作品タイトル不明
第45話
第26グループの参加者たちはダンジョンの一本道を進んでいた。
その道中で自然とチームの隊列が作られていき、一番前に出ているのは水江勝成で、その次に立華加恋、それに続くように草津郷太が歩いていた。
その後ろにはいい意味でどっしりと構えるテンジの姿があった。
そんな彼らの後ろ姿を見ながら、福山は少し奇妙に思っていた。
(なんだろう……テンジ君から感じるこの余裕そうな雰囲気は。ただの荷物持ちとして活動していたとしても、自分が戦う側になると途端にへっぴり腰になる人は多い。だけど、たかが五等級《剣士》の才に目覚めたからって……やっぱり変だよこの子)
福山が奇妙に思っていたのは、やはりテンジのことであった。
荷物持ちを生業としている人は意外に多いのだが、テンジの余裕綽々とした足取りや雰囲気はそれらのどれとも違うように感じたのだ。
他の参加者たちを見れば、その違いは一目瞭然だった。
水江勝成は自分の力を認めさせたい。
そんな気持ちが前面に現れすぎていて、進む足取りも他の参加者に合わせようとはせずに、鋭い警戒の眼光を前にばかり向けている。
立華加恋もだ。
この試験に受かるんだという気持ちが強すぎて、あまり周りが見えていないように思える。特に後ろに対しての警戒が少し薄い。
進む先に現れるであろうモンスターだけを警戒し、手に持っている槍を力強く握り締めているのだ。今から力を入れたところで体力が尽きるのが速くなるだけだ。
緊張と恐怖、そして空回り感。これが彼女の後ろ姿から滲み出ていて、手に取るようにわかった。
草津郷太はスポーツマンだったこともあって、本番やセレクションの空気に慣れているのか、他の二人と比べると緊張はしてなさそうに見える。
しかし、あまり本気で挑んでいる試験ではないためなのか、どこか気を抜いているようにも見えた。それもチャリオットのAチームメンバーである福山がいれば安心だと考えているのだろう。
気の抜ける、は言い過ぎなのだが、そんな感じなのだ。
対して、テンジはどうだろうか。
(荷物持ちとしての知識量も確かに頭一つ抜けているんだろうけど……どこか五道さんを見ているような気がするんだよな。気のせいかな?)
ただの見間違いだとはわかっているのだが、時折テンジの後ろ姿が五道と重なるように福山の瞳には映っていた。
周囲への気の配り方、仲間の一挙手一投足を観察して性格を測ろうとしている視線、いつどんな状況になろうとも動けるような足の動かし方に位置の取り方。そして自分を信じる心の強さから滲み出る圧迫感さえ感じる風格。
時折、後ろを歩いている福山にさえ視線や五感を向けてくるのだ。
やはり福山から見れば、テンジは少し特殊な存在に見えていた。
「テンジ君、そろそろモンスター圏内に入るよ?」
「はい、わかりました」
福山は遠回しに剣を鞘から抜くように促すが、テンジは一向に腰に携えたアイアンソードを引き抜こうとはしなかった。
毎年、さすがにダンジョンに慣れた参加者と言えども、ここまで堂に入った人はほとんど見ない。それこそ一年生が参加するだけでも異例なのに、やはりテンジはどこか異質に感じた。
「剣、抜かないの?」
「はい、僕はまだいいかと」
「どういうことだい?」
テンジの考えが気になって仕方なかった福山は、思わず聞き返していた。
そんな二人の小さな会話は、緊張して前を歩いている三人にはまるで聞こえていなかった。
ただ、福山の「そろそろモンスター圏内」という言葉を聞いて、前方に意識を全集中していたのだ。
その様子を察知して、テンジは小さな声で福山へと答え始めた。
「この試験がどんな採点基準で見ているかはわかりませんが、もし彼らが探索師としてこれからも活動するならば、もっと仲間を信じるべきだと思うからです」
「なんだか、テンジ君はこの試験に受かりたくないような言い方だね」
「そう聞こえたならすいません。ただ、このままのグループでいるならばどうせこのサブダンジョンは攻略できずに、試験も落とされると思っていますので」
「なるほど、そういうことか」
福山はその言葉でようやく納得するのであった。
そういえばテンジはあの事件を経験した生徒であったな、と思い出したのだ。
あの事件、つまり裏ダンジョンに隔離され、仲間の大事さを、食料の大事さを、決断の大事さを、探索師にとって重要な全てを学ぶことができたのだと。
中でも天城典二はさらに特殊な環境に置かれていた。
ブラックケロベロスから四日間も隠れ生き抜いた、その話を思い出した福山であったから、今のテンジの堂に入った雰囲気に納得するのであった。
ただ、実際は少し違った。
(できれば僕はここで戦いたくはない。さすがにプロ中のプロ探索師である福山さんの前で力を使うのは悪手だし、彼ら三人でどうにか攻略してくれることを祈ろう)
これほどの強者、二級探索師の福山が同行するとはまるで考えてもおらず、いまだに自分の力を制御できないテンジは静かにこの場をやり過ごそうと考えていたのだ。
