軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

SECOND CASE2 根岸・小夜

――未来の予定なんてものは、あの瞬間に全て崩壊した。

「…………」

テレビに映る世界の全てで注目を受ける話題。

中国は未曾有の大災厄に見舞われ、解決の糸口は依然として見つけ出されていない。

SNSで騒がれる怪物達の姿は最近になってテレビでも流されるようになり、その風貌は人類の知る生態系に近いながらも明らかに異なっていた。

SNSではモザイクの無いグロテスクな動画で溢れ、しかしテレビにはモザイクが掛けられている。

意図的な編集は配慮の二文字によって人々に安心を齎すが、実感を取り除いてしまっていた。

特に日本人はまだはっきりと事態を重く捉えられていない。所詮は対岸の火事であり、最終的に国が解決してくれるだろうと思考を放棄気味だ。

更に言えば中国人に対しての悪感情もある。これは他国でも同一だが、彼等からすれば嫌悪する人間が減る良い機会だとも判断していた。

日本人がしている事の大部分は災害に対する備えのみ。これは年齢が上がる程に数が増え、長寿国である日本の小売店で物が無くなるのは彼等の行動によるものが大きい。

勿論、社会人達も準備はしている。情報の数々を集め、予言のアカウントの文面を解釈することでこの出来事に前兆は無いと確信していた。

化物達の姿も馴染み深い姿をしている。創作作品に嵌まっている人間からすれば、敵は紛れもなく物語の怪物だ。

動画に出て来る怪物の姿に日本人は名前を付けていき、対処法についても議論していた。

それらは実際の情報が無い以上、憶測の域を越えはしない。しかしこれが何処かの誰かに拾われることをインターネットの住民は期待していた。

「ふっ……ふっ…………!!」

グラウンドの中を根岸は走る。

楕円の形をしている外側を一定の速度で走り、徐々に徐々にと周回数を増やす。

普段の制服姿から長袖の青の体操着に着替え、前を見据えて只管に足を動かしていく。

根岸の運動神経は元から悪くはない。その道の才能マンと比較すれば負けるであろうが、通常授業の範囲で彼女が醜態を晒すことはほぼ皆無だった。

とはいえ、やはりそれは通常。今彼女が求めているのは、災害発生時でも動ける肉体だ。

津波や地震が起きた時、便利な道具はほぼ使い物にならなくなる。瓦礫が多く道に流れることで車は通ることが難しくなり、電線が断裂すれば電力供給は絶望的だ。

奇跡的に太陽光パネルの自家発電設備を備えていたとして、それで全て賄える筈も無し。そも、それが出来ると周囲に露見した瞬間に頼られてキャパオーバーだ。

近代的なエネルギーを頼れないとなれば、残るは肉体のみ。

雨風に晒されても体調を崩さない頑強さと長距離を歩く体力。トラブルに陥っても落ち着いていられる冷静さ。

今この学校で肉体を鍛えている者達は、理由は異なれどその三つを磨くことを決めている。

彼等は努力することを笑わず、将来を諦める道を選択しなかった。あんな連中が突如日本に現れても何とかしてやるさと、無謀と蛮勇を携えて肉体を虐め抜く。

走って、走って、息も切れて。呼吸する度に肺が痛くなる感覚を覚えながら、予定の周回を終えてグラウンドの地面に座り込む。

文学少女ではなかったとはいえ、ここまで運動少女になったこともない。

体力が身体から抜けていく感覚は疲労を呼び、此処から歩き出すことも億劫になる。

これを毎日することにちょっとした絶望感を覚えないでもないが、それでもやるんだと彼女は心に決めていた。

「あれ、根岸先輩じゃないですか」

「ん?」

息を整えている間に声を掛けられた。

グラウンドの入り口に顔を向けると、根岸と同じ格好をした小森の姿がある。

彼女は二つ結びのお下げ髪をポニーテールに変え、真剣な表情で根岸の傍に寄った。

「最近見ること多いですけど、大学の準備は大丈夫なんですか?」

「大丈夫。 学校は今住んでる家からでも行けるし、物も全部揃えてる。 学費は親が出してくれるからそっちも問題なし。 ……そっちは?」

「あー……」

後頭部を掻いて明後日の方向に小森は顔を動かす。

気まずい表情からして何か問題が起きたのは間違いない。根岸の視点では小森の姿を見たことはないが、此処で身体を動かそうとしたのであれば何かあの事件で影響を受けたのかもしれない。

