軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 二回目の木箱も、おかしい

翌日。

俺たちはもう一度、管理機構の入場施設に来ていた。

白いロビーに、行き先ごとに並んだゲート。

昨日と同じ場所のはずなのに、空気はまるで違っている。

乃々さんのフライが、俺たちの周りを静かに浮いていた。

ニーナは俺の隣で、半透明の門を見上げている。

「ここから、また地下街にいく?」

「うん。《終点地下街》へ行く」

「次の箱」

ニーナは小さくうなずいた。

乃々さんは、端末を見ながら深呼吸している。

「乃々さん、大丈夫?」

「大丈夫です。大丈夫ではないです。でも大丈夫です」

「やっぱりそれなんだ」

配信待機画面には、昨日とは比べものにならない数のコメントが流れていた。

『待機』

『本当にやるんだ』

『さすがに次は普通だろ』

『前回は奇跡』

『今日は白演出で現実に戻ろう』

『木箱は白い光を出すもの』

『紫はもう出ない。出たら木箱協会が泣く』

「木箱協会というのは?」

「たぶん存在しません」

「あったら所属しているはずだしね」

乃々さんはフライへ向き直った。

「よーし、では……二回目の宝箱配信、始めます!」

その声と一緒に、俺たちは《終点地下街》の門をくぐった。

ひび割れた床。異世界っぽい石柱。錆びた案内板。シャッターの下りた店の跡。

昨日と同じ景色なのに、今日は妙に見られている感じがする。

フライの横を、コメントが次々と流れていた。

『来た』

『現場だ』

『伝説の木箱跡地』

『今日は普通で頼む』

『いや、ちょっとだけ期待してる』

『普通祈願』

乃々さんは胸に手を当て、真剣な顔で言った。

「今日は、普通の木箱で大丈夫です。普通の木箱を見ましょう。普通の木箱を愛しましょう」

「乃々さんの中で、普通の木箱が守るべき存在になってるね」

「昨日、普通の木箱という概念がかなり揺らいだので」

「乃々さんが記録してきたものがあるから、昨日の出来事がどれだけハズれているのか見えるんだね」

「はい。……でも、残り半分くらいは、またすごいものを見たい気持ちもあります」

ニーナが俺を見上げる。

「レンリも、期待?」

「少ししてる」

「ニーナも」

「そうなんだ」

「次の箱、気になる」

ニーナの言葉は短い。

けれど、自分が箱から出てきたからこそ、次の箱が気になるのかもしれない。

しばらく進むと、通路の右側に、昨日はなかった古い看板が立っていた。

色あせた板に、太い文字が浮かんでいる。

『この先、普通の木箱あります』

乃々さんが止まった。

「普通の木箱を自称する看板、初めて見ました」

「うん。普通って、自分で言うと少し不安になるんだね」

ニーナが看板を見つめる。

「普通?」

「普通、と書いてあるね」

「でも、少し変」

「俺もそう思う」

『絶対普通じゃない』

『普通って書いてあるやつほど普通じゃない』

『ダンジョンが前フリしてる』

『普通です看板、信用できない』

『木箱協会、泣く準備しろ』

乃々さんは、看板とコメント欄を交互に見た。

「皆さん、落ち着いてください。これはまだ看板です。看板だけで宝箱を判断してはいけません」

「昨日、案内板が目玉商品って言ってましたしね」

「それを思い出させないでくださーい!」

そう言いながらも、乃々さんの目は完全に宝箱探索者のものになっていた。

壁際。

倒れた看板の裏。

シャッター下の暗がり。

乃々さんが記録を確認している間に、俺の足は自然とそちらへ向いていた。

理由はうまく言えない。

ただ、あの影の奥に何かある気がした。

「連理さん? そこは昨日も見た場所で、記録上は……」

乃々さんの声が止まる。

シャッターの下、古い広告パネルの陰に、小さな木箱があった。

板は古びていて、金具もくすんでいる。

見た目だけなら、昨日と同じ普通の木箱だった。

「この場所……私、何度も記録していますけど、見たことありません」

「じゃあ、乃々さんの記録が今日、ひとつ増えるんだね」

