軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ティアナとエルセ 2

先程まで支えてくれていたのとは全く違う、明確な抱擁に困惑してしまう。

(どうしたのかしら……)

こうして彼に抱きしめられるのは、二回目で。一度目は、エルセの生まれ変わりだと気付かれた時だった。

ルフィノが何の意味もなく、こんなことをしないというのは分かっている。

それでも今の私は皇妃という立場であり、フェリクスを裏切るのは嫌で、そっとルフィノから離れようとした時だった。

「──エルセ」

ルフィノの声音や抱きしめられる腕から、今も「エルセ」を想ってくれていることに気付いていた。

同時にふと、過去のやりとりが脳裏に蘇る。

『僕ですか? 僕が好きなのはエルセですよ』

『私もルフィノが好きだけど、そうじゃなくて──』

『いえ、合っています。僕は女性として、あなたのことが好きですから』

思い出せずにいた、その続きも。

『あ、ありがとう。あなたみたいな素敵な人にそう言ってもらえて嬉しいわ。でもまだそういうの、よく分からなくて……まだっていうほど若くないんだけど……』

告白なんて初めてされたこと、その気持ちに全く気付いていなかったこと、そして友人であるシルヴィアが彼を好いていることなどから戸惑う私に、ルフィノは柔らかく微笑む。

『エルセが僕を異性として見ていないことは分かっています。ですから、振り向いてもらえるまでいつまでも待ちます』

そしてルフィノは私の頬にそっと触れ、蜂蜜色の瞳を柔らかく細めて言った。

『きっと僕の人生で、誰かを好きになるのはこれが最初で最後ですから』

──どうして、ずっと忘れてしまっていたんだろう。

過去の彼の告白を全て思い出した瞬間、私の両目からは涙が溢れ落ちていた。

「……っごめん、なさい……」

「どうしてあなたが謝るんですか」

あの日、ルフィノの言葉に照れてしまった私は上手く言葉を返せなくて、彼はそんな私の髪に愛おしげに触れていた。

ルフィノの全てから愛情を感じて、それまで自分が彼から向けられる好意に気が付いていなかったことを、不思議に思ったくらいに。

──それなのに、私は翌日に命を落としてしまった。

『ずっと、後悔していたんです。あの日、僕も一緒に森へ行くはずだったから』

『あなたの最期の姿を見た時には、立ち直れなくなりそうでした』

ルフィノは想いを伝えた翌日に愛する相手を亡くし、ずっと自分を責めていたのだ。私は彼がどれほど誠実で愛情深い人なのかということも、知っていた。

いつまでも待つというあの日の言葉通り、ルフィノは十七年経った今もきっと、エルセを想ってくれているのだろう。

あんな形で私が死んだことで気持ちの整理もつかないまま、十七年という長い時間、死んだ相手を想い続けるのは苦しくて辛いはず。

目の前に生まれ変わりである私がいては、より複雑に違いない。小さく震える彼の手からも、その葛藤は伝わってきていた。

(……私が今、ルフィノにできること)

きつく唇を噛んで、溢れてくる涙を堪える。そして息を吸った後、私はルフィノの背中にそっと手を回した。

「──私ね、ずっとあなたの存在に救われていたの」

ルフィノの身体が、小さく跳ねる。これは「エルセ」の言葉だと、きっと彼も分かったのだろう。

「十八歳で大聖女という立場になってから、王族や貴族、私を利用しようとする人々の欲や悪意をたくさん向けられて、苦しかったこともたくさんあった」

望まない仕事もさせられ、私はこんなことのために聖女になったわけではないと、表では気丈に振る舞いながらも、辛くて涙を流した日もあった。

信じていた相手に裏切られることだって、何度もあった。

「それでもルフィノだけは信じられて、支えだったわ」

周りの誰を信じていいのか分からない中で、彼だけは絶対に私を裏切らない、味方だと信じられた。その存在に、どれほど救われたか分からない。

不安定だった立場の私を、ルフィノが陰からも守ってくれていたことだって知っていた。

「あなたがいてくれて、本当に、良かった」

「…………っ」

声が、震える。改めて言葉にすることで、ルフィノへの想いが溢れてくる。

恋情を抱くことはなかったけれど、エルセ・リースにとってルフィノは大切で大好きで、最も信頼できる相手だった。

「ありがとう、ルフィノ。気持ちに応えられなくてごめんなさい」

涙ながらにそう告げると、ルフィノは私の肩に顔を埋めた。

「……こちらこそ、ありがとう。僕もエルセに出会えて良かった」

きっと泣いている彼の背中を優しく撫でれば、抱きしめられる腕に力が込められる。

(どうか誰よりも優しい彼が、幸せになりますように)

それからしばらく、私はルフィノを抱きしめ続けた。

やがて顔を上げたルフィノは、どこかすっきりしたような顔をしていた。

「ありがとうございます、ティアナ」

今度は「ティアナ」と呼ばれ、彼の中でもう区切りがついたことが窺える。

「こちらこそ」

「……あなたのお蔭で、前に進める気がします」

微笑むルフィノは私から離れると、床に落ちてしまっていた書類を拾い上げた。

とにかく例の魔物についての調査を進めるという彼にお礼を告げると、ノック音が響く。

「こんにちは! お疲れ様です」

ドアの隙間から顔を出したのはイザベラで、この後ルフィノと次の呪われた地へ向かう件について話をする予定だったという。

次の場所である「地下遺跡」には、二人がまず行ってくれることになっている。

何度かこれまでルフィノは調査に行っており、魔物の数は多いものの、聖女の力で浄化さえできれば問題ないと考えているそうだ。

私も行くと伝えたものの、たまにはイザベラ達に任せて休むよう強く言われてしまった。呪いの元を覆う結界についても、魔力を貯める魔道具に私の魔力を込めておけば、突破できるだろうとのことだった。

「三人で何のお話をしていたんですか?」

「怖いことを言わないで。二人しかいないじゃない」

「あれ? フェリクス様と今すれ違ったのに、お会いしなかったんですか?」

「え」

何気ないイザベラの問いかけに、心臓が跳ねる。