作品タイトル不明
高校生26 無情
最近、外国人を頻繁に見るようになった。
その大部分は日本語が使えず、六人ほどの集団で行動している姿がよく目撃されている。
外に行ける分だけ彼等の身形は整っているが、それで日本に適応できている訳ではない。郷に入っては郷に従えという言葉があれど、実際にそれが出来るかどうかは一個人の努力次第だ。
警察のサイレン音がよく聞こえるようになった。夜に近い時刻の公園では若い外国人が集まって煙草や酒を飲み、親達は子供の安全の為に足早に立ち去っている。
俺もこの数日の間に三件も強盗を働く外国人を捕まえ、適当に縛って放置していた。
彼等は奪う相手を半殺しにすることも躊躇わず、周囲の目もまるで気にしない。
必要なのは、ただ自分がこの先暮らしていけるかどうか。逃げた場所で自分らしく、幸福を追求することが可能かどうかだ。
その過程で何人の人間を傷付けても彼等は罪悪感の一つも覚えない。
それが俺が現在暮らしている地域での外国人達の状態だった。自分が外様であることを認識せず、被害者なのだからと奔放だ。
勿論、全員が全員そうではない。特に以前から日本に移住していた同郷の者は、現在の彼等に非常に残念なものを抱えているらしい。
これは買い物等で歩き回った間に手に入れた情報だ。人々の生活の中に異色が混ざり始め、既に去年とはまるで違う風景が出来上がりそうになっている。
これが東京にでもなればどれだけ変わるだろうか。受け入れて新たな色になるのか、反発を招いて二色に分かれてしまうのか。
「考えてもしょうがないか……」
今日の戦利品の入ったレジ袋を手に、俺は家へと目指し出す。
夕方の時刻では学生の姿が多く見えた。制服は紺のブレザーで、近くに学校がある為に俺の学ランとの比率はあまりに偏っている。
俺が通っている生徒の姿とは異なり、彼等は非常に明るい。
髪を好きなように染め、着崩し、大きな声で笑い合う。俗に言う陽キャの集団で、緩い顔にはこの世の不幸なんて一ミリも存在しないと思わせてくれそうだ。
楽観を絵に描いたような生徒達の話題は何処で遊ぶかと恋バナばかり。実に若者らしいと若干おっさんめいた感想を覚えながらも、同時にあれは駄目だと冷静な自分が告げた。
馬鹿だとは言わない。高校生なんてそんなもので、いくら注意したって態度をいきなり改善するのは不可能だ。
俺が駄目だと思っているのは空気が読めていないこと。周囲との差異があまりに大きいこの状況でなお騒ぐのであれば、最早自分がしたいからそうしているとしか見られない。
これがまだ穴の発生前であれば大して睨まれることもなかっただろうが、今はピリピリしている状況だ。
神経質な人間が近くに居たら怒鳴られかねない。それどころか妙な正義感を発揮した大人に説教でも受けかねない。そして、件の学生は説教を右から左に受け流して相手を罵倒する。
幸い、今日は視線を逸らして相手にしない大人ばかりのようだ。
俺もまったくの赤の他人なので無視をして駅に向かい、遠目に見えた人間に目を見開いた。
「我妻……」
呟きは小さい。相手には聞こえていないだろうが、咄嗟に掌で口を覆って顔を背けた。
茶髪を跳ねさせ、服装はあの頭の緩い学生が着ているのと同じ制服。約三年も顔を会わせていない間に顔は更に磨かれ、線の細い身体はモデルめいている。
服を着崩してはいない。確りと正しい身形はそれだけで彼の真面目さが窺えるようで、多くの女性の目を集めていた。
咲と横に並べば見劣りしないルックスは見事だ。拒絶されているにも関わらずに周囲におかしいと思わせない様は、まるで普通の一学生そのものである。
彼は改札を抜け、駅構内に消えていく。
俺も帰るつもりだったので電車に乗るが、まるで自分がストーカーかのように我妻も同じ電車に乗っていた。
彼と帰り道が被ることは基本的に無い。元々住居も知らないし調べる気も無かった。
こうして被ったのはただの偶然で、本来はどちらも認識すらせずに今日を終えていただろう。
何駅かを過ぎ、やがて一つの駅で我妻は降りる。降りた場所に視線を向けると、そこは咲が最寄り駅として使っている駅だ。
まさか、という考えが一瞬巡る。
