軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第199話

誰も、テンジの歩みを止めることはできなかった。

無理して手を伸ばせば自分の手が地獄の業火に飲み込まれてしまう。後を追おうとすれば全身が焼かれてしまう。それに、なぜか声はかけてはいけないと思った。

なぜかと聞かれると、ただの直感でしかない。

それでもここにいる誰よりも、あの学生が最もこの場にふさわしい気がしたのだ。

堂々と地獄の戦場を進んでいくテンジ。

ひとたび足を進めれば、そこには王が通るための炎の無い道が築かれていく。

そうしてテンジは戦場のど真ん中に辿り着いた。

「小僧、一つ言っておくぞ」

「何? 伊吹童子」

少しバツが悪そうに、伊吹童子は口を開く。

「俺がここにいられる時間はそう長くない。現世にいる時間が長ければ長いほど、小僧の支払う代償は指数関数的に上昇していく。そして小僧がそれに耐えられる上限は、せいぜいあと五分だ。この意味が分かるか?」

「わかってるよ。もう覚悟はできている」

そうは言いつつも、テンジは緊張するように唾を飲み込んでいた。

そんなテンジの感情を感じ取りながらも、伊吹童子は視線をモンスターへと切り替える。

バラバラになっていた肉片から、一つの体が形成されていく奇妙な光景。

その図太すぎる再生能力に、少しばかり苛立ちを覚える。

「そろそろ再生が追いつく頃合いか。現世の王と言えど、扉に手をかけてしまえばなかなかに厄介だな――『酒獄ノ業火よ』」

ご飯をおかわりするくらいの気持ちで、伊吹童子は地獄の業火をモンスターへと追加する。

あの極大な炎塊がモンスターへと激しく衝突するや否や、再びモンスターの体は細かな肉片となって散らばっていく。そこに声を発する器官はないはずなのに、どこからかモンスターの苦痛の声が戦場に響き渡る。

その奇妙な様子を見ながら、伊吹童子は再び口を開いた。

「あれはまだ未熟な王だった。しかし俺の業火を受け続けたことで、その先の門に手を掛けやがった。なんの間違いか、この短時間でその扉を僅かに開いたんだ。奴の図太い生存本能に呼応するかのようにな」

苛立ちからか、ほんの僅かに間が空く。

「伊吹童子は毎度言い回しが分かりづらいよ。で、何が言いたいの?」

当たり前のように、テンジは伊吹童子に対して言葉を発する。

言い回しが古いとまでは言わないが、かなり癖が強いのだ。言葉を芯を射抜くような、直接的な発言をしない傾向にあった

少し考えるように伊吹童子は口を開く。

「残りの時間であいつを殺すことは不可能だ。俺が全ての力を解き放てるのならば話は別だが、そうしてしまえば小僧の体がもたん。たかが角一本程度の力で、扉を開きかけたあいつを地獄に落とすことは難しい」

テンジはその事実に薄々気が付いていた節があった。

僅かに焦りを滲ませる伊吹童子の感情を、ここに来る前よりひしひしと感じ取っていたのだ。

そしてここに来て、それを確信へと変えた。

目の前で何度地獄の業火を浴びても、屈せずに、再生し続けるモンスター。

普通ならばありえないだろう。この地獄の業火は指先一つ触れるだけで、想像を絶する苦痛が全身を駆け巡る仕様だ。約束を破って針を千本飲む程度の痛みでは表現できないほどの苦痛が、延々と続いてしまう。

そんな拷問の中でも、白いモンスターは自分を再生し続けた。

それを成し得ているのは、生への執着か、はたまたただの生存本能なのか。

定かではないが、実際にあいつは今もなお生きている。

ふと伊吹童子は獰猛な笑みを浮かべると、テンジへと視線を切り替えた。

その瞳はどこまで熱くて、どこまで楽しそうであった。

「だが、あいつに王手をかけるところまでは可能だろう。その後はお前らみたいな雑魚でも処理できるはずだ。ただし、角をもう一本増やす必要がある。ゆえに、小僧の支払う代償は死さえも超える苦痛となるだろう。小僧……俺の話に乗るか? いや――聞くまでもなかったか」

伊吹童子は今までで、最高の獰猛な笑みを浮かべていた。

その視線の先には、当たり前だと言いたげに口角を上げる未来の王の姿があった。

ここで断るはずがない、そんな王の覚悟を伊吹童子は受け取っていたのだ。

「当たり前だよ、伊吹童子。もう覚悟はできている」

「ククククッ……強がりもいいところだな」

「勇気だと言ってほしいね」

そんな強がった姿を見せるテンジに、伊吹童子は鼻で笑った。

「では、その勇気とやらに応じよう。小僧に二本目の角を生やす」