作品タイトル不明
第193話
人間たちは伊吹童子の規格外な強さに、思わず度肝を抜かれてしまう。
その伊吹童子の振る舞いは、まるで未来の王に自分の強さを誇示するようなものであったことに気が付いていた木霊は、 森王(しんおう) の治癒術をテンジに施しながら小さく微笑んでいた。
もうすぐ来るであろう『王』のある時代。
その頂点に立つ目の前の少年は、一体どんな偉業を成し遂げてくれるのだろうか。
前々の王は、たったの一代で地獄を纏め上げてみせた。
当時は荒れ果てていた地獄世界をその手腕で統一し、それぞれの地獄を八つに分ける八大地獄と八寒地獄の制度を作り出す。そこからさらに用途に応じて300を超える小地獄を生み出し、地獄の世界を完全統一してみせた。
前の王は――忘れもしない。
地獄の中でもはぐれ者としてやさぐれていた地獄の猛者たちと契約を交わし、閻魔の称号を与えられて地獄をさらに発展させてくれた。今ではその契約した猛者たちは、『特級地獄獣』という称号を与えられ、テンジが持つオリジナルの閻魔の書に刻まれている。
そんな彼から派生して、十王という名の地獄の王が十人も誕生した。
そして三代目の王が、今まさに誕生しようとしている。
天城典二、彼が三番目の地獄を統べる王として選ばれた。
だからこそ、二代目の王「閻魔」を慕っていた彼ら、地獄獣たちは期待してしまう。
はぐれ者だった自分たちを纏め上げてくれた閻魔王、そんな彼がいなくなってもう何千年の時が経ったのだろうか。
また、あの楽しかった時代を生きたい。
新たな王が生まれるその日をずっと待っている。
酒呑童子もまたその一人だ。
否、八岐大蛇の一首から生まれ落ちた伊吹童子と言うべきか。
酒呑童子は前王から授かった名であり、今ではもうその名は相応しくない。
伊吹童子、これが今の真名なのだ。
新たな名前は三代目の王がまた付けてくれる。
その日までは酒呑童子は息吹童子なのだ。
そうは知りつつも、木霊はいつも酒呑童子とそう呼ぶ。
「はい、終わりましたよ。酒呑童子さん」
「相変わらずだな。俺の 鬼力(きりょく) もちゃっかり持っていきやがって」
生意気だと言いたげに、伊吹童子は鼻息をふんと鳴らした。
そのままいつもの手癖でひょうたんの中身をぐびぐびと飲み干していく。
「ここの森力は幼いですから、少し頂きました。そもそも酒吞童子さんが頼んだことなのですから、多少なりとも代償は貰いますよ。余っているから別にいいでしょ?」
「クヒッ……構わん。減った気すらせんわ」
「では、私はそろそろ。足手まといにはなりたくないので」
木霊はそう言うと、最後にテンジの耳元で何かをこそこそと囁く。
そうして地獄へと帰るように、自分の地獄扉を跨いだ。そのまま新緑の油膜に溺れてくように木霊の姿はここから消えていったのであった。
再び、戦場がシンと静まり返った。
そんな時だった。
「ゴホッ……ゴホッ、ゴホッ!?」
テンジが血混じりの咳とともに、意識をはっきりと覚醒させた。
常に意識はあったが、周囲の事象をぼんやりとしか捉えることはできていなかった。
だから、なんとなくここで何が起こっていたのかは分かっている。
上半身だけをむくりと起こし、まだほんのりと怠さが残っている肩辺りをぐるぐると回しながら伊吹童子へと視線を向けた。
「初めてって……気が全然しないね」
「クヒッ、まぁな。これで二度目だ。一度目の時、小僧は死にかけていたしな」
「そっか、ようやく点と点が繋がったよ」
テンジはその一言でようやく理解できていた。
あの日、覚醒したあの日、倒した覚えのないブラックケロベロスが死んで魔鉱石になっていた理由を、無事に生きていた理由を。
あの日の謎だった点が、伊吹童子のおかげで線に変わった。
むくりと立ち上がりながら、テンジは訊ねた。
「で、力を貸してほしいとは言ったけど……僕はどうやって戦えばいいの?」
テンジは力を貸せと言った。
だから自分自身に変化が起こるものとばかり考えていたが、実際にやってきたのは伊吹童子本人であった。
そんな問いに対し、伊吹童子は当たり前のように言い放った。
「閻魔にとって、地獄獣は力だ。それがどう形を変えようと、閻魔の力に変わりはない。それが前王との契約だ」
その言葉を聞いたテンジは思わずはてと首を傾げる。
あまりにも遠回しな言い方に、内容を理解できなかったのだ。
「つまり?」
そんなテンジを見下ろしていた伊吹童子は、恥ずかしそうに視線を外す。
「小僧の覚悟を俺は喰った、魂を俺が喰った。契約は違わねぇよ。俺が小僧の 刀(つるぎ) となって、あれを地獄送りにしてやる」
伊吹童子は獰猛に笑った。
その視線の先には、転移ゲートへと無様に逃げ狂うモンスターの背中があった。
「拷問の時間だ」