作品タイトル不明
冒険者67 夜の一時
もうすぐ虫が鳴り始めるような夜の時間に、俺と榊原は隣同士で座り込む。
本来は窓側の警戒をしなくてはならないのだが、外の雰囲気は相変わらず静かだ。
事前に此処に住まうモンスターを倒したからなのか、それとも他のモンスターも夜の時間を睡眠に当てているのか、兎に角防壁も何もない場所にしては平和だ。
普通、この手の静けさは警戒すべきではある。相手の奇襲、長距離からの狙撃、あるいは上空や地中からの強襲はダンジョンで生活する上で常に気にしていなければならないことだ。
だが此処はダンジョンではない。加えて高難度のダンジョンはまだ世に出ていない。
敵の知能の程も解っている。少なくとも小学生に毛が生えた程度の知能であり、そんな連中がいきなり覚醒して奇襲を仕掛けるとは考え辛い。
最初に上陸した直後の戦闘でも連中は突っ込むことばかりしていた。巨人も己の鎧の強度に任せた強引な戦法を取り、そこから解るのは考えて動いていないということ。
それを把握すれば、どれだけ余裕があるかも解ってくる。少なくとも今直ぐにこのパーティーから死者が出ることはない。
「……」
「……」
壁に寄りかかった状態で、俺と榊原は隣同士で床に座る。
彼女も交代で起きたばかり。暫定的にギルドが採用している黒系統のジャケットに身を包み、右胸には日本国旗を背景に桜の花弁が散っているエンブレムが縫い付けられている。
俺もヘリで移動中に着替えておいたが、サイズは事前に申告しておいたのでぴったりだ。動きを阻害しないよう柔らかい材質を用いた上で標準的な汚損対策が施されている。
防刃やら耐火やらと付け足したくなるが、したところでダンジョンに入れば全て無駄になる。それならダンジョン外で有効な物に仕立てておいた方が費用が安い。
本当にダンジョンで役に立つような装備は、それ用に特化させておくのが未来の冒険者の基本だ。
榊原と二人きりになったのは今回が初めてである。
年齢は然程離れていないとはいえ、俺自身に女性と仲良く会話をするスキルは無い。
何か趣味があればとも思うも、俺はずっとトレーニングに意識を向けてきた。ゲームやら漫画やらはもう何年も読んでおらず、今何が流行っているのかも俺には解らない。
ネットも情報収集や連絡に使うのが主で、遊ぶことも無くなった。現状の俺の携帯はオーバースペックと言っても良いだろう。
人間関係を良い形にすると決めたとはいえ、じゃあどうやってとなると途端に思考が迷い始める。
本当に自分は冒険者としての適性しかないのだろう。このまま普通に就職しようとしたとして、きっと自分は社会不適合者になっていたに違いない。
「体調は大丈夫ですか?」
榊原も気不味い空気は嫌だったのだろう。
会う度に聞かれる何時もの質問が飛んできて、俺は思わず苦笑した。
「大丈夫ですよ。 ……まぁ、変わっていないと言った方が良いかもしれませんね」
「それでは……」
「今も体調は万全とは言えません。 冒険者としての身体になっているから動けているだけで、きっとそれ以前であれば布団で横になっていたでしょうね」
平気なフリをすることは出来た。
榊原の前で普段通りを装えば、心配させずに進んでいくことも可能だったろう。
嘘は言わない。彼女程の貴重な戦力に不信感を持たれたくないし、今後複数人でダンジョンを攻略する機会があれば高確率で組むことになるだろう。
彼女は俺の返答に顔を曇らせる。その内にあるのは純粋な心配か、それともダンジョン攻略への不安か。
俺が戦力として一番に頼られているのは解っている。現状、俺を超える冒険者が居ないのも事実だ。
何時かは抜かれるとしても、直近で一番強いのは俺である。そんな俺が崩れてしまえば、日本で進んでいる冒険者稼業の推進に停滞が生まれてしまうかもしれない。
自分の影響力が少ないなんて、あれだけやっておいた今ではもう言えない。
俺はこの界隈に入った人間の人生を左右することが可能で、自分のしたいことを強引に行えば少なくない問題を発生させる。
