軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の戦い 1

イザベラを見送ってから一週間が経ち、いつも明るくて元気な彼女がいなくなったことで、寂しさを覚えていた。

「イザベラが帰って、寂しいって顔に書いてある」

「……分かりやすくて駄目ね」

「俺はそんなところも好きだけどね」

フェリクスにそう言われてしまい、手で自身の頬を叩く。

今はフェリクスと夜の庭園で手を繋ぎ散歩しながら、今後についての話をしていた。

(それに、寂しがってばかりいられる状況じゃないもの)

ファロン王国で行われるアンヘリカの祝祭は十日後で、王国までは四日ほどかかるため明後日に出立する予定だった。

シルヴィアがどう出てくるか分からないものの、今回で彼女と決着をつけるつもりでいる。

「フェリクスはファロン王国へ行くのは初めてなのよね?」

「ああ、国外自体ほとんど行ったことがないんだ」

「せっかくだし案内してあげられたらいいんだけれど、私もさっぱり分からなくて……」

二歳からずっと神殿の中に閉じ込められていたから、十七年も住んでいた国だというのに私はほとんど何も知らない。

絶望しかなかったあの頃のことを思い出すと、未だに心が鉛のように重たくなる。それでもフェリクスや大切な人たちと再会できたことだけは、シルヴィアに感謝していた。

「誰か会いたい人もいない?」

「ええ、いないわ」

両親だって私がリーヴィス帝国に行ったのを知りながら、一度も連絡をしてこなかった。

今の聖女としての働きについて噂くらいは耳に入っているだろうけど、あの人達のことだから信じていないのだろう。

「それなら俺がずっとティアナを独占できるね」

「……ふふ、そうね」

繋いでいた手に力を込めてそう言ったフェリクスに、口元が綻ぶ。フェリクスと一緒に行くことで、ファロン王国で辛い思い出以外ができる気がした。

そして二日後、ファロン王国へ出立する私達はルフィノや大勢の臣下に見送られていた。

「どうかお気を付けて。何かあればすぐに僕も向かいます」

「ありがとう、あなたもね」

「はい。お二人が戻られるまで、必ず帝国を守ります」

心強いルフィノがいてくれるだけで、安心して国を離れることができる。

それからファロン王国への道のりは、驚くほど平和で穏やかなものだった。

「ごめんなさい、私ってば寝ちゃってた? この辺りの景色が綺麗だって聞いてたのに」

「外の景色よりティアナの寝顔の方が価値があったよ」

「真顔で言わないでくれる? 余計に恥ずかしくなるから」

隣り合って座り馬車に揺られながら他愛ない話をたくさんして、途中で降りた町で食事をしたり軽く散策をしたり。

何気ないやりとりも時間も全てが楽しくて幸せで、私はずっと笑っていた。

(ずっとこんな日が続けばいいのに)

そう思えるほど、フェリクスと再会してから一番穏やかな日々だったように思う。

同時に嵐の前の静けさのようにも感じられて、心の奥底では不安を抱いていた。

◇◇◇

ファロン王国に到着しても見慣れない景色ばかりで、母国へ帰ってきただとか、懐かしさを感じることはなかった。

まずは王城へ行き、陛下にフェリクスと共に挨拶をした。

元々私と陛下は面識がなかったものの、無能だと聞いていた聖女が帝国の呪いを解いたという事実は信じたらしく、手放したことを口惜しがる様子を見せていた。

シルヴィアを自由にさせている時点で、陛下にも後ろ暗い部分があるのは間違いない。

「……この国はもう長くないかもしれないな」

王城から神殿へ向かう馬車の中で、フェリクスもそう零しており、同じ考えだったのだろう。

やがてファロン神殿に到着し、その建物を見た瞬間、心臓がどくんと大きく跳ねた。

自分の中ではもう終わったことで、今は大切な人々に囲まれて幸せだと分かっているのに。脳裏にファロン神殿での辛い日々が蘇り、息苦しくなる。

「ティアナ、大丈夫だよ」

「……ありがとう」

フェリクスが隣で手を握ってくれていたお蔭で、ゆっくりと深呼吸をして落ち着くことができた。

十五年間も虐げられていた記憶は、私の中で深い傷になっていたのだと実感する。

「ようこそいらっしゃいました」

まるで別人のような態度で出迎えてくれたのは、副神殿長だった。大聖女のシルヴィアが神殿を実質治めているため、神殿長の立場は長らく空いている。

そして記憶の中の副神殿長は五十代後半のでっぷりとした姿だったのに、今やひどく窶れ、頬はこけていて十歳以上も老けて見える。

(一体、何があったの……?)

