軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編*『バレンタインの夜に』

「ルピナ。今夜は時計台まで一緒に行ってくれないか?」

シオン様からそう言われ、私たちは時計台に向かっている。

今日は二月一四日。前世の世界でいうバレンタインデーである。が、この世界には、聖バレンタインが存在しなかったので、当然バレンタインデーもない。

なので、この私ルピナ・セレスタイトがループス紹介関連商店で春祭りセールを実施していたのだ。

キャッチコピーは『水仙の花と共に大切な人へプレゼントを贈ろう』である。

これで堂々とシオン様にプレゼントを贈ることができるという寸法だ。

(サンドイッチはあるのに謎よね~。それはともかく! 推しにプレゼントしたいじゃない? プレゼントを贈る口実は多ければ多いほどいいじゃない?)

計算どおり私はシオン様に特製の魔法ネイルポリッシュを贈り、ありがたいことにネイルを塗るという公認セクハラを許され、光栄にも時計台への同行まで許されたのだ。

(ああん♡ こんなに幸せでいいのかしら? これは夢かしら?)

夕暮れの町角は私の仕掛けたイベントで盛り上がっており、どこもかしこもラブラブなアベック(死語)でいっぱいである。

なんども夢見たシオン様のバレンタインデートシーン。妄想の隣にいたのは当然ヒロインのエリカだったが、今は私がいる。

(罪悪感がないわけではないけど、それより夜の町を歩くシオン様の新規絵を拝見できた興奮で吹っ飛ぶわ!)

ニマニマしながら私はシオン様の一歩後ろをついていく。貞淑な妻ぶっているわけではない。この位置だったらシオン様をネットリと見つめていても気がつかれないからである。

「それにしても、私が時計台の水仙を飾る日がくるとは思わなかったな」

シオン様が水仙を売る露天商の前で足を止め振り返った。

「当然です! 今までがおかしかったのです!!」

私は鼻息荒く力説する。

春祭り前夜に時計台の窓際に水仙を飾る役割は、その年で一番功績が高かった魔導師なのだ。魔導師なら一度は憧れる名誉ある仕事だった。

時計台に飾る水仙は、祭りのために集まった花売りの露天商から少しずつ買い集める決まりになっていた。

露天を巡り、数本ずつ水仙を買い求める。水仙とはいっても、前世の水仙とは少し違う。白と黄色ばかりではなく、青や紫などの花色もあるのだ。

シオン様と一緒に時計台に飾る水仙を買えると思うと誇らしい気持ちになる。

(ねぇ! みんな! 見てみて!! 今年の水仙を飾るのは私の推し希代の天才魔術師シオン様なのよ~!!)

なんといってもシオン様と水仙の組み合わせはとても美しい。

カゴいっぱいに水仙を待つシオン様を見て行き交う人々は目を細めた。

「今年の水仙はシオン様が飾るのね」

「今までだったら考えられない」

私はその声を聞き、ムッフーと鼻から息を吐きドヤ顔である。

そのときだ。慌てた様子ですれ違う男がトンと私の肩にぶつかった。

男はワタワタと謝罪の礼をして行き過ぎる。

機嫌のよい私も気にするなと伝えるべく軽く手を振り微笑んだ。

すると、シオン様が足を止めた。

何事かと私も足を止める。

シオン様は無言で私の後ろに回り、位置を入れ替え、さりげなくマントを広げてその中に私を入れた。

(? !? !! !!!!)

私はおもわずシオン様を見上げる。

シオン様は目を合わさないでぶっきらぼうにつぶやいた。

「危ないからな」

ほんのりと色づいた首筋がスラリと黒髪の中で際立ち、あまりにもセクシーだ。

(いけない、いけない! おもわず舌なめずりしそうになってしまった……)

フヒフヒと鼻息が荒くなるのを隠すため、俯いて口元を押さえる。こんな場所で鼻血を出してはいけない。

(でも、こんな近距離、推しに対して不敬だわ! さっきも公認セクハラしたばかりだというのに図に乗ってはダメ!!)

私は急ぎマントから出ようとする。

「もう、大丈夫なので!」

そう言うと、シオン様は捨てられた子犬のように悲しそうな瞳をして小首をかしげた。

「気持ち悪かったか?」

そんなふうに聞かれたら私にはなにも言えない。

黒髪で人々から忌諱されてきた彼は、自己肯定感が低いのだ。

「そんなことありません!! 恐れ多いというか! 私なんぞが申し訳ないというか!」

「ならここにいて安心させてくれないか?」

夜の闇に消えていく声は、どこまでも優しく深い。

「は、はひぃ……♡」

私の胸はキューンと高鳴ってもう抵抗できない。

おとなしくシオン様のマントに包まれ、私たちは賑やかな町を歩く。振り返る町人たちは、みな一様にニコニコとしている。

(は、はずかしい……いたたまれない……)

真っ赤になり縮こまってしまう。ヨタヨタしながらシオン様に促されるまま、歩いていくと時計台のもとに到着した。

シオン様が時計台の門番に挨拶すると、門番は無言で頷き、扉を開ける。

私たちが中に入ると、扉は静かに閉じられた。

暗い階段を無言で上る私たち。明かりはシオン様が魔法でともす指先の光だけだ。

幻想的に揺らめく光は、ほんのりと紫に輝いている。

(うーん……セクシー……)

紫色に照らされるシオン様の横顔に見蕩れながら、私は階段を上っていく。

大きな振り子の揺れる音。歯車が軋んでいる。チクタクと進む秒針が、私の心音の速さを際立たせる。

時計を通り過ぎ最上階ヘ到着する。

正面の壁の少し高い位置、木製の扉がついた窓が見えた。

両脇には水仙を飾るためのしつらえがしてある。

私たちは水仙を飾り付け、日付が変わる時を待つ。

カチ・カチ・カチ……と進む秒針が冬の終わりを告げるカウントダウンを始めた。

あと十秒、というところでシオン様が私を抱きあげた。

「!?」

驚いて目を剥きシオン様を見上げる。

「窓が高いから外が見えないだろう?」

すると、彼はいたずらっ子のような目で微笑んだ。

(悪戯な微笑みは危険すぎる~!!)

動揺する私を横目に、シオン様は扉に手を伸ばした。

カチリ、時計の長針と短針が重なりあったその瞬間。

シオン様は出かけに塗った黒いネイルが映える指先で、扉を外に向かって押した。

フワリと入り込んでくる冷たい空気に、凜とした水仙の香りが広がって爽やかだ。シオン様の黒髪が風になびいて美しい。

私がうっとりしてため息をつくと、シオン様が微笑んだ。

その甘やかな視線がトロリと蕩けたチョコレートのようで私まで蕩けてしまいそうだ。

(ああああああああああああ……)

すると、シオン様は夜空に向かって人差し指をさす。

そうして、指を一振りすると夜空に向かって一筋の光が打ち上がった。真夜中の空に白い光が弾ける。

水仙を模した花火が開いたのだ。

夜空に輝く儚い花が、キラキラと光の粒になって人々の上に降り注ぐ。

「これは私がルピナに捧げる水仙だ。今日は大切な人に水仙を贈るのだろう?」

シオン様は花火の消えた夜空に目を向けたまま、小さく呟いた。

「私のために……!」

おもわず我を忘れて、シオン様にしがみつく。

「ありがとうございます!」

時計台の下からは、シオン様の名を呼ぶ声がする。

「シオン様ー! 最高です!」

「シオン様! もう一度!!」

私はおもわず見せつけるようなドヤ顔で窓の外を見下ろした。

(全世界刮目せよ!! コレが私の推し希代の天才魔導師シオン様よ!!)