軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ティアナとエルセ 3

ルフィノの執務室に続く廊下は一本道で、この部屋へ来る以外の用事などありえない。

フェリクスはこの部屋の前まで来て、何も言わず引き返していったのだろう。ドア越しに私とルフィノのやりとりを聞いていたのなら、その行動にも納得がいく。

(……本当、タイミングが悪すぎるわ)

前にルフィノに抱きしめられた時も、フェリクスに見られてしまったことを思い出す。

今のことを隠しておくのは嫌で、きちんとフェリクスに私の口から説明するつもりだった。

『──エルセ』

ルフィノが想ってくれているのは「エルセ・リース」であって、私ではない。

その上で、彼の真摯な告白に対しての返事を十七年越しにした中で、大切な友人へ向けて抱きしめたと伝えようと思っていた。

(涙するルフィノを無理に引き離すことなんて、できるはずがなかったもの)

今回はドア越しで姿を見られてはいない。

けれどあの会話だけでも、フェリクスが複雑な気持ちになっていてもおかしくはない。とにかくすぐに追いかけて話をしようと、私はルフィノに向き直った。

「申し訳ありません、僕のせいで……僕からも陛下に謝罪をします」

「ううん、大丈夫よ。話せば分かってくれるから」

私はそう言うと、フェリクスが向かったであろう王城へ急いだのだった。

◇◇◇

フェリクスがいるという執務室へ向かうと、そこにはバイロンの姿もあった。

「ごめんなさい、二人きりにしてもらっても……?」

「はい、分かりました」

息を切らしている私を見て、何かあったのだろうと察したらしいバイロンは急ぎ出ていく。

申し訳なく思いながら、私は書類仕事をしているフェリクスの元へ向かった。

「フェリクスに話があるの」

「どうかした?」

向けられた笑顔は、私が帝国に来たばかりの頃に彼から向けられていたものと同じで。本心が隠されたものだと気付き、胸が痛んだ。

「さっき、魔法塔へ来ていたんでしょう?」

「ああ。二人が何か話をしているようだったから、邪魔をしてはいけないと思って引き返してきたんだ。俺は大した用じゃないから気にしなくていいよ」

変わらない笑顔のフェリクスはやはり、会話の内容まで聞いていたに違いない。

その上で彼は「なかったこと」にしようとしているのだろう。このままでは大きな誤解を生んでしまうかもしれないと、私は再び口を開いた。

「私とルフィノはさっき──」

「何も聞きたくないんだ」

「…………っ」

けれど、返ってきたのは明確な拒絶だった。

これまで私に対して向けられることがなかった、冷たい声に小さく肩が跳ねる。

いつもの私だったなら、関係が悪くなってしまう前にその場で目を見て話をして解決しようとしただろう。それが私の信条だったから。

それでも何故か今は、そうすることができなかった。

(フェリクスにまた拒絶されるのが、怖い)

そしてそれは、私がフェリクスに向ける感情が以前と変わったからだと気付く。

誰かを愛すると、人は強くなると同時に弱くもなるという言葉を聞いたことがある。その時にはよく分からなかったけれど、今なら理解できる気がした。

「……仕事の邪魔をして、ごめんなさい」

結局私はフェリクスと向き合うことから逃げて、そのまま執務室を後にした。フェリクスはあれきり何も言わず、追いかけてくることもない。

(こんなの、私らしくない)

そう分かっていても、いつまでも先程のフェリクスの冷たい声が忘れられそうになかった。

◆◆◆

ティアナが出ていき一人きりになった執務室で、俺は握りしめた拳を机に叩きつけた。

彼女の傷付いた、悲しげな表情が頭から離れない。

「……俺は本当に、愚かだな」

自分に呆れ果てて、自嘲する笑みすらこぼれる。

先程ルフィノ様に話があって魔法塔へ行った際、執務室のドア越しに聞こえてきたのはティアナの声だった。

『──私ね、ずっとあなたの存在に救われていたの』

『ルフィノだけは信じられて、私の支えだったわ』

『あなたがいてくれて、本当に、良かった』

ティアナの言葉からは、ルフィノ様を心から信じ、大切に思っているのが伝わってきた。

もちろん彼女にとっては友愛であって、そこに恋愛感情などないことも分かっている。

(それでも悔しくてやるせなくて、勝手に傷付いた気持ちになってしまう)

