作品タイトル不明
第144話
テンジの意気込みに負け、ハァとため息を吐く久志羅。
もう私は知らないよと言いたげな表情であった。
「まぁ、私はなんでもいいやん。千郷ちゃんは冬喜くんのケアでもしてきてあげなよ。冬喜くんはああ見えても、繊細な子だからさ」
「は~い。まぁ、冬喜くんなら大丈夫だと思うけどね。見た目に反して、自分のコントロールはちゃんとできる子だから」
そう言いつつも、千郷は冬喜のあとを追って部屋を出ていくのであった。
そうして二人になった研究室で、久志羅はテンジに言った。
「もう一度聞くよ? 本当に後悔しない?」
「はい」
「わかったやん。よく聞いてね、一回しか言わないから」
久志羅は口を潤すためにコーヒーを飲み、ほっと息を吐いた。
そしてあまりテンジの瞳を見ないように、彼の決意を自分の目で見届けないように、ゆっくりと口を開いた。
「――『代償』を使うには、自分で自分を殺すんだよ。その時に強い後悔の念に満ち溢れていれば、『代償』は発動するやん」
「じ、自分で自分を殺す?」
「そう。大抵の場合は私のようにモンスターに追い詰められて、それでもモンスターだけには殺されたくない、自分で死んでやるって思って舌を噛むことが多いらしいよ。あとは自分で自分の心臓に武器を突き刺すとか」
「なるほど、自分で自分を殺す……ですか」
思えば自分はどうだったのだろう、とテンジはこのとき気が付いた。
あの死にかけた日、テンジは似たような行動を取っていた。モンスターに素手で歯向かい、瞳を食いちぎり、死にかけた。どことなく『代償』と似たような行動を取っていたのだ。
それをふと思い出すも、あまり関係ないかもしれないと考えるのを止めた。
「テンジくんは絶対にやらない方がいいやん。他の探索師とは持ってる物が違う」
「どういうことですか?」
「想像もしたくないけど、代償の後には天職に関係する何かが起こるやん。私の場合は、私の未来が呪われた。テンジくんの場合は地獄に関連する天職だから……たぶん凄く嫌なことが起こりそうなの」
「……なるほど、確かにそうですね。僕もそう思います。地獄なんて物騒ですしね」
テンジは何事もなかったように笑っていた。
そんな少年の笑顔を見て、どことなく不安を抱いた久志羅であった。
それからもテンジは久志羅との会話は続いていく。
色々と話し込んでいる内に、夜はあっという間にやってきて、今日は解散となったのであった。
テンジが研究室を出ていく前に、久志羅は『後日詳しい資料を家に送るよ』と言ってくれたので、のちのち家に詳しい資料が届くことになった。
そうしてテンジは研究室を後にして、家路へと着いたのであった。
今回の話し合いで判明したのはいくつかあった。
まずはテンジの天職が統計学的に見ても、確実に零等級天職よりも上の階級に位置すると言うことだ。
今まではなんとなくそうだという認識しかなかったが、彼女の分析力と豊富なデータによってそれが証明された。
そして、もう一つ――。
これはまだ確証段階ではないが、小鬼や雪鬼、炎鬼、炎鬼刀などの地獄に関する等級は地球の等級で表示されていないということだ。
これもまた久志羅の蓄積データから分析し、ほぼ確実だろうという言葉をもらった。
もっと正確に言うと、久志羅はこう言っていた。
『――なんて言うのかな……私の知っている等級ってのはほぼ固定値なんだよ。一等級ならここからこの幅までの間で数値が上下するって感じが普通なんだけど、地獄に関する等級ではそれが当てはまらない。なんて言うのかな……難しいな。こう……思いに共鳴する的な? ……自分でも何を言ってるのかわからなくなってきたやん。まっ! 要するに、わからないってことだね! 正直、私でも分析は無理かもしれない』
これが久志羅の見解であった。
『思いに共鳴する』ということはあまり考えたことが無かったテンジは、その分析結果に驚きを隠せないでいた。
しかし、たまたまその場に居合わせた雪鬼は「左様」と思いのほか、すんなりとその事実を肯定したのだ。いや、肯定したというよりもそうであるべきだ的な反応を見せていたと言うべきか。
最後に――『代償』という力について。
これはスキルのように明確化されている能力ではなく、人が死に際に発動する限界突破のような能力のことであった。
使ってはならない力、その力は人を人ではなくさせる代償がついてくる。
「僕は絶対に使っちゃダメな気がする。それこそ死ぬことよりも、より死に近い気がするんだよなぁ。……何言ってるんだろう、僕」
闇が深くなり、月が輝く夜の道でテンジはぼそりと呟いた。
今日は探索師という闇の部分に、また一つ深入りしたような気がする。
探索師には夢ばかりじゃない、危険な面も併せ持っているのだとより鮮明に理解させられる一日だった。
少し、心が揺らいだ。
本当に探索師は正しい生き物なのだろうか、と。
「一人で考えても無駄だよね、わかってる。とりあえずは当分の目標だった第75階層を目指すために、頑張っていこう! 頑張れ、僕!!」
底なし沼に入りかけた思考を、テンジは振り払った。
いや、薄々は気が付いていたのだ。
自分が【獄獣召喚】という天職に目覚めてから、もう自分は後戻りできないのだと。
進むしか、自分には道がないことをわかっていたのだ。