか男だかわからないやつ!魔術師長じゃん!!」

どうしてこんな末端の現場に出てきているのか。

術者としては優秀な方だろう。それでも僕に対応できるだけの術者ではなかったはず。

なにかが僕の術を阻害している。すぐ側にファティシアのお姫様はいなかった。だからお姫様ではない。それなのにどうして!?

「クソクソクソッッ!!」

こんなところで捕まるわけにはいかない。捕まっても逃げ出すことは可能だろうけど……無傷で逃げ出すことは難しい。

あの力は何だ……!!

「ああもうっ!」

走る。走る。走る。

宵闇を走り抜ける。

建物の影に隠れ様子をうかがう。篝火をかかげた兵たちが、周辺をうろついていた。

このままでは見つかるのも時間の問題。

いっそのことみんな殺して逃げるか?

派手な動きは控えるように言われているけど、それでも命には代えられない。

「そっちにいたか?」

「いや、こちらにはいない」

「ではあちらを探そう」

声が徐々に近づいてくる。

「ああ、もう……なんか、面倒だな」

殺してしまおう。殺してしまえば、逃げおおせる。

だって自分の命の方が大事だし?この国で実験ができなくなるのは残念だけど、トラットにいる他の術者に引き継げば良い。

せっかくの遊び場だったのに。残念だな。

「バイバイ。ラステア」

足音が近づいてくる。

さあ殺そう。これで全部解決、だ――――

下腹部に、熱が集まった。

口の中に鉄錆の味。

気持ち悪くて、ゴホリと嘔吐く。暗くてよく見えないが、手に鉄錆の臭い。

そして自分の手の下に、白銀に煌めく切っ先が見えた。

「なん、で……?」

「ようやく捕らえましたよ」

「え……?」

肩越しに振り向けば、顔を黒布で隠した男が立っている。

誰?誰だ??どうやって僕に近づいた?

「近づくのに苦労しました。貴様らは常に周りに術を巡らせているからね」

「その、こえ……こうたいし……の……」

「ええ。その通りですよ。ずっと、ずーっと狙われていたのに気づかなかったんですねぇ」

「どう、して……?」

「嫌いだからですよ。貴様らレイランの術者が、トラットに何をもたらしたと思っている?」

嫌いだといわれても、皇太子の従者に嫌われる理由がわからない。

少なくとも、トラット帝国のために働いている自覚があった。僕は、トラット帝国に勝利をもたらすために動いていたのに。

そりゃ、実験と称してラステア国を遊び場にしていたけれど。

でも将来的には役に立ったはずだ。トラットの皇帝はこの国を諦めていない。

現皇帝は穏健派といわれているが、現状、国が落ち着かないからそう見えるだけ。

皇太子だってそれはわかっている。だから殺される理由がわからない。

「たす、けて……」

「お断りします。貴様の首をあの女に送りつけたら、どんな反応しますかね?」

どう思います?と問いかけられた。

お師匠様に僕の首を送ったら……確実になにかの術に使われるだろう。死んでからも働くのはヤだな。

腹部から剣が引き抜かれた。

血が溢れでる。それは命の終わりを意味していた。

それなのに、皇太子の従者はとどめとばかりに心臓を貫いてきたのだ。念の入れように思わず笑ってしまう。さすがの僕たちも、腹を刺されたら死ぬんだけどな。

膝をついて、倒れ伏す。

ポーション持っててもこれじゃあなぁ……こっそりと、ポケットに手を忍ばせようとして、その手を切り落とされた。

「念には念を。貴様の体は切り刻んでやりましょう」

「――――……あまり、勝手をやられては困りますよ」

「おや、オルヘスタル元、魔術師長殿ですね?」

「ご存じでしたか」

「仕事ですので」

音が耳をすり抜けていく。

あーあー僕、本当に死んじゃう。

これからもっと面白くなりそうだったのに。残念すぎる。

「これでこの国も少しは落ち着きます」

「一時的、でしょうけどね」

「それでも、姫君の安寧は守られた」

同時刻、ルティアの手首から印が消えた。

術者自らが解いたのでなければ、それは――――術者本人の死を意味していた。