まったくもって嫌な話ではあるものの、それでも俺も社会に適応していかなければならないのだ。
自分勝手が許されるのは小学生まで。協調や信用が大事であるのは、物事を回していく為に必要不可欠である。
「……無理はしないでください。 レベルを上げるのが必須だと解ってはいますが、それで倒れてしまっては元も子もありません」
「それは――」
「難しいことだとも理解しています」
榊原の労りの声は本音だろうが、だとして受け入れるのは難しい。
今は無理をしてでもレベルを上げなければならない時期。俺の中にある神の眼を受け入れきれる範囲まで高めていかなければ、最後には死んでしまうかもしれない。
何時までも話をしなければ、ナラは最終的に俺を見捨てるだろう。もう既に半分以上はしたがっているかもしれないが、完全には見放すまでそんなに時間は掛からない筈だ。
そうなると、少しでもレベルを上げて死ぬまでの時間を延長しなければならない。その延ばされた時間の中で更にレベルを上げていけば、僅かな可能性であれど目標レベルに到達することが出来る。
問題なのは、一体どこまでレベルを上げなければいけないのかだ。五十は絶対にないと思っているが、同時に百までとも考えてはいない。
神の眼がどれだけの性能かは不明でも、反則めいた機能が搭載されているだろうとは簡単に予測出来る。
だが、未来では他にも反則めいた能力を持つ人間は居た。
そして、その殆どが百に到達しない状態でも十全に扱い切れている。
人間の性能限界はレベル百だとされていた。この枠を突破した情報は少なくとも表向きには出ておらず、恐らくだが突破は不可能だと俺は半ば確信している。
仮に突破可能だとしても、その為には多くの代償が求められるだろう。最悪は人間を辞める可能性もあるにはある。
俺は人間を辞める気はない。そんな真似をすれば、家族と一緒に暮らすのも難しくなるではないか。
「……善処はします。 今はそれだけしか言えません」
「――解りました」
榊原が満足するような発言は俺には出せない。
今のこの言葉こそが最大限で、これもダンジョンに入れば直ぐに破ることになる。
彼女もそれは解っている。解っているからこそ、雲った表情のままで頷くしかなかった。
これ以降、俺達の間に会話は無い。気まずい雰囲気を引き摺り、なんとか交代の時間になって次の人間を起こして俺は元の位置で目を閉じた。
眠気はやはり来ないが、それでも目を閉じて休息の体勢を取る。
榊原も無理に話し掛ける真似はせず、俺のように壁に寄り掛かって休息の姿勢になった。
疲れはきっと、最後まであまり抜けないだろう。鈍い痛みが襲ってくる感覚に今はただ意識を向け、外界の情報を全てシャットダウンする。
――――気付けば、外には太陽が上り始めていた。
決められていた起床時間に全員が荷物を纏め、ゆっくりと目的地へと歩き出す。
破壊された道路を越え、小さな山を進み、現れるモンスターを短時間で殲滅する。その道中でレベルの上がった冒険者も出たが、新しい能力を獲得するまでは至っていなかった。
能力の数は個人差があり、その差はかなり激しい。無数の経験が能力を形作るとされている未来では、旅行一つでも何かしらの新しい体験をしようとすることも珍しくない。
それが使える能力になるかはさておき、取得しているかいないかは大きい。
彼等が生き残る為にも、今はどんな能力でも入手しておきたいのが俺の本音だ。でもそれを、俺はこの場で言うようなことはしない。
正体を隠しているのもあるが、体験を積む行為を作業のようにしてはいけない。これは俺が未来を見ていて思ったことで、強力な能力や技能を持った人間は全て偶発的に原因たる体験をしている。
歩いて、歩いて、歩きに歩いて、やっと足が止まる。
榊原を先頭にして進んだ一団は、遠くに見える何も無い空間に目を細めた。
そこにあるのは黒一色。全てを飲み込む巨大な穴は、日本で生まれたものよりも範囲が広くなっている。
「到着しましたね……」
中国ダンジョン到着。眼前に広がる何も無い空間を、暫し俺達は眺めていた。