神殿の中はひどく鬱々としていて、見かける全ての人の表情は暗いものだった。

私の知るファロン神殿とはまるで違い、一年も経たない間にこれほどの変化があるなんて明らかにおかしい。

「祝祭の当日まで、ぜひ神殿でお過ごしください。最高の待遇をお約束します」

「……ええ。それで大聖女のシルヴィア様はどこに?」

「シルヴィア様は現在、お会いすることができません」

体調が悪く長いこと伏せっていて、落ち着き次第、会いにくるそうだ。

シルヴィアの話をする時の副神殿長からは強い緊張と恐怖が伝わってきて、神殿内の様子がおかしいのは間違いなくシルヴィア絡みだと察した。

その後はフェリクスと私、それぞれの部屋に案内された。

神殿内には高位の聖職者などが宿泊するための部屋が複数あり、私達は今回そこに泊まることとなった。ただフェリクスの部屋とは離れており、これも相手の思惑なのだろう。

「何かあったらすぐに知らせて」

「ええ、分かったわ」

フェリクスとは作戦を立てており、祝祭では必ず大聖女のシルヴィアは現れるはずだから、そこで彼女の罪を暴くつもりだった。

帝国の「呪い」を解いたことによる呪い返しは、間違いなく身体に影響があるはず。表面上はうまく隠していても聖水などを使えば、苦しんだ末に尻尾を出すだろう。

もちろんそんな簡単に上手く行くとは思っていないし、他国の大聖女への攻撃という建前の口実がなくとも実力行使に出る覚悟はできていた。

彼女が罪を犯したのは明らかで、証拠なんて後からでもどうにかなるのだから。

けれど到着した日の晩、あてがわれた王城内の部屋で過ごしていると、ノック音が響いた。

「……久しぶりね、エイダ」

ドアを開けた先には、ファロン王国の聖女であるエイダの姿があった。

『ティアナを見ていると本当にイライラするわ』

『あんたの存在が迷惑なのよ。聖女の価値が下がるもの』

彼女はいつもシルヴィアともう一人の聖女・サンドラと共に、私を虐げていた。

心ない言葉を投げかけられるのはもちろん、嫌がらせや雑用を押し付けられることだって日常茶飯事だった。

シルヴィアに従順で、聖女としての力がそれなりにある彼女達は神殿でも大切にされ、残飯を食べて暮らしていた私とは違い、とても良い暮らしをしていたはず。

(まるで別人のようだわ)

けれど今の彼女は以前よりずっと痩せ、唇はカサカサに乾き、髪だってボサボサで目の下には酷いクマができている。

ふたつの瞳も虚ろで、どう見ても普通の状態ではない。副神殿長よりもさらに酷い姿に、思わず息を呑んでしまったほどだった。

「……ティアナ様、大聖女シルヴィア様がお呼びです。お一人で来るようにと」

やがてエイダは震える声で、それだけ呟いた。

(お一人で、ね)

どう考えても罠だけれど、この国はシルヴィアの庭なのだ。この要求を避けてしまっては、シルヴィアと対峙する機会を失うかもしれない。

「……分かったわ」

この機会を無駄にはできないと思い、静かに頷いた。

(フェリクスが知ったら、怒るでしょうね)

それでも彼が私と同じ立場だったなら、同じ選択をするという確信もあった。けれど、シルヴィアの元までたどり着けることができれば、こちらのものだ。

私がすんなり着いてくると思わなかったのか、エイダは息を呑み「ついて来てください」と言って廊下を歩き出す。

以前と立場が変わったといえども、これまで敬語だって使われたことがなかったため、違和感を覚えてしまう。

「……なんだか懐かしいわね」

王城を出て、神殿へと足を踏み入れる。まだここを離れて一年も経っていないはずなのに、懐かしく感じる。

「こちらです」

どうやらエイダが向かっているのは、シルヴィアの暮らす神殿の最奥の部屋のようだった。

神殿内には一切の人気がなく、不気味なほど静かだ。

ゆっくり私の前を歩くエイダの背中はひどく小さくて、今にも倒れてしまいそうに見える。

「私がいなくなってから、何かあったの?」

そう尋ねたのはきっとファロン神殿について調べるためではなく。心配からで。あんな目に遭わされていたのに、つくづく自分は甘いと呆れてしまう。

そんな気持ちは、エイダにも伝わったのかもしれない。エイダは足を止めて振り返り、縋るような眼差しで私を見た。

「っ助けて、ティアナ……」