暫くはそのまま小森は口の中でもごもごと言葉を唱え、最終的には溜息と共に根岸の隣に座り込んだ。

彼女の片手には二リットルサイズのスポーツドリンクがある。中身が一滴も減っていないあたり、運動の時のみに飲むのだろう。

「実は、今ちょっと家庭内で話し合いが起きてて……」

小森の身に起きている問題は、大きく言えば引っ越しだ。

小森の親は嘗てオカルトを信じない現実的な人間だったが、件のアカウントが次々と予言を当てていくことで予言に関するオカルトを信じるようになった。

それで非常食を準備することや水と段ボールを買うことになり、現状を見れば親達の行動は間違っていなかったと言えるだろう。

だが、それで親達は満足しなかった。災害に備えはしたものの、結局何時か自分達の元に脅威はやってくるのである。

それが過ぎ去る類であれば耐え忍ぶ道を選ぶことも出来たが、敵は穴という現象だけではない。

現れた化物達は躊躇いの一つも無しに人の首を捩じ切り、何なら火で炙って貪っていた。

敵は此方を食料として認識している。そして武器が動物の角や牙、それらを加工した槍やナイフで攻撃するのであれば知性もあまり期待出来ない。

まともな言葉一つも交わせない蛮族だった場合、相手と此方の殺し合いが基本になるだろう。

そんな真似が出来ると小森の親達は考えなかった。当たり前の話だが、現代の人類で化物と張り合おうとする数は大して多くない。

特に日本人は平和ボケし過ぎているとよく言われている。自分には出来ないと直ぐに怖気づいてしまったのなら、逃げるのは誰しも想像することだ。

問題になったのは、何処に逃げるのか。国内の果てか、それとも外国か。

「私としては引っ越すなら国内で良いって思ってるんです。 安直ですけど周りは海ですし」

「私も引っ越すなら国内かな。 外国に逃げると言えば簡単だけど、実際にするのは今は難しいね」

中国の件で国外脱出はよく話題に上るが、別に逃げ出している人間は中国だけではない。

地続きである事実に危機感を覚えた近隣国家の人間も大小異なれど存在し、国は彼等の出国を厳しく止めることが安易に出来ない。

それをすれば暴動やデモが起きかねず、この予断の許さぬ状況では解決に意識を割くことも不可能だ。

化物の猛威は一ヶ月が経過してもまったく衰えない。寧ろ勢いは増していくばかりで、現代兵器が一体どこまで通用するかも依然として不明なままだ。

そんな状況で知らぬ国に行って、さて国家が安全を保証してくれるだろうか。

答えは否だ。逆に厄介者として対処されるだろう。

今は些細な問題とて抱えたくない。安全かもしれないと思って逃げてきたところ悪いが、自分の問題は自分で解決してもらう他ないのだ。

そうなるくらいなら国内の中国から反対の県に逃げた方が良い。

それで確実に安全とは言えないまでも、何も知らない場所に居るよりはまだマシだ。

「やっぱり根岸先輩もそう思いますよね?」

「確実に大丈夫だとは言えないよ? あの穴が日本に出来たら国内のどこに居ても無駄だと私は思ってる」

小森としては国内の方が良いと思っている。

そして根岸も彼女の意見には基本的には同意だ。ただ、懸念は忘れてはならない。

逃げる逃げないは兎も角として、穴があるのは中国だ。あれ一つだけなら中国から距離を取るだけで良いものの、二つ三つと出てきたのなら逃げることに意味はない。

「――もしかしたら、逃げるのは悪手なのかもしれない」

「え?」

悪い予感が過った。

無意識に零れ出た言葉に小森は疑問符を浮かべるが、当人である根岸も何故そう思ったのか解らない。

それは本当にただの直感でしかなかった。

「……なんでもない。 それじゃ、私は筋トレをしているね」

「わ、私も付き合いますよー!」

ただ、そう呟いた一瞬。根岸の脳裏には一人の男が犯罪者を制圧している姿が浮かび上がった。