「いい言い方をされると、混乱しているのに少し嬉しくなります……!」

『見つけた!?』

『また木箱』

『位置がおかしい』

『記録勢の乃々ちゃんが知らない場所』

『連理さん、自然に当たりへ行くの怖い』

乃々さんがフライを箱の前へ移動させる。

ニーナは俺の袖をつまみながら、木箱を見ていた。

「レンリ」

「うん?」

「昨日と、似てる」

「そう見えるね」

「でも、違うかもしれない」

「俺も、そんな気がする」

乃々さんが、ごくりと喉を鳴らした。

「本日の木箱、二つ目です。見た目は通常の木箱。低級素材、低級ポーション、壊れた小物などが主な候補ですよ……! お願いしますよー!」

『普通で頼む』

『白光祈願』

『宝箱王、落ち着いて』

『でも何か出てほしい』

『心が二つある』

「乃々さん」

「はい」

「みんな、かなり正直ですね」

「宝箱の前では、人は正直になります」

「それも礼儀ですか?」

「たぶん、礼儀です」

俺は木箱の前にしゃがんだ。

昨日と同じように、留め金へ指をかける。

紫が出るのか。

普通で終わるのか。

俺には分からない。

ただ、分からないからこそ、面白いのだと思う。

「開けます」

「お願いします……!」

蓋を持ち上げた。

その瞬間、木箱の隙間から紫の光が漏れた。

あっ……。

乃々さんが、息を止めた。

コメント欄も一瞬だけ静かになる。

俺はまだ、その色の意味を詳しく知らない。

けれど、昨日と同じ反応が周りに出ている時点で、普通ではないことだけは分かった。

『紫!?』

『また!?』

『木箱協会、泣いた』

『白光祈願とは』

『普通です看板?』

『おい看板』

『木箱から紫はもう事件なんよ』

「……普通ではありませんでしたー!」

乃々さんが叫んだ。

紫の光の中心から、ぽう、と小さな橙色の灯りが浮かび上がる。

火だった。

指先ほどの、小さな火種。

けれど、ただ燃えているだけではない。

ふわりと浮かび、こちらを見ているように揺れている。

『火?』

『アノマリーっぽくない?』

『待って、木箱からアノマリー?』

『アノマリー排出だけでやばい事件だぞ』

『低級木箱から出るものじゃない』

『昨日がデカすぎて感覚バグってた』

『これ単体でも十分おかしい』

乃々さんが、フライの映像を食い入るように見つめる。

「……小型のアイテム? いえ、道具というより、反応しています。これ、アノマリーですね」

「アノマリー?」

「ダンジョンが作り出したアイテムです! 普通じゃ無いです! 低級ダンジョンの木箱からなら、レアすぎです! 昨日のニーナちゃんが規格外すぎただけで、これも普通に大事件寄りです!」

「じゃあ、普通です看板には、あとで一緒に確認してもらおう」

「看板に責任を取らせるんですか!?」

『看板、嘘つき』

『普通とは』

『宝箱王、またやった』

『紫から火種アノマリー』

『生きてない?』

『火?』

小さな火は、箱の底からゆっくり浮かび上がった。

そして、俺の方へふわりと寄ってくる。

熱さは感じない。

ただ、近くに来ると、手のひらの上がほんのり温かくなった。

ニーナが火を見つめる。

「火。少しだけ、動ける」

火種が、ぽっと揺れた。

返事をしたように見えた。

「レンリ」

「うん」

「この子も、箱から来た」

「そうだね」

「なら、一緒?」

「……そうかもしれない」

火種は、俺の手の近くで、もう一度ふわり浮かんだ。

まるで生きているみたいに。

乃々さんが、震える声で言う。

「普通の木箱は、今日も普通ではありませんでした」

「うん。普通です看板には、かなり厳しい結果になったね」

通路の奥で、例の看板がじじ、と音を立てる。

文字が変わった。

『この先、だいたい普通の木箱ありました』

「弱まりました!」

『看板、日和ったw』

『だいたい普通』

『責任逃れしてる』

『木箱協会、半泣き』

『火ーちゃんかわいい』

その時、ニーナがソデを引いた。

「ニーナ、アノマリーのことわかるよ。見てみようか」

え?