元からチャリオットに入団したいという気持ちもないし、正直合否なんてどうでもよかったのだ。
そんなテンジが足を止めた。
視界にモンスターの真新しい足跡を見つけ、微かに香る獣臭を感じ取ったのだ。ダンジョンに何度も潜れば身についてくる直感なのだが、前方を歩く三人はその様子に気が付いてはいなかった。
「みなさん、モンスターが来ます」
「は? まだ何も見えていないぞ。探索師高校の生徒だからってあまり出しゃばるな」
しかし、水江が率先してテンジの言葉を否定してきた。
その否定に他の二人も同意し、まるで意に介さずに再び前方へと歩みを進めるのであった。
(……だよね、あまりにも敵対されているからそうなると思ったよ。さて、どうしたものか)
テンジはそう考えながら、少し後ろを歩く福山を見る。
福山もモンスターの真新しい足跡と獣臭に気が付いていたはずなのだが、まるで知らないような素振りで歩いていた。
(やっぱり福山さんはほとんど干渉する素振りを見せないか。最初はあくまで自分が審査員だと印象操作したいらしいな)
女ったらしな一面を初対面で見せた福山だったが、ダンジョンに入るとやっぱりプロの探索師として振舞うんだなと思うテンジであった。
気を取り直して、彼らのあとをゆっくりとついて行く。そしてここでようやくアイアンソードを鞘から引き抜く。
「ようやく剣を抜いたね」
「はい、ここからは乱戦になりますので、さすがに抜かないと死んじゃいますよ。福山さんは準備しないんですか?」
「僕はあくまで審査員だしね。それにこのレベルのダンジョンで武器は必要ないかな」
やはりそんな二人の会話は彼らには届いていなかった。
そもそも聞かせないように小声でテンジが話している理由もあるのだが、こちらに一切の気配りをしない彼らにも問題があった。
と、その時であった。
「ゴュイッ!」
一本道の先から、三体のモンスター『潜りマウス』の威嚇の鳴き声が聞こえてきたのだ。
モンスターたちは浅い地中をごりごりと音を響かせながら素早く進み、テンジたちへと近づいてくる。その姿はまだはっきりとは見えていない。
ほのかに感じる地面の振動と盛り上がる土煙から、彼らもモンスターに気が付いた。
「来るぞ!」
「はい!」
「わかってる」
草津がひと際大きな声で言うと、立華と水江が返事をする。
三人がそれぞれ武器を構え、適度に距離を保ってモンスターの突撃に備え始めた。
(三人で三体をそれぞれ倒す、って陣形だね)
例え一般人でも、ダンジョンで手に入る武器さえ持っていれば五等級のモンスターごときは軽々と倒すことができると知られている。
実際に彼らがモンスターと敵対するのは初めてだろうが、どこか自信に満ち溢れた表情をしていた。
「ゴュイッ!」
「やあっ!!」
一体の潜りマウスが地中から飛び出し、左側で槍を構えていた立華へと向かった。潜りマウスは自慢の鉄よりも堅い鼻先を立華の腹目掛けて飛びついた。
しかし、立華が掛け声とともに槍の刺突攻撃を繰り出す。
槍の切っ先はモンスターの首元に上手く突き刺さった。
モンスターの突進した勢いで立華は思わず数歩後退したのだが、なんとか一体目のモンスターを倒すことに成功していた。
「やったぁ!」
「次は俺の番だ!」
立華が喜びの声を上げると、それに感化された水江がすぐに負けじと声を上げ、潜りマウスのタゲを取ろうと接近していく。
その手には連撃剣が握られており、絶妙な中段の位置で構えられていた。
(かなり訓練されてる動きだな。たぶん師がいるんだろうな)
テンジはその一瞬で、水江の試験に対する思いを感じ取った。
一歩一歩が丁寧で、それでいてモンスターとの間合いを測るような動きだったのだ。剣の構え方も八方全ての攻撃に対応できる柔軟な探索師特有の構え方であった。
「ゴュイッ!」
そんな水江の前に、一体の潜りマウスが地中から飛び出してきた。
「甘いっ!」
水江は地面から出てくるときの微かな揺れを見逃さずに、飛び出るのに合わせて連撃剣を下から斜め上へと切り上げていた。
潜りマウスの鋼鉄な鼻は水江に届くことなく、体の中間から真っ二つに叩き斬られるのであった。
剣の鋭さ、威力、柔軟さ、どれをとっても立華とは比べられない練度だった。
(凄いな……)
テンジは思わず感心していた。
おそらく水江はテンジよりも英才教育を受けて育ってきている、そのことに気が付いたのだ。
「ぼ、僕もだ!」
一足出遅れた草津はアイアンソードを上段に構え、地面から飛び出してきた潜りマウスへと振り下ろした。
しかし、雑な剣の振り方だったため、カキンと鼻に衝突するのであった。
「うわぁ!?」
「ゴュイッ!」
例え怪力の一般人だろうとも、潜りマウスの鼻の鋼鉄を破ることは難しいと言われている。
草津はまさにその言葉を体現し、潜りマウスの鼻とぶつかったアイアンソードが無情にも弾かれ、くるくると遥か後方へと飛ばされたのであった。
潜りマウスは次の突進をするために、助走をつけて草津へと接近した。
「おらっ!」
そこに水江が急いで駆け付け、潜りマウスの首から真っ二つに叩き斬った。