我妻は現状、咲に拒絶されてまともに会話が出来ていない。それで将来的に一緒になれるのか不安だったが、未来が多少歪んだとしても我妻は行動に出た。
流石は将来の勇者。未来で推測された出現条件の一つに「人生最大の難事を突破すること」がある難しい役職を、彼は獲得してみせた。
収集した情報の限りでは勇者はオールラウンドに活躍することが可能らしく、情報を集めたサイトでは我妻が人前で使った能力の数々が並んでいる。
難しい職を獲得するには、相応の精神性が求められる訳だ。
とはいえ現状は常識を歪めてしまう程の事態が起きている。やがてダンジョンの無い時代の人間性が異常だと言われてしまうくらい、頻繁に異常者が出て来てしまうのだ。
日本で警察の銃携帯が日常になると言えば変化の大きさが解りやすいだろう。
純粋な善人も今より更に削られ、故に突き抜けた善人が人気者になる。勇者や僧侶なんて役職は正に人気者になれる筆頭だ。
「――っ、着信?」
我妻の後ろ姿を見送って電車が動き出した頃。
帰路についている人間が増えてきた電車内でバイブ音がした。
ズボンのポケットから携帯を取り出して確認すると、表示された番号は知らないものだ。
こういったものは出ない方が無難だと無視して、次に電話番号を利用したショートメッセージが送られてくる。
そちらには桜の名前が載っていて、電話に早く出ろと短く書かれていた。
中国に穴が出現してからこれまで彼女から連絡は無かったが、電話番号まで調べたあたり随分真剣な話題なのだろう。
プライバシーなんて彼女の前では無いも同然。大きな組織の上部に属しているのなら、電話番号を探る伝手とてあっても不思議ではなかった。
ショートメッセージで俺は少し待てと送る。電車が自分の家の最寄り駅に到着し、改札を抜け出た段階で桜の番号に今度は電話した。
『……出るのが遅い』
「外出中ですので。 用件はなんでしょう?」
開幕文句を言われたが、そんなことはどうでもいい。
軽く流して本題に水を向けると、電話から小さな溜息が聞こえてきた。
『ちょっとな。 あの中国の予言が的中してからウチの会社は上へ下への大騒ぎだ。 特に中国支社に派遣された日本国籍の人間は皆帰還を望んでいる』
「帰ってくることは難しいので?」
『政府が直に止めてるからな。 なんなら現状打破に協力しろと言われている。 確かにウチの会社は今の中国では特に必要だろうし、向こうも潰れてほしくないから社員の保護には全力だ』
桜が自身の周辺情報を語り、俺はその真意を探る。
確かに中国に支社がある会社には出張で日本人が居る場合が殆どだ。彼等がこの事態に陥った時、帰還を望むのも自然。生命を第一とするなら、本来は彼等を帰さないといけない。
けれども、そもそもの国外脱出を止めている所為で彼等は帰れなくなっている。ここにきて中国国民の逃走が悪く働き、この事態がある程度収まるまでは中国に留まらなければならない。
今も会社は彼等と密に連絡を取り合っていることだろう。向こうの生の声を聞けるのは日本としては貴重であり、特に俺を知る桜には最も有益だ。
であればこそ、彼女が求めるのは最善策。こうなった時、如何に彼等の命を脅かさずにいられるか。
「助けてほしい、と」
『報酬は言い値で構わないと親父から既に言質を取ってある。 また、今回の件が無事に解決したなら個人情報の保護に此方も全力で対応させてもらう。 今は何よりも、人の命だ』
凛とした彼女の発言に俺は脳を回す。
桜の発言は正しい。大事な会社の社員を守る為に打てる手を全て打とうとするのは、社長令嬢としては立派だ。
だが今はまだ彼女は会社に属していない。彼女が動いたのは父親の為である部分が殆どの筈だ。
このような女性はできれば生き残ってほしい。強さと冷静さを兼ね備えた人物が多く残る程、この日本の安全は盤石に近付く。
報酬自体も悪くない。寧ろ俺の正体バレを防ぐ目的であれば良い。
けれども、俺がそれをすることは繋がりを生む。サンライフに俺が繋がっている事実が面倒事に巻き込まれる可能性を爆発的に上げていた。
「申し訳ありませんが」
『――――』
サンライフと俺の関係はまだ浅い。未来通りであれば関係の無かった者同士、ここは非情であれど断らせてもらおう。