そんなくだらない感情に支配され、彼女にあたるなんて愚かにも程があった。

──俺がまだ幼い頃、エルセとルフィノ様と三人で過ごすことも少なくなかった。

『ルフィノ、どうもありがとう。あなたのお蔭で本当に助かっちゃった』

『どういたしまして。あなたのためならいくらでも』

『ふふ、いつも頼りにしているわ』

二人は強い信頼関係で結ばれており、いつも間近でその様子を見ては、俺には立ち入れない絆があるのだと心底思い知らされていた。

そんなエルセを支え助けるルフィノ様に憧れて、羨ましくて妬ましくて。早く大人になりたいと思っていた。

(だが大人になったところで、俺はあの人のようになれやしなかった)

ルフィノ様は誰よりも素晴らしい人だ。

俺が知る中で、彼を悪く言う人を見たことがない。帝国一の素晴らしい魔法使いであり、聡明で誠実で謙虚なルフィノ様に対し、尊敬の念を抱き続けている。

そして、そんな彼が愛するエルセだって素晴らしい女性だった。

『僕はエルセにしかこんなことはしませんよ』

『あら、ありがとう。特別枠ね』

『……そんなところです』

ルフィノ様の気持ちに気が付いていなかったのは、恋愛に疎すぎるエルセくらいだろう。

エルセへ向けるルフィノ様の眼差しはいつだって優しくて、愛情を含んでいた。

誰の目から見ても、二人はお似合いだった。エルセが好きだった俺でさえ、そう思ってしまうくらいに。

彼女の亡き後も、ルフィノ様が彼女を想い続けていることだって知っていた。

『──いくら忘れようとしても、忘れられないんです。それでいて、あなたのようにまっすぐ彼女を想い続けていく強さもないから、どうしようもない』

数年前、滅多に飲まない酒を手に、ルフィノ様がそう話していたことを思い出す。

だから俺は、ティアナがエルセの生まれ変わりだと知った後、ルフィノ様にその事実を知られてしまうことを恐れた。

心のどこかで、敵わないと思っていたから。

けれど事実を知ってなお、ルフィノ様は彼女に対して自身の気持ちを口にしなかった。ティアナが俺の妻という立場であること、ただそれだけで。

契約結婚という自分勝手な条件を俺が押し付けたことから始まったものでも、誠実な彼は自分の想いを隠し続けたのだ。

(ティアナはきっと、気が付いていないんだろう)

彼女はルフィノ様の好意が「ティアナ・エヴァレット」ではなく「エルセ・リース」へ向けられているのだと思っている。

彼女が他人からの好意に疎いのは昔からだし、今世ではずっと王国で虐げられ、好意とは真逆の感情を常に向けられていたのだから仕方ない。

ルフィノ様は言葉や態度には出さないから、尚更だ。

──だが、彼が時折ティアナへ向ける眼差しは過去、エルセへ向けるものと同じだった。

俺は間近でいつも見ていたからこそ、すぐに分かってしまった。あれは想い人と重ねている、なんて半端なものではない。

きっと一人の女性としてティアナへ、ルフィノ様は好意を向けている。

それでも彼は過去のことだと、自分の気持ちに嘘を吐いてまで隠し続けていた。

「……本当、嫌になるくらい出来た人だな」

俺がルフィノ様の立場だったとして、彼と同じことは絶対にできないだろう。

自身や彼女の立場なんて気にせず、なりふり構わず彼女に愛を告げ、振り向いてほしいと乞い願っていたに違いない。

ティアナは先日、暗に俺を好いてくれているのだと言ってくれた。

ずっと待ち望んでいたことに対して喜ぶ反面、心のどこかでは「何かの間違いではないか」「別の感情を勘違いしているのではないか」という不安もあった。

そもそもこんな体たらくでは、さらに好きになってもらうどころか、呆れられて冷められてしまう可能性だってある。

(……だが、彼女の手を離せる段階なんてもう、とっくに過ぎてる)

とにかく頭を冷やし、ティアナに謝らなければ。

そう思っても、胸の奥で燻る黒い感情はしばらく消えてくれそうにはなかった。