軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 〈禁断の大森林〉

「そ、存在進化した〈夢の主〉を、その場で討伐しただと!?」

ギルド長のハレインが声を荒げる。

「最初から〈百足坑道〉を攻略したと、そう伝えたはずですが……」

「そ、そうであるが、いや、しかし……。できるものなのか? まだ経験の浅い、装備も整えきれていないD級冒険者が、【Lv:80】近くの、情報も出回っていない〈夢の主〉を討伐するなど……」

ハレインはひっきりなしに、自身の髪へと手を触れている。

相当動揺しているようだ。

「そ、その〈夢の主〉の魔石はどこにある?」

「私が換金いたしまして。現在はギルドの保管庫に」

マルチダがハレインの言葉に答える。

「そうか……既にギルドに、提出されていると……。ここまでして嘘を吐いているとは思わんが、しかしそれでもなお信じ難い……」

ハレインは落ち着かない素振りで、何かを探すように、机の上へと手を這わせる。

「あ……ハレイン様。紅茶でしたら、先程ハレイン様が机から落とされたばかりですよ」

受付嬢のマルチダが指摘する。

ハレインの顔に僅かに赤みが差し、口許がへの字に歪んだ。

落ち着くために紅茶を飲みたかったらしい。

ハレインはこほんと咳払いを挟み、表情を取り繕う。

「マルチダ、持って来てくれ」

「紅茶の替えですね! すぐに……」

「違う、魔石の方をだ! 急いで持って来い!」

「ひゃっ、ひゃい! ただちに!」

マルチダが慌ただしく執務室を出ていった。

「……おっかない人かと思いましたけれど、なんだか思ったより可愛いですね。ギルド長の方」

ルーチェが安堵したように小声で俺へと零す。

ハレインの目付きが鋭くなり、ルーチェがびくっと身体を震わせた。

「よ、よくぞ存在進化した〈夢の主〉を、その場で狩れたものよ。何の対策もしていなかっただろうに」

ハレインが表情を取り繕い、上擦って高くなっていた声を強引に抑え、そう口にする。

……まあ、驚くのも無理はない。

俺が前以てステータスとスキル構成、そしてあのボス部屋の地形を把握しており、〈死線の暴竜〉と〈不惜身命〉のお陰で大ダメージを出せたため、ギリギリ勝ち筋があったというだけだ。

デスアームドは、高密度な情報共有のなされていた〈マジックワールド〉においても、通常であれば俺達のレベル帯では打破し得ない強敵であった。

「D級冒険者というのが信じられんな……ギルドの外で活動していたのか? いったいどうやって討伐したというのだ」

「あまりその辺りは詮索しないでいただければ。スキルポイントの割り振りまで申告する義務はないはずです。あなたと話がしたいのは、その部分ではありません」

「そ、そうだな……うむ、そうか……」

ハレインは一瞬手が紅茶を探して動きかけたが、すぐにさっと引き戻した。

最初は完全に会話の主導権を握られたと思ったが、いつの間にやら逆転していた。

「俺が警戒しているのは、なぜできて日の浅い〈 夢の穴(ダンジョン) 〉の〈夢の主〉が存在進化を引き起こしたのか、ということです。それをギルド長殿に伝えておきたかった」

存在進化は本来、他の魔物や人間を多く喰らったような魔物が引き起こす現象である。

そのため〈 夢の穴(ダンジョン) 〉の最奥地にいる〈夢の主〉が存在進化を行うのは、かなりのレアケースなのだ。

おまけに〈百足坑道〉はできて日が浅い。

立て続けに挑んだ冒険者パーティーが全滅させられたか、複数回〈 王の彷徨(ワンダリング) 〉が発生したとしか思えない。

そしてそんな事件が起こっていれば冒険者ギルドが把握していないはずがない上に、冒険者達に知らせていないのも不可解だ。

「……それは確かに、不自然で不気味なことだ。万が一に備えての調査が必要だが、問題の〈百足坑道〉も消えた後となってはな」

「全く心当たりはないのですか?」

「ギルド長として、一冒険者に曖昧な憶測を口にするわけにはいかんな。ただ……そうだな、これくらいは話してもよいか」

ハレインの様子を見るに、どうやら心当たりがないわけではないらしい。

「元々、僻地……特に〈禁断の大森林〉に近い北部の領地では、妙な魔物災害が多発しやすい傾向にある」

〈禁断の大森林〉は知っている。

〈 夢の穴(ダンジョン) 〉ではなく、大陸北部の高レベル〈 夢の穴(ダンジョン) 〉が頻出する、手の付けようのない区域のことである。

この大陸最悪の禁足地だ。

〈禁断の大森林〉の奥では、攻略されず放置され続けた〈 夢の穴(ダンジョン) 〉で溢れ、魔物災害が常態化している。

王国が〈禁断の大森林〉の魔物災害に巻き込まれぬように、数年おきに各地の貴族が手を組んで間引きに向かっているくらいだ。

「無論、僻地は人の手が入りづらく、〈 夢の穴(ダンジョン) 〉の攻略が遅れるため、魔物災害が起こりやすいのは当たり前だ。……だが、それを差し引いても明らかに数が多く、不自然なのだ。長年、王家や研究者が頭を抱えている課題の一つでもある。まるで人が見ていない間だけ、〈 夢の穴(ダンジョン) 〉に奇妙な現象でも起きているのではないか……と噂されることもある」

「それに近い現象が、都会であり冒険者も多いこの土地で発生した、と?」

「理解が早いな、エルマとやら。だが、その問いには答えん」

ここから先は曖昧な憶測にしかならない、ということか。

事実として伝えられるのは、突発的に不自然な魔物災害が発生する前例がなかったわけではない、という部分だけだ、と。

「安心するがいい。ハウルロッド侯爵家は、独自に〈 夢の穴(ダンジョン) 〉の傾向やクラスの性質についての調査と研究を長年行っている。この件は決して軽視せず、ギルドとハウルロッド侯爵家が調べるとしよう。報告と警告、感謝する」

しかし、どうにも不穏なものを感じる。

俺には今回の〈夢の主〉の存在進化は、人為的に条件を整えられて引き起こされたことに思えてならなかったのだが。

ゲームにはなかった何かが、この世界で発生しようとしているのか?

いや、もしくはゲーム時代からあった何かが、この世界が現実化したことで歪みつつあるのかもしれない。

この世界が現実となったことで、情報やアイテム、戦力を独占する貴族の権力が増大したように。

話に区切りがついたとき、ハレインが顔を顰めた。

「しかし、マルチダが遅いな。そちを解放する前に、一応〈夢の主〉の魔石を確認して裏付けを得ておきたかったのだが。急いで持って来いと言ったのに……」

そのとき、丁度扉が開かれ、執務室へとマルチダが入ってきた。

「申し訳ございません、遅くなりましたハレイン様! こちらが例の魔石と、新しい紅茶です」

「まっ、魔石だけでいいと言っただろうが!」

ハレインは顔を赤らめ、マルチダへとそう怒鳴った。

紅茶の件を引き摺られたのが気恥ずかしかったらしい。