軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もう一度、ここから

柔らかな黒髪を撫でれば、フェリクスはやっぱり拗ねたような顔をしてみせる。

「……絶対に俺のこと、子どもだと思ってる」

「思ってないわ。それに私とルフィノは、そういうのじゃないから大丈夫よ。本当にごめんなさい」

「ティアナがそう思っていても、ルフィノ様はそうじゃないかもしれない」

疑り深いフェリクスは、彼の頭を撫でていた私の左手を掴むと、そのまま自身の口元へと持っていく。

「ま、待って」

「待たない」

やがて手の甲に柔らかいものが触れて、動揺した私は思わず一歩後ずさる。

けれどそれを許さないとでも言うように、フェリクスはもう一方の手で私の腰を引き寄せた。

「でも、俺が世界で一番好きだから」

そして告げられた言葉に、流石の私ももう限界だと逃げ出したくなる。

フェリクスのその愛の言葉に嘘がないということを、心底実感させられていたからだ。

──ロッドのことも、この部屋のことも。フェリクスが17年という長い月日の間、大切に思ってくれていたことを知るたび、心が動かないはずなんてなかった。

『……陛下はすごい方ですよ。どんなに忙しくても、何があってもエルセのことを大切にし続けていますから』

『陛下はいつだってエルセに対して誠実で一生懸命で、羨ましくもありました』

きっと忘れる方が簡単で楽なはずなのに、フェリクスは 私(エルセ) の死に対する悲しみも辛さも全て抱えた上で、ずっと向き合ってくれていたのだから。

(私は本当に、幸せ者だわ)

火照る頬や普段よりも早い鼓動の音を感じながらも、私は彼の口元にあった手のひらを、頬へと滑らせた。

「……ありがとう、フェリクス。私、フェリクスにもう一度会えて本当に良かった」

私を誰よりも思ってくれていると知れたことも、こんなにも立派で素敵な大人の男性になった、フェリクスの今の姿を見られたことも。

そしてファロン神殿であんなにも辛い日々を送っていた私が、今こうして何の不自由もなく自由に暮らせているのもすべて、フェリクスのお蔭だった。

「フェリクス?」

「……俺だって、ずっとそう思ってる。未だに夢なんじゃないかと不安になるくらいには」

フェリクスは私の肩に顔を埋めると「嬉しくて泣きそうだ」なんて言うものだから、つい笑みがこぼれた。

「この部屋のことも、本当にありがとう」

「重いとか気持ち悪いとか、思ってないだろうか」

「まさか。すごく嬉しかったわ」

「それなら良かった」

ほっとしたようなフェリクスの屈託のない笑顔に、また小さく心臓が跳ねる。

(フェリクスが笑うと、私も嬉しくなる)

この胸の高鳴りに少しの予感を抱きながら、これからもフェリクスの側にいられたらいいなと思った。

◇◇◇

聖女として、次期皇妃として忙しない日々を送り、あっという間に結婚式の日が来てしまった。

「き、緊張してきたわ……」

「ティアナ様、本当にお美しいです」

「ええ、世界一です!」

大聖堂にて純白のドレスに身を包んだ私は、身支度を整えられながら、落ち着かない時間を過ごしていた。

(形だけのものだと分かっていても、ドキドキする)

やがて全ての支度を終えた頃、控室へフェリクスがやってきて、彼は私の姿を見るなり足を止める。

そして口元を手で覆い、その頬は赤く染まっていた。

「……とても綺麗だ」

「ありがとう。あなたも素敵すぎるわ」

同じく純白の正装に身を包んだフェリクスは絵本に出てくる王子様のようで、眩しさに思わず目を細める。

フェリクスは私の元へやってくると、手を取った。そしてまるで忠誠を誓うように、目の前に跪く。

「限りある形だけの結婚だとしても、俺はあなたを何よりも大切にすると誓う」

「ええ。私もフェリクスとこの国のために、できる限りのことをすると誓うわ」

私達の結婚は永遠の愛を誓うものではないけれど、その代わりにそれぞれ誓いを立てる。

「我が国へ来てくれてありがとう、ティアナ」

「こちらこそ、本当にありがとう」

その後は予定通り大聖堂で挙式を行い、王都の街中でパレードをして、多くの民達から祝福された。

「ご結婚、おめでとうございます!」

「皇帝陛下万歳! 皇妃様万歳!」

フラワーシャワーが降りしきる中、沿道を埋め尽くす人々はみんな希望溢れる笑顔で、この結婚はきっと間違いではなかったのだと実感する。

それでもまだ、苦しむ多くの人々がいるのも事実で。

笑みを浮かべて手を振りながら、この国の民全てが心から笑える日が来るよう、祈らずにはいられなかった。

パレードを終えた後は、フェリクスと共にダリナ塔へとやってきていた。

初代皇帝が皇妃のために建てたと言われるこの塔は、帝国で一番高い建築物であり、代々皇帝と皇妃はここで夫婦の誓いを立てることとなっている。

もちろんその存在は知っていたけれど、こうして中へ入るのは初めてだった。

「ええと、ここに魔力を注げばいいの?」

塔の最上階には石碑があり、ここに誓いを立てて二人で魔力を注ぐものだと聞いていたのだけれど。

「何もしなくていいよ」

「えっ?」

「ここに魔力を注いで誓いを立ててしまえば、ティアナは俺以外と二度と結婚できなくなるから」

かなり強い効力のある誓約魔法らしく、フェリクスはそう言って困ったように微笑んだ。

私達がここで誓いを立てなかったとしても誰にも分からないため、二人でここに来るだけで十分だという。

戸惑う私にフェリクスは「でも」と続けた。

「……いずれ全ての呪いを解き国が安定した後も、俺と一緒にいたいと思ってくれた時には、またこの場所へティアナと共に来られたら嬉しい」

──いつだって私の気持ちを優先してくれるフェリクスは優しすぎると、改めて思う。

私は深く頷くと「ありがとう」と微笑み、フェリクスの手を取った。すぐに握り返された彼の手の温もりに、胸の奥が温かくなっていく。

やがて私達は手を繋いだまま、塔から外を見下ろす。

この場所からは美しい夕日と帝国の領土が一望でき、その壮観な景色に思わず息を呑む。

けれど私が知る過去の風景とは、やはり違う。あちこちに呪いの影響がはっきりと見て取れ、胸が痛んだ。

「……私ね、リーヴィス帝国が好きなの。エルセとして生まれ育ったこの国の人々も自然も、全てが大好き」

隣に立つフェリクスは私の言葉に対し、ひどく優しい声で「うん」と相槌を打ってくれる。

「奪われた全ての力を取り戻して、今度こそ大勢の人を救いながら、この国でずっと生きていきたい」

ティアナ・エヴァレットとして──再び聖女として生まれ変わったことには、きっと意味があるはず。

「こんな私だけど、これからも力を貸してくれる?」

「もちろん。それは俺の願いでもあるから」

フェリクスは頷くと、私の手を握る手に力を込めた。

「エルセが救ってくれたこの命は、あなたのものだ」

「もう、大袈裟だわ」

笑い合い、橙色に染まる景色へと再び視線を向ける。

(フェリクスと一緒なら、絶対に大丈夫)

この胸の中には、そんな確信がある。

──必ず全ての呪いを解き、元の美しい国を、そして奪われたものを全て取り戻してみせると